複合材は、その高強度・低重量ゆえに、商業航空機の燃料効率を大幅に高めるものとして何十年も前から航空宇宙業界で高く評価されてきました。ところが、航空宇宙業界は、大量の受注残を処理するために生産のペースを速める必要性に迫られています。これと同じ状況は、電動自動車の軽量化と走行距離拡大のための大量の複合材を必要としている自動車業界にも当てはまります。
2つの業界は、目標達成を阻む重大な問題に直面している点でも共通しています。すなわち、複合材は他の材料と比べて製造に比較的時間がかかり、複合材を応用した新しい製品が規制機関から認証を受けるにはさらに長い時間がかかります。
たとえば、自動車の大量製造では、部品あたりの製造時間が2~3分であっても長すぎ、業界で求められる高い生産速度水準を満たすことはできません。また、翼と胴体部分に炭素繊維を使用したボーイング787型航空機の認証には、物理的な試作機を使った数万時間のテストを必要としたため、開発時間とコストが著しく増加しました。
こうした状況を背景に、解決策を見つけることを求める圧力が複合材の研究者にかかっています。
インディアナ製造機構の複合材製造シミュレーション・センター(CMSC)でエグゼクティブ・ディレクターを務めるByron Pipes氏は、次のように述べています。「複合材の使用比率の高い製品群のニーズを満たすには、技術開発のペースを速める必要があります」
Pipes氏は、この目標を達成するために研究者が行う必要があることとして、先進複合材の設計、分析、製造プロセス、ならびに、それらの材料を使った新製品の規制承認プロセスの複雑性を軽減することを指摘しています。
異業種間の技術発展の共有
複合材の製造速度を高め、製造コストを削減するには、様々な業種が互いの成果に基づいて技術発展を重ねることが必要であると、Pipes氏は述べています。
たとえば、構造用複合材は、複合材を使った航空機部品作りのためのプロセス、手順、エンジニアリング領域を科学者たちが開拓し始めたことによって、航空宇宙業界でスタートしました。それから数十年が経ち、メーカー各社が航空アプリケーション向けクリティカル・パーツ(胴体と翼部分を含む)に複合材を応用し始めました。
その間に、レジャー製品メーカー、その次に自動車メーカーの間でも、軽量性とユニークなスタイルが重要となるがアルミニウムでは実現できない応用分野において、金属部品を置き換えるものとして複合材が徐々に取り入れられていきました。これらの業界は、航空宇宙業界のテクノロジーを自社製品設計の差別化のために応用するとともに、複合材を使用して騒音と振動を抑えることに成功したのです。
「 高速ロボットと高速加工樹脂を使用することで、連続繊維部品の生産速度が1分あたり1部品という驚異的なレベルに近づきつつあります 」
DALE BROSIUS氏
先進複合材料製造イノベーション機構
英国ブリストルのナショナル・コンポジット・センターで最高経営責任者を務めるPeter Chivers氏によると、2012年以降、自動車業界は複合材を使った自動車・トラック部品1個あたりの生産サイクルタイムを約8時間からわずか数分に短縮し、生産コストをほぼ25パーセント削減しています。ただし、自動車メーカーが利益を上げるために必要な規模の経済性を実現するには、2012年の水準からさらに少なくとも25パーセントのコストを削減する必要があります。
一方、異業種間の学習サイクルは、様々な業界を回った後、スタート地点の航空宇宙業界に戻ろうとしています。ボーイング社とエアバス社は、旅客機と貨物機を合わせて1万2,000機以上の受注残に直面しており、その大半は複合材を使った部品を大量に含んでいます。こうした中、両社は、先進複合材構造物の製造と認証のスピードを速めるため、自動車業界のプロセスを応用しています。
Pipes氏は次のように自問して、この課題について説明しています。「自動車業界とレジャー製品業界で開発された生産率と生産方法を、信頼度を下げることなく航空宇宙業界でも応用できるでしょうか?私は応用できると考えています」
この考えはChivers氏も同じで、次のように述べています。「今後5年間で、複数の業種にわたって複合材の使用量が大幅に増加する見込みです。このことは自動車業界に特に当てはまります」
シミュレーションの威力
業界の変革に伴い、規制機関の側も、複合材を使った新製品の認証を行う際に、精度の高さを実証されたコンピュータ制御の強力なシミュレーション手法と分析手法を受け入れる必要があると、Pipes氏は述べています。
