ロンドンに本拠を置く世界的な広告ネットワークであるAdfonic社は、英国内では人材探しがあまりに困難なため、R&D部門の大半を米国に移そうとしています。その一方Amazon社は、Google社に続いて英国で人材を探すという逆の動きを見せています。
このような地域をまたいだ人材対策は、経済面、市場面を考慮したものですが、今日のあらゆる規模の企業が直面している「グローバルな人材不足」という問題が慢性化しており、かつ拡大中であることを指し示す現象でもあります。
多くの国で失業率は高水準のままであり、労働力不足と言われてもにわかに信じられません。この問題は、雇用可能な人材と、需要があるスキルが一致していないことに原因があります。ヨーロッパでは、1995年から2005年までの10年間、サービス分野と知識経済分野での正味求人数の伸び率が、他の分野と比べて2~5倍でした。米国では2000年代に創出された仕事の70%が、複雑な判断、意思疎通、問題解決の力が求められる知識ベースの仕事で占められていました。いずれも、多くの米国人学生が身に付けられていないスキルです。
34%
2012年には、 41か国で調査された雇用主の34%が、 求人中の業務に必要な人員を 補充するのが困難だと報告しています。 Manpower group
グローバルな人材サービス会社であるManpower Group社の社長、Jonas Prising氏は、次のように述べています。「この新たな傾向の中でビジネスを成功させる要因として、人材にかつてないほどの価値が置かれています。この事実は、雇用主側が求めるスキルと実績を兼ね備えた有能な従業員をめぐる競争を激化させるばかりです。」
求職者とスキルのグローバルな不一致
Manpower Group社が41か国で実施した「2012 Talent Shortage Survey」という調査によると、調査対象となった雇用主の34%が、求人中の業務に必要な人員を補充するのが困難だと報告しています。それに対して、2011年の同じアンケートで同様に回答した雇用主は24%でした。人材を巡る競争は、特にエンジニアリング、専門職、商業および工業関係営業職の分野で激しくなっています。
ミシガン大学でマネージメントと組織について教鞭を執るSusan Ashford教授は、米国シリコンバレーなど、特定の狭い地域ではさらにスキル不足の問題が深刻になっていると指摘しています。最近の『Harvard Business Review』の記事の中で、教授は次のように指摘しています。「企業のほぼ60%が、業績低下の原因になりかねない「リーダーの人材不足」という課題に直面しており、それ以外の31%は、今後数年のうちに、リーダーの人材不足によって業績が悪影響を受けると予測しています。」
非常に多くの企業が、限られた数の有能な求職者をめぐって競合している状況で、人材不足の問題に対する解決策が次第に絞られてきました。つまり、現在の従業員の満足度を維持し、スキルが時代遅れになった従業員には再教育の機会を与え、教育機関と連携して、人材が必要な分野では若い従業員向けの教育を促進することです。
トップレベルの従業員の満足度を維持
再就職支援サービス会社のChallenger, Gray and Christmas社が2012年に行った調査によると、人事担当者の80%は、自分の会社は従業員の雇用に力を注いでいると述べています。また、67%は景気後退以前より、雇用の重視が進んでいると述べています。同社CEOのJohn A. Challenger氏は、「ゆっくりでも雇用市場が改善し続けるにつれて、より多くの求職者が新しい機会を求め始めるでしょう。その認識のもとに、雇用主は企業が低迷期を乗り切るのに欠かせない人材を維持する努力を強めています」と語っています。
Challenger氏は、スタッフを定着させるには昇給や役職者用の特典だけでは不十分だと指摘しています。「自分が高く評価されていて、やりがいがあり、自分の貢献が収益を左右すると従業員が実感できるように対策を講じることです。雇用契約とはまさにそういうことで、従業員と雇用主の間で同盟を結ぶようなものです。」
「この新たな傾向のため、 ビジネスを成功させる要因として、人材にかつてないほどの価値が置かれています。」
Jonas Prising
Manpower Group社
たとえば、世界的にレンタカー・サービスを提供しているEnterprise-Rent-A-Car社は、従業員の意欲を高いレベルに維持する、金銭面以外の数々のカギを見つけ出してきました。
同社は、前向きな業務環境を生み出すことを重視しています。ここでは、管理職は従業員に積極的に関わり、彼らの意欲を高めることを期待されています。そのために、管理職は従業員と良好な関係を築き、従業員が実績を上げるのに必要なすべての情報とツールを提供し、彼らの自己啓発の目標を把握し、優れた業績に対しては表彰するようにします。報奨は、ちょっとしたコンペティション、プロジェクトを率いる機会、新しいスキルのトレーニングといった形で与えられます。
