今日の消費者はかつてないほど緊密につながり合い、またお気に入りのブランドともつながっています。スマートフォンのアプリやソーシャルメディアの活動から買い物の仕方まで、あらゆることにおいて選択と好みのユニークな組み合わせが反映されているのです。こうしたつながる世界では、カスタマイズされたエクスペリエンスはもはや憧れのものではなく、不可欠なものといえるでしょう。
世界の主要都市にオフィスを構える市場情報調査会社の Mintel社の消費者動向アナリストである Stacy Glasgow 氏は次のように述べています。「マス・カスタマイゼーションは世界的な潮流として成長を続けており、世界のあらゆる地域で発展しています。今日まん延している複雑で多面的な個別意識がこれを後押ししているのです。消費者は個性やさまざまなニーズに合った製品とサービスを求めるようになってきました」
有名ブランドは革新的なテクノロジーを活用して、カスタマイズの期待に応えながら、カスタマーエンゲージメントの強化とロイヤルティの構築を図っています。
デザインによる差別化
消費者の大半は、スニーカーの色や柄を選んだり、スマートフォンのケースにお気に入りの写真をプリントしたりするなど、製品の外観をカスタマイズすることについて詳しく知っています。こうした主要なトレンドは直接消費者の独自性の感覚に訴え、消費者とお気に入りのブランドとの間のパーソナルな交流の促進に役立ちます。
国際的なコンサルティング会社 アクセンチュア社の一部門である Accenture Customer Innovation Network の消費財・サービス担当ディレクターの Seth Moser 氏によると、製品やパッケージのカスタマイズはますます人気のトレンドとなっているようです。同氏は次のように説明します。「カスタマイズは、ファッション、マーケティング、そして自分を特別な存在と感じられるエクスペリエンスを求める人々の要求によって推進されています。新たなテクノロジーが増加することで、店内でのエクスペリエンスのみならず、オンラインでもこうしたトレンドがさらに強まっています。カスタマイズは、真にシームレスな小売業、つまり e コマースによるビジネスと実店舗によるビジネスとを一体化できる一つの場所です」
「カスタマイズは、ファッション、マーケティング、そして自分を特別な存在と感じられるエクスペリエンスを求める人々の要求によって推進されています」
SETH MOSER 氏
消費財・サービス担当ディレクター、 ACCENTURE CUSTOMER INNOVATION NETWORK
多くの顧客にとって e コマースは取引の標準的な選択になったと、同氏は続けます。その結果、実店舗は優れたコンシューマー・エクスペリエンスの創出とパーソナルなインタラクションに注力し始めました。「どこか別の場所で製造される製品を注文するときでさえ、店内で製品のある面に触れて感じたいと思ったり、あるいは色を選んで自分の目で確かめたいと思ったりするかもしれません」
そのため、主に自社のオンラインチャネルを通じてカスタマイズに注力してきたブランドが、現在実店舗でこうした提案を行っているとしても驚くべきことではありません。実店舗では購入前に製品を見たり触ったりできるので、消費者の欲求をかき立てます。例えば、 Glasgow 氏は次のように述べています。「ブラジルの Esmalte Machine ではマニキュアを 十 万種もの色にカスタマイズできます。このカテゴリーにおけるカスタマイズ需要に応えるために、同社は今年だけで新規フランチャイズを 60 店もオープンしました」
アパレルのカスタマイズ
ドイツに本社を置くスポーツ用品メーカーのアディダス・グループ は、実店舗での多次元的なショッピング・エクスペリエンスの提供に注力しています。 同社の「 HomeCourt (ホームコート)」コンセプトストアでは、顧客がタッチスクリーンの横にあるテーブルにシューズを置くだけで商品に関する詳細情報を簡単に確認できるデジタル・シュー・バーなど、パーソナル・エクスペリエンスの要素が取り入れられています。 スクリーンにシューズをいったん認識させると、買い物客はシューズの 3D 画像にズームインしたり、回転させたり、内部のテクノロジーまで探索することで、性能を最大化するためにシューズがどのようにデザインされているかを知ることができます。選んだシューズが探しているものではない場合、タッチスクリーンのシューズ・ファインダー機能がニーズに適合した代わりのスタイルを提案してくれます。
