最高の中の最高

世界トップクラスの学校に共通する「学習の個別化」

Christian Füller
26 October 2013

フィンランド、韓国、カナダの学校は、教育制度に関する国際比較で常に上位にランクされています。その共通点として挙げられるのが、教職に対する敬意の高さと、生徒一人一人に合わせた学習の個別化です。

時間は午前8時過ぎ、場所はフィンランドのヘルシンキ近郊エスポーにあるOlari High School(オラリ高校)。校内放送で流れ始めたのは、フィンランド版Justin Bieberとも言うべきポップシンガー、Robinの曲。校内の誰もが足でリズムを取り始めます。この学校は生徒たちに乗っ取られてしまったのでしょうか。「いいえ」と、Kaisa Tikka校長はほほ笑みます。「わたしたちは毎朝、何か楽しいことでその日の学校生活をスタートさせたいと思っています。そのため、1日の始まりと学習の始まりを告げる音楽を生徒たちに決めさせているのです」

生徒中心の学習

Olari High Schoolはオルタナティブスクール(従来とは異なる教育方法を採用した学校)ではなく、フィンランド有数の一流校です。たとえば、Olariの生徒は北欧数学コンテストで何度も優勝しています。しかし、その優れた実績にもかかわらず、同校はフィンランドでは取り立てて特殊な学校というわけではありません。同校が世界的には特殊な学校である理由は、生徒をものごとの中心に据えることを重視しているからです。

フィンランド、カナダ、韓国は、世界の学校教育に関する比較調査「Program for International Students Assessment」(PISA:OECD生徒の学習到達度調査)で毎回、成績上位国に名を連ねています。この三つの国の学校を比較すると、生徒を中心に据えていることが共通点としてまず浮かび上がります。それぞれの国の教育制度がどのようにして生徒をカリキュラムの中心に据えているのか、その方法に関しては、文化や土地柄によって次のように異なります。

◦小国であるフィンランドは、自国の学校教育制度を過去40年間で建て直し、学問的な成功モデルへと変貌させた。この変貌は、「学校の奇跡」(school miracle)として知られる。
◦韓国では、規律正しく厳格な儒教的な学習文化があり、このことが一人一人に合わせた個別学習のレベルを高めることを可能にしている。
◦西洋の工業国であるカナダは、多様性に富むそれぞれの州に対し、独自の学校モデルを採用することを許可している。カナダは国としての教育省さえ設けていない。

厳選された最高の教員

世界的な学校教育調査であるPISA(OECD生徒の学習到達度調査)を考案したことから「ミスターPISA」と呼ばれ、その愛称が実名以上に有名なAndreas Schleicher氏は、高成績を修める学校にはもう一つの共通点があると考えています。それは教員です。

「フィンランド、韓国およびカナダは、教員という職業を最高の人材が志願する魅力的な選択肢にしています」と、40ヵ国が支持するOECD(経済協力開発機構)の教育局長を務めるSchleicher氏は述べています。「これらの国は、自国の教員が教育技術の分野におけるイノベーションを生み出し、自らと同僚のパフォーマンスを向上させ、教育実務の強化につながる専門的能力の開発を追求することができるよう支援しています。これらの国の教員は、専門職としての自律性を保ちながら、なおかつ協調の文化の中で働いているのです」

「フィンランド、韓国およびカナダは、教員という職業を 最高の人材が志願する魅力的なものにしています」

Andreas Schleicher 氏
OECD(経済協力開発機構) 教育局長

Schleicher氏は世界中の教員について、どのような方法で訓練を受けているかという点に焦点を絞って調査を実施しました。その結果、明らかになったのは、フィンランド、韓国およびカナダはいずれも、教員の社会的評価が高い国であるということです。たとえばフィンランドでは、成績が最上位の高卒者だけが教員養成教育を受けることができます。そして、教員が非常に魅力的な職業であることから、最も優秀な生徒たちは教員を志望するのです。
「フィンランドのエリートは教職に就きます」と話すのは、フィンランド国家教育委員会の元委員長であり、フィンランドの「学校の奇跡」の立役者の1人であるJukka Sarjala氏。しかし、Sarjala氏によれば、優れた学校を作るための真の秘訣は、選抜ではなく統合であると言います。「7歳から16歳までの子どもは全員、同じ様な学校に入学します。豊かな南部から貧しい北部に至るまで、どの地方自治体にもこの種類の学校しか存在しません」と。このパターンは韓国やカナダでも同じです。これらの国も、非選抜が特徴です。

「統合的な学校を作っているのは、異なるスタイル、すなわち異なる教育です」とSarjala氏。「教員は25人の異なる子どもを担当し、25種類の異なる教育方針を立てなければなりません」

フィンランドにおける英語の授業

その結果は机上では知ることができませんが、教室でじかに観察することができます。Olari High Schoolでの英語の教え方を例に取りましょう。一見、その教え方は伝統的な講義方式と何ら変わらないようでもあります。教室の前方では、教員が予定表に「チャーリー・チャップリン」と記入しています。しかし、この教員は講義をしません。その代わり、彼が受け持つ8年生の生徒たちは、名映画監督であるチャップリンについて英語の資料を使って自力で分析し、その結果を英語で発表するのです。

フィンランドでは、 「教員は25人の異なる 子どもを担当し、 25種類の異なる 教育方針を立て なければなりません」

Jukka Sarjala 氏
フィンランド国家教育委員会 元委員長

小グループはそれぞれ、「The Great Dictator」(邦題:独裁者。チャップリン映画の代表作の一つ)、チャップリンの人生、映画に対するチャップリンの貢献という三つのトピックの中から一つを選びます。そして、そのトピックについてオンラインで調査します。その後、調査結果をクラス全体に向けて発表。教員はその様子を撮影します。教員はさらに、その発表について生徒たちとディスカッションし、英語の使い方に関してフィードバックを行います。この「ノーモア講義」スタイルの利点は、生徒がチャップリンについて自力で探究できることです。このアプローチを利用すると、生徒全員が確実に参加し、興味のあるトピックに関する自分の意見をまとめて表現することになります。