従業員の満足度を高く維持することに力を注いでいる別の企業として、Google社が挙げられます。同社は一貫して、「一番働きたい会社」のトップを占めており、生産性を最大限に発揮できるようにスタッフを厚遇すると評価されています。
Google社でアナリティクスのエバンジェリストを務めるAvinash Kaushik氏は、同社での最初の年を振り返り、同社での勤務について気に入ったことを10件ブログに書きました。このリストには、カフェテリアの食事がすばらしい、「頭脳拡充の機会」がある、環境に配慮した技術が使われている、従業員トイレに気晴らし用の設備があるなど、一見ばらばらな話題が含まれています。内容は一般的ではありませんが、このリストには、社員が勤務時間中いつも満足して仕事に打ち込めるようにGoogle社が配慮していることが表れています。同社のように資力豊かな企業はまれですが、スタッフの満足度を重視するその姿勢は、どの企業でも見習うことができます。
在職中の従業員のスキル向上
Manpower社は、在職中の従業員が幸せであり続けるようにするだけでなく、組織は長期にわたる人材不足に対処するため、革新的で柔軟性に富んだ事前対応型の従業員管理戦略を考案せざるを得ない可能性があると示唆しています。これらの戦略には既存スタッフのスキル開発の重視が含まれるでしょう。
実際に、Manpower社の2012年度調査では、現在のスタッフのスキル向上と、成長や発展が見込まれるスタッフの昇進によって人材不足に対処している雇用主の割合が増えていることが示されています。この傾向は特に、人材不足がビジネスに大きく影響していると回答した雇用主の間に広く見られます。
たとえば、国際的な石油およびガス企業であるExxonMobil社は、各地域とグローバルの両方の必要人員を満たすために実施中の勤務時スキル開発プログラムに期待をかけています。同社は世界中で数千人の科学者とエンジニアを採用し、ビジネスに必要な能力とスキルを養うことを全力で支援するとともに、組織全体への知識の移転を図っています。
同社は2004年、ヒューストンに、探査、開発、生産、研究の全部門から年間4,000人以上の受講者を受け入れるためのExxonMobil Upstream Research Company Technical Training Centerを開設しました。ExxonMobil社が利用する第一級のトレーニング・センターの1つである同施設では、統合探査から、貯留層シミュレーションや高速ドリルの掘削孔管理に及ぶさまざまな主題について、トレーニング・プログラムを実施しています。2011年だけでも、同社の主要事業分野は、従業員のトレーニングに合計7,990万ドルを超える額を費やし、参加者は65,000人以上に達しました。会社の技術的能力を強化するため、約39,000人が4,600を超える専門的技術トレーニング・セッションに参加したのです。
7,990万ドル
2011年に、ExxonMobil社の 主要事業分野は、 従業員のトレーニングに 合計7,990万ドルを超える額を費やし、 参加者は65,000人以上に 達しました。
NES Global Talent UK社のアソシエイト・ディレクター、Sarah Taylor氏は、継続的な従業員トレーニングの必要性に関し、次のように述べています。「大きな組織は、将来的な人材確保の計画と戦略に目を向けなければなりません。その内容には、トレーニング、スキル向上、スキルの移転、グローバル規模でまとめた人材リスト、プロジェクトのタイミングが含まれます。類似のプロジェクトが終了する時期に注意してこのタイミングを決め、チーム・メンバーを移動させるのです。」
産業と教育の一体化
Taylor氏は、産業と教育の協力が重要であるとも信じています。「Institute of Chemical Engineeringの『Why Not?』という世界的な計画では、学校や企業と積極的に連携し、化学工学分野の仕事がどのようなものなのか、若者に教育しています。企業は科学の授業に参画し、工学の楽しさを若者に伝えることに積極的に関与しています。できるだけ早いうちに彼らを引き付け、教育期間全体を通して繰り返し働きかけることが非常に重要です」(Taylor氏)。
欧州連合(EU)の官報によると、質の高い初期教育を受けると、スキルを取得するための基盤が形成されて、生涯学習の意欲が高まります。現在の社会は、特にEU内では、知識社会への移行が加速していて、高度な資質を備えた従業員の需要が高まっています。この流れに沿って、多くの企業は高校以下の学校や大学といった教育機関と連携することで、将来の従業員の育成に取り組もうとしています。
