高齢者のためのデザイン

高齢化人口に必要な暮らしやすさを実現

Dan Headrick
14 November 2017

設計者とエンジニアは、世界人口の急速な高齢化に即した変革を進めるため、専門分野のコンセプトとテクノロジーをどのように応用すれば高齢者の視力低下や身体能力の低下に対応し、生活全般をサポートできるかについて学んでいます。

今日の設計者とエンジニアは、急速に高齢化する世界人口のための変革を、いたわりの姿勢と個人の目線で行うという、並大抵ではない目標を達成することを求められており、このことは現代のデザインに反映されています。

関節炎を患う高齢者の手でも簡単に開けることのできる瓶から、体の不自由な高齢者でも利用できる公園や交流の場に至るまで、様々な製品や建造物、交通網、通信グリッド、広場、コミュニティ構造を高齢者の視点からとらえるための取り組みが、頭脳明晰な若手設計者の間で進められています。

この分野のニーズはすでに大きく、さらに拡大しています。出生率の低下と長寿化の影響で、高齢者(大半の人口統計学者が65歳以上と定義)が世界人口に占める割合は飛躍的に増大しています。世界保健機関によると、2010年に5億2,400万人であった65歳以上の人口は2050年までにその3倍の15億人になると見込まれており、5歳未満の子どもの人口をついに初めて上回りました。また、高齢者は世界全体で最も急速に増加している人口区分でもあります。

高齢者疑似体験

こうした中、科学技術者と製品政策企画者はすでに行動を起こしています。たとえば、日産、フォード、マサチューセッツ工科大学(MIT)のエンジニアは、高齢者向けデザインを支援するツールとして、85歳の高齢者の身体的特徴(ぼやけた視界、硬い関節、不安定なバランス能力)をシミュレートした「シニア・スーツ」を開発しました。エンジニアは加齢による身体的影響を自ら体験することにより、高齢者のニーズに対する理解を深めることができます。

15億

世界保健機関は、65歳以上の人口が2010年の5億2,400万人から2050年までにその3倍の15億人になると予想しています。

 
高齢者向けデザインは、最新のテクノロジーにも採り入れられるようになっています。これまで、高齢者による最新テクノロジーの採用率は総人口のそれより低い傾向にありましたが、このトレンドは変わりつつあります。グローバル・シンクタンクのPew Research Centerが作成した、高齢者によるテクノロジーの使用状況に関する報告書によると、高齢者の一部のセグメント(特に高学歴の富裕層)では、デジタル・テクノロジーを利用する割合が過去の世代の平均値よりも高くなっていることが判明しています。

たとえば、スマートフォンを所有する65歳以上の人口が米国では2013年から倍増しています。オランダでは、足取りの変化などの指標をモニタリングし、転倒の危険を事前に察知して警告するスマート・ホーム・センサーの利用者を対象に、少なくとも5社の保険会社が医療費の還付を行っています。Amazonの音声制御デジタル・アシスタントEchoは、質問に答えて、家族や親戚に電話をかけるだけでなく、家電機器を制御したり、さらにはニュースを読み上げたりもしてくれます。また、高齢のため家から出られない人のために食料雑貨品や処方薬を宅配便で届け、車の送迎サービスを手配するオンデマンドのオンライン・サービスもあります。

利用者の立場になってデザイン

ヨルダンのアンマンに拠点を置くSahar Madanat Design Studioの創業者であり、設計責任者を務めるSahar Madanat Haddad氏は、次のように述べています。「製品をデザインするときは、その製品の利用者の立場に自分を置くことが大切だということを、これまでの経験から学びました。まず利用者について理解し、利用者が口に出してうったえているニーズと内側に抱えているニーズの両方に注意を払い、利用者の日々の生活パターンを研究します。そうすることで、利用者の気持ちや悩みを理解したデザインが生まれます。高齢者向けデザインに特に当てはまることですが、利用者の声としてまず気付くことは、福祉用具のように見える製品を使いたがらない高齢者が大半だということです」

心肺蘇生と除細動を行うための家庭用緊急対応キットは、Haddad氏が手掛けた最新の製品です。このキットはスタイリッシュなロールパッド形状になっており、製品コンセプトにうたわれているとおり、「枕と毛布のようなシンプルさと、毛布をかけるような簡単操作」が特長です。

「そうすることで、利用者の気持ちや悩みを理解したデザインが生まれます」

SAHAR MADANAT HADDAD
Sahar Madanat Design Studio創業者兼設計責任者

これと同様の取り組みは世界各地で見られるようになっています。台湾の東呉大学から日本語/日本文化の単位を取得して卒業したインダストリアル・デザイナーのSha Yao氏は、食べこぼしを防ぐアルツハイマー病患者用の食器を制作しました。パキスタンのイスラマバードにある国立科技大学の学生は、日常生活に支障をきたしうる手首の振戦(不随意のふるえ)を抑制する、クラウド接続型ウェアラブル・グローブのTAME(振戦捕捉・最小化)を開発しました。

高齢者にやさしい街づくり

高齢化社会に即した変革を遂げているのは製品だけではありません。生活環境も同じです。たとえば2016年に英国では、76,000戸のシニア・フレンドリー住宅を備えた新しい街を英国全土に10箇所つくる計画が、英国政府と国民保健サービスによって発表されました。オランダでは、画期的な認知症介護施設Hogeweykの入居者が、スーパーや公園を完備したビレッジで生活しています。ビレッジは多様な文化的スタイルを反映した建造物でデザインされており、入居者は各自の過去の経験に合ったスタイルを選ぶことができます。