アディダスはまた、お気に入りの写真をはじめテーマ別ギャラリーから選んだ画像までほぼあらゆるものを顧客が Adidas ZX FLUX シューズにプリントできるようにする「#miZXFlUX」アプリなどの革新的な機能の開発に投資してきました。
「今日の顧客にとって、実世界とデジタル世界はほとんど絡み合っており、モバイルデバイスはますます『生活をリモートコントロールする』ようになっています」
JAN BRECHT 氏
CIO、 アディダス・グループ
「今日の顧客にとって、実世界とデジタル世界はほとんど絡み合っており、モバイルデバイスはますます『生活をリモートコントロールする』ようになっています。今日の経済にはこれは不可欠で、もちろんスポーツ用品業界にとっても変化を続ける顧客のニーズと期待を満足させるには必須です」と、アディダス・グループの最高情報責任者(CIO)である Jan Brecht 氏は同グループの最近のブログに掲載しています。
エクスペリエンスのパーソナル化
ブランドが物理的なチャネルとデジタルチャネルを製品カスタマイズの分野で一体化させるのに従い、製品の外見以外にも、パーソナル化のさらなる機会が生まれるようになりました。たとえば、ブランドは高度な Web インフラを用いて、物理的な製品を超えたカスタマイズ可能なエクスペリエンスを構築しています。
「ブランドは、顧客と交流するのに利用しているデジタル・エコシステムと製品を統合することによって、エクスペリエンスのカスタマイズを実現できます。これは非常に拡張性があるため、利益の少ない製品についても大いに意味があります。例を挙げると、ある食品会社はラベル付け規格の使用を始めて、製品上でデジタルレベルの全く新しいインタラクションを提供しています」と、Moser 氏は説明します。
コカ・コーラ社の「Share a Coke」キャンペーンでは、70 ヵ国以上の消費者が自分の名前のラベルが付いた飲料を買い、オンラインストアにアクセスしてガラスのボトルをパーソナル化し、オンライン上で友人や知り合いとバーチャルのボトルを共有したため、世界的な現象となりました。同時期、英国企業の Appy Food and Drinks は、スイスに本社を置く食品加工・包装会社のテトラパックと提携し、飲料用紙パックにインタラクティブなテクノロジーを取り入れました。 消費者は自分のスマートフォンで紙パックをスキャンし、Nickelodeonのお気に入りアニメキャラクターに関連したキャンペーングッズを集めます。消費者はその後、集めたグッズを使って、デジタル写真のカスタマイズができるようになりました。
オーダーメードの製造
新たな製造テクノロジーもまた、カスタマイズの拡大を可能にしています。
「こうしたトレンドとして、ドッグ・フードのカスタマイズ、足にぴったり合うように製造された矯正用インソール付きスニーカーなどがあります。この流れは医療業界によって大きく推進されてきました。たとえば、3D プリントを使用して患者の腕にぴったりと合ったギブスを形成することです。テクノロジーは幾分難しい課題であるため、コンシューマー製品の分野に登場してくるのには時間がかかりますが、今後数年間で高いインパクトを与える可能性は高いでしょう」と、Moser 氏は述べています。
デジタル・デザイン・ツールによって既に、複数のブランドはコストを削減しながらオーダーメードの製品を提供できるようになっています。たとえば、ニューヨーク、ロンドン、インドに拠点を置くデザインチームを擁するオンラインのアパレルストアである eShakti では、買い物客が各自のスタイル、サイズ、身長に合わせてカスタマイズできるさまざまなデザインを提案しています。同社のウェブサイトによると、注文に合わせてそれぞれの衣服を裁断するため倉庫が不要になり、その結果コストを削減できていると報告されています。
近い将来にはさらに進んだカスタマイズにも対応できるように発展していくでしょう。例を挙げると、米国に拠点を置くスタートアップ企業の Electroloom社は、ユーザーが自分の衣服をデザインし、プリントできる布素材の 3D プリントのテクノロジーを開発していますが、このテクノロジーは既に、世界中のブランドやデザイナーの関心を集めています。
