成功の香り

名香ジョイに学ぶ、ロングセラーブランドの方程式

Jacqui Griffiths
8 May 2015

Thomas Fontaine氏はフランスのブランド、ジャン・パトゥの専属調香師であり、1930年の発売以来人気を集める名香、 ジョイの守り人でもあります。そんな彼に、ロングセラーブランドを育てる秘訣を伺いました。

 COMPASS:  ジ ョ イ は 8 0 年 以 上 も 成 功 を 収 め ていますが、その理由は何だと思いますか。 

Thomas Fontaine(以下TF): ジョイが成功 し て い る の は 、一 種 の 芸 術 品 だ か ら で す 。こ のフレグランスは80年にわたって大変な人 気を集めていますが、その秘密は厳選された 原料にあります。ジョイは世界一シンプルで あ り な が ら 、世 界 一 リ ッ チ な 香 水 で も あ り ま す。主な原料はローズとジャスミンの二つで すが、いずれも非常に高い品質のものです。 

ロングセラーを続ける秘訣は何 で しょう か 。 

TF: どの市場でも、成功の方程式ができた後に「一種の芸術品だからうまくいった」などと言うのは簡単ですが、最初の段階では誰にも分かりません。

私が新しいフレグランスを開発するときは、市場の動向など気にしません。名品は流行を追わないものですから。大手ブランドのなかには、開発中にモニターテストを何度も繰り返した結果、従来品と同じようなフレグランスを発売するところもあります。数は売れるかもしれませんが、市場での寿命はせいぜい2~3年でしょう。私たちは、新しいフレグランスを発売するときは、単なるマーケティングコンセプトではなく、リアルなストーリーを持つ商品を投入しています。

Thomas Fontaineはジャン・パトゥの専属調香師。由緒ある香りをよみがえらせ、新しい香りを生み出すノウハウで知られています。 Thomasは幼い頃から周囲の香りに強い関心を持っていましたが、化学を学んだ後にプロの調香師を志すようになりました。彼はフランスのベルサイユにあるISIPCAパフューマリースクールで頭角を現し、当時ジャン・パトゥの調香師だったJean Kerléoに師事しました。

 ジョイにはどのようなストーリーがあるのですか。

TF:   ジョイには、ラグジュアリーの粋を極めたというストーリーがあります。このフレグランスは世界恐慌の翌年にあたる1930年に開発され、「世界一高価な香水」として発売されました。ジャン・パトゥは当初、この香水は高すぎて発売できないと言われ、プレゼントとして配ったそうです。

昔からある香りが今でも新しい顧客を引き付けるのはなぜでしょうか。

TF: このフレグランスは、ふんだんに配合した天然成分のおかげで、生きた商品に仕上がっています。原料は天然のものなので、その特性は年によって少しずつ違い、香りも微妙に違ってきます。そこで前年と同じ香りを保つのが私の役目です。私は毎年、配合する原料の香りを一つひとつ嗅ぎ、大きな違いが生まれないように若干の調整を加えます。

現在のジョイでは、1929年のオリジナル版に準じた原料をどうやって確保しているのですか。

TF: ジョイの二大原料は、南仏のグラースで栽培される特殊なローズとジャスミンです。グラースの土壌で育てると、これらの原料に独特の香りが生まれるのです。どちらの原料も希少なので、ジャン・パトゥはグラース近辺に所有する自社の畑で花を育て、自給自足を実現しています。

「我々のフレグランスは自然由来の原料をふんだんに使っており、それにより活きた商品となります。」

Thomas Fontaine氏
ジャン・パトゥの専属調香師

フレグランスの調合を管理するうえで、テクノロジーをどう活用していますか。

TF: 私たちは、ガスクロマトグラフ分析やMRスペクトロスコピーなどの化学的手法を活かして、原料や完成品の品質を分析・管理しています。天然の原料を分析することで、それを純粋な形で利用するために必要となるであろう、抽出用の化学物質、合成用の化学物質を見極めるのです。
当社のコンピューターシステムは、配合する原料の価格をチェックし、完成品のコストを算出するうえで役立ちます。業界の規制に従って調合されているかどうかを確認するのはもちろん、天然原料を調整したり、そこから化学物質を抽出して毒性要件に対応したりといった改良が必要かどうかを確認する際にも利用します。

テクノロジーはさまざまな面で役に立ちますが、香りは人間の知覚に左右されるため、最終的に適切なバランスで配合されているかどうかを判断できるのは経験を積んだ調香師だけです。私たちは「シャープな香り」「グリーン系の香り」といった言葉でフレグランスを表現しますが、これらは感覚的なものであり、物質的な事実に基づくものではありません。

フレグランスの色やボトル、パッケージといった要素はどのくらい重要ですか。

TF: あらゆる要素が重要です。商品で最も重要なのは香りですが、名前やパッケージをはじめ、あらゆる要素を通じて消費者とコミュニケーションを取らなければなりません。こうした要素に商品のストーリーが反映されていないと、絶対にヒットしないでしょう。
ジョイが今でも売れているのは、コミュニケーションのおかげでポジションを維持しているからです。アールデコを代表するデザイナー、ルイ・スーが1930年代に手掛けたシンボリックなボトルや、限定品として出されるバカラ・クリスタルの小さなボトルもストーリーの一部です。こうしたボトルたちが醸し出すゴージャス感も、夢のような雰囲気を演出しています。

Related resources

Subscribe

Register here to receive a monthly update on our newest content.