インシリコ製品開発

パッケージ製品業界では、パッケージや製品の試験場が物理世界からコンピュータの内部世界へと急速に移行しつつあります。

William J. Holstein
7 June 2017

コンピュータの高速化とアルゴリズムの改善により、インシリコ(in silico:「シリコン内」すなわち「コンピュータ内」の意)試験の利用は航空宇宙・自動車以外の産業にも拡大。ボトルのような低コストのアイテムについてもバーチャル試験を実施し、迅速に改良が行えるようになりました。著者:William J. Holstein

ボトルが単なるボトルにとどまらないとすれば、それはどのような場合でしょうか。Hansong Huang氏にとってボトルとは全宇宙であり、その中に入った製品の質を根本的に左右する環境です。

Huang氏は、米国ミシガン州のAmcor Rigid Plastics社(米国で総計100億米ドルの年商を誇るオーストラリア企業、Amcor Limited社の一部門)で、先進工学担当ディレクターを務める人物で、コカ・コーラやペプシコなどの大手ブランド向けペットボトルの設計を担当しています。

「どのブランドも、他ブランドとの見た目の差別化を望んでいます」と、Huang氏。しかし、ボトルの形状は、ボトルの性能――耐久性、炭酸ガスの保持性、遮光性など――に影響を及ぼします。そのため、特定のブランドの製品であることが形状だけで見分けられるようなボトルを作るのは容易なことではありません。とりわけボトルの形状が、製品の質を左右する他の何十種類という変数にも影響を及ぼす場合には、それは至難の業です。

「許容されるレベルの品質保持期間を確保するためには、ボトル内の炭酸ガスが外に漏れやすくてもいけませんし、酸素が中に入ってきてもいけません」と、Huang氏。「多くの場合は、持てる工学技術を限界まで駆使する必要があります」

最近まで、ボトルの設計は試行錯誤のプロセスでした。専門家が設計し、何点か試作した上で、さまざまなストレスに対する耐久性を物理的にテストするのです。新しいボトルの設計を完成させるまでには数カ月――長ければ数年――を要することもありました。

それが今や、Huang氏は新たなボトルの設計をインシリコで――コンピューター・シミュレーションを利用して――数分でテストできます。高性能なシミュレーション・ソフトのおかげで、物理的なボトルや試験室を用意せずとも、新規のデザインをさまざまな温度や湿度、荷重、落下条件にさらすことができるのです。ボトルの耐久性が低すぎる箇所や炭酸ガスが漏れている箇所があれば色分けして表示されるので、問題点を絞り込むことも可能です。バーチャル設計に変更を加えた場合もやはり、わずか数分で新たなシミュレーションを実行できます。

すべてのパッケージ製品会社は、競合他社の製品との見た目の差別化を望んでいます。そのためパッケージ会社は、ユニークな形状のボトルの開発を求められています。(Image © AbbieImages / iStock)

Huang氏のコンピュータが設計に太鼓判を押せば、エンジニアたちは生産サンプルのスポット試験を行うことができます。とはいえ、物理試験の主な目的は、エンジニアたちを安心させること。ボトルは常に期待通りの性能を示します。

さらば木材

インシリコ試験を最初に採用したのは、航空宇宙・自動車産業でした。航空宇宙産業では、何十億ドルというコストを要する最初の試作フェーズで、新たに設計した航空機が飛ばないことが分かってしまったら、あとの祭りとなります。自動車産業では、規制や安全基準に準拠した設計を完成させるために、何十台もの車で衝突試験を行おうとすると費用がかかりすぎるからです。

インシリコ・シミュレーションは今日、ボトルのような低コストの製品にも利用されるようになりました。米国オハイオ州のPlastic Technologies Inc.社でコンピュータ支援工学・シミュレーション担当ディレクターを務めるSumit Mukherjee氏によれば、3DCADが登場する以前、設計者は自分が機能的あるいは魅力的だと思う設計を考案し、それを工場に送っていました。そして工場では作業員が、求められる形状に似せて木型を彫刻。その木型ボトルで型を取ってブロー金型が作られ、さらにその金型を使って最終的にペットボトルが作られていたのです。このプロセスには数週間を要しました。

しかし、コンピュータの高速化とアルゴリズムの改善により、この昔ながらの手法はお払い箱になりました。「金型を一つ作るのに必要な時間で、20種類の設計をバーチャルにテストして、最善の設計を特定できるようになったのです」と、Mukherjee氏。

インシリコのモデリングと試験には、もう一つ利点があります。それは、インシリコを利用すれば物理試験をほとんど削減でき、試験に要する時間が大幅に短縮されるため、高コストな試験室や物理的な資材が以前よりも必要なくなるということです。科学者たちは、かつては何千という不発のアイデアを切り捨てるために費やしていたエネルギーを、最も見込みのある選択肢を改善することに集中させられるようになりました。インシリコの利点はまだあります。ボトル一本の総コストに占める原材料費の割合は、平均67%です。ボトルで使用するPETプラスチックの量を削減すれば、ボトルそのものだけでなく最終製品のコスト引き下げにも役立ちます。Mukherjee氏によれば、典型的な2リットル入り炭酸飲料用ペットボトルに使用される材料の重さは、20年前には79グラムでした。それが現在では、わずか44グラムとなっています。「そして、そのことに消費者は気付いていません」(Mukherjee氏)

