デジタル・ウォレット

お財布のデジタル化を競う 新しいテクノロジーが次々登場

Lindsay James
25 April 2013

十分に実証されたテクノロジーに長年依存してきた決済業界が、今、変革の時機を迎えています。PayPal社、VISA社、MasterCard社などによって魅力的な「デジタル・ウォレット」という選択肢も発表されており、このテクノロジーに将来性があることは明らかです。ただし、成否を占う最大の鍵は、消費者に受け入れられるかどうかです。デジタル・ウォレットは消費者に歓迎されるでしょうか。

テクノロジーは、私たちの生活のほぼあらゆる側面に大きな影響を及ぼしてきました。そして次にデジタル化に向かっている大物は、個人の財布(ウォレット)です。

デジタル・ウォレットとは何でしょうか。トロント大学のIDラボは、「個人が電子商取引を行えるようにする電子モバイル端末」と定義しています。

Gartner社が最近実施した調査によると、世界全体で、モバイル端末を使用した決済取引額は毎年42%増加し、2016年までに6,170億米ドルに達し、利用者数は4億4,800万人になると予想されています。

ただし、デジタル・ウォレットが広く採用されるという保証はありません。実際、デジタル・ウォレットというコンセプトが最初に世に出たときには、さまざまな形式の電子マネーを格納する手段だと思われていました。電子マネーが、主にセキュリティー上の懸念から世間一般の支持を得られなかったことを受けて、デジタル・ウォレットの定義はモバイル決済サービスの色が濃いものへと進化しました。

低迷する採用のペース

Visa Europe社のバイス・プレジデントAnne Head氏は、次のように述べています。「デジタル・ウォレットの真価が発揮されるのはこれからです。デジタル・ウォレットは大きな注目を集め、反響も上々です。今後の課題であり、機会にもなるのは、安全かつシンプルで、既存のバンキング・サービスや決済サービスのほか、今後登場するサービスとも緊密に統合できるウォレットを市場に出すことです」

近距離無線通信(NFC)テクノロジーを使って非接触決済を可能にする「ウェーブ・アンド・ペイ」スタイルのウォレットは、ある課題を抱えています。非接触式のカードやNFC対応モバイル端末はすでに多数流通しているにもかかわらず、実際の使用が比較的限られているのです。

近距離無線通信(NFC)テクノロジーでは、ユーザーは自分のモバイルデバイスを使って、コンタクトレス・ペイメントができます(写真: Courtesy of VISA)

世界的な経営コンサルティング会社Oliver Wymanの決済業務担当シニア・マネージャーであるJames Sherwin-Smith氏は、次のように述べています。「消費者と小売業者との間に、ある種のこう着状態が生じています。消費者は、新しい決済テクノロジーがほとんどの小売店で利用可能と思えなければ採用をおっくうがり、いっぽう小売業者は、消費者に広く普及していないテクノロジーの採用に及び腰になっています」

NFCのバリューチェーンの複雑性も、このテクノロジーの普及を阻む要因となっています。モバイルでの決済とバンキングを対象とした、銀行業界主導の世界的なビジネス団体であるMobey Forumでモバイル・ウォレット・タスクフォースの議長を務めるAmir Tabakovic氏は、次のように述べています。「残念なことにNFC市場はすでに、まだ揺籃期にあるにもかかわらず、信頼に足る精度で将来を予測できないほど複雑な状況にあります。小売業者、銀行や決済機関、カード会社、モバイル・ネットワーク事業者、機器メーカー、サービスプロバイダー、運営システム提供業者を始めとした、相当な数の利害関係者にとって、デジタル・ウォレットには無限の商業的可能性があることは明らかです。ところが、これらの当事者がどのように連携していくのかが明らかではありません。その多くは、競争しながら協力し合う必要があるのです」

このような深いレベルの「協力関係」を築くことは容易ではないでしょう。世界的な調査顧問会社Celent社のシニアアナリストであるZilvinas Bareisis氏は、「異なる立場の利害関係者すべてが効果的に連携することは極めて困難です。多くの企業が独自に事業を進めているように見えるのはそのためです」と述べています。

