Barbara Weirさんの生命力あふれる抽 象画には、緻密なドットと絵筆のスト ロークで自らの来し方が表現されてい ます。鮮やかな色彩のリズミカルな渦やなめ らかなドットが描くのは、彼女が育ったアボ リジニの故郷、ユートピア(Utopia)にインス パイアされた秘密の伝承——彼女が家族 から引き離される前に聞き覚えた昔話です。
Weirさんは当時を思い出し、次のように語っ ています。「私たちには身体に物語の絵を描 く習慣があります。儀式になると、子供たち には決まってボディ・ペインティングが施さ れました。私の祖父と祖母、それに叔父や叔 母は砂の上に物語を描いてくれることもあり ました。これらの物語は4万年以上もの間、 世代から世代へと受け継がれてきたので す。だから私は、物語をキャンバスに描き、自 分の子供たちに残したかったのです」
盗まれた子供時代
ユートピアの有名アーティストであったMinnie Pwerleさんとアイルランド人の農場主Jack Weir氏との間に生まれた彼女は、アボリジニ の子供および混血児を家族の元から強制的に 連れ去り、施設や里親家庭に送るオーストラリ ア政府の政策の犠牲になりました。政府による 隔離が開始された10歳から、彼女はいくつか の養育施設に移送されました。Weirさんの隔 離期間は13年以上に及び、再び自らのルーツ に戻りつくまでに50年もの歳月を要しました。
揺れ動く草を力強い絵筆のストロークで描 いた作品『グラス・シード(Grass Seed)』は彼 女が口にしていた食物を回想したものです。 「私たちは大きな農場から食料の配給を受 けていたことがありましたが、そうした食料 は保存が効くものではありませんでした。ア ボリジニは昔から、茂みの中で見つけた種子 に奥地に入って採取した『ブッシュ・タッカー』 (アボリジニが伝統的に食してきた同国固 有の動植物)を混ぜて食べていたのです」
『母の故郷(My Mother’s Country)』と題した 作品では、鳥の目線で景色を描いています。幾重にも重なる緑、青、黄土色のドットが表現 している神聖な地上のシンボルや川は、彼女 の家族が儀式の時に身体にペインティングし たモチーフであり、彼女はこれらすべてを「母 の故郷の特別な場所」だと説明しています。
しかしWeirさんは、これは彼女の母親の物 語であって自分のものではないと言います。 「私の父がアボリジニだったら、話は違って いたでしょう。物語のいくつかを教えてもらう のに、私の場合は母方の祖父から特別な許 可を得なければならなかったのですから」
過去との和解
太古からの伝統を深く理解したことで、彼女 には強い決意とファイティング・スピリットが 芽生えました。
「初めて故郷に戻ってきた時、母は私を拒絶 しました。それまでの白人たちとの生活とあ まりにも違っていたため、私が怯えていたか らでしょう。アボリジニの言葉さえもう話せ なくなっていましたから、私たちが通じ合う までには長い時間がかかりました」
Weirさんの叔母で有名なアーティストの Emily Kngwarreyeさんが帰郷を歓迎し、受 け入れてくれたことから、Weirさんはその地 にとどまりました。
ユートピアに帰ったことで、彼女は家族の信 頼を取り戻しました。「最も難しかったのは、 言葉を学び直すことでした。習い始めたのは 夫と別れて故郷に戻ってからです。というこ とは、離婚しなければ、絵を描くこともなかっ たということかしら」とWeirさんは冗談っぽ く語りましたが、実際にユートピアへの帰郷 が、彼女が絵を描くきっかけとなりました。
叔母のKngwarreyeさんの影響も受けまし たが、Weirさんはアーティストとして独自の 道を進みました。「Emilyには彼女自身の語るべきストーリーがあります。彼女と同じよ うにすることなど私には到底できません。分 かち合うべき物語は一人ひとり違うのです」
アーティストとしての道のり
1970年代にアボリジニの土地権運動に参加 したWeirさんは、1985年にウラプンタ先住 民族協議会(Indigenous Urapunta Council) の女性初の会長に就任しました。彼女が絵を 描き始めたのは1989年、45歳のときです。
創作素材やスタイル、技法について試行錯 誤し、インドネシアでバティック(ろうけつ染 め)も習得しました。最終的に彼女の作品ス タイルを決定したのは、彼女の家族の物語 と自然でした。
「故郷に戻るとたくさんのことが学べます。 叔母たちは私に会うと、その土地に何がある かを説明してくれます。私への信頼が強まる ほど、より多くのことを教えてくれるのです」
Weirさんは「Barbara Weirのオーストラリ ア」と題したオーストラリア政府観光局のコ マーシャルに出演し、2009年には『オースト ラリア・アート・コレクターズ』誌主催の収集 価値のあるアーティストトップ50の一人にも 選ばれました。渡航は13回に及び、世界各 地で依頼された作品の制作や物語の伝承、 ワークショップの開催などを行っています。 「作品を気に入り、私の物語を買ってくれる 人たちには感謝の言葉しかありません」
Weirさんは最近の作品の中で彼女の母親 の故郷に敬意を表しています。「故郷には川 が流れています。川は儀式の時のボディ・ペ インティングのモチーフであり、少女たちに 昔話を伝えに行く場所でもあります」
Weirさんには、彼女の父親の故郷であるア イルランドを訪れ、その場所を描きたいとい う夢もあります。「いとこが家族で経営する 農場の写真を送ってくれました。どうしても そこへ行ってみたいのです」
Weirさんは彼女の絵がアボリジニ文化に 関する国民教育の一助になることを願って います。「みなが仲良くできる世の中はまだ ずっと遠く、アボリジニはいまだに受け入れ られていません。前進はしていますが、やる べきことはまだたくさんあるのです」