Construction Intelligence Center 社からPricewaterhouseCoopers (PwC)社に至るまで、建設業界の 動向を追跡している企業の大半は、同業界 がブームを迎えようとしているという意見 で一致しています。PwC社をスポンサーと してGlobal Construction Perspectives社 とOxford Economics社が公開したレポート 「グローバル・コンストラクション2030」に よると、同業界の規模は2030年までに複合 成長率で85%成長し、15兆5,000億ドルに 達する見込みです。これは世界全体の経済 成長率(年率3.9%)を上回るペースであり、 それを支える原動力は主に都市部の急激な 人口増加です。2011年時点で欧州の労働人 口の約7%が直接的に建設業界で雇用され ていました。
しかし、こうした輝かしい成長見通しの向こう に、暗雲も見え隠れしています。専門家たちが 声をそろえるのは、この業界が多数のセグメント(建築、エンジニアリング、建設に携わる 各企業と、大小さまざまな何十もの取引先企 業)に分断されていて、これほどの急成長に対 応する準備ができていないということです。 英国政府は1990年代からこの問題に取り組 んでいます。1998年の重要なレポート「リシン キング・コンストラクション」は、環境・運輸・地 域省(DETR)の統計登録簿に16万3,000社の 建設会社が登録されていて、その大半を雇用 者8人未満の会社が占めていることを明らか にしました。
分断化が生み出す混乱
「リシンキング・コンストラクション」は、広範 に行われる業務委託によって契約での関係 が目立つようになり、それがチームの継続性 を妨げる一因になっていると結論づけていま す。このような分断化がパフォーマンスを抑制 し、チームが力を合わせて効率よく働くことを 阻んでいるのです。
マレーシアでは2034年までに350万戸の 住宅建設が必要とされていますが、同国の 「ジャーナル・オブ・エンジニアリング・サイエ ンス・テクノロジー」誌は2014年2月号で、設 計、製造、建設のアプローチが分断されてい るために調整不足やプロジェクトの参加して いる企業の孤立が生まれ、その結果、様々な 誤認や誤解を招いていると報告しました。こ のような状況はプロジェクトの分析、例えば原 価計算、維持管理、オペレーションに悪影響 を与えます。統合、調整、コラボレーションが 行われなければ、競争力が損なわれる可能性 があります。場合によっては不適当な設計ソ リューションにより、悲劇的な結果を招きかね ません。
「このデータからは、プロジェクトの受け渡しが統合されていると、 大幅にパフォーマンスが向上し無駄が減少するという相関関係が 明らかになりました」
DONNA LAQUIDARA-CARR氏
Dodge Data & Analytics社 インサイトリサーチ担当ディレクター
法的な難しさ
バンクーバーを拠点とする総合建設技術会 社CadMakers Virtual Construction社の共同 創業者でCEOのJavier Glatt氏は、分断化の原 因をたどると法的責任に行きつくと語り、「分 断化をもたらすのはリスクと責任に関する問 題であり、それらが業界内で分担されている ことです」と指摘します。
建築物の規模や複雑性が増せば増すほど、高 度な専門スキルが各工程で求められることに なります。指名される各層の請負業者は、それ ぞれの作業を担当するだけでなく、リスクの 一部も引き受けるのです。Glatt氏は出資者と 請負業者の間にインセンティブのずれがある ことを指摘します。つまり一方がコストの抑制 に力を入れるのに対し、もう一方は予算を増 やして利益を得ようとするということです。
設計プロセスでさえ、構造、ファサード、ビジュ アライゼーション、分析、各種ビルシステムに 関する責任をそれぞれ別の専門会社が負うこ とで、分断化が進んでいます。しかし、まだ改善の余地がたくさんあるという点には希望が 持てます。
Glatt氏は次のように述べます。「プロセスを自 動化したり、オフサイトで製造したコンポーネ ントを現場に運んだりすることで、リスク、コス ト、無駄、エラーが減少します。全員がアクセ ス可能な単一の統合3Dモデルで作業するこ とで、請負業者の間でコミュニケーションをし ない、あるいはできない場合と比較して、たく さんの問題を解決することができます」各請負会社がそれぞれに独自のモデルや データを保有していると、エラーや連絡ミス が発生する可能性が高まります。Glatt氏は、 統合されたプロジェクトモデルによって「建設 業者が、プロジェクトにおける自社の役割や 他の請負業者との相互関係を理解できます。 自社のコアなスキルに注力し、問題を解決し、 より良い仕事ができるのです」と言います。
数値に表れる差
このような見方は、北米の建設業界に関する データ、分析、ニュース、インテリジェンスを提 供する有力企業のDodge Data & Analytics 社が実施したリサーチでも裏付けられていま す。同社インサイトリサーチ担当ディレクター のDonna Laquidara-Carr氏によると、同社が リーンコンストラクション協議会と共同で実 施した研究で、建築・エンジニアリング・建設 (AEC)業界のデータを分析したところ、分断 化に悩む「典型的なプロジェクト」の場合、ス ケジュールが遅延したものが92%、予算が超 過したものが85%、品質面の欠陥に悩まされ たものが63%に上りました。