ウォレットを狙え

NFC市場のシェアをめぐる激しい駆け引きが続く中で、従来のバンキング市場には属さない外部企業の参入が進んでいます。

PayPal社を例にとってみましょう。eBay社の子会社である大手企業PayPal社は、当座預金口座、クレジットカード、クーポン、ギフトカードなどの支払い元を一つのアプリに組み込んで、支払いの方法や時期を顧客が柔軟に選択できるようにしました。しかも小売業者は、取引発生時にPayPal社から全額を受け取り、ただちに現金を入手できます。

6,170 億米ドル

世界のモバイル端末を使用した 決済取引額は毎年42%増加し、2016年までに6,170億米ドルに 達し、利用者数は4億4,800万人に
なると予想されています。Gartner社

PayPal社の社長David Marcus氏は、最近のブログ記事の中で次のように述べています。「店頭での決済だけが解決すべき問題ではないと考えます。テクノロジーがもたらす真の機会は、表面下に埋もれた顧客のニーズを新しい方法で満たすことにあります」

実際には、Marcus氏はNFC決済に関する議論は、銀行が期待するのとは違う形で2013年中に決着するだろうと予測しています。「銀行が推す案は、消費者が実際に抱える問題を解決するものではなく、私や問題の当事者たちの行動を変えさせるような付加価値を提供するものでもありません」

前進する企業とサービス

こうした中、真の変化を巻き起こそうとしている企業があります。ニューヨークに拠点を置く新興企業のMoven社(旧称Movenbank)は、NFC対応のモバイル専用バンキング・ソ リューションを2013年にリリースする予定です。Moven社は、オンラインで育った「デジタル・ネイティブ」世代にねらいをつけ、「バンキングの再起動(リブート)」を目指しています。

Moven社の創設者で、小口金融サービスの将来に関するベストセラー本の著者でもあるBrett King氏は、次のように述べています。「Moven社は最初からモバイルを想定した設計になっています。顧客は、非接触決済用のステッカーを携帯電話に貼り付けて外出するだけです。その後は、携帯電話を使って商品の支払いを行い、購入の前後に画面で銀行口座の残高をリアルタイムに確認できます」

Moven社のソリューションでは、特定の販売店で特定の期間に支払った額を確認することもできます。「たとえば、お気に入りのコーヒーショップで毎朝コーヒーとクロワッサンを買っている人がいるとします。Moven社ソリューションを使えば、ある月にその店で225ドルも使ったということも分かるので、購買行動を変えるきっかけになるかもしれません」とKing氏は述べています。

利用者の携帯電話を使った決済は、銀行口座を持たない人たちが金融サービスを利用できるようにするという点で、発展途上国にも大きなメリットをもたらします。そうした構想の一つに、ケニアのM-Pesa(エムペサ)があります。M-Pesaの利用者は、国の身分証明書やパスポートを提示して、携帯電話で預金、引き出し、送金を行うことができます。M-Pesaの顧客数は、ちょうど6年間でケニアの人口のほぼ半数に当たる1,700万人にまで増加しました。実際、M-Pesaでは、携帯電話を利用したシンプルな「当座預金口座」を通して、ケニアの年間国内総生産の25%に相当する額の資金が動いています。ケニアの従来の銀行は、口座を持たない人たちをMoven社のようなレベルで金融システムに参加させるにはほど遠い状況にあります。

戦いの始まり

非従来型の決済サービス企業からの攻勢を受けているものの、VISA社やMasterCard社などの大企業も負けていません。たとえば、VISA社はV.meという新しいサービスの提供を開始しました。顧客はこのサービスを利用すると、取引ごとに支払いや配送先についての情報を入力し直さなくても、オンラインで精算することができます。

「デジタル・ウォレットの 真価が発揮されるのは これからです」

Anne Head氏
Visa

VISA社のHead氏は次のように述べています。「V.meのキーワードはスピードと便利さです。V.meは、あらゆるプラットフォームで機能するマルチチャネル決済サービスとして設計されています。今日、ウェブサイトへの全アクセスのうち、約20%が携帯電話やタブレットからのものであることを考えると、マルチチャネルであることが特に重要です。インターネットアクセスの主な手段としてモバイルデバイスを選ぶ人が増えている中で、モバイルデバイスでの決済が、他の手段と同様に簡単で、すばやく行える必要があります」

