電子ファッション

ウェアラブルテクノロジーは手首を離れて 日常の繊維製品の中へ

Martin Koppe & Philippe Fontaine
29 April 2015

なんでもネットにつながる今の世界で最近ブームになっているのは、ウェアラブルテクノロジーです。衣類やアクセサリーにデータ転送システムが組み込まれ、身につけるものが新しいコミュニケーション・インターフェースへと変わります。ユーザーの気持ちを追跡することから健康をモニターすることまで、幅広い機能を持つ次世代のワードローブが実現に向かっています。

ウェアラブルテクノロジーは、「モノのインターネット」(IoT)に分類される最新のトレンドで、周りの環境の変化を検出し、着用者の身体反応に応答するためのコネクテッド(ネット接続を備えた)システムです。一部のウェアラブルテクノロジーは、メモリー機能や「学習」機能も備えていて、衣類やアクセサリーの機能性を根底から覆しつつあります。

ヘルスケア、ファッション、エンターテインメントなどさまざまな分野の創意に富むデザイナーやエンジニアが推進役となり、ウェアラブルテクノロジーの市場は急速に拡大しています。最近では小売価格が100米ドル未満のアイテムも登場しています。監査会社のデロイト社は、ウェアラブルテクノロジーを特徴とする製品は2014年に1,000万個販売され、その売上高は30億米ドルであったと推定しています。米国のコンサルティング会社、ガ-トナー社の予測によれば、同製品の売上高は2016年までに100億米ドルに達します。

この潜在力を前提として、米国ラスベガスで今年開催されたコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)やスペイン・バルセロナで開催されたモバイル・ワールド・コングレスでは、ウェアラブルテクノロジーが大々的に取り上げられました。

消費者は、健康に関するフィードバックをリアルタイムに提供する機能や、職場での生産性を向上させる機能を歓迎し、このテクノロジーを取り入れつつあります。企業にはより大きな動機付けがあります。これらのウェアラブルシステムからは、一秒ごとにユーザーに関する無数のデータが生み出されます。企業はそこから詳細な知識を得て、カスタマイズをさらに高めた(すなわちより有利な)オファーを設計し、自社と消費者もしくは顧客との間にロイヤルティーのきずなを築くことが可能になります。

ただしウェアラブルシステムの利用時には、プライバシーの問題も発生してきます。たとえば保険会社は、ユーザーの健康に関するリアルタイムの情報にアクセスして、それに応じて保険料を調整できます。これは、健康な人たちには好材料と見なされる可能性が高くても、健康上の問題を抱える人たちには、自分の生活と財布に対する不愉快な侵害だと思われそうな傾向です。

「これらの新しいデバイスは最終的に、専門家の生産性を高めるのと同時に活動上の自由度を高めます」

François Benhamou
CEO, Novell France

快適さと健康

ウェアラブルテクノロジー市場で成功を収めるには、多くの微妙な違いを明確に理解することが必要だと専門家は指摘しています。たとえばテクノロジーマニアであれば、見た目にこだわらず革新的な機能性を受け入れるでしょう。しかし過度に「オタク的」なアパレルであれば、ファッションにうるさい消費者の興味を惹くことはないでしょう。

米国サンフランシスコに拠点を置き、2014年にインテル社によって買収されたスマートウォッチメーカー、Basis Science社の前CEOであるJef Holove氏は、次のように述べています。「二つの道の可能性を探る必要があります。一つ目は健康関連の用途で、心不全や糖尿病関係の問題を監視することができるセンサーを使用します。もう一つは、よりエンターテインメントを重視する道で、スマート型のブレスレットやウォッチを利用します」

100億米ドル

ガードナー社は2016までにウェアラブル電子機器の市場規模は100億米ドルに到達すると予想する。

体に直接着用される健康志向のウェアラブルテクノロジーでは、分析が可能なように生理学的パラメーターが測定されます。この分析により、初期診断を通して健康を改善したり、運動能力の微調整に役立てたりすることができます。

米国ボストンに本拠を置き、イノベーションとデザインを専門とするコンサルタント会社、IDEO社で、ライフサイエンス分野のチーフ・ストラテジストを努めるRodrigo Martinez氏は次のように述べています。「たとえば、同じルートで定期的にランニングしているとします。ウェアラブルアクセサリーによって記録された情報は、走った日によって何が違っていたかを理 する助けになります。このようなデバイスのおかげで、体は、単に『コネクテッド』な状態にあるのみならず、最適化を目指すようになります」

たとえば、FitBit社やJawbone社のブレスレットは、歩数計、心拍モニター、睡眠の質を測定するシステムが特長となっています。これらのシステムが自律的に動作し続ける期間は数週間から丸一年にわたります。記録された情報は関連ソフトウェアによって分析され、スマートフォンでリアルタイムのお勧め情報が提供されます。それには、食事をとったり、仮眠をとったり、電車に乗ったりするのに最適な時間も含まれます。こうしたシステムは、運動中に早く疲れてしまわないように、いつペースを落とすべきかを助言することさえ可能です。

職場でのウェアラブルテクノロジー

ただしウェアラブルテクノロジーは、アスリートだけのものではありません。産業界の関心も引き起こしています。

たとえば、米国カリフォルニア州にあるAtheer Labs社は、埋め込みセンサーを備えたスマートグラスを考案しました。これを掛けると、簡単なジェスチャーでデジタル分野の操作を行いながら、実世界のビュー(視界)に重なって表示される情報を読むことができます。

