より健康な社会

個別化医療:患者の暮らしとコミュニティをより良いものに

Rebecca Lambert
18 December 2018

科学技術の進歩により、医療は画一的なモデルから一人ひとりに合わせた治療へと変化しつつあり、患者の生活の質が向上するとともに、医療費削減や病欠日数の減少といった面から社会の負担も軽減しています。コンパスは、医療専門家による個別化医療の提供を支援する、イノベーティブな企業3社にスポットを当てます。

従来の創薬アプローチは、同じ症状の患者ならば所与の薬剤に対して皆同じように反応するということを前提とし ています。しかし英国国民保健サービス(NHS)の報告によると、患者によって薬剤に対する反応や代謝のしかたが異な るため、画一的な治療は患者の30~60%にしか有効ではありません。

科学者たちは、各患者固有の特性に合わせて治療をカスタマイズする個別化医療が有効性向上の鍵を握り、患者だけでなく 彼らが暮らす社会にとってもプラスになると確信しています。

それはなぜでしょうか。製薬業界の2つの業界団体、欧州生物医薬品事業組合(EBE)と欧州製薬団体連合会(EFPIA)が
2018年7月に出した報告書によると、効果のない薬剤の使用が減り、慢性疾患の医療費が抑えられ、入院期間が短くなるか
らです。

同報告書は「オランダでは個別化医療によって化学療法の使用や入院日数が減少した。標的治療の入院日数の中央値は推定
3~4日である。これに対し、従来の化学療法では1週間以上だった」と指摘しています。

世界中で、イノベーティブな企業が先進テクノロジーを用いてより多くの健康状態に個別化医療を適用し、患者の予後を改
善しながら、病気が社会に与えるインパクトも軽減しようとしています。

てんかん治療のパーソナライズ

例えばてんかん患者の未来は、バイオセレニティ社――フランス最大の教育病院ピティエ=サルペトリエール病院の脳脊髄
研究所を拠点とする専門家集団――が開発中のテクノロジーによって、より明るいものになりそうです。

各患者は、異常活動(発作を含む)を検知する生体センサーと電極を組み込んだスマートな帽子とベストを着用します。こ
れらのセンサーは、セキュアなクラウドプラットフォーム経由で医療専門機関にデータを中継します。このプラットフォー
ムにおいて機械学習アルゴリズムでデータの意味が解釈され、診断の精度を上げたり治療に対する反応を分析したりするこ
とに使われます。

「一人ひとりの特性、例えば体重や年齢、性別などを考慮することにより、最善の治療法を正しく決定し、予後を改善することができます」

Fabien Astic氏
EXACTCURE社最高事業開発責任者

バイオセレニティ社のCEO、Pierre Frouin氏は次のように述べます。「私たちは臨床現場診断ソリューションとコンパニオ
ンアプリを使って、現実世界のエビデンス環境で長期的に患者さんをモニタリングします。当社の遠隔治療ソリューション
では、AI(人工知能)によって、記録された信号からデジタルバイオマーカーを特定します。それから人間の専門家が診断
の妥当性を検証します」

バイオセレニティ社が目指すのは、科学コミュニティがてんかんなどの症状の理解を深め、より良い長期治療が実現するこ
とです。

「悪化の兆候を早く検知できれば、重大な事態になる前に患者さんを治療して、入院期間を短縮できます。また治療の効果
を追跡することも可能なので、患者さんのケアを最適化し、より早い段階で適切な治療を受けていただくことにつながりま
す」とFrouin氏は述べます。

現状ではてんかん患者の症状が安定するまでに3~5年を要します。しかしFrouin氏は、個別化医療によってこれを大幅に短
縮できると確信しています。「また、患者さんが仕事や運転免許を失う可能性を抑えることによって、家族の負担も軽減で
きます」と同氏は述べます。

整形外科手術の進化

Digital Orthopaedics社は、足と足首の手術に関する判断を支援する3Dシミュレーションシステムを開発しています。

ベルギーを拠点とする同社の共同創業者兼CEOのEric Halioua氏は次のように述べます。「当社の目標は手術の計画と実行
をパーソナライズし、より良い治療を実現することです。取りうる様々な選択肢を検証するために、患者さんの足や足首の
デジタル3Dクローンを作成し、手術をシミュレーションするのです」

このテクノロジーは、症状の根本原因を明らかにし、最善の治療法を特定できるという点で患者にプラスになります。しか
しメリットはそれだけではありません。「治療の初期段階や単純な症例を専門性の低い要員に任せることにより、内科医や
外科医の時間を解放し、それを最大限に活用することができます。私たちは医療費を支払う人のために、確実に1ドル当た
り最大の医療効果を上げることができます。そして、医療費が極めて高額になりかねない、合併症の発生や追加手術の必要
性を抑えることに貢献できます」とHalioua氏は述べます。