一方MasterCard社は、デジタル・ウォレット・ネットワークPayPassを展開してきました。PayPassの利用者は、運営プラットフォームを問わず、スマートフォン、タブレット、ラップトップ・デバイスにクレジットカード情報を保存しておき、オンラインや実店舗で商品を購入できます。American Airlines社と、米国の書籍販 売チェーンBarnes & Noble社は、自社のウェブサイトにPayPassでの精算ボタンを組み込んだ最初の企業でした。また、American Airlines社は、迅速な予約と搭乗手続きを実現することを目指して、PayPassを携帯電話アプリにも統合しています。

その他の場所では、MasterCard社はスペインの通信企業Telefónica社と手を組み、中南米諸国全体でモバイル決済を推進することを目的としたWandaというジョイントベンチャーを設立しました。Wanda社はアルゼンチン、ペルー、メキシコの各国で順調に事業を開始し、20万人以上の顧客を獲得しています。MasterCard社とTelefónica社は、2013年4月にブラジルで同様のサービスの提供を始める予定です。

一方、中国の主要通信事業者であるChina Unicom社は、China Merchants Bank社と提携し、NFC対応携帯電話向けのモバイル・ウォレット・サービスを上海で開始しようとしています。China Unicom社によると、サービスの契約者はChina Merchants Bankの口座を自分のSIMカードにリンクし、携帯電話をモバイル・ウォレットとして使用できるようになります。これで上海は、中国の他の場所に先駆けてモバイル決済システムを導入する最初の都市となります。

日本のJCB社は、2013年後期に予定している国内外の顧客への展開に先立ち、新しいモバイル・ウォレット・プラットフォームを1カ月間試験導入することを計画しています。このJCBモバイル・ウォレットでは、決済、ロイヤリティプログラム、ディスカウント、その他の特別なオファーが処理されます。

こうした動きの背景には、イギリスの携帯電話事業者のVodafone社、O2社、Everything Everywhere社によって設立されたジョイントベンチャーのWeve社が、欧州委員会の認可を受けたことがあります。金融サービス業から電気通信業に力が移ったことを象徴するこのベンチャー企業が目指すのは、クレジットカード、クーポン、取引情報を携帯電話のSIMカードに格納して管理する、単一のモバイル・ウォレット・プラットフォームを構築することです。銀行、クレジットカード発行会社、小売店、運輸会社、その他の通信事業者は、契約モデルに基づいて、SIMカード上の領域を借りることができます。

結論

このように激しい競争が繰り広げられる一方で、消費者に受け入れられるのか、という疑問は残っています。

金融サービス企業のエグゼクティブが集まる世界的な団体であるEFMAのCEO、Patrick Desmarès氏は次のように述べています。「グローバルなデジタル・ウォレット決済サービスは、特に成熟市場において堅調な成長を続けています。今後は、消費者の信頼を勝ち取るソリューションを提供するため、銀行、通信事業者、小売店が効果的に協力していけるようにすることが、各業界の責務です」

顧客の懸念に対処

連日のようにセキュリティーの侵害について報道がなされる中、顧客はデジタル・ウォレットテクノロジーを取り入れることに不安を感じているかもしれません。推進する側は、それにどう応えているでしょうか。

• セキュリティー

Gartner社の調査によると、過去5年間にクレジットカード詐欺に遭った消費者の割合は、全世界ですでに27%に達しています。

世界的な調査顧問会社CelentのシニアアナリストであるZilvinas Bareisis氏は、次のように述べています。「市場で長期的な成功を収めるためには、本質的に安全な決済ソリューションであることが不可欠です。ただし、『完璧なセキュリティー』というものは存在しないので、通常は、セキュリティーと利便性の間でバランスを取ることになります」

• プライバシー

消費者は、デジタル・ウォレット・ソリューションを使用するときに、決済情報以外の情報が銀行、小売店、政府によって無断で収集されている可能性があると心配すべきでしょうか。

Bareisis氏は次のように述べています。「プライバシーについての懸念が高まっていることは承知していますが、特に決済と関連する面はあまりありません。決済ソリューションを長期的に確立したいと考えている事業者が、『決済』の取引を行うために必要な範囲を超える顧客情報を、はっきりした承認を得ずに収集することはないと考えています」

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