シカゴ西部のトウモロコシ畑跡地にあるアルゴンヌ国立研究所は、リチウムイオン(Li-ion)電池研究の拠点です。しかし、この研究所のクライアントはもはや従来の取引先である家電会社だけにとどまりません。
アルゴンヌ国立研究所はゼネラルモーターズ社、BASF社、LG Chem社、ゼネラル・エレクトリック社に研究成果の使用許諾権を供与しています。これらの企業はどれもリチウムイオン電池を製造または使用する主要企業であり、リチウムイオン電池技術を改良する方法を模索しています。目的は、ニュースに取り上げられるスマートフォンの発火を防ぐ方法を見つけることだけではありません。むしろ、アルゴンヌ国立研究所で働くほどの研究者は化学組成の微調整、バッテリーを管理するシステムを改善することによる新たな用途に向けた性能の最適化、バッテリー寿命の延長に取り組んでいます。
その理由は、電気自動車での耐用年数15年や蓄電での30年など、新たな用途によるバッテリー寿命の延長が求められているからです。
「輸送に関して言うと、エネルギーだけではありません。(バッテリーからの)電力も必要です」と、約20年にわたりバッテリー研究に取り組んできたアルゴンヌ国立研究所の上級研究員であるDaniel Abraham氏は語ります。「自動車ならできるだけ短時間で加速できるようにしたいでしょう。これは、配電網でのニーズとも異なります。風力からエネルギーを得る場合には、できるだけ早くエネルギーを得たいでしょう。つまり、高い電荷容量が必要です」
3つのレベルでの研究
このような要求に応じるために、バッテリー研究者は強力なコンピュータアルゴリズムを利用し、3つのレベルでバッテリーの性能をシミュレートしモデル化しています。
ナノ(分子)レベル。 研究者は何千もの異なる化合物のデータベースを使い、リチウムイオン電池の化学組成のわずかな差異が性能にどのような影響を及ぼすかを見つけ出していると、ボストンを拠点とする技術革新アドバイザリーサービス業であるLUX Research社のアナリストChristopher Robinson氏は言います。「これは材料開発で最も話題の分野の1つです」
例えば、少量のリン酸塩、ニッケル、マンガン、またはコバルトがバッテリーの性能に大きな影響を与える可能性があります。高性能計算処理能力とソフトウェアの進歩が相まって、何千ものこのような検査やシミュレーションを実世界で行うよりもはるかに高速に実現できます。その結果は実世界の実験で精査する必要がありますが、仮想試験でプロセス全体が大幅に加速します。
メソスケールレベル。 単純な民生品は1つのバッテリーセルを使いますが、大規模な用途になるほど複数のセルをまとめたバッテリーパックが必要になります。カリフォルニアを拠点とするスタートアップ企業Romeo Power社では、セルをまとめたときの相互作用の解明に重点的に取り組んでおり、アルゴリズムを利用してセルの性能を監視しています。
Romeo Power社はSpaceX社、テスラ社、サムスン社、アマゾン社で以前に働いていた設計者や技術者によって2014年に設立されました。バッテリーセルは製造していませんが、この分野を席巻する日本や韓国の企業からセルを購入しています。そのうえで、Romeo Power社はセルを組み合わせて4つの業界向けのバッテリーシステムに最適化しています。フォークリフト業界、電力貯蔵業界、自動車業界、そしてノートパソコンやスマートフォン用のSaber充電器などの民生品業界です。
「当社では事前の設計作業をすべて(コンピュータで)理論的に行い、システムの約95%は完成します」と、Romeo Power社の共同設立者兼最高技術責任者Porter Harris氏は述べています。シミュレーションソフトウェアのおかげでRomeo Power社は流体力学や熱流などの因子を迅速に解析できます。どちらもマルチセルシステムの性能を最適化するのに不可欠なものです。
「理想的な構成は、基本的にシングルセルシステムに見られる構成です」と、Harris氏は言います。「その構成に近づくほどよい状態になります。すべてを結合するには何度も繰り返す必要があるため、まず理論的に行うことが重要です」
また、Romeo Power社ではバッテリーパックでマスターコントローラーを使うため、時間に伴うバッテリーシステムの健康状態と出力性能の継時的なデータを継続的に収集できます。「バッテリーの状態を常に把握しておきたいのです」と、Harris氏は語ります。
システムレベル。 このレベルでは、バッテリーパックが電力を供給するシステム全体に接続した状態(例えば、メーカーがバッテリーパックをその他の自動車システムと接続した状態)でのバッテリーパックの性能を研究者に表示します。
「ソフトウェアを使うと、メカ動力と電力を自動車の他のほぼすべての部分に容易に接続できます」と、オーストリアのKreisel Electric社の上級研究員Johannes Pumsleitner氏は述べています。「システム全体を構築し、電圧、電流、または熱容量などのあらゆる物理的パラメータを試すことでシステムのシミュレーションを開始できます」
Kreisel Electric社はサプライヤーからのセルを使ってバッテリーパックを製作し、自動車システムを完成させます。
バッテリー内温度の制御は、過熱による発火の危険があるため慎重を期する問題です。この課題を研究して対処するために、Kreisel Electric社ではある一定レベルの電流やワット数に達するとバッテリーの性能のシミュレートを行います。また、外部温度が変動したときの特定のバッテリーの挙動もシミュレートします。
バッテリー管理システム全体では、数ある構成要素の中でも自動車のパワートレインコントローラーと冷却システムにバッテリーを接続します。「冷却システムとバッテリーパックシステムの挙動を制御できればできるほど、非常に高いレベルでのバッテリーの長時間の使用が可能になります」と、Pumsleitner氏は語ります。
Kreisel Electric社のシステムでは、予測アルゴリズムを使って外的影響が変化したときの性能を予測します。「自動車のエネルギー管理システムが、車が5分以内に山で登坂を始めることが認識できれば、バッテリーパックの出力を少し低下させてオーバーヒートしないようにすることができます」と、Pumsleitner氏は言います。
すべてを一つに
残る1つの大きな課題は、それぞれのレベルでのバッテリーの試験と分析を担うソフトウェアシステムを連結することです。つまり、バッテリーパックと最終システムの下層メーカーは、資金と時間をかけてバッテリーの性能を正確に理解しなければいけません。
5%~10%
リチウムイオン電池の年次改良増加率の予測
「3つのすべてのレベル(ナノ、メソスケール、システム全体)のシミュレーションと制御を連結し、バッテリーの原子構造をシステム全体の性能という観点で理解できるようにすることが最終目的です」と、アルゴンヌ国立研究所のAbraham氏は述べています。「現在のところはまだその域には達していません」
この業界の大多数が持続的な進歩は可能だと考えています。しかしこれは、時間のかかる物理的試験を実施せずに済ませなくてはならないということです。物理的試験が少なくなれば、技術はより多くの用途に使用できるようになるはずです。
Romeo Powers社のHarris氏は言います。「現時点では物理的試験無しにはできませんが、間違いなくリチウムイオン革命が起こっています」