優秀なエンジニアの教育

産学コラボレーションで進化する、実践的な工学教育

Richard Humphreys
26 August 2020

社会が変化しテクノロジーが進化するにつれ、工学教育機関は学生たちを職場に適応できるよう備えるために、新たな方法を考案し適用しなければなりません。工学教育の推進に熱心な世界中の団体が、産学のコラボレーションを促進し、よりよい世界を設計するためのスキルを学生に身に付けさせようとしています。

気候変動、都市人口の急増、発展途上国における基本設備の欠落など、新たな課題が数多く浮上してきており、大学は新世代のエンジニアを、これらに取り組めるように教育しなければなりません。しかし、そのためには、大学は、学生たちがこれまでとは異なる方法で課題について考え、その解決に最先端のテクノロジーを使用できるようにも教育しなければなりません。

アメリカ工学教育協会(ASEE)エグゼクティブ・ディレクター Norman Fortenberry氏(Image ©Norman Fortenberry  

「職能団体としての最大の課題の一つは、メンバーたちと協力して真のエンジニアリングの実践を反映した学習経験を提供することです」と、アメリカ工学教育協会(ASEE)のエグゼクティブ・ディレクターを務めるNorman Fortenberry氏は述べています。それは難しい課題となることがありますが、労働市場のニーズを満たすように学生たちを準備させるという、工学教育に必要な第一の使命だと、同氏は続けます。

しかし、工学教育の変革を世界中で拡大・加速するための取り組みは、絶え間なく変化する課題です。、自らの文化や経済体制に特有の課題に直面しています。            

現実世界の問題を解決

工学分野の学生に現実世界の問題に取り組むチャンスを提供するプロジェクトの一つが、米ノースカロライナ州のキャンベル大学で開発されました。キャンベル大学の学生は、ボツワナの野生生物保護キャンプを訪問し、そこでキャンプ場のバッテリー(送水ポンプの電力)が非常に早く減ってしまう問題の原因解明に取り組みました。

大学が生き残るためには、教育モデルを変えなければなりません。そうでなければ、アルファ世代(2011年以降に生まれた世代)はなぜ大学に行く必要があるのかという疑問を持ち続けるでしょう。

グローバル・エンジニアリング・ディーンズ・カウンシル(GEDC)会長 Şirin Tekinay  

学生たちは、バッテリー内の酸性混合液があまりにも速く蒸発することを発見しました。解決するには混合液を入れ替える必要がありますが、それにはまず、脱イオン化したことをテストにより確認しなければなりませんでした。これは、海水魚の小型水槽を授業で作ったときに獲得したスキルです。結果として、全部で24のバッテリーを復旧させることができました。バッテリーは今後10年は十分持ちこたえることでしょう。そしてこのプロジェクトの間、学生たちは、地元の人々にバッテリーを維持する方法を共有しました。

このプロジェクトベースの現場学習アプローチは、十分な送電網が存在しない発展途上国の共通課題を解決するために価値ある支援をする一方で、学生たちに実際の作業から学ぶ機会を与えるという点で、従来の講義形式の工学教育と好対照をなすものです。

同様の試みとして、Fortenberry氏はボーイング社の協働的エンジニアリング推進のための航空宇宙パートナーズ(AerosPACE)プログラムを挙げます。これは、9大学の学部長と90人以上の学生が参加する、16週間のキャップストーンコースです。ボーイング社の従業員のサポートを受けながら、重要な社会的課題に対処可能な無人航空機の設計、構築、飛行に共同で取り組みます。

「このプログラムでは、学習科学を基盤とした社会工学的な協力環境の中で、産学官の関係者が一堂に会し、次世代の航空宇宙イノベーターに求められるコア・コンピテンシー(圧倒的な競争優位性)を構築します」と、ボーイング社の最高人材教育サイエンティストのMichael Richey氏は述べます。

「大学にとっては、工学系学生たちが、グローバルな世界に適応し理論と実践の落差を埋められることもメリットです。一方、産業界にとってのメリットは、現従業員と未来の従業員の間に師弟関係を構築するとともに、採用コストを削減し採用人材の質を高められることなどです」

教授方法

しかし、多くのケースにおいて、教育者は教える内容だけではなく教え方も変える必要があります。グローバル・エンジニアリング・ディーンズ・カウンシル(GEDC)会長のŞirin Tekinay氏は、変革を求めているのは雇用主だけではないと指摘します。学生たちもまた、理論ばかりで実践の機会のない講義にうんざりしているのです。

「大学が生き残るためには、教育モデルを変えなければなりません」と彼女は述べます。「そうでなければ、アルファ世代(2011年以降に生まれた世代)は、なぜ大学に行く必要があるのかという疑問を持ち続けるでしょう。結果として、プロジェクトチームに学生が参加する、より学生主導の教育モデルがもっと見られるようになると確信しています」

アルファ世代と同様、Z世代(1990年代半ばから2010年に生まれた世代)もデジタルネイティブであり、簡単に自由に情報へアクセスすることに慣れています。一般的に、その世代の学生たちは講義形式で概念を一方的に与えられることを望まないと、Tekinay氏は述べます。代わりに、現実世界の状況に、学んだ概念を適用する機会を望んでいるというのです。