受動的学習から脱却した韓国

韓国の教育制度と言えば、反復練習ばかりを重視したものという固定観念があります。ところがよく調べてみると、韓国でもフィンランドと同様に、個別の課題によって生徒たちの自主的な学習が実現されているのです。

「かつては、講義と暗記を特徴とする『受動的』学習によって大学入試に備えることができました」と説明するのは、高麗大学で教育学の教授を務めるInn-Woo Park氏。「しかし、状況が変わったことで、受動的学習はもはや大学入試の準備には適さない方法になったのです」

以前の韓国の授業は、生徒たちが縦横に整然と机を並べて座り、教員の講義に静かに耳を傾けるというスタイルでした。現在のスタイルは大きく異なります。毎回の授業の冒頭では、教員が教室の正面に立ち、生徒に向かってその日の学習内容を紹介します。しかし、その後は、生徒たちがいくつかの作業グループに分かれ、コンピュータを使って自主研究を行うのです。

「かつての優秀な生徒とは、習ったことを記憶できる生徒のことでした」と、韓国の小学校教員であるCha-Mi Kwon氏は韓国の教育の変容に関するOECDのドキュメンタリーの中で語っています。「今日の生徒たちには、さまざまな情報源の中から有用な情報を選択し、それを自分のものとして作り直す能力が必要とされています」

カナダの生徒支援策

一方、カナダの学校の調査映像でも、韓国と同じような授業の様子が確認できます。教員がクラス全員の前に立って講義することはほとんどありません。その代わり、カナダの学校は、個別指導または特別訓練を通じて個々の生徒のニーズに合わせて行われるグループ別の自主学習を優先しています。あるグループの進度がその他のグループよりも速い場合、そのグループはそのまま自分たちのペースで学習を進めることができます。

カナダのマーカムにあるUnionville High School(ユニオンビル高校)では、生徒一人一人に対してオンタリオ州から「Student Success Teacher」(生徒の成功担当教員)が割り当てられています。「この用語が意味することに非常に期待しています。つまり、すべての生徒をサポートし、生徒一人一人にさまざまな成功の機会を持たせるということです」と、同校のSusan Logue校長は述べています。

オンタリオ州はカナダの中でも個別学習の分野において特に成功している州の一つです。その成功の一因は、オンタリオ州の生徒の4分の1がカナダ国外で生まれていることです。「わたしたちは、その多様性に対処する必要がありました」と話すのはオンタリオ州教育省次官補佐官のMary Jean Gallagher氏。「その対処策の一つとして、より困難な状況にある学校に対しては、より多くの支援とリソースが有意義な形で提供されるようにしているのです」

デジタル学習の台頭

フィンランド、韓国、カナダの教育制度はまた、常に変化を続けており、新たなテクノロジーや生徒の個性を生かすことによって成功を最大化しようとしています。この三つの国すべてにおいては、デジタルな学習環境でコンピュータとインターネットを活用することで、三者三様のメリットを実現しています。そのメリットとは、生徒が伝統的な題材を伝統的ではない方法で学ぶための手助けをすること、生徒に21世紀の重要なテクノロジーを使用するための準備をさせること、そして、個別学習を促進することです。

個別化された学習の場合と同様に、デジタル学習に対するアプローチも、それぞれの国の文化によって異なります。

韓国では2007年、国家的なデジタル化戦略がスタートしました。その際、教科書の完全デジタル化を目指して、技術開発のコンセプトが調整されました。2015年から、韓国のすべての生徒にタブレット型コンピュータを無償で配布する予定です。
それとは対照的に、地方分権的なカナダには学習のデジタル化に向けた国家的な計画はありません。各州が独自のアプローチを採用しています。

フィンランドでは、それぞれの学校に自主性が与えられています。たとえば、歴史の校外学習の後、生徒はオンラインで入手可能なテキスト、動画、写真を集めてタブレット上で電子ブックを作成することによって、その体験をまとめることがあります。Olari Schoolのある授業では、フィンランドの有史以前のはるか昔、すなわち氷河時代へ「タイムトラベル」するために、生徒全員にタブレットが配られました。生徒たちはそのタブレットを使用して、発掘調査の出土品の記録や、専門家へのインタビュー、文章や画像の作成を行いました。「何かとても新しいものを取り入れたかったので、まずはiPadから始めました」とOlari SchoolのTikka校長は述べています。「これは個別というよりは、グループ単位の学習プロセスです。iPadを使うことで、生徒たちはより多くのことを共有しています」

Olari Schoolでは、国からのサポートを必要としていません。なぜなら、校長が自分の裁量で使うことのできる予算を持っているからです。「わたしはタブレットの利点を理解していましたので、わが校のために一式購入しました」とTikka校長は説明しています。「教員のプロジェクトグループがそれを使ってテストを行いました」2013年現在、Olari Schoolの全生徒は11年生になるとタブレットを1台ずつ支給されます。

教訓/header>では、フィンランド、韓国、カナダの例から他の国は何を学ぶことができるのでしょうか。おそらく、最大の教訓は、何をすべきか、ということです。ハーバード大学で教鞭を取り、世界屈指の人気を誇る教育アドバイザー兼学校改革者であるフィンランドのPasi Sahlberg氏は次のように述べています。「面白いことに、これらの優良な教育制度には全く見られない事象が存在します。それは、政府主導による学校の民営化、標準化されたテストへの依存、学校同士の競争、あるいは、関係官庁と教員の対立です」

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