初めて火星に接近して写真を撮ることに成功した1965年以降、NASAの火星探査プログラムの原動力となってきた1つの問いがあります。それは、この赤い惑星に果たして生物が存在するのかということです。
それから50年がたち、火星探査ミッションではこの星に水があることを示す証拠が次々に得られています。2006年から火星の周回軌道上で観測を続けるNASAの「マーズ・リコネッサンス・オービター(MRO)」による新たな発見もその1つで、火星に生命体が存在する、あるいは過去に存在したかもしれない可能性を裏打ちしています。
NASA科学ミッション部門(ワシントンDC)の元副部門長で宇宙飛行士のJohn Grunsfeld氏は、2015年にMROの観測結果を報告する際、次のように述べました。「私たちの火星探査の目的は、宇宙での生命体探しの一環で『水を追跡する』ことでした。そして今、私たちには長年の推測を立証する説得力のある科学があります」
NASAはさらなる調査に向けて、人間が火星で長期的に生活することを視野に入れた計画を立てています。
「私たちの火星探査の目的は、宇宙での生命体探しの一環で『水を追跡する』ことでした。そして今、私たちには長年の推測を立証する説得力のある科学があります」
JOHN GRUNSFELD 氏
NASA科学ミッション部門元副部門長、宇宙飛行士
Wilson氏によると、NASAは「火星上に、科学的に興味深く、乗組員を支える資源に恵まれていて、複数回利用できるエリアを確保する」ことを望んでいます。NASAが構想するのは「宇宙飛行士や探査車が調査できる半径約96キロメートルの広さ」の基地です。そして最近、このビジョンの実現に向けた多面的な取り組みの一環として、ロシアと共同で初の月宇宙ステーションを開発することを発表しました。
NASAジェット推進研究所(カリフォルニア州パサデナ)のシステムエンジニアのSydney Do氏によると、NASAは2030年代後半に火星に人類を着陸させることを目標にしています。
Do氏は次のように語ります。「まずは火星の軌道上で一定期間活動してから、着陸技術や打ち上げシステムを無人状態でテストし、それを火星軌道上で監視することが想定されます。その後、このテクノロジーの準備が完了したら、火星上で6~8人が活動するための調査基地の構築に目を向けます。主な焦点は火星の地質学的な歴史を研究することであり、この星の惑星科学について調査したり、そこに生命体が存在したのか、あるいは今も存在するのかという問いの答えを探ったりすることになるでしょう」
課題を明らかにする
しかし、人類がこの赤い惑星に降り立つには、研究者たちはいくつかの大きな困難を乗り越えなければなりません。
火星調査目的の自立的な居住地開拓を目指すプロジェクトのために資金を調達・供給する国際的慈善信託のマーシャン・トラストで、ゼネラルマネジャーを務めるCharles Polk氏は、次のように述べます。「火星探査をめぐるロジスティクス面の問題は『非情なロケット方程式』に由来します。つまり、地球から火星まで1キログラムの物体を移動させるために必要な物質とエネルギーを運ぶためには、何千キログラムもの推進剤が必要だということです。火星へのアプローチは、この非情な方程式を受け入れる――例えば片道ミッションにして後は自給自足をする――か、方程式を調整する――例えば軌道上での燃料補給や火星上での推進剤の生産を行う――かのどちらかです」
Wilson氏は人間側の課題も指摘します。
「6~9カ月の宇宙旅行の間、どうすれば乗組員の健康と安全を維持できるでしょうか。どうすれば彼らを放射線から守れるでしょうか。私たちはこの点について、国際宇宙ステーションの乗組員の経験を通して多くのことを学んできました。Scott KellyというNASAの宇宙飛行士がステーションに1年滞在したので、その期間に宇宙飛行士の健康のあらゆる面、例えば微小重力状態が筋肉、骨、視力に与える影響などについて、数々の実験を行いました。また、宇宙飛行士がステーション内で野菜を育てて食べるプロジェクトも実施しました。これも火星への長い旅では必要になることです」