「実世界の中で行動しなければならない場合もありますが、同時に、デジタル世界の情報を操作したりアクセスしたりする必要があります」と語るのは、カリフォルニア大学バークレー校のテクノロジー・ディレクターで、前プリンシパル・インベスティゲーターのAllen Yang氏です。同氏は、高次元パターン認識、コンピュータービジョン、イメージ処理、センサーネットワークの専門家です。イマーシブ(没入型)テクノロジーは、航空機パイロットや、グローブを着用している場合もある油田プラントの作業員のように、仕事の性質上キーボードや画面でタイプ入力することが困難な人たちの共同作業や個々人の経験値を強化するとYang氏は述べています。

ヘルスケア分野ではグーグル・グラスが、撤退前に同様のテクノロジーを提供していて、何千キロも離れた場所にいる医師が、複雑な医療手術の間でもリアルタイムに通信できました。たとえば2014年には、フランスと日本の医師が、人口肩関節置換術に共同で取り組む間、このテクノロジーを使用して協力しました。

インフラ・ソフトウェア・プロバイダーである Novell France社のCEO、François Benhamou 氏は、「これらの新しいデバイスは最終的に、専門家の生産性を高めるのと同時に活動上の自由度を高めます」と指摘しています。

コネクテッド・クローズ

ただし、ブレスレットや眼鏡類のようなコネクテッド・アクセサリーは、ウェアラブル産業の最初の波にすぎません。現在では、自社のテクノロジーを直接衣類に組み込む企業が増加の一途をたどっており、テクノロジーを布地へ織り込む企業さえ出現しています。コネクテッド・クローズは洗濯可能で、多くの場合、環境に優しく紛れもなくスタイリッシュであるようにデザインされています。

この傾向が非常に一般化したため、2014年ラスベガスで開催されたCESには、全体がファッションに特化したエリアが設けられていました。展示されていた製品の多くは奇抜なものでしたが、これらのテクノロジーが提供する非常に幅広い多数の可能性が例証されています。たとえば、オランダに本拠を置くフィリップス社による「Bubelle」というドレスは、着ている人の気持ちに応じて色と明るさのレベルが変化します。

オランダ人アーティストのDaan Roosegaarde 氏は、あまり一般向けではありませんが、Intimacy 2.0という心拍数と体温の高まりに反応してシースルーになるドレスを開発しました。オーストラリア企業のWearable Experiments社によって作られたジャケットやインド企業のDucere社によるLechalシューズは、一見しただけではそれと分からないGPSデバイスで、スマートフォンへのBluetooth接続を利用し、振動によって着用者に正しい方向を指し示します。

インド企業のDucere社によるLechalシューズは、スマートフォンを見る必要なく、振動で道案内をしてくれます。(Image: ©Ducere)

命を救うテクノロジー

Pierre-Alexandre Fournier氏は、カナダのモントリオールに拠点を置くHexoskin社の共同創設者で、CEOを努めています。同社はスポーツトレーニングや健康追跡のために、生物測定学を応用したシャツを製造しました。Fournier氏は、すべての衣類が遠からずウェアラブルテクノロジーを備えることになると予想しています。

Fournier氏は、「当社の100%織物のセンサーは、小型のポータブルケースに接続され、Tシャツに組み込まれています。センサーでは呼吸気量、心臓の回復時間、カロリー燃焼速度が測定されます」と述べています。彼によれば、これらの応用は特に、前兆なしに血糖値が急降下、急上昇することがある糖尿病患者や、心不全のリスクを抱える人々にとって有用です。

隠れた健康上の問題の早期検出は、ウェアラブルテクノロジー業界で急速に進歩を遂げているニッチ市場です。たとえば米国ネバダ州に拠点を置くFirst Warning Systems Incorporated社は、体の局所的な体温の変化を検知することで乳がんを検出できるコネクテッド・ブラを開発してきました。がん性腫瘍が存在すると、身体はそこへ栄養を供給するために新しい血管を作ります。この下着は局所的な温度の高低を検知することで、腫瘍発達の早期に、医師が腫瘍の存在を識別しやすくします。

病気の予防は、コネクテッド・クローズよりもさらに高い目標です。ケニア人研究者のFrederick Ochanda氏とガンビア人スタイリストのMatilda Ceesay氏は、ナノテクノロジーを利用して「蚊を防ぐ」衣類を設計してきました。これは、マラリアで亡くなる人が毎年60万人以上いるアフリカでは、極めて重要なイノベーションです。

同様に、グーグルの新しいスマート・レンズは、糖尿病患者用の実験的コンタクトレンズであり、RFID(Radio-Frequency Identification)チップに接続された極小センサーを使用して、涙に含まれるグルコース含有量を測定します。装着者はモバイルデバイスを目に近づけるだけで、結果をデバイスに転送することができます。

隠されたウェアラブルテクノロジー

バイオテクノロジーとナノテクノロジーの進歩のおかげで、接続型のテクノロジーは衣類よりも「近く」へ移動しようとしています。間もなく、体の内側にテクノロジーを備えることができるようになります。たとえばノキア社は最近、電磁場にさらされると異なる周波数で振動する強磁性体インクを使用する、一時的なタトゥーに関する特許を取得しました。スマートフォンと組み合わせることで、通話やメッセージの着信を感じられるようになります。

カリフォルニア州サンディエゴ大学でナノ工学講座を持つJoseph Wang氏は、筋肉のけいれんを引き起こすと考えられている、汗の乳酸含有量を測定する「スマートタトゥー」に取り組んでいます。理論的には、乳酸のレベルが危険なしきい値に近づいたらタトゥーでアスリートに警告し、休養や給水を促すことができます。

これらを始めとする応用事例は、目立たず、健康な体の組織に悪影響を与えず、価格も次第に下がりつつあるウェアラブルテクノロジーの巨大な潜在力を示しています。気持ちを見えるようにすることから、健康をモニターすることまでをカバーするこれらのシステムにより、(ウェアラブルテクノロジーは)「必携の」ファッションアクセサリー、という概念そのものが再定義されようとしています。

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