いま、工学系における即戦力とは

現在進行形の産業界のエクスペリエンスを重視することで、工学系卒業生のエンプロイアビリティ(雇われる力)を引き上げる

Rebecca Gibson
5 August 2020

何年もの間、企業が採用した工学系の学部卒業生が職場での役割に十分な備えができていないため、仕事上有意義な貢献ができるようになるまでさらに数ヵ月から数年の現場訓練を必要とするという不満が一部にありました。これに対応して、大学および認定機関は、プロジェクトベースの経験的学習をますます重視するようになりつつあります。それでは、この変化はうまく機能しているのでしょうか。

工学系の教育機関を卒業したにもかかわらず、就職先企業での職務に学んだ理論を応用できないとすれば、彼らはエンジニアといえるのでしょうか。

長年にわたり、世界中の工学系の雇用主(多くの場合、企業)はこの問いを発してきましたが、その声はますます大きく、頻度も高まっています。採用した新人をさらに費用をかけて数ヵ月から数年も訓練するという投資をなぜ行わなければならないのかと、雇用主は首を傾げているのです。大学は学生たちに対し、工学上の理論や方程式を現実世界でエンジニアが実際に行う仕事に応用する方法をなぜ教えていなかったのでしょうか。

これに対応して、大学と認定機関は、工学教育機関が教える内容と教え方を綿密に調査しました。そこで分かったことに基づき認定基準を変え、大学のカリキュラムを改革し、顧客である学生と雇用主の両方を満足させることができました。

「この点を深く掘り下げたとき、最も一般的な教え方である、教授が大勢の学生を前に延々と講義をするという方法が、実際にはほとんど効果がなかったことが分かりました」と、ABETのエグゼクティブ・ディレクター兼CEOのMichael Milligan氏は述べます。ABETは米メリーランド州のボルチモアに拠点をおく非営利の非政府組織で、1932年に設立され、応用自然科学、コンピューティング、工学、工学技術分野のプログラムに認定を行っている機関です。「大半の学生たちにとって、これらの講義から学ぶことはほんのわずかであり、彼らは学びのプロセスに積極的に取り組んだ場合に、より多くの知識を理解し身に付けるということが、複数の研究から分かっています」

それ故に、2000年にABETは、エンジニアの卵たちがどのような「成果」を達成できるように訓練されたかを重視する認定基準に移行しました。現在の基準は、求められるたくさんのコースにおいて学生がどれだけの履修単位時間を完了させたかということよりも、卒業生たちが学んだことを確実に応用できるようにすることに重点をおいています。「ABETの認定プロセスは、教室における学生への教授法を根本から変革しました。現在、その認定を利用する工学教育機関は、より豊かな知識を備え、いっそう準備のできた卒業生を輩出するようになっています」と、Milligan氏は語ります。

エクスペリエンス志向が高まる企業現場

英国のウォーリック大学で認定された機械工学プログラムを卒業したDan Walton氏は、大学在学中のプロジェクト経験が、卒業後に即座に就職する上で大いに役立ったと考えています。

英国のウォーリック大学の卒業生、Dan Walton氏(Image © Dan Walton)

「卒業後の経験から、問題解決に対する現実的で実践的なアプローチにより、新卒者は高く評価されるのだと分かりました」と、Walton氏は述べます。「大学での実践的な教授方法により、私はすでに自分が学んだことのすべてを実社会の事例に応用する能力がありました。私は在学中にインターンシップに参加した企業で3年間キャリアを積み、現在に至っています」

英国のコベントリーにある製造技術センターは、広範な新卒採用制度を持っていますが、同センターのリサーチエンジニアであるGrant Saunby氏は、Walton氏の見解を支持します。「認定により企業は、卒業生が工学概念を基本的に理解しており、確立された基準に沿って教育を受けたという確信を持ちます。非常に多くの工学コースが存在するため、現在、これは特に有用です。」とSaunby氏は述べます。

教育の成功を追跡し続ける

成果ベースの認定を追求することで、大学はバイアスのない方法で自分たちの教授方法がうまく機能しているかどうかを容易に検証することができると述べるのは、パリを拠点としてフランスの工学教育プログラムの評価と認定に責任を負う技術者資格委員会(CTI)の委員長、Elisabeth Crepon氏です。そして、認定により、学校が高品質な教育を提供していることを卒業生と雇用主に納得させることができます。

「私たちは3つの『重点的』取り組みを行い、2016年から2019年かけて一つずつ実施、工学系の教育機関に対して、工学の特定側面に関する教授方法の効果を分析して提出することを求めました。」とCrepon氏は述べます。「ほとんどの学校がイノベーションを優先し、プロジェクトベースの教育アプローチのような学生中心の方法に教え方と評価方法を改めたと述べました。CTIの認定基準は、工学教育におけるこのすばらしい進展に大いに貢献しました」