「自分が高く評価されていて、 やりがいがあり、 自分の貢献が収益を 左右すると従業員が 実感できるように 対策を講じることです。」
John A. Challenger氏
再就職支援サービス会社Challenger, Gray and Christmas社CEO
Cisco India社の社長、Naresh Wadhwa氏は、「多くのIT企業は工学系の単科大学や総合大学と提携し、強く必要とされている産学問の協力関係を築いています。証明書のようにどこでも認められる基準の作成や、方針レベルでのカリキュラム変更さえ行われています」と述べています。「教育機関は、現在のビジネスの展開や技術標準に造詣が深い専門家から最新の情報を定期的に入手し、産業により関連性の高い内容となるように専門教育課程の講義内容を更新することができます」と語るWadhwa氏は、例としてCisco Networking Academyプログラムを挙げました。このプログラムは、インドの170以上の教育機関と協力し、デジタル・デバイドをめぐり、スキル・ギャップの解消を支援できる世界レベルのIT専門家の供給源を作ろうとしています。「あらゆる業界の主要企業が、人材開発を進めるために一歩を踏み出すことができれば、今の若者の競争力を高めて、地域の持続可能な長期的発展を支え、グローバルな需要に応えることもできます」とWadhwa氏は述べました。
STEM(科学、技術、工学、数学)と呼ばれる分野でのこうした教育も、学生を実務に向けて準備させる助けとなる方法として、幅広い支持を得つつあります。
この試みでリーダー役となっている組織の1つが、工学教育機関であり、フランスの最高学府、グラン・ゼコールの一角を成すSup四ecです。Sup四ecで行われている研究は、基礎研究であれ応用研究であれ、産業界が直面している現実のニーズに基づいていることが基本的な特徴となっています。
「研究と教育の密接なつながりを通じて、最新の科学技術の進歩を学生への講義、個別指導、実技指導に取り入れることができます」と説明しているのは、フランス技術アカデミーのメンバーであり、Sup四ecでジェネラル・ディレクターを努めるAlain Bravo氏です。「それゆえ、研究によって教育の質が最高であることが保証されるのです。一方、教育を継続することで、技術者は専門的な活動に従事し、新技術に適応したり、自分の総合的な能力を高めたりすることができます」(Alain Bravo氏)。
フランスでは、工学分野の学生は平均で毎年32,000人卒業していますが、十分な数とは言えず、人数不足は世界の先進国に共通する悩みとなっています。Bravo氏は、「現在の需要についていくには、どうしてもその数字を4万まで引き上げる必要があります。フランスの現状としては、中規模の総合大学や小規模の工学系大学が多いのですが、現在の教育界を再編し、これらの教育機関の一部を合併させて、より規模が大きい優れた教育拠点を作ろうとしています。この改革によって、より多くの学生を入学させて教育し、より高い水準に到達できると期待しています」と述べています。
Bravo氏は、企業がSTEMの教育分野で担う重要な役割についても強調しています。「Sup四ecは、産業界を支えるために産業界によって作られました。学生は教育課程の中で、実地訓練、就業実習、実業界からの定期的な接触と助言を通じて産業界の知識を身に付けます」と解説しています。
31%
今後数年のうちにリーダーの 人材不足によって業績が悪影響を 受けると予測している企業の 割合は31%に上ります。 Harvard Business Review
Bravo氏は、学生と産業界の活発な交流により、卒業後に何が求められるかを正確に学べるようにすることを勧めています。「すでに、9月に入学した新しい学生たちは、就業実習に就きました。彼らにそのような経験を与え、将来の必要に備えさせることが重要です。」
有能な従業員は直属の上司によって「拘束」され、現在の職場に欠かせないと見なされるため昇進の機会を失いがちです。これでは、そうした従業員は昇進を求めて組織から出て行かざるを得ません。 •従業員の意見を求めて正しく 評価する 従業員は「機械の歯車」であるのではなく、会社の成功に貢献することを望んでいます。提案を求め、それに対処することで、従業員に力を持たせてください。そうすれば、より多くの従業員が組織に忠実であり続けるでしょう。 •正当な指導プロセスを作成し、 支持し、認める 退職者面接で、ほとんどの従業員は、進歩と成長の機会がなかったことを退職理由として指摘します。メンター(指導担当者)の存在は、従業員の業務効率を高めながら、有意義な形で従業員と会社とを結び付けます。