2009年の金融危機以降、空の交通量は世界経済の伸びの二倍以上のスピードで増え続けており、空の旅に対する需要も 2030年にかけて倍増すると予測されています。大手航空機メーカー2社、エアバス社とボーイング社 今年の業績は順調な 伸びを示し、2000年に製造した数の二倍以上のジェット旅客機を納品しましたが、これは驚くには当たりません。
民間の航空宇宙産業にとっては素晴らしいことです。しかし、最近エアバス社のCOO(最高執行責任者)を退任したJohn
Leahy氏は、市場の需要に対応する際には展開するスピードが大きな課題になりつつあると語ります。2018年9月時点のエ
アバス社の受注残はおよそ7,400機ですが、これは現在のペースで製造した場合、製造し終えるのにおよそ9年を要する規模
です。ボーイング社の受注残もおよそ5,900機にのぼり、すべてを製造するにはおよそ7年を要します。
この規模の受注残に対応することがいかに困難であるかを最も正確に認識しているのは、最新のジェット旅客機を組み立て
るのに必要なコンポーネントやサブシステムを提供している、数百社に及ぶサプライヤー企業です。多くの企業が遅れない
ようにしようと懸命に努力しており、航空機メーカーは2019年には生産ペースを上げられそうですが、そうなるとサプラ
イヤー企業にはますます負荷がかかります。
さまざまな懸念
エアバス社とボーイング社の両社にエンジンを始めとする航空機用部品やシステムを提供している主要部品メーカーのユナ
イテッド・テクノロジーズ社で会長兼CEOを務めるGregory Hayes氏は、「非常に緩やかに、生産を一定のペースで増やせ
ばおそらく大丈夫だと思います。しかし、一度に増やすとまずいことになるでしょう」と語ります。
米国に本社を置くコンサルティング会社、AeroDynamic Advisoryのマネージング・ディレクター、Kevin Michaels氏も次の
ように懸念を示します。
「民間航空宇宙産業のサプライチェーンの生産ペースがこれまでにないレベルに上がることには多くの懸念材料があります
。たとえば、鍛造能力や鋳造能力は十分に確保できるのでしょうか。内装業者は生産力を高めることができるのでしょうか
」
業界関係者は、サプライヤー各社の生産計画や調達計画をより確認しやすくしてもらえれば、サプライチェーンの混乱に対
して早めに注意を喚起できるようになり、航空宇宙関連企業はある程度は生産を増強できると見込んでいます。
リスクの軽減や新製品の市場投入に要する時間の短縮については、ボーイング社とエアバス社はサプライヤーとより緊密に
連携することでこの10年間に大きな進歩を遂げました。一方で航空宇宙産業のサプライチェーンを構成する多くの企業が
、両社が必要としている正確な情報を提供する態勢を全く整えていません。
それでは、サプライヤー各社はどのような方法で両社の求めに応じ、生産能力を高めるのでしょうか。エアバス社の民間航
空機エンジニアリング部門でエグゼクティブ・バイス・プレジデントを務めるJean-Brice Dumont氏は、従来のコンピュー
タシステムや段階的な強化策は使わないと語ります。
「航空機市場は非常に堅調に推移しており、サプライチェーン全体のデジタル化をさらに進め、連携を強化し、リードタイ
ムを短縮して航空機製造プロセス全体を加速する必要があります」
ビジネスに欠かせない要素
自社が直面することになる課題を精査したエアバス社は「インダストリー4.0」戦略を推し進め、工場の製造現場をデジタ
ル化してサプライヤー各社の工場とリンクさせています。この手法の製造分野への適用を後押しするのは、さまざまなデジ
タル・テクノロジーの中でもとりわけビッグデータと各種分析機能、人工知能、拡張現実、自律型ロボット、シミュレーシ
ョン機能などです。ボーイング社やボンバルディア社も同じ手法を採用しています。
「サプライチェーン全体のデジタル化をさらに進め、[...]航空機製造プロセス全体を加速する必要があります」
JEAN-BRICE DUMONT氏
エアバス社エンジニアリング部門エグゼクティブ・バイス・プレジデント
ボーイング社のエンタープライズ・アーキテクト、Josh Schlager氏は「お客様はできるだけコストをかけずにより大きな
価値を実現したいのです。この手段を提供するのがデジタル化戦略です」と語ります。
航空機メーカーは工場に焦点を合わせたデジタル・トランスフォーメーションがビジネスに欠かせないと考えていますが、
その理由は容易に理解できます。
デジタル化戦略には、航空機メーカーやサプライヤーの工場の製造設備にスマートセンサーを組み込む作業、そしてそうし
た設備を複数の企業で構成されるネットワークに接続する作業などが含まれており、航空機メーカーは上流や下流の取引先
企業のプロセスや課題に関する有用な情報を得られるようになります。
航空機メーカーが期待しているのは、主要サプライヤーだけでなく二次サプライヤーや三次サプライヤーに関してもほぼリ
アルタイムのデータを取得し、それに合わせて調整したり学習したりすれば、より迅速な意思決定が可能になり、サプライ
