ボーイング787とエアバスA350の翼、機体、尾翼のほとんどは高度な複合材料でできています。また現在開発中の航空機の一次構造部の多くも複合材料でできています。ブレンデッドウィングボディ、骨格を模倣した構造、飛行中に変化する形状、エネルギーを蓄積する機内といった、ボーイングやエアバスが考える未来の飛行機を見ると、複合材料への期待は明らかです。
上記のような飛行機は、現在の材料では製作不可能なものもあるため、その実現にむけ、高度な複合材料が開発されています。しかし大規模な展開には製造、特に開発コストが障壁となっています。その理由の一つとして認証があげられます。数十年前のビルディング・ブロック方式で複合材の認証を得ようとすると、コストのかかる物理試験が何千と必要となります。
新しい複合材料、高度な設計ツール、製造工程の有効性をより早く、コスト効率よくドキュメント化する有望な手法として、物理試験の替わりにバーチャル・シミュレーションを実施する動きが複合材料の製造全体に広がっています。コンピュータを使用したシミュレーションにより物理試験が完全に無くなると考える人はほとんどいません。しかし、シミュレーションとコンピュータを使用した解析が、開発サイクルの効率化とコスト削減に今後より重要な役割を果たすと考える人は多くいます。
フラット化という課題
バーチャル試験の成功例は大気圏再突入時に切り離されるように設計された初の宇宙船燃料タンクです。米国メリーランド州、ウェストミンスターにあるCobham Life Supportでは、米国航空宇宙局ゴダード全球降水観測衛星向けに、炭素材繊維の複合材料を設計しました。コンピュータを使用した設計、試験を幅広く採用したこともあり、Cobhamの開発プログラムはNASAの目標値全て(コスト、スケジュール、多くの厳しい技術要件)に合致しました。
Cobhamでは30カ月のプログラムで破壊試験の数を半減し、およそ50万米ドルを削減しています。Cobhamのビシネス・マネージャーであるRobert Grandeは以下のように説明します。「試験チームと解析チームが協力して効率化を図りました。試験から実際の材料特性をモデルに入力し、物理試験の結果を使用して検証を行います。その間設計情報のやりとりも継続されます。サブコンポーネントから破壊圧力、疲労試験にいたるまで、試験結果が解析的予測と一致したことから、設計を終わる頃には全ての認定を完了することができました」
米国シアトルにある、ワシントン大学アウトモビリ・ランボルギーニ先端複合素材構造研究所(ACSL)の例もあります。この研究所では航空機、自動車の複合材料開発を組み合わせています。ACSLでは、ボーイング社、連邦航空局と共同して、ランボルギーニ向けに開発された、実績あるバーチャル試験の原則に則り、新しい複合材料と構造の認証を改善しています。
“「シミュレーション・ツールで設計内の不確かさ、それがどのように広がるか理解を深めることができます」.”
R. Byron Pipes博士
John Bray特別教授(エンジニアリング)パデュー大学
ACSLとボーイング社が協力して、ランボルギーニのアヴェンタドールのフル複合材モノコックの衝突性能予測に高度な解析メソッドを採用したことで、アヴェンタドールは衝突試験認証を初回でパスしました。以前のモデルでは2回、3回と試験する必要があり、1度の衝突試験で100万ドルかかるため、試験用の車両を作成するためのコスト、時間を別に考えたとしても、大きなコスト削減につながります。
完全なパラダイムシフト
業界の標準を越え、バーチャル試験を採用する、こうしたプログラムがある中で、米国パデュー大学、College of EngineeringのJohn Bray特別教授であるR. Byron Pipes博士はスピードが足りないと感じています。
新しい複合材料にバーチャル試験を採用する現在のトレンドは漸進的な改善にすぎず、複合材料開発を真の意味で開放するために必要な、完全なパラダイムシフトをもたらすものではない、とPipes教授は考え、次のように述べています。「実験に基づいた製造、(物理)試験をベースとした認証に未だに苦しめられています。複合材料を新しい機体に使用するための認可に、材料あたり、1億米ドルかかります。一度認証された材料を変更するのは、経済的に不可能です」
Pipes教授によると、今日の複合材料の開発は、実験が大半を占めており、支援といえば解析のみです。「コンピュータの力でこのパラダイムを変え、何千もの(物理)試験を信頼できる製造および性能マルチスケール・シミュレーションに置き換えることができます。そうすることで初めて、コストのかかる再認証を繰り返すことなく、材料組成、処理にイノベーションをもたらすことができるのです」
Pipes教授はバーチャル試験を今後さらに広げていくには、高度な解析、シミュレーション・ツールを広く浸透させ、複合材料の設計、製造における不確かさの起点と広がりの理解に幅広く使用するべきだと主張します。そのために教授が考えたのが、コミュニティインターフェースを通じて、クラウドでシミュレーション・ツールを提供できる、オンラインのComposite Manufacturing Hubです。Pipes教授は以下のように説明しています。「現在シミュレーション・ツールを利用できない人々にシミュレーション・ツールを提供し、シミュレーション基盤を強化する必要性と、クラウドソーシングから着想を得ました」
高度なシミュレーション・ツールは規模の小さな企業では購入できないため、大企業や大学を通じて利用するしかありません。しかしこの傾向は変わりつつあります。Pipes教授は言います。「複合材料のシミュレーション機能の一部は小型コンピュータやモバイルデバイスで起動するプログラムから利用できます」教授はクラウドベースのComposite Manufacturing Hubを開発に利用することで、コストを分散し、シミュレーション・ツールの利用を広げ、その開発を加速することを奨励しています。教授は言います。「製造プロセスをシミュレーションしなければ、複合材料のばらつきをとらえることは永遠にできません」