さらに、有人ミッションでは無人ミッションよりもはるかに質量の大きな物体を着陸させることになります。Wilson氏は「ある試算では20倍にもなります。火星の大気は極めて薄いので、減速力としてはあまり役に立ちません。安全な着陸のために、十分に減速させる方法を開発することが課題です」と話します。
テクノロジーを利用する
各課題の解決策を多くの科学者が研究しており、NASAのDo氏もその1人です。
「火星での長期にわたる有人プログラムに必要不可欠なものの1つと見なされているのが、『現地資源の利用』と呼ばれるテクノロジーです。要するに、その場にあるもので生活できるようにする技術です。もし私たちの予想通りに火星に水があって、抽出が可能だとしたら、それを分解して酸素と水素を生成できます。酸素はご存じのように呼吸に使われる気体で、水素はロケット燃料の一種です」
しかしDo氏によると、研究者たちの究極の夢は、この水素と火星の大気から抽出した二酸化炭素を使ってメタン燃料を生み出すことです。「そうすれば宇宙資源のネットワークが生まれる可能性があります」
NASAは2020年に、MOXIE(火星酸素現地資源利用実験)装置と探査車「マーズ2020」をこの赤い惑星に送り込み、人間が火星に到着した後に酸素や燃料を生産できる可能性を検証する見通しです。
Do氏はこう述べます。「この計画では、有人探査ミッションで必要になる酸素レベルの約1%を火星の大気から抽出することを試みます。つまり二酸化炭素を分解して酸素を取り出し、残りの炭素と一酸化炭素を廃棄するということです。これは魅力的なテクノロジーです。なぜなら、宇宙船で火星に到着した後、現地の物質を加工して燃料を補給できるのですから。帰りの準備が整っていることを確認したうえで、地球を出発することができます」
3Dプリントが火星探査の他の課題に貢献するかもしれません。
「宇宙では輸送コストが極めて高いので、火星に調査チームを長期間滞在させると莫大なお金がかかります」とDo氏は説明します。「このようなコストを抑制する1つの方法が3Dプリントです。例えば、もし予備部品を地球から送る代わりに、地球から持ち込む原料――最終的には火星で資源を調達して作る原料――を使って現地で3Dプリントで部品を生産できれば、有力なコスト削減策になるでしょう」
現実的な努力
その他、火星での居住地開発という課題の解決に焦点を当てた取り組みも進んでいます。マーズ・シティ・デザインはその一例で、イノベーターや空想家、熱心なSFファンの人々がアイデアを披露する場を提供しています。
マーズ・シティ・デザインはクラウドソーシング型の設計運動で、建築家やアーティストを触発し、創業者のVera Mulyani氏の言う「火星でのサステナブルな生活のための新たな青写真」を生み出すことを狙ったコンペを毎年開催しています。各年のコンペは都市設計、建築、健康、インフラといったカテゴリーで構成され、いずれもアイデアの現実化を後押しすることを目的にしています。
Mulyani氏は、「マーズ・シティ・デザインの目標は、地球のサステナビリティに貢献する優れたテクノロジーの開発につながるようなイノベーションを、既成概念にとらわれずに考えることです。火星は、このように私たちが既知の領域の先に踏み出すモチベーションになりつつあります」と述べます。
科学的な観点で言うと、火星研究は人間が地球そのものを深く理解することに役立つ可能性があります。人類の観点で言うと、火星は人口増加への対策や資源不足の軽減に役立つかもしれません。 こうしたビジョンを実現するには、宇宙産業の独創的な機器メーカー、宇宙機関、規格/規制機関、学問界、研究機関、そして一般市民の連携が求められます。 火星関連イニシアチブを結集、発展、加速させる環境を作り出すために、ダッソー・システムズは3DEXPERIENCEプラットフォームが持つ設計、マルチフィジックス・シミュレーション、コラボレーションの機能を活用しています。検証や学習の場となるリアルで科学に基づいた仮想環境を提供することを通して、火星関連イニシアチブ――Mulyani氏のマーズ・シティ・デザインのコンペもその1つ――を支援しているのです。 これを実践するために、地球、月、あるいは火星に関する物質、引力、大気、構造の科学データを処理して正確なバーチャル・プラネットを作成しています。このモデルは世界各国のコミュニティ、宇宙船、探査車が収集するデータに基づいて絶えず更新されます。火星の仮想化