これと同じコンセプトは、米国サンディエゴのアルツハイマー介護施設でもテストされています。1950年代の街並みを精巧に再現した施設は、入居者に自分が若かった頃のことを思い出させて記憶力を刺激し、入居者同士の会話を促進するようデザインされたものです。

Sha Yao氏は祖母を介護した経験から着想を得て、食べこぼしを防ぐアルツハイマー病患者用の食器を制作しました。(Image © Sha Yao)

世界で最も急速に高齢化が進む国の一つであるシンガポールは、他の都市のモデルとなりつつある、大がかりなプログラムに着手しました。多面的で包括的なこの計画は、医療、教育、雇用、ボランティア、経済的保障、住宅、交通、パブリック・スペース、ソーシャル・インクルージョンなど、12のセグメントにわたる70以上のイニシアティブで構成されています。さらに、このイニシアティブの対象となる人口は4種類の公用語を話す多文化人口であり、祝日や重んじられる伝統も文化によって異なります。

ジョージア工科大学で建築/インダストリアル・デザインを教えるEllen Do教授は、次のように述べています。「既成の枠にとらわれずに考え、創造力を発揮することを期待されることは、設計者にとっての醍醐味です」Do教授は、慶応大学とシンガポール国立大学(NUS)が合同で設立したKeio-NUS CUTE(Connective Ubiquitous Technology for Embodiments)センターの共同理事も務め、シンガポール・アクティブ・エイジング会議に所属しています。

「設計者は、材料学や幾何学のほか、バイオインスパイアード・デザイン、サステナビリティ、効率性、ハイテク、ローテク、3Dプリンティング、パラメトリック・モデリング、人間中心、エルゴノミクス中心などの考え方をはじめ、テクニックとツールを総合的に学習します」

その一方でDo教授は、高齢者の生活に役立つ革新的な道具を生み出すうえで必要となる、高齢者の身になって考えることこそが、今日の若手設計者にとっての難題であると指摘しています。「テクニックやツールの使い方を設計者に教えるのは簡単です。肝心なのは、本質を見抜く力、そして利用者について評価・熟考し、十分に理解したうえで、利用者の立場に自分を置いて考えることです」

Anne Asensio

エクスペリエンス思考

 
世界を単なる物体として見る科学の視点とは異なり、設計者は世界をプロジェクトとしてとらえるため、その中心に人間を置いて考えることができます。デザインによってもたらされるイノベーションが社会的要素と文化的要素を取り込んでいるという点で、テクノロジーのみに基づく能力を上回るのはそのためです。

台湾のSha Yao氏は、アルツハイマー病と闘う祖母の生活から着想を得て、食べこぼしを防ぐ認知症患者向け食器セットEatwellを開発し、賞を受賞しました。ヨルダンのSahar Madanat Haddad氏は、高齢者の意見を聞いてから、福祉用具や幼稚な装置のように見えない家庭用心肺蘇生キットを開発しました。2人の設計者に共通していることは、様々な個人的経験や文化的経験に基づいて形成される、製品利用者の視点に自分を重ねて考えていることです。

この2人の事例は、製品のデザインが単なるモデリングからどのように発展しているかを示す申し分のない例です。製品はかつて、設計意図を直接表現したものであり、利用可能なテクノロジー、材料、エルゴノミクス、厳密に定義されたタスクおよび機能の物理的な制約の範囲内で作成されていました。一方、エクスペリエンスの時代には、デザインの考え方が製品を設計することからエクスペリエンスをデザインすること、今までにない新しい方法で最終利用者の心をとらえること、見た目の美しさを超えて、より大きな社会的ニーズを満たすことへと変化しています。

「デザイン思考」とは一般的に、個々の設計者の主観的概念の域を抜けて、人々が実際に何を必要とし、何を表現できずにいるかを読み解くことによって心をとらえる共感モデルであるとされています。

デザイン思考からさらにもう一歩踏み込んだ「エクスペリエンス思考」は、顧客体験によってもたらされる感情力を利用する社会的アプローチです。設計者は将来のシナリオを思い描いて、リアルタイムの3Dプロトタイプを作成し、イマーシブ・テクノロジーと仮想世界を利用して、情報を組み込んだ3Dデジタル・マスターを開発します。社会的データと科学的データの組み合わせは、設計者による創造活動のための新たな材料となります。

日用品を自分なりの方法で作る設計者はいなくなりつつあります。エクスペリエンスの時代に必要とされるのは、コミュニティベースのデザインです。設計者はコンセプトの主体の一人として、エンジニアや科学者、あらゆる種類の専門家と共同で作業します。設計者の役割は、感情にうったえる美しい体験を作り出すことです。設計者がこのようにエクスペリエンス思考を用いることで、世界が抱える困難な問題の解決パターンを明らかにし、高齢化人口への対応をはじめ、コミュニティ全体としての進歩を遂げることが可能となります。

Anne Asensioは、ダッソー・システムズのデザイン・イノベーション担当バイスプレジデントです。これまで30年間にわたり、多様な経験と文化的背景をもつ優秀な人材とともに、革新的で包括的なグローバル・プロジェクトに携わってきました。

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