50年前の航空機業界は、スピードとキャパシティ(旅客輸送量)という目標に重点を置き、大量の燃料を消費し、大量の温室効果ガスを発生させていました。しかし今日では業界の姿勢は大きく転換し、サステナビリティと燃費に重点が置かれるようになっています。
エアバス社とボーイング社がそれぞれ製造しているジェット旅客機は、過去50年間で燃料消費量を70%削減したほか、二酸化炭素の排出量を80%、窒素酸化物の排出量を90%削減しています。また、主にエンジン技術と素材技術の向上により、75%の静音化も実現しています。
その結果、旅行需要が大幅に増加しているにもかかわらず、大型旅客機は、航空以外のほぼすべての輸送形態よりも、旅客マイル当たりで比較するとエコフレンドリーになっています。今日、航空機のCO2排出量が全世界のCO2排出量に占める割合は約2%です。
エアバス・アメリカの研究・技術担当バイスプレジデントであるAmanda Simpson氏は、次のように述べています。「航空機業界は、特に新技術に関して、多くの人が考えているよりも急速に発展しています」
ただし、航空機業界が気候変動に関するパリ協定の温室効果ガス排出量削減目標に貢献するためには、2050年までに炭素排出量をさらに80%削減する必要があります。これは、業界全体の排出量を2005年の半分に減らすことを意味します。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で航空業界は精彩を欠いていますが、需要は3~5年で回復し、その後も増大し続けると予想されています。つまり、航空機あたりの排出量が今よりも大幅に減るとはいえ、今後15~20年間に世界中で新しい航空機が数千機増えることを想定し、その上で全体の炭素排出量を削減しなければなりません。
我が国の目標は、2050年ではなく2035年までにカーボンニュートラルな飛行機を作ることです
Bruno Le Maire氏 フランス経済・財務大臣
今日、あらゆる機体メーカーがこの問題の解決策を追求しています。たとえば、2012年から2019年末まで、ボーイングは、長期のサステナブルな成長を確実にする目標の一環である ecoDemonstrator(エコデモンストレーター) と称したイニシアティブにおいて、50の異なる低燃費技術を777-200型の航空機でテストしました。
ボーイングの役員の一人は次のように述べています。「当社はエコデモンストレーター・プログラムに今後も引き続き取り組み、今後は、飛行をよりサステナブルなものにするイノベーションをさらに促進すべく、複数のプラットフォームにわたって追加のテストを実施する予定です」
ロールス・ロイスの最高技術責任者であるPaul Stein氏は、これらのイニシアティブが業界全体で年間平均1~1.5%の汚染物質削減率を達成しているものの、それだけでは十分ではないとし、次のように述べています。「正味のCO2排出量の削減のペースに追い付いていないのが現状です。さらに踏み込んだ取り組みが必要です」
エアバスのSimpson氏も同様に次のように述べています。「長期成長曲線を見る限り、このままでは2050年の目標を達成できません。イノベーションにフォーカスし続ける必要があります」
目標達成のペースを上げるため、複数の技術を組み合わせたサステナブルなソリューションの開発が現在進められています。その例としては、軽量化し、より空気力学を追求した機体や、民間航空会社が最短ルートを飛行できるようにする次世代の航空交通管理システムの導入、燃料の燃焼量の削減、旅客マイルあたりの排出量の削減などがあります。
新しい燃料源の開発は特に大きな注目を集めています。実際、2009年に締結されたサステナビリティ協定の一環として、エアバス、ボーイング、ダッソー・アビエーション、ゼネラル・エレクトリック、ロールス・ロイス、サフラン・グループナイテッド・テクノロジーズ(Raytheonとの合併を経て現在は レイセオン・テクノロジーズ)の各社は、協力して燃料開発を進めています。
Stein氏は、オーストラリアのキャンベラで開催されたエアブリージング国際会議(ISABE)で講演した際に、次のように述べています。「これまで以上にペースを上げてサステナブルな航空燃料の使用を促進し、使用量を拡大し始めなければなりません」
ボーイングの最高技術責任者であるGreg Hyslop氏は、次のように述べます。「燃料の観点からすれば、石油業界に代わり、我々が今すぐインセンティブを受ける必要があります」
また、ジェット旅客機の一部の飛行区間で電力を供給できる水素燃料電池が、現在、開発の初期段階にあります。
たとえばフランス政府は、エアバスA320の後継機を水素燃料で駆動することを目標に、環境に優しい技術の研究助成金として3年間で150億ユーロを投資することを計画しています。
80%
気候変動に関するパリ協定の温室効果ガス排出量削減目標に貢献するために、航空機業界が2050年までに削減する必要がある炭素排出量の割合
フランス経済・財務大臣のBruno Le Maire氏は、「我が国の目標は、2050年ではなく2035年までにカーボンニュートラルな飛行機を作ることです」と述べていますが、航空機業界の幹部たちは、従来のジェットエンジンからの抜本的な切り替えが2030年代半ばまでに完了するという見方には懐疑的です。その一方で、商用航空の脱炭素化にこれまで以上に多くの研究開発費が投じられ、その勢いは増しています。
調査アナリスト会社のマッキンゼーは、水素を主な航空燃料として使用することについて6ヵ月間の調査を行い、その結果、2020年6月、カーボンニュートラルな飛行機を2035年までに開発することは可能であると結論付けました。この調査では、ほとんどの航空機により適していると思われる液体水素に焦点が当てられました。
ドイツ政府もまた、水素が民間航空輸送のグリーン化に重要な役割を果たす可能性があると確信しており、航空機の推力と電気式ハイブリッド航空機において水素の使用をサポートする「国家水素戦略」に68億ユーロを投資しています。
フランスとドイツの両国のイニシアティブは、2020年初めに発表された、西ヨーロッパの産業の脱炭素化とデジタル化を加速する新しい戦略の要として欧州クリーン水素アライアンス(European Clean Hydrogen Alliance)を始動するための、欧州委員会の計画に沿ったものです。
安全性を確保した上での技術の発展
航空機業界が重視しているのは、よりサステナブルな燃料の開発だけではありません。主要航空機メーカーは、最も大きな進展を遂げている、軽飛行機と大型のデモンストレーション機の、電動および電気式ハイブリッドの推力にも注力しています。
たとえば2017年にエアバスとロールス・ロイスは、バッテリーや電気モーターも含めた未来の航空機のための先進技術を土台として、従来とは異なる推力の開発が飛躍的に進む可能性があることを認識し、E-Fan Xというプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトは2020年の初めに段階的に廃止されましたが、Simpson氏は、プロジェクトから得た貴重な知識がサステナブルな航空機の課題に対する中期的な解決策として役立つと考えており、次のように述べています。「目標は2030年代半ばまでにゼロエミッションを達成することです」
Simpson氏はこのように楽観的な見解を示す一方で、エアバス社が新技術の導入を性急に行うことはないことを強調し、安全第一の姿勢こそがエアバスのモットーであると述べています。