教師を評価する

世界中の専門家が、教師を公平に評価するための基準を模索

Rebecca Gibson
28 October 2015

1 min read

教師が有能かどうかを見極めるのは大変ですが、どうしても必要なことです。その道のリーダーたちは、さまざまな手法 を組み合わせて教師個人の業績を正確かつ公平に評価する方法を探っています。

フィンランド教職員組合(OAJ)で人 材紹介アドバイザーを務めるLaura Nurminen氏は、教師の評価方法 を聞かれた際にこんな例えを紹介しました。 「ある男性が大事故に巻き込まれて、命は なんとか取り留めたものの両足を切断しな ければならない場合、医師は成功したので しょうか?失敗したのでしょうか?」

Nurminen氏はこの例を教育界と比べてみ せます。「同じように、短い文章の読み書き や理解ができない学習障害の生徒をなんと か教えても、その生徒が年度末になっても正 しいつづりが書けないとしたら、良い教師で しょうか?悪い教師でしょうか?」

これは多くの政府や教育団体、学校が直 面している難題ですが、なんとしても答え を見つけなければなりません。2015年5 月には、「Universal Basic Skills – What Countries Stand to Gain」と題したOECD (経済協力開発機構)のレポートで、調査 対象となった76カ国のうち九カ国(世界で も特に裕福なOECD加盟国を含む)で66% 以上の生徒が、必要な基本的スキルを習得 せずに学校を卒業していることが判明しま した。同レポートでは、国の教育制度の質と GDPの増加に強い相関関係があることも明 らかになっているため、この調査結果を受 けて、多くの国が教師の評価方法を再検討 しています。

「科学・技術・工学・数学に重点を置いた STEM教育は、現代の世界経済における米 国の経済繁栄と密接に結びついています。 優れたSTEMスキルは幅広い教育の中心 的な要素ですし、有能な人材を育成するに は不可欠です」と語るのは、STEM教育啓蒙 連合のエグゼクティブディレクター、James Brown氏です。「数々の研究で立証されてい るように、児童教育を成功させるうえで優れ た教師ほど大事なものはありません。米国に とって、STEM教育の知識を備えた新人教師 を育成・確保するためにしっかりと投資を続 けることはきわめて重要です。これは、STEM 分野のキャリアに対する学生の関心を高め るうえでも助けになるでしょう」

「児童教育を成功させるうえで、 優れた教師ほど 大事なものはありません」

JAMES BROWN氏
STEM教育連合のエグゼクティブディレクター

多様な手法

生徒のテスト成績から授業観察、ピアレ ビュー、学生のアンケートまで、OECDが調査 した各国は教師を評価するために組織立っ た仕組みを整備してきました。それでも、ほ とんどの国が「生徒の学びに対する教師の 影響力を正確・公平・確実に査定するのは 依然として難しい」と認めています。OECD事 務総長の教育政策特別顧問であり、教育局 次長も務めるAndreas Schleicher氏は次の ように言います。「基本的に教師は、生徒に 進歩が見られれば有能、進歩が見られなけ れば無能とみなされます。しかし“効果的な 指導”の明確な定義はありませんし、正確に 定量化するのは難しい。資質イコール経験 でしょうか?クリティカルシンキングやディス カッションを通じて生徒のエンゲージメント を向上する教師よりも、生徒の成績を上げ る教師のほうが評価されるのでしょうか?そ れとも、エンゲージメントも成績も上げて、 何でもこなせる教師だけが有能なのでしょ うか?」

オーストラリアのメルボルン大学教育学 部大学院内にあるメルボルン教育研究所 (MERI)のJohn Hattie所長は、教師の業績 を評価しようとする際に重要な質問は二つ だけだと考えています。「生徒に対するトー タルな影響力を示すためにどんな根拠が示 せるか?」「結果として、その教師はどんな行 動を起こしているか」という質問です。

Hattie所長はこう言います。「どの生徒も一 年かけて何かを吸収すればその分成長する はずですが、一年分の成長の中身は学校に よって違うでしょう。ですから、教師の能力は 学校側の期待を踏まえて判断しなければな りません」

生徒の成績にもとづく評価

外部機関が定めた統一基準をもとに教師を 評価している国もあります。たとえば2015年 には、メキシコのエンリケ・ペーニャ・ニエト 大統領が教師の採用・評価・昇進にあたって 標準的な能力試験を義務付けましたが、こ れが議論を呼んでいます。