“モデリングとシミュレーションはもはや、航空機や人工衛星のためだけのものではありません。トイレットペーパーや牛乳パックなど、ありとあらゆるものに利用できます”

Thomas Lange氏
Technology Optimization & Management社創設者

シミュレーション・ツールは高度化が進み、その結果、採用が広がっています。コンピュータの演算能力の向上とアルゴリズムの改善により、複数の材料または変数を同時にシミュレーションできる「マルチフィジックス(連成解析)」プログラムの開発が可能になりました。マルチフィジックス・プログラムは例えば、特定の物体にさまざまな材料を使用した場合にどのような結果が得られ、また、その物体がさらされる気圧や温度、磁気といった条件に応じて、それらの結果がどのように変化するのかを予測できます。「マルチフィジックスは、エンジニアの負担を減らしているのです」(Mukherjee氏)

それと同時に、インシリコ・ツールの使いやすさも向上しつつあります。つい最近まで、インシリコ・モデルの構築と操作の方法を理解できるのは、博士号を持った一握りの研究者だけでした。現在、インシリコ解析には依然として高度なスキルが要されるものの、正確なコンピュータ・シミュレーションを生成するために必要な条件は以前よりも緩和されつつあり、より多くの人がツールを利用して、その結果を仲間と共有できるようになっています。

パッケージから製品まで

そして現在、インシリコ試験の対象となっているのはパッケージだけではありません。P&Gのような先進的なパッケージ製品会社のエンジニアたちは、かつてパッケージの設計に利用していたインシリコ・ツールを、今ではパッケージに入れる製品そのものの設計にも利用しているのです。

Thomas Lange氏は、37年にわたりP&Gに勤務し、最終的にはモデリングおよびシミュレーション担当ディレクターを務めた人物です。同社を退社した現在は、米国シンシナティを拠点とするコンサルティング会社、Technology Optimization & Management社を経営しています。

「この業界では、矛盾を解決しなければなりません」と、Lange氏。「生地を傷めることなく、どうやってシミを取るのか? どんな布でも漂白すればシミは取れますが、色落ちは避けられません」

Lange氏によれば、このような矛盾に対する解決策はかつて、長年にわたる物理的な実験によって導き出されていました。しかし現在、P&Gでは、ジェルボール型洗剤のカプセルが店頭に並んでいる間に溶けないようにするための強度や、パンパーズ ブランドの紙おむつの吸収力を最大限に高めるための設計法を明らかにするための一助として、インシリコ・シミュレーション・ツールを利用しています。

「矛盾の多い世界で、私たちは、製品、プロセス、生産システム、そして工場の組立ライン全体の設計に、モデリングとシミュレーションを利用してきました」と、Lange氏。「さらには、製品の生産スケジュールを立てたり、製品出荷の際にトラック内での温度の上がり方を計算したりするためにも使っていました」

「私はかつて、こう言っていたものです。『あるものが適切なのか、成功するのか、採算が取れるのかどうかを、それが現実のものになる前に知りたい』と」

Lange氏がエンジニアになったばかりの頃は、そのような複雑なシミュレーションをコンピュータ上で実行できるなどとは夢にも思わなかったそうです。

「モデリングとシミュレーションはもはや、航空機や人工衛星のためだけのものではありません」と、Lange氏。「トイレットペーパーや牛乳パックなど、ありとあらゆるものに利用できます」

Lange氏は現在、複数の食品会社を対象に、社内のシミュレーションおよびモデリング能力の開発を支援しています。そのうちの一社は、ある農産物を膨大な熱と空気を使って食品に加工する機械のことで悩み、Lange氏に頼りました。その大型で年季の入った非常に高価な機械は、内部の空気の流れが不均衡になっていて、そのことが製品に悪影響を及ぼしていたのです。機械が破損する恐れがあるため、さまざまな物理的な修理を試みることはできません。「機械にスイッチを入れて動かなければ、厄介なことになります」と、Lange氏。

そこでLange氏は、その会社が問題の機械のインシリコ・モデルを作り、解決策を検討できるように協力します。解決策は、空気が通る導管の設計を変更し、空気の流れを妨げる一部の部品を取り除くことでした。「モデルのおかげで、適切と考えられるアイデアをテストすることができました」と、Lange氏。「現物でテストするのは難しい解決策を、バーチャルにテストすることができたのです」◆ 

Discover how organizations use virtual testing to meet design specifications while accelerating package development efforts:
http://3ds.one/Perfect_Test

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