チェーンの混乱に対しても早めに注意を喚起できるようになり、サプライヤー・ネットワークの効率性を全体的に高められ
ることです。最終的な目標はより良い仕事をすること、つまりエンドユーザーとなるお客様により少ないコストでより高品
質の製品を提供することですが、言うまでもなく、膨大な量の受注残も解消しなければいけません。
デジタル・トランスフォーメーションの潜在的な能力を最大限に引き出すためには、航空機メーカーはこれまでとは比べ物
にならないほど多くのオペレーション情報の共有を取引先サプライヤーに求める必要がありますが、これは容易なことでは
ありません。二次サプライヤーや三次サプライヤーは今でも途方もない値下げ圧力に曝されていますが、自社のオペレーシ
ョンが航空機メーカーに丸見えになってしまうと、こうした圧力がさらに激しさを増すのではないかと懸念しています。ま
た、新しくなるシステムやネットワーキングに要するコストについても懸念しています。これは、利幅が縮小している中で
の投資は容易ではないからです。
積層造形の分野でプロジェクトベースのサービスを展開しているMorf3D社のCEO、Ivan Madera氏は「現在の航空宇宙産業
は、我々が必要とするレベルの透明性は備えていません」と語ります。「それが変わる時は、大規模なものになるでしょう
。サプライチェーン全体をカバーする高度なコラボレーション環境をどのようにして実現するのでしょうか。まずは航空機
メーカーが着手する必要があります」
大規模な変革
エアバス社は、こうした大規模な変革が容易でないことを認識しています。
Dumont氏は「目指すべきところについては非常に明確なビジョンがあるため、おそらく大きく舵を切ることになるでしょ
う」と語ります。
エアバス社が目指しているのは、製造プロセスのすべての段階をシームレスに連携させることです。生産能力から品質に至
るまであらゆることに関して、好ましくない問題を排除するために必要なすべてのデータをベンダー各社が共有します
。Dumont氏は「目標とするのは、終始一貫して継続的に改善することです」と語ります。
こうしたビジョンを実現するために、航空機メーカーはサプライヤー各社に対して、「インダストリー4.0」環境の構築に
必要なデジタル・テクノロジーや、高度な技能を有する人材への投資を求めています。
ベンダー各社がそれぞれのやるべきことをしっかり把握できるように、エアバス社はベンダー向けワークショップを開催し
ています。
Dumont氏は次のように説明します。「現在の状態から目標とする状態に移行するためには、取引のあるすべてのサプライ
ヤーに参加してもらう必要があります。すべての関係者が気軽に参加できるエコシステムと考えるとわかりやすいかもしれ
ません。参加者は互いにつながり、協力しながら具体的な利益を実現できます。しかも、現在の生産ペースを維持しながら
進めていく必要があります」
Dumont氏は、この変革は5年以内に完了できると確信しています。
Dumont氏によると、「インダストリー4.0」戦略が従来の航空機プログラムで完全に機能し、その効果を検証できたら、エ
アバス社は次に、新しい航空機プログラムの立ち上げから最初の納品までに要する期間を40%は短縮したいと考えています
。開発の経常費用に関しても、最高調達責任者(CPO)のKlaus Richter氏は大幅な削減効果を見込んでおり、50%は削減
できると考えています。
エアバス社もボーイング社もデジタル・トランスフォーメーションに果敢に取り組んでいます。たとえば、Richter氏によ
ると、エアバス社ではインテリジェントなサプライチェーンや品質の「見張り塔」(全職務領域での透明性向上のために同
社が採用している体制)を導入しています。
「お客様はできるだけコストをかけずにより大きな価値を実現したいのです。この手段を提供するのがデジタル化戦略です」
JOSH SCHLAGER氏
ボーイング社エンタープライズ・アーキテクト
インダストリー4.0の先を見据える
航空機メーカーは、工場のオペレーションやサプライチェーンのデジタル化は大きなパズルの一片に過ぎないと認識してい
ます。航空機メーカーは工場の製造現場だけでなく、航空宇宙産業のエコシステム全体の完全なデジタル・トランスフォー
メーションへの取り組みに直面し、上流や下流を問わず、すべてのプロセスを「インダストリー4.0」環境に接続すること
になりそうです。
ただし、航空会社が自社の航空機の近代化を進め、飛行機の利用者がますます増加している中で、航空機メーカーと取引先
企業各社は当面、2019年以降に生産ペースを増強するにはデジタル化の潜在力をどのように活用するのがベストかを見極
める作業に力を入れることになります。
Dumont氏は次のように語ります。「我々は現在、業界全体の変革の初期段階にありますが、5年後には全く違った風景が見
えているでしょう。非常に難しい作業になりますが、航空宇宙分野の企業が必ず着手しなければならない行程です」
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