成果ベースの認定は、新興国の工学教育機関の支援において特に効果的でした。新興国では教育方法が欧米に遅れを取ることがあったため、卒業生はプロのエンジニアとしてのキャリアにあまり準備ができていませんでした。しかし、たとえば、インドの工学教育は現在、変わりつつあります。

「しかし、AICTEの成果ベースの認定基準を満たすよう努力することで、また、私たちや産業界からのフィードバックを得ることで、多くの教育機関がより効果的かつ魅力的な教授プロセスを作り上げるための新しい技術を試みてみようという意欲を持ちました。インド全体で工学教育と卒業生の質が徐々に向上しており、これはうまく機能していると言えます。政府は全工学教育機関を対象に、2021年中にプログラムの認定を得るという目標を設定しました」

産業界の知見

多くの雇用主が採用している先進的デジタル工学ツールを体験しておくことが、学生の実地研修の重要な一部となってきており、これは認定機関の専門家も認めています。デジタル化は専門的なエンジニアリング産業の経営方法を急速に変え、エンジニアたちは常に新たなスキルの開発を強いられています。

ドイツのデュッセルドルフを拠点とする認定機関のASIINグループは、学会のパートナーのみならず工学産業における専門企業の代表者を認定プロセスに関与させることで、工学教育機関がこれらの変化についていけるように支援しています。

「認定により工学教育機関は、学生の指導や就職準備の方法を改善するために、他大学や産業界の代表者に助言を仰ぐ貴重な機会が得られます」

ASIINグループのマネージング・ディレクター、Iring Wasser氏

「教育機関は自校の工学プログラムの内容を設計しますが、私たちの認定プロセスは、学生たちがコースを終了したときに工学分野のキャリアに対して十分な備えができているかについて、教育機関が産業界の代表者に尋ねられるようにします。」とASIINグループのマネージング・ディレクターを務めるIring Wasser氏は述べます。「これにより、工学教育機関は、自校の教育内容と指導方法を、現在および想定される将来の労働市場の要件に沿ったものになるよう、定期的に変革しやすくなります」

そして、学生たちは近隣の企業から大学に委託されたプロジェクトに取り組む際、その企業に採用された場合に従事する可能性のあるプロジェクトばかりではなく、使用する可能性のある設計やシミュレーション、製造のためのアプリケーションやプロセスについても直接経験を積むことができます。

高まる需要

工学分野の雇用主のニーズに沿ったスキルと能力を学生が備えるようにする上で、認定が有効であることは、初めて認定を受けようとする工学教育機関が増えていることからもよくわかります。

たとえば、ベルギーを拠点とする欧州工学教育アクレディテーションネットワーク(ENAEE)は、欧州全域の工学教育機関に対してEUR-ACEラベルを授与する15の認定機関を承認しています。ENAEEはまた、中央アジア、アフリカ、中東、南米における授業プログラムを認定するためにEUR-ACEを用いる認定機関の設置プロジェクトに関与してきました。

「世界中で工学教育のための品質保証システムを構築することにより、私たちは工学教育の質を高め、大学関係者および職業上の専門家らの国家間の流動性を促進することができるでしょう」と、ENAEEのバイスプレジデントを務めるJosé Carlos Quadrado氏は述べます。

将来の構想

デジタル化や人工知能の応用がますます進むとともに、サステナビリティや気候変動といったいくつもの問題が絡み合った課題に世界がいっそう注目するようになると、エンジニアは常にイノベーションを強いられると、CTIのCrepon氏は予想しています。

「工学教育機関が工学の指導方法をたゆまず改善していく支援をする上で、認定プロセスは引き続き鍵となるでしょう。そうすることで、卒業生はプロのエンジニアとなったときにこれらの課題の解決法を開発できるような人材になります。」と彼女は述べます。

工学の教授方法と工学プログラムの認定方法を徹底的に点検すると、常に改善の余地はあります。

「学生によりよいサービスを提供していくには、さまざまな認定アライアンスの間にコラボレーションを増やしていかなければなりません」と、Wasser氏は述べます。「それに加えて、私たちは認定専門家たちの訓練を継続し、認定専門家が常に正しい問いを発して適切なアドバイスをしていること確認する必要があります。多くの認定機関はすでにこれを適切に実施しており、私たちは工学教育においてイノベーションを推進し、将来の優れたエンジニアを育てるために、確実に正しい道を進んでいると確信しています」

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