「より問題解決型の学習に向けた進展も既に存在します。また従業員教育は、よりパーパス指向で経験的なものになりつつあります。」と、Tekinay氏は言います。「目的指向・プロジェクトベースの教育モデルは、意味や成果の感覚を提供することで学生たちをやる気にさせます。彼らは今、より大きな効用をもたらすために必要な情報を『引き出し』ます。結局のところ学生たちは、社会的、経済的、環境的価値を創出することに自分たちが貢献し、それにより、地球上での生活がいっそうサステナブルで健康的、安全かつ幸福なものになっていることを知りたいと望んでいるのです」

気候変動、都市人口の急増、発展途上国における基本設備の欠落など、新たな課題が数多く浮上してきており、大学は新世代のエンジニアを、これらに取り組めるように教育しなければなりません。

工学教育のための国際協会(IGIP)の事務総長 Michael Auer

学生たちはまた、職場で使われる先進的なデジタル技術を礎とし、使用に備えることを望んでいます。

「テクノロジーのスピードは変化しており、かつてないほど速くなっています」と工学教育のための欧州協会(SEFI)代表のYolande Berbers氏は述べています。「ビッグデータや人工知能(AI)など、デジタルへの大規模な移行が起きており、機械工でさえもAIについてある程度知っておかなければなりません。大半の工学部のカリキュラムにはプログラミングや統計学のコースがあると思います。しかし、AIやビッグデータのコースを用意しているところは、コンピュータサイエンス専攻以外ではほとんどありません。これは変わりつつありますが、変化は非常に緩慢です」

コラボレーションが鍵を握る

団体、教育界、産業界、政府の間で行われるコラボレーションは、そのような課題に対処するための中心的役割となり、教育者たちもそれに賛成しています。

たとえば、シカゴのイリノイ工科大学は、学習センターを新設して工学系学生たちがデジタル・エンジニアリング・アプリケーションを使えるようにするとともに、チームで作業をしてデータを共有したりプロジェクトを管理したりする機会を提供しています。

「本学部の学生たちが競争力を維持して、変化の激しいデジタルドリブンな職場環境で成功していけるようにしたいと思います」と、イリノイ工科大学の工学部長を務めるNatacha DePaola氏は述べています。「学生たちがキャリアを築いていくために必要なデジタルツールを効果的に使用できるようになることが、私の関心事です」

同センターでの共同カリキュラムや追加カリキュラムのプログラムにより、教室の中で学んだことを実践する機会を学生たちに用意していると、DePaola氏は述べています。

イリノイ工科大学工学部長 Natacha DePaola氏(Image ©Natacha DePaola

「学生は教師や企業のメンターと協力して、産業界のニーズを反映するように設計された問題に取り組みます。私たちは、学生のためのメンタープロジェクトの機会を見つけ、企業との関係を土台に教育を進めて行こうとしています。これは、デジタルツールの使用を理解していて知識が豊富であるという点に関して教育内容を最新に保つ上で、今日重要な要素です」

新しい学習センターはすばらしい進歩を遂げているとDePaola氏は述べます。「学習にビジネスプラットフォームを使用する、教材開発に参加する、プロジェクトで作業する、研究を進めるなど、学生たちはさまざまな活動に関与し、それが学習センターの取り組みの活性化に役立ってきました」

教育界と産業界の統合

革新的なプログラムの成功には業界企業からの積極的な支援と参加が必要であり、それは工学系学生が関与できるプロジェクトを大学に提供するだけに留まらないと、Fortenberry氏は述べます。

「その企業で働くことと学生の社会的関心がどのように関係するか、従業員になったらよりよい世界を創るのにどのように貢献できるのかということを、企業は学生に説明する必要があります。それが多くの学生にとって本当に関心のあることなのです」

北京の清華大学で開催された2019年のIGIPワークショップのテーマは「サステナブルな開発のための工学教育」でした。(Image © IGIP

企業はまた、工学系学生たちが他分野の専門家と協働できることを期待しているとFortenberryは述べます。バージニア工科大学で工学教育を学ぶ博士課程の大学院生、Benjamin Goldschneider氏は、この課題に正面から取り組み、学生たちが学際的アプローチの研究に4人のチームで作業するという試験的コースの構築を手伝いました。「この試験的な取り組みは成功したと思います」と述べています。学生が分野の壁を壊し、「産業界で働くためのよりよい準備」を行うのに、このコンセプトが役立ったと言います。

工学教育に関するインドと世界のコラボレーション(IUCEE)の会長を務めるKrishna Vedula氏は、社会参加は工学教育機関に、単一の組織では全ての答えを出すことはできない、という認識を促します。「社会が直面する問題は非常に複雑なので、それに対処できる唯一の方法はコラボレーションです。教育機関が全体の動きを把握するには、楽な領域から抜け出し、他の機関や組織を訪問して、産業界や社会の人々と接する以外に方法はありません」

ダッソー・システムズの教育と研修の機会について、詳しくはこちらをご覧ください

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