Electroloom社の共同設立者で、生物医学/機械のエンジニアである Aaron Rowley 氏は次のように述べています。「当社の目標は、 Electroloom社を使用してファッションのデザインや製造の世界をあらゆる人に向けてオープンにすることです。2016 年の初めまでに、人々が Electroloom社と連携し、デザインの製品分類を行えるようにする予定です。最終的には、自宅や店舗でカスタム品を製造できるようにテクノロジーを改良したいと考えています。そのような種類のエクスペリエンスを提供するために、独自のデザインを投稿したり、幅広いカスタムテンプレートから選択したりできるバーチャル店舗を構築する方針です」
顧客中心のブランド・エクスペリエンス
消費者をブランド・エクスペリエンスの中心に置くことで、マス・カスタマイゼーションはショッピング体験全体を通じてサービスや製品におけるカスタマイズの重要性を強調しています。使用されている状況を認識するテクノロジーだけでなく、位置情報サービス用の Apple社の iBeacon、近距離無線通信、電子製品コード、バイオメトリック装置などモバイルのインタラクション・テクノロジーは、かつてないほど双方向性を高めており、またブランドはそれらのテクノロジーを活用して真にカスタマイズされたショッピング・エクスペリエンスを創出しています。
「ブランドが今日開発している新たなテクノロジーやアプローチは、消費者のカスタマイズへの期待をさらに強固にするでしょう。たとえば、店舗では、小売業者は買い物客の感情を読み取って、そうしたリアルタイムの感情に基づいた取引を提供できるシステムを利用しています。オンライン/モバイルの分野では、小売業者は、品揃えを決めるのにフェイスブックの「いいね」を活用したり、以前投稿されていた写真を基にパーソナル化されたファッションのレコメンドで インスタグラムのユーザーをターゲティングしたりするなどの戦略で、ソーシャルメディアを使って個人それぞれのニーズを的確に満たしています」と Mintel社の Glasgow 氏は説明します。
「ブランドが今日開発している新たなテクノロジーやアプローチは、消費者のカスタマイズへの期待をさらに強固にするでしょう」
STACY GLASGOW氏
消費者動向アナリスト、MINTEL社
過ぎたるは及ばざるがごとし
しかしながら、ブランドは、買い物客が本当に望んでいるパーソナル化の度合いについて慎重に検討しなければなりません。オムニチャネル・パーソナライゼーションの世界的企業である RichRelevance社の最新の調査「Creepy or Cool」では、買い物客は購入する準備ができているときにはデジタルのパーソナル化を希望する一方、入店するときの挨拶で名前を呼ばれるなどの交流を押しつけがましいと感じている場合があると指摘しています。
「店舗からの情報だけでなく、Web サイトで自動的に生成され流れてくるデータからの適切な情報を取り込む必要があります」と、RichRelevance社の中東・アフリカ・ヨーロッパ(EMEA)地域担当バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーの Matthieu Chouard 氏は述べています。
Chouard 氏は、74 ヵ国に 1,000 店以上を展開する英国に拠点を置く小売業者である Monsoon Accessorize社がショッピング・エクスペリエンスのパーソナル化に関して業界をリードするビジョンを持っていることについて言及しています。同社は 2013年に店舗用タブレットの使用を開始し、販売と支払いの業務をサポートしています。また、機械学習アルゴリズムと、デジタルレシートのテクノロジーを搭載したリアルタイムでの意思決定エンジンを活用し、クロスチャネルの購買行動を特定して、的確にターゲティングされた推奨アイテムや提案を、メールされる電子レシートにより提供しています。
「保有するデータが多くなるほど、より深い洞察を得ることができ、購入したいと考える製品を特定してその在庫の有無を確認することから、顧客が望むサービスの種類や小売業者との交流の仕方を予測することまで、顧客に対するサービス提供に関して精度を高めることができます」と、Chouard 氏は述べています。
マス・カスタマイゼーションでは、購入する製品と購入の仕方を変革することが最終的に約束されています。
Glasgow 氏は次のように述べています。「できることについては継続的に開発してきましたが、潜在的な可能性はまだあります。継続的にカスタマイズ可能な商品やサービスが消費者の好みを満たすことに成功するでしょう。スマートなテクノロジーを活用すると、シームレスなカスタマイズに対する消費者性向を把握できます。そして、デジタル化が進む世界では、触れることのできるカスタマー・エクスペリエンスを強化する新たな機会があります」