患者の足や足首のデジタルツインを作成することによって、外科医が治療開始前に手術をシミュレーションし、 取りうる最良の選択肢を検証できるため、時間と費用が節約できます。(Image © Digital Orthopaedics)

Digital Orthopaedics社のビジョンの中核を占めるのが、強力なコンピューターシミュレーションです。Halioua氏は「先進
的なシミュレーション技術の発展のために多くの労力が注ぎ込まれています。人間を助けるだけでなく、行われる動物実験
の件数を減らすことにもつながるでしょう。今や私たちは、コンピューター上で人間の反応を模倣するテクノロジーを手に
入れました。これは10年、20年前には不可能だったことです。このことにより、業界が医療やヘルスケアを提供したり発
展させたりする方法が変わりつつあります。私たちはこれらのツールを専門家としての仕事と融合する必要があります」と
述べます。

Digital Orthopaedics社は、自社のソリューションを2019年に市販化する計画です。

的確な投薬

薬剤は、患者がそれを正しく使ってはじめて効果を発揮します。フランスのニースを拠点とする個別化医療のスタートアッ
プExactCure社は、標準と見なされる方法とは異なる投薬方法が必要な患者に対処するために設立された企業です。

Frédéric Dayan氏、Sylvain Benito氏とともにExactCure社を共同創業し、同社の最高事業開発責任者を務めるFabien Astic
氏は次のように語ります。「個別化医療のポテンシャルを発揮するための取り組みは始まったばかりです。私たちは、真の
個別化医療という新たな時代に踏み出そうとしています。しかし問題の1つは、人間が皆一人ひとり違うために、薬剤への
反応のしかたがそれぞれ異なるということです」

ExactCure社のテクノロジーは、フランス国立情報学自動制御研究所(INRIA)と共同で行った3年間の研究から生まれまし
た。

「私たちは、患者さんの個々の測定値を把握し、それをアルゴリズムで解析して薬剤が体に与える影響をシミュレーション
する(スマートフォン向け)アプリを開発しました。これに基づいて、治療に対してどのような反応が起こるかを患者さん
に説明し、投薬をパーソナライズすることができます」とAstic氏は述べました。
真にパーソナライズした薬物治療をすべての人に対して実現することが、ExactCure社のビジョンです。

Astic氏は次のように述べます。「一人ひとりの特性、例えば体重や年齢、性別などを考慮することにより、最善の治療法
を正しく決定し、予後を改善することができます。特に先進国において当てはまりますが、緊急治療の必要性、通院や診察
の回数、死亡数が減り、究極的には苦痛が軽減されるでしょう」

同社は現在、フランスとスペインの薬剤師および医師の集団とともに、3件の実験的プロジェクトを進めています。このプ
ロジェクトは2018年12月に始まり、2019年2月まで続く計画です。しかしAstic氏はスマートフォンが世界中で利用されて
いることを踏まえて、ExactCure社が、最も発展が遅れている国々でも先進国と変わらぬ容易さで患者を支援できると確信
しています。

「個別化医療をすべての人に対して実現できない理由はありません。今やほぼ全員がスマートフォンを持っているのですか
ら、実現できるはずです。スマートフォンとインターネットさえ使えれば、当社のソリューションを活用できます」と同氏
は述べました。

規制当局の慎重さ

個別化医療は多大なメリットをもたらしますが、規制当局は過度な熱狂を慎重に抑えて、こうした新規治療について一般利
用向けの準備が万全であることを保証しなければなりません。そのため世界の医療提供者は、この新たなアプローチが社会
に与える影響を考慮したポリシーや研究プログラムの策定に取り組んでいます。

英国のNHSは、2016年の報告書「Improving Outcomes Through Personalised Medicine(個別化医療による予後の改善)」
で、「これらのテクノロジーの利用について患者と一般市民に安心感を持ってもらうこと、また我々が潜在的な懸念、特に
データセキュリティや機密保持分野の懸念を軽減できることを保証しなければならない」と指摘しています。

欧州医薬品庁(EMA)は、2017年に開催した個別化医療のワークショップで、患者データの共有が機密性に与える影響に
関する患者教育が必要だと強調し、個別化医療について患者が十分に説明を受けた上で同意できるように、より充実した患
者教育を行うことを業界に求めました。ただしワークショップの参加者は、個別化医療の恩恵が広範囲に及びうるという見
解では一致しました。

EMAは「治療の恩恵があると考えられる患者に、より適切に的を絞って治療する能力を高める一方で、悪影響を受けるリ
スクがある患者を回避することにより、治療の成功率が上がり、製品開発期間が短縮され、潜在的には医療費全体が減少す
るだろう」と報告しています。

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