モバイルテクノロジーの活用は小売業にとって、課題でありチャンスでもあります。プロフェッショナルサービス企業のDeloitte社によると、消費者の75%が、購入前にネットと実店舗の両方で商品を調べています。一方、ロンドンに拠点を置く世界的な市場調査会社であるTNS社が毎年実施している「Mobile Life」調査では、消費者の3分の1が、実店舗で商品を確認してから競合するネットショップで購入するという「ショールーミング」を行っていることが指摘されています。
ショールーミングは、従来型の実店舗(ブリック&モルタル)を展開する小売店にとって、致命的となりえます。これに対抗する方策は、顧客が商品をその場ですぐに購入したくなる様なエクスペリエンスを、お客様へ提供することです。米国カリフォルニア州に拠点を置き、店舗内の調査分析を行うRetailNext社で、小売コンサルティング部門のバイスプレジデントを務めるShelley E.Kohan氏は、業界誌『Chain Store Age』の最近のコラムで次のように記述しています。「客足とブランドロイヤルティをめぐる戦いで実店舗が勝利するためには、『インストア・エクスペリエンス』を提供することが不可欠です。買い物客は店内を見て回り、情報を集めながら、買い物を楽しみたいと考えています。そして何より、在庫があり、欲しい商品を容易に見つけられることによって、満足感を得たいのです。」
小売業はKohan氏のメッセージを真剣に受け止めています。たとえば英国のファッションブランド企業であるBurberry社は、ロンドンの旗艦店で質の高いブランドエクスペリエンスを提供しています。フロアにはデジタルスクリーン、スピーカー、油圧式ステージ、iPadが配置され、かたわらにはブランドの歴史を紹介するギャラリーが設けられています。Burberry社のチーフクリエイティブオフィサーChristopher Bailey氏は、『The Business of Fashion』ウェブサイトで次のように述べています。「考えるべきポイントはショッピングという行為だけにとどまりません。お客様が店に足を踏み入れたときに、歓待されていると感じていただくことが重要なのです。」
インテリジェントな空間
オンラインショップではあたりまえのように使われている分析機能の活用が、実店舗においても進められています。店内にQRコードやRFIDタグ、ショッピングアプリ、ビデオクリップを用意することで、お客様が店舗内をどう利用し、どのように影響を受けているか等の重要な情報が得られ、小売業は店舗空間をスマートに活用することが可能になります。
実店舗でこうしたテクノロジーの利用が増加していることは、IDC Retail Insights社のアナリストによる2013年のトップ10予測と一致しています。同社では、小売業は「顧客分析、マーチャンダイジング、マーケティングのテクノロジー」と、「情報収集、視覚化、仮想化を実現するテクノロジー」に投資することによって、顧客分析を軸にマーチャンダイジングやマーケティングを行うだろうと予測しています。こうした高度なプラットフォームを使用することで、小売業は店舗内データの分析、消費者グループからの意見、ブランドルールなどの情報をまとめ、プランニングチームと直接共有し、十分な情報に基づいて店舗のレイアウトや店の品揃えを決めることができます。
Kohan氏は次のように述べています。「目標は、誰が・何を・いつ・どこで・どのように買うのか、ネットで活用されている機能と同等のショッピング測定指標を店舗に持つことです。データを入手するだけでは十分ではなく、企業価値を上げる方法でデータを利用する必要があります。ビッグデータの測定指標を実店舗に適用することによって、買い物客一人一人をターゲットとするワン・ツウ・ワンマーケティングによって、店舗での購買行動が予測可能となります。」
ショッピング・エクスペリエンスの実現
店舗そのものがすべてではありません。顧客サービスは、店内のショッピング・エクスペリエンスを形作る不可欠な要素であり、この点においてオンライン・ショップは対抗するすべがありません。IDC Retail Insights社によると、豊富な知識を持つ信頼できる販売員によるサービスがある場合、消費者の60%は店内で購入する可能性があることがわかりました。ただし、消費者はモバイルコンテンツも求めています。消費者のおよそ64%は、店内でスマートフォンを使用して得られる情報は、自宅のネットで念入りに調べて得た情報と同じくらい意思決定に影響すると答えています。
TNS社で最高開発責任者を務めるMatthew Froggatt氏は、「小売業はモバイルテクノロジーを、店舗販売に対する脅威と見なすのではなく、お客様が何も買わずに帰らないように、最も直接的なパーソナライズ手法として受け入れる必要があります」と述べています。
こうした個人に特化したサービスは、買い物客のプライバシー設定に応じて、顧客が来店前の段階から始められます。IDC Retail Insights社のマーチャンダイジング戦略部門でプログラムディレクターを務めるGreg Girard氏は、次のように述べています。「ジオロケーション・テクノロジーに分析機能やアプリを組み合わせることで、顧客が店の近くを通った際に、その顧客に適したメッセージを届ける仕組みを導入している店舗もあります。たとえばオンライン・ショッピングで服をカートに入れたままにしている女性が店のすぐ外に来たとします。この女性の場合は、値段を気にしているというより、その服について何か知りたいことがある可能性が高いでしょう。その場合、『お客様の疑問にお答えできる店員がおります。ご来店をお待ちしています』というメッセージをポップアップさせるのです。このような気配りが、値引きではない、女性がによろこばれるサービスの提供へとつながります。」
顧客のための利便性
このような連携機能は、ネットワーク全体で在庫データを可視化し、品切れ商品の迅速な納品体制が構築されます。一部の小売業では、これらの機能を使い「ショールーミング」を自社の強みに転化させています。
たとえば、英国の家電小売り大手のDixons社は社員の再教育を実施し、実店舗と自社のオンラインショップの間の競争を招いていた個人の販売目標をなくしました。今では、販売ルートがネット又は実店鋪であるかを問わず、店舗全体を単位とする顧客満足度に応じた報奨制度が採用されています。Dixons社のCEOであるSebastian James氏は、『Retail Week』誌に次のように語っています。「当社はオンラインの検索機能を大幅に強化しました。店舗の商圏でのオンラインの売上高は、実店舗の実績にするつもりです。これはよいアイデアだと思いますが、採用している企業は驚くほど少数です」。
「考えるべきポイントは ショッピングという行為だけに とどまりません。お客様が店に 踏み入れた瞬間一歩目から、 歓待されていると 感じていただくことが 重要なのです。」
Christopher Bailey 氏
Burberry 社チーフ クリエイティブ オフィサー
TNS社のFroggatt氏は次のように考えています。「実店舗でのお買い物を利便性の高い選択肢とすることが鍵です。消費者の時間やお金を節約し、不安を取り除くことが、店舗以外の場所で商品を購入する人々の流れを抑えることにつながるでしょう。」
オンラインショッピングは、従来型の小売業に課題を提示する一方で、情報を活用し、顧客が好むテクノロジーを物理的な店舗空間と融合するチャンスにもなります。
こうしたチャンスを生かせる小売業が、今日の消費者が求める「いつでも」、「どこでも」、「どのような方法でも」利用できる店舗作りを実現しています。