米国では、「落ちこぼれ防止法(No Child Left Behind ActNCLB法)」が2001年に導 入されて以来、付加価値評価とも呼ばれる 統一テストの成績が基準になっています。 OECDによれば、米国の教師の90%以上がこ の方法で評価されており、オバマ政権が立 ち上げた「Race to the Top」というプロジェ クトでは、教師評価プログラムの一環として 生徒のテスト成績を利用する州立・公立学 校に連邦政府の補助金を交付しています。

こうしたプログラムの前提は「教師が有能であ るほど、生徒は統一テストで高い点が取れる」 というシンプルな考え方ですが、賛成派と反 対派の反応は決してシンプルではありません。

生徒のテスト成績に関する問題がとりわけ 論争を呼んできた米国で、National Council on Teacher Quality(教師の質に関する全 米評議会)のトップを務めるKate Walsh氏 は次のようにコメントしています。「教職が 複雑な仕事で、教室での実績がさまざまな 指標で評価できる/評価しなければならな いということは疑う余地がありませんが、有 能な教師が生徒の成績を上げるということ も明らかです。指導“効果”をしっかりと客観 的に把握するには、生徒にどんな成果をも たらしたかを考えなければなりませんし、生 徒の成長に焦点を合わせた教師の評価は “生徒の学力を伸ばす”という根本的な責任 を反映しています。ですから、生徒の成長や 付加価値データは業績を評価するうえで最 も重要な要素なのです」

コロンビア大学ロースクールでサイモンH. リフキン記念講座の教授兼コロンビア・セ ンター・フォー・パブリックリサーチ&リー ダーシップのディレクターを務めるJames Liebman氏もこの意見に同意しています。生 徒数の違いを考慮すれば、テスト成績の付 加価値分析が、教師や学校を「同一条件で」 比較するうえで役立つと教授は主張します。

「生徒は自分がどのくらい学んだかを知 りたがっています」とLiebman教授は言 います。「それに、いまや米国ではSBACや PARCCといった統一テストの評価も改善さ れており、テスト成績は主要な学習成果を 測るうえで、完全ではないにしろ最適な基 準になっています」

いちかばちかの アカウンタビリティ

しかし、生徒のテスト成績に重きを置いた 教師の評価は強い反発を招き、反対派は 「統一テストは複雑な教育・学習プロセス を正確に反映しておらず、それに頼るのは 教師に対して不公平である」と主張してい ます

たとえば、Peter Z. Schochet氏とHanley S . C h i a n g 氏が著した「E r r o r R a t e s in Measuring Teacher and School Performance Based on Student Test Score Gains」(2010年)というレポートで は、一年間のテストデータをもとに教師の 平均的な業績を評価した場合のエラー率 は35%に上り、三年間のデータを使用した 場合でもエラー率は25%と報告されていま す。一方、Thomas J. Kane氏とDouglas O. Staiger氏がまとめた「Volatility in School Test Scores: Implications for Test-Based Accountability Systems」(2002年)という レポートによれば、生徒の点数の変動はそ の50~80%が一時的な要因(例:テスト中 に犬が吠える等)によるそうです。

米国では、テネシー州教育協会(Tennessee Education Association)やテキサス州 ヒューストン教員連盟(Houston Federation of Teachers)をはじめとする一部の教職員 組合がこうしたテスト重視の評価に反対し て裁判所に提訴し、「統一テストの科目以外 を担当する教師は生徒の成績が下がると 不当な処罰を受けている」と申し立ててい ます。

アメリカ労働総同盟・産業別組合会議 (AFL-CIO)配下の米国教員連盟(AFT)で エグゼクティブバイスプレジデントを務め るMary Cathryn Ricker氏は次のように述 べています。「統一テストの利用目的は、生 徒の進歩に役立つ情報を担当教師や親、学 校に提供することであって、教師個人を処 罰することではありません。NCLB法から始 まったテスト&処罰政策によって、教師は深 く掘り下げた指導よりも、いちかばちかのテ ストに備えた試験勉強に重点を置くように なりました。しかし、テストにこだわっても、 指導の質や生徒のトータルな学習成果は 向上していません。生徒を伸ばす質の高い 教育を実現するには、テストの乱用に歯止 めをかける必要があります」

教師も学ぶ

Schleicher氏によれば、OECDで調査した教 師の65%が「生徒のテスト成績は自らの業 績に対するフィードバックの重要な要素だ」 と考えているそうです。しかし、一流の教育 制度を備えた国の多くは、教師が所属組織 における自らの役割や学習目的にどの程度 適合しているかを分析するような評価を好 みます。