Laquidara-Carr氏は次のように述べます。「こ のデータからは、プロジェクトの受け渡しが 統合されていると、大幅にパフォーマンスが 向上し無駄が減少するという相関関係が明ら かになりました。そして、こうした恩恵を引き 出すカギは初期段階でのコラボレーションに あるという話を、私たちは何度も耳にしてい ます」
同氏によると、このデータから「典型的なプロジェクト」の中でプロジェクト統合ツールを導 入していたオーナーはわずか1%だったこと が分かりました。しかし業界内の「最高のパ フォーマンスのプロジェクト」では22%がこう したツールを使っていました。そして「最高の プロジェクト」の68%がチーム内にポジティ ブな化学反応があると答えたのに対し、「典 型的なプロジェクト」ではわずか10%にとど まりました。「最高のプロジェクト」の61%で チームがよく統合されていたのに対し、「典型 的なプロジェクト」ではわずかに9%でした。
Laquidara-Carr氏によると、このデータが示唆 するのは、すべての利害関係者(施主、請負業 者、取引先を含む)が、1つのチームとしての 働きを促す仮想の「大部屋」に統合されたと きに、AEC業界はより効果的に機能するという ことです。仮想の「大部屋」とは、オンラインの コミュニケーションやコラボレーションのた めの統合プラットフォームを意味します。
分断化対策として最初に登場したのがビ ルディング・インフォメーション・モデリング (BIM)です。しかし業界での導入事例を見る と、成功したものばかりではありません。
英国を拠点とする専門的な海洋土木工学コ ンサルティング企業のBeckett Rankine社で ディレクターを務めるTim Beckett氏は、全長 25km、直径7.4mのテムズ・タイドウェイ・ト ンネルの設計を請け負っています。このスー パー下水道の建設予算は42億ポンド(52億ド ル)で、深さは65mに達します。
Beckett氏によると、従来のBIMシステムは「扱 いづらく、購入費用が高く、運用に専門的な スキルを必要とする」可能性があります。しか し、BIMの長所や機能を生かしつつ、あらゆる スキルレベルの人々が幅広く情報にアクセ スできるクラウドベースのアプローチにはメ リットがあると言います。
Beckett氏は次のように述べます。「テムズ・タ イドウェイ・トンネルは100年以上の運用が見 込まれています。そのためすべてのデータは 将来も使い続けられなければなりません。こ れほどの規模で運用されるクラウドベースのプロジェクト管理ソリューションの場合、関係 者が現在から将来にわたってシンプルで簡 単、安価、永続的、追跡可能なデータアクセス が必要でしょう」
大陸もまたいで一つに
ニューヨークを拠点とする建築設計事務所 SHoP Architects社で、仮想設計・建設担当 ディレクターを務めるJohn Cerone氏は、次の ように述べます。「非常に複雑なプロジェクト についてじっくりと考えるためには、視覚的シ ミュレーションと高精度のデータが必要です。 従来のBIMは建築・建設作業の従来型の手法 を支援します。しかし建設業者は、高品質で統 合された3Dのクラウドベースのアプローチの 方が効率が良く、より利益が上がるということ を認識しつつあります」
業界が建築プロジェクトのデータ管理に統合 アプローチを採用するのは時間の問題だと Cerone氏は見ています。
Cerone氏は「建築・建設業は世界経済の中で も大きな割合を占めているため、効率化を通 して何十億ドルものお金を節約したり、生み 出したりすることができます」と述べます。心 強いことにSHoP社には、統合アプローチの恩 恵を共有したいと考える建設業者から、関心 の高さを示す声が届いています。
断片的で、直線的なプロセスを、統合アプ ローチを可能にする同時並行の作業手法に 置き換えることで、設計から製造までのプロ セスがスピードアップします。さらに、財務面 を厳格にチェック、維持し精度を高めることが できます。「自動車メーカーは1台の車にどれ だけの鋼鉄が使われるかをミクロン単位で把 握しています。なぜ同じことを建築物ででき ないのでしょうか」とCerone氏は述べます。
SHoP社は現在進行中の、ボツワナの研究開 発支援を象徴するボツワナ・イノベーション・ ハブの建築プロジェクトを通して、大陸をまた いでハイレベルな「デジタル作品」を作り上げ ました。Cerone氏によると、その結果「無駄を 排除するスピード、徹底した高精度の製造、 完璧な予算管理」が実現したと言います。
「実際にイノベーションを引き出し、より大き な利益を生み出し、より優れた建築物を作れ るようにする新しい3Dモデルベースのパラダ イムがAEC業界全体に広がりつつあります。 業界は変貌しようとしていて、自分もそこに参 加していると思うと胸が躍ります」◆