Pipes氏がJohn L. Bray工学研究室の特別教授を務めるパデュー大学では、研究者が複合材向けバーチャル・ファクトリー・ハブのWork Flow Appsを開発しています。エンジニアはこれらのアプリケーションを使用して、特定の用途の特定の複合材が製品設計者の意図したとおりに精密に機能するかどうかをシミュレーションできます。
Work Flow Appsはベータ・テストの準備がほぼ完了し、セキュアなクラウドサービス・プラットフォームを介して配布される予定であり、OEM、サプライヤー、パートナーからなる業界のバリュー・ネットワーク全体が単純なWebブラウザを使用してアクセスできるようになります。全サプライヤー間のやり取りが容易であることは、コラボレーティブ・デザインおよび複合材構造物の認証に欠かせないため、これは非常に重要な機能であると、Pipes氏は考えています。
パデュー大学とCMSCは複合材シミュレーション・ソフトウェア・ベンダー各社と協力し、高速シミュレーション手法の開発に取り組んでいます。この取り組みの目標は、エンジニアが12のディスクリート生産プロセスをシミュレーションし、衝突試験のフル・シミュレーションも含め、特定の複合材の現実世界での性能を精密に予測できるようにすることです。
シミュレーションの精度が実証されれば、高性能複合材でできた製品の安全性を確保し、法的責任の問題に対処するために必要な信頼度がメーカーと規制機関にもたらされ、物理的なテストを行う必要がなくなるであろうと、Pipes氏は考えています。
自動車業界に秘められた大きな可能性
米国が資金援助している先進複合材料製造イノベーション機構(IACMI)で最高商務責任者を務めるDale Brosius氏は、消費者の需要がガソリン車から電気自動車にシフトする中、自動車業界は短期間で多くを学ばなければならないとしたうえで、次のように述べています。
「材料開発、製造工程、モデリング・ツールとシミュレーション・ツールへの取り組みを同時に進めることが必要です」その一方でBrosius氏は、研究者の取り組みが転換点に近づいているとも考えています。
「今後5年間で、複数の業種にわたって複合材の使用量が大幅に増加する見込みです。このことは自動車業界に特に当てはまります」
PETER CHIVERS氏
ナショナル・コンポジット・センター最高経営責任者
Brosius氏は次のように述べています。「サイクルタイムを短縮できるかどうかが問題なのではなく、それをコスト効率よく行うにはどうすればよいかが問題なのです。複合材について正確な高速衝突予測を立てられる段階に間もなく達する見込みであり、高速ロボットと高速加工樹脂を使用することで、連続繊維部品の生産速度が1分あたり1部品という驚異的なレベルに近づきつつあります」
また、より強度の高い三次元造形方法の研究も進められており、これには、高温の炭素入り熱可塑性プラスチック材料を使った高圧成形加工用の試作ツールの製作も含まれます。
将来に向けて開かれた窓
前述のエキスパートが口をそろえて指摘するとおり、昨今の研究・開発動向からは、2020年代初期までに高性能複合材が技術的にも経済的にも現状を大きく上回って実現可能になることが明らかです。
Chivers氏は次のように述べています。「より革新的な製品に対する世界的な需要を満たす答えは複合材を使うことであると考えている人の数が増加しているため、商機は膨大です」
こうした製品は、自動車業界や航空宇宙業界だけでなく、レジャー製品や持続可能エネルギー・アプリケーションの企業からも提供される見込みです。先進複合材は自動車業界と航空宇宙業界の軽量アプリケーションにおいてその価値を実証済みですが、金属を曲げることでは実現できない複雑な形状と高度なスタイルを備えた製品、たとえば、自転車、ゴルフ・クラブ、ラクロス・スティックなどにも応用できます。また、先進複合材は、騒音と振動を減らすという、自動車、航空機、風力タービンにとって重要な特性も備えています。
これらすべてのアプリケーションを実現するには、先進複合材のみならず、その他のテクノロジーにとってもシミュレーションが重要な役割を果たすであろうと、Pipes氏は述べています。
「シミュレーションにはイノベーションを促進する働きがあり、シミュレーション・ツールにはエンジニアリング・コミュニティの集合知が蓄積されています。時代は今、シミュレーションに向かって進んでいます
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