教授の考えを具現化したのがnanoHUB.orgです。10年で260のシミュレーション・ツールを1万2千名以上のユーザーに提供し、研究事業や、クラス、インタラクティブ・グループに関係する24万ものコラボレーティブ・コミュニティをサポートしています。2012年7月の12か月前、57万以上のシミュレーションが起動され、80の新しいシミュレーションが開発されました。またツール公開から、教室での初回使用までにかかる時間は平均で6か月未満です。
不確かさを減らす
今日、メーカーは組付け前に全ての要素、例えば飛行機であれば全ての部品を物理的にテストします。それにより、開発サイクルが長くなり、持続不可能なレベルのコスト負荷がかかります。Pipes教授は言います。「モデル検証における(物理)試験の必要性が完全になくなることはありません。しかしシミュレーション結果の不確かさに対応する、というよりはむしろ不確かさをうまく扱うことが必要です。シミュレーション・ツールで設計内の不確かさ、それがどのように広がるか理解を深めることができます」
50%
Cobham Life Supportはバーチャル・シミュレーションを使用し、NASA燃料タンクの破壊試験の数を半減、50万米ドルを削減。
この手法の可能性を実証する例として、教授は米国国家核安全保障局(NNSA)を挙げます。
米国の核実験モラトリアムにより、米エネルギー省に属するNNSAは本格的な物理性能試験を実施できません。米国の国立研究機関であるロスアラモス国立研究所に所属するNNSAテクニカルアドバイザーであるMark Anderson博士は言います。「15から20年ほど前、シミュレーションに基づく認証の実現に何が必要か、ロードマップを定義しました」このロードマップの主要要素として、マルチスケール、物理法則に則ったコンピュータ・シミュレーションを使用した検証済み予測機能への移行、NNSAシミュレーション・ツールの不確かさの定量化が含まれていました。
当初、NNSAはモラトリアム前の試験データを修正し、核爆弾の性能をシミュレーションできていました。しかし、こうした予測は、物理試験数が少なくなるにつれ信頼性が下がりはじめました。そのためNNSAは、予測モデルから検証済みの物理法則に則ったモデルへの切り替えを図りました 。
研究所ではまず、大規模な核実験から、コンピュータモデルで予測された物理現象を検証するために設計された、数多くの小規模実験に切り替えました。次にこのモデルをナノスケール、原子レベルからマクロレベル、実寸大レベルにまで関連付け、再び検証することで、予測機能の精度を高めます。産学連携でのパラレル・スーパーコンピューティングを通した実績についてはNNSAのビデオで詳述されています。ビデオ内で以下のようなコメントが紹介されています。「理論、実験に加え、コンピューティングが科学における第三の柱として認識され始めています」
必要とされていたマルチスケールの実現に加え、NNSAではシミュレーション・ツールの不確かさを定量化し、それを低減する試みを始めました。サイエンスベースのシミュレーションに関連する不確かさが、実験ベースの予測の不確かさより小さくなれば、モデリングを物理試験に置き換えられます。
フィジカルとバーチャルのバランス
Anderson博士はNNSAの手法を採用することが、複合材料モデリングの前進につながると考えています。博士は言います。「ほとんどの業界で最も適切な進め方は、これまでの試験に基づいた手法と、シミュレーションや不確かさの定量化 (UQ)に基づいた手法との間で適切なバランスをとることです」多くの論理が複合材料のインダストリーモデルを擁護する中、未だに実験テストデータに適合する、シンプルな数学的記述が使われている例は多いと博士は言います。
100万米ドル
ランボルギーニ・アヴェンタドールの衝突試験は1台で100万米ドル。
求められる進捗スピード
FAAナショナル・コンポジット・リソースのLarry Ilcewicz博士は、新しい複合材テクノロジーが設計者にとって金属と同じくらい開発、製造、認証コスト効率が良くならない限り、機体や航空メーカーが享受できる複合材料の直接的オペレーションコストメリットは、失われてしまうと言っています。
NASAが2009年、未来の航空機の課題として宣言した「解析による認証」からヨーロッパをべースとした解析関連の取り組みにいたるまで、「航空機の設計と開発を促進する新しい複合材構造ツールセット」を求める声は世界中に広がっています。欧州委員会のMAAXIMUS (More Affordable Aircraft through eXtended, Integrated and Mature nUmerical Sizing)プログラムの例もあります。このプログラムではマルチスケール予測、損傷モデリングを活用した、開発時間の20%短縮、開発コストの10%削減、機体の組立率の50%向上を目指しています。
“「シミュレーション機能を構築することで、例えば、試験コストを50万米ドルから10万米ドルに減らすことができます」 ”
Mark Anderson博士
テクニカルアドバイザーロスアラモス国立研究所
こうした先進的な取り組みはバーチャル試験で実現されるセービングと現場での可能性とのギャップを際立たせています。本当に使える複合材料技術を低価格で商品化することで、例えば1軸、非対称ラミネートの場合、アルミニウムと比較して40%の軽量化がはかれます。また、不連続繊維を使った、最適化トポロジ構造ではプリプレグと比較してコストを半減できます。複合材料製造は設計思想、地理、競争意欲の相違を乗り越え、科学に基づいたシミュレーション、バーチャル試験、解析ベースの認証に向け、その進化を加速させる必要があります
- Ginger Gardiner氏は複合材料の業界で20年の経験を持つベテランです。“複合材料を扱った雑誌数誌に記事を掲載し、「Essentials of Advanced Composite Fabrication & Repair」の共著者でもあります。”