Aerospace & defense

頭脳流出

Tony Velocci
25 April 2013

航空宇宙産業では、防衛計画の予算が徐々に減少し、業界で最も経験豊富な従業員たちが定年退職を迎えようとしているため、数十年分の「企業固有の知識」が失われるおそれが高まっています。専門家たちは、多くの企業がこの脅威を無視しているものの、積極的に解決策を探し求めている企業もあると述べています。

業務について多年にわたって習得されてきた特殊なノウハウを失わずにいることは、あらゆる業界に共通する課題です。しかし統計データによれば、航空宇宙・防衛(A&D)産業がそうした知識を失うリスクは、大半の業界よりも高くなっています。

『Aviation Week & Space Technology』誌の2012年度労働人口調査によれば、2015年までに、定年を迎える航空宇宙分野のソフトウェアエンジニアやシステムエンジニアの数はほぼ2倍になるうえ、研究開発の専門家、プログラムマネージャー、時間給の製造労働者の人員減は50%増加します。さらに、A&D産業は請負が基本であり、航空宇宙関連企業が2012年に募集した職のうち、ポストが埋まったのはほんの半分でした。

「航空宇宙産業は独特です。複雑な兵器システムの設計サイクルが長いだけでなく、システム全体のライフサイクルが人の一生と同じくらい長い場合もあります。これが航空宇宙産業独特の課題となっています」と述べたのは、Northrop Grumman Corporation社の元会長兼CEOで、3つの多国籍企業で取締役会に名を連ねるRonald D. Sugar氏です。

縮小が進む防衛計画

航空宇宙・防衛分野のプログラムは、完了までに数年を要するもので、最先端技術の開発を進める、多くの専門分野にわたるチームが関与します。しかし、新しいプロジェクトが開始される頻度は減っており、その傾向は、特に政府顧客の場合に顕著です。その結果、定年退職によって引き起こされる頭脳流出に、残念ながらレイオフの波が加わることになります。これらのすべてが、多年にわたる専門的なトレーニング、業務経験、技術的な試行錯誤を通してのみ培うことができる重要な知識が失われるおそれにつながっています。

Lloyd’s of Londonの最新リスク指標を考慮すると驚くべきことですが、多くの航空宇宙関連企業はこれから、そうした専門知識の
「銀行」となるシステムを構築しなければなりません。500人を超える最高経営幹部と取締役会レベルのエグゼクティブを対象とした世界的調査によれば、人材とスキルの不足は、現在の企業が直面する2番目のリスク要因となっており、それを上回るのは顧客を失うリスクだけなのです。

米国航空宇宙局(NASA)アカデミーのプログラム/プロジェクトおよびエンジニアリング・リーダーシップ担当ディレクターで、同局の最高知識責任者(Chief Knowledge Officer)を努めるEdward J. Hoffman氏は、毎日のようにそうした状況を目にしています。「民間企業から、ナレッジ管理についての支援依頼が多数寄せられていますが、その多くは航空宇宙分野以外の企業からです」とHoffman氏は語ります。

Hoffman氏は、航空宇宙関連企業がリスクの緩和を、コスト管理や輸出管理規制への対処と同じほど切迫した課題だと考えることはまれだと述べています。また、業界には、秘密主義的な文化があり、組織のナレッジを自社内に確保する傾向もあります。「航空宇宙産業の従業員には多くの強みがありますが、とても個人主義的で、過去の過ちに気が付かない傾向があります。このため、一層の率直さと、学んだ教訓を共有することが必要です」とHoffman氏は述べています。

しかし、多くの航空宇宙関連企業がナレッジの捕捉に後れを取っているのに対し、それを優先すべき課題と考え、多面的なプログラムを活用しながらスキルを捕らえるとともに、有効性を測定している企業も存在します。

手本となるリーダー企業

Rockwell Collins社は売上高50億米ドルの通信、航空エレクトロニクス企業で、他の企業がベンチマークとして使用してきたシステムを使用しています。Rockwell社のナレッジ&クリティカル・スキル担当マネージャー、Lynda Braksiek氏は、「ナレッジの管理は、日々解決を迫られている、プラットフォームの課題です」と述べています。

2001年に開始されたRockwell社の全社的プログラムは、三つの主な要素で構成されています。Rockwell社はまず、専門家のグループが多様な分野でベストプラクティスを共有する活動コミュニティを組織しました。およそ75のコミュニティのうち、60%が工学関連でした。2つ目は、「ePedia」という名前の全社的ナレッジベースで、専門家が常設のログに自分のベストプラクティスを記録します。情報はその後、公式のトレーニングプログラムにリンクされます。最後の要素として、Rockwell社は、主題にかかわる専門家を見つけるための人物検索機能を、グローバル展開する同社全体にわたって提供しています。

“「ナレッジの管理は、日々解決を迫られている、プラットフォームの課題です」”

Lynda Braksiek氏
Rockwell Collins社ナレッジ&クリティカル・スキル担当マネージャー

その他には、United Technologies Corporation(UTC)社が1990年代に、プロセス改善の機会を特定し、世界トップクラスの品質を確保するために、ACE(Achieving Competitive Excellence)システムを開始しました。ACEはその後拡張され、売上高530億米ドルの同社の組織全体をまたぎ、リソース計画およびナレッジの捕捉を行うツールやプロセスが導入されました。

UTC社で科学技術を担当するシニア・バイス・プレジデントのMichael McQuade氏は次のように述べています。「組織のナレッジを捕捉するプログラムは、便利に使用でき、長期的な視野に立って設計されていなければ成功は望めません。つまりナレッジの捕捉は、アクセスできるだけでなく、容易に更新できる方法で行う必要があるのです」

UTC社の取り組みの中心には、それぞれの分野で会社の科学的知識を「所有」している250人のテクノロジーフェローがいます。フェローは、企業全体にわたって、ナレッジの保持と移管に責任を負います。

保持しているナレッジの検索

宇宙ミサイルシステム、防衛関連エレクトロニクス、無人航空機のメーカーであり、売上高250億米ドルのNorthrop Grumman(NG)社は、Rockwell社やUTC社のように、ナレッジプログラムを積極的に強化しようとしています。

技術戦略担当ディレクターで、役割の一部としてNGプログラムを監督するDouglas Hoskins氏は、次のように述べています。「当社の技術者の数はとても多いため、ベビーブーム世代が退職していくペースを考えると、捕捉すべきナレッジの量は相当なものです」

ただし、NG社のシステムには短所があります。このシステムの検索機能では、利用者は情報を迅速に見つけたり、最も価値の高い情報に的を絞ったりすることができません。同社はこの問題の解決に向けた取り組みを推進しており、Hoskins氏は、「これは重要な強化です」と語ります。

しかしNG社の元CEOであるSugar氏は、ナレッジの捕捉だけでは範囲が狭すぎるのではないかと述べています。「Apple社のような会社の企業精神に示されているように、絶え間ない変革の文化をどのように実現するか、というのが、より適切な問いなのです」

Sugar氏は、最高の人材を引き付けるには、刺激的な研究開発プロジェクトの魅力に勝る物はないと語ります。「企業にとって、秘訣に類するナレッジを捕捉することも重要ですが、やりがいのある小さなプロジェクトを絶えず実施することに資金を割り当てて、技術者を創造的に関与させ続けるような技術者獲得環境を作ることも、勝利につながる道なのです。それが、長期的な価値を作り出し、従業員の活力を確保して、企業の競争力を維持する方法です」(Sugar氏)

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