たとえば今年、ガーナでは、専門能力開発に 対する取り組みや成長度をもとに教師を評 価し、報奨を与えるために、新たな「初中等 教員の資質向上・管理政策」の試行をスター トしました。ロンドンにあるアーク・グロー ブ・アカデミー(Ark Globe Academy)の首 脳陣は、各教師を対象に週一回のサッカー スタイル・コーチングセッションを導入しま した。世界トップクラスの教育制度で有名な フィンランドでは、教師が専門能力開発の目 標を立て、年一回は校長を交えた業績評価 に参加するよう勧められています。

「フィンランドの教師は修士号を持っていな ければならないので、教育の専門家と見な され、プロとしての自主性が認められてい ます」と説明するのは教職員組合(OAJ)の Nurminen氏です。「生徒が標準化された評 価のプレッシャーを受けずに学びを深める ように、教師も自由に指導できるので、年一 回の評価に合格する術を身につけるよりも、 自らの指導法を真に向上する方法を理解す ることに心を傾けています」

積極的な役割を果たす

ほとんどの研究者や教育者が認めているよ うに、評価の主な目的や手法が何であれ、教 師がより有能な指導者になるには、十分な 訓練を受け、プロとしての能力開発を自らコ ントロールする必要があります。

「TALIS 2013 Results: An International Perspective on Teaching and Learning」と 題したOECDのレポートによれば、このやり 方は多くの国で功を奏しているようです。た とえば、日本の教師の80%は、正式な評価の フィードバックをもとに行動を起こした結果、 自らの指導力に「中~大」の成長が見られた と答えています。同じように、2012年の国際 学習到達度調査(PISA)ランキングで上海と トップ争いを繰り広げたシンガポールでは、 全新人教師の99%が公式なオリエンテーショ ンに参加し、40%は指導者の元、校長の80% 以上は教師に責任を持って自分自身と生徒 の学びを深めるよう義務化されています。

米国教員連盟(AFT)のRicker氏は次のよう に述べています。「教師や組合と直接連携し て構築された評価モデルは最強です。新人 教師、奮闘している教師、優れた教師の成長 を助け、手厚いサポートを受けているのに 失敗を繰り返している者を特定することに 重きを置いていますからね。教師は授業の 数カ月後に外部の管理官からフィードバッ クをもらうことが多いですが、私たちも生徒 たちと同じように、自己評価できる場合、もし くは生徒のことをよく知っている同僚からリ アルタイムにアドバイスをもらう場合のほう が成長します」

より良い評価システムを 構築する

よく言われることですが、「効果的な指導」の 普遍的な定義がなければ、教師の業績を正 確に評価できる有効な手段を開発するのは 不可能です。

イギリスに本社を置く教育コンサルティング 会社、evidencebased.educationでディレク ターを務めるStuart Kime氏は次のように話 しています。「現行の教師評価システムを利 用して、教育内容に関する知識などの要素 を評価することはできますが、数値化できな い要素のなかに、学習に対し教師の影響力 は無数にあります。たとえば、学級運営が学 びに貢献する要因でありますが、これを確実 に評価するのは難しい。最善の評価システ ムを持ってしても、学びに対する貢献度を査 定するのは至難の業です」

K i m e 氏はイギリスのダラム大学やノル ウェーのラトガーズ大学並びに米国ハー バード大学、米国の教育テスト・評価団体で あるETS、ドイツの国際教育研究所と共同 で、指導の質を確実かつ正当に評価する新 たな方法を模索しています。「教師に自らの 仕事ぶりを診断する力をつけさせ、信頼でき る同僚同志でアドバイスし合うことが改善 点を見極めるうえでどう役立つかを探るた めに、さまざまなシステムを試行してきまし た」と言います。「さまざまな情報源からの総 合的かつ多角的な情報を教師に提供し、プ ロとして信頼すれば、常日頃から自分を深く 顧みる習慣が身に付くでしょう」

さまざまな教育の専門家たちと同様に、 OECDのSchleicher氏は「いずれは非常に精 度の高い評価システムに各種手法を組み込 み、教師が自らの専門能力を開発するうえで 積極的な役割を果たせるようになるだろう」 と信じています。

「つまるところ、最高の教師を確保したけれ ば、誰もが質の高い教育やトレーニング、お よびカウンセリングを受け、キャリア開発の 機会に恵まれるようにしなければなりませ ん」とSchleicher氏は言います。「支援や協 力を得ながら、プロとしてある程度自由に指 導できるようにすることも必要です。教師の 評価は魔法のツールではありませんが、理 にかなったやり方で行えば、指導の質や生 徒の成長に決定的な違いが生まれるはず です」◆

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