シニア活用、先手必勝

ベビー・ブーマーの定年退職が始まり、 対応を迫られる雇用主たち

Cathy Salibian
25 April 2013

世界的な高齢化が未曾有のスピードで進みつつあります。しかし、企業の多くでは、来たる定年退職の波が及ぼす影響への対応が遅れています。成功の鍵は、未来の従業員を育てると同時にシニア従業員の知見をどう組織内に残せるか、にあります。

公益事業者はコミュニティ・カレッジと連携し、未来の労働力に働きかけています。

航空宇宙関連企業は、知識移転(ナレッジ・トランスファー)という新たなミッションに着手しました。

世界中の人事担当者は、多世代労働力の採用、維持およびトレーニングをいかに行うべきかについて、ベスト・プラクティスのモデルを求めています。

上記の取り組みはすべて、ある現実が目前に迫っていることに起因しています。その現実とは、世界的な高齢化が未曾有のスピードで進みつつあるということです。マッキンゼー・グローバル・インスティテュートによると、世界の労働力全体に占める55歳以上の労働者の割合は、2012年の14%から2030年までに22%に増加するものと予想されています。会計事務所のアーンスト・アンド・ヤングによれば、米国だけでも1946年から1964年の間に生まれたベビー・ブーマー7,600万人以上が毎年定年を迎えており、ヨーロッパでは2010年、労働市場に新たに参入した労働者の人数を定年退職者の人数が初めて上回りました。ロシア、カナダ、韓国および中国でも、今後10年以内に定年退職者数が新規労働者数を超えるものと予測されています。

2010

ヨーロッパで、労働市場に 新たに参入した労働者の 人数が、定年退職者の人数を 初めて上回る。

世界経済フォーラム(WEF)では、世界的な高齢化を「今後数十年間において世界の繁栄を脅かす最大のリスクの一つ」と呼んでいます。従業員の定年退職と同時に組織の知識とスキルが失われることや、定年退職者に代わる人材として雇用可能な求職者の数が、特に若者に不人気の分野において限られることなどは、こうした高齢化のリスクを示す例です。

逃げ腰の現状

専門家によれば、企業は世界的な高齢化の脅威を好機に転じるために今すぐ行動を起こし、 未来の従業員を育てると同時に、経験豊かなベテラン従業員という社会資本を活用することを目指さなければなりません。

「多世代労働力を対象にした柔軟な雇用、従業員維持および教育戦略を策定することが不可欠です」と、ニューヨーク州グレート・ロチェスターYMCAの人事担当バイス・プレジデントで、世界最大の人事専門団体である米国人材マネジメント協会(SHRM)の元ニューヨーク州支部長、Fernán Cepero氏は述べています。

世界的な高齢化は「今後数十年間において世界の繁栄を 脅かす最大のリスクの一つ」

世界経済フォーラム(WEF)

しかし、多くの組織では対応が遅れています。その理由はおそらく、最近の世界的不況で投資ポートフォリオが急落したことを受けて早期退職者が減少したために、今のところは小康状態が続いているからであると考えられます。たとえばSHRMと全米退職者協会(AARP)は2012年、米国の組織を対象に実施した共同調査の結果を公表しました。その調査結果によると、人事担当者の72%が有能なシニア従業員を失うことを「問題」または 「潜在的問題」とみなす一方で、組織のおよそ71%は労働力の評価に関連した対策をまったく講じていないというのです。

公益事業は学術界と連携

例外の一つは公益事業分野です。『Harvard Business Review』に最近掲載されたレポートによれば、労働力の40%ないし50%が2020年までに定年退職を迎えると推定されるエネルギー企業は、この課題への取り組みに着手しています。たとえば検針など、旧来の公共事業関連の業務の一部はオートメーションに取って代わられつつありますが、現場作業員やプラント管理者に対するニーズは依然として存在しています。2012年10月末にハリケーン「サンディ」が米国北東部を襲ったときのことを思い出してください。米国全土から東海岸に作業員が結集し、被災地の電力復旧に取り組みました。しかし将来、定年退職によって作業員の数が半減することがあれば、そのような迅速な対応は望めないでしょう。

「米国は電力の信頼性に依存しています。そのため、現場には高度なスキルを備えた労働力が必要とされるのです」と話すのは、エジソン電気協会(EEI 米国の電気会社で構成する協会)の最高総務責任者、Mary Miller氏です。「現場作業員が一人前になるまでには5年を要します」

EEIとその非営利部門であるCenter for Energy Workforce Development(CEWD)は、多数の共同トレーニング戦略に取り組み、大きな成功を収めています。EEIは、コミュニティ・カレッジおよび公的な労働力システム(国、州および地方の機関のネットワーク)と連携して関連する職種に対する将来的なニーズを検討し、その結果に合わせてコミュニティ・カレッジのカリキュラム調整を行っています。いっぽう、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団は、低所得者が高収入の公共事業関連職に就くための道筋をつけるプロジェクトに出資しました。

EEIはさらに、退役軍人の訓練と雇用可能性を促進するために、「Troops to Energy(エネルギー業界派遣隊)」と称するイニシアチブも立ち上げました。退役軍人の多くは、軍隊で積んだ訓練と経験によって、高収入のエネルギー関連職に転用しやすい優れたなスキルをすでに備えています。「現場作業員の給与は、超過勤務手当を含めると年収10万ドル以上に達する場合も少なくありません。プラント管理者も高収入です」と、Miller氏。「これらは、アウトソーシングされることのない高収入の職種です」

文字サイズを拡大し、 生産性を改善

2060年までに実に20%の人口減が予想されているドイツでは、シニア労働者の生産性と満足度を維持することがますます重要な焦点となりつつあります。

たとえば、自動車ブランドのメルセデス・ベンツで最もよく知られるDaimler AG社は2008年、「Aging Workforce(従業員高齢化)」イニシアチブをスタートさせました。このイニシアチブは、シニア従業員の生産性をより長く維持することと、シニア従業員の知識を若い世代の従業員に移転することという2つの方向から、従業員の高齢化の問題に取り組むものです。このイニシアチブの画期的な点としては、既存の従業員が利用できる訓練の拡大、熟練工全員に対する終身雇用契約の提示、適格な見習い工に対する終身雇用の提供などが挙げられます。

他方、従業員全体の4分の1を50歳以上が占める(さらに、その割合は2020年までに45%まで上昇するものと予測されている)BMW社では、シニア従業員の生産性維持を後押しするための施策が試験的に実施されました。BMW社は5万米ドルをかけて、コンピュータの画面上の文字サイズを大きくしたり、特定の作業を座ったまま実施できるようにしたりするなど、ある組立ラインに70件の細かい変更を加えたうえで、そのラインにシニア従業員を配属したのです。それから1年足らずで、シニア従業員の生産性は若手従業員が配属されている組立ラインに匹敵するまでに向上し、欠勤率は7%から2%に低下しました。この実験の成功を受けて、BMW社は2011年、シニア従業員向けに特化した設備を備える新たな工場を建設し、50歳以上の従業員のみをその工場に配属しています。

航空宇宙産業における 知識移転のパイロット・プログラム

航空宇宙産業もまた、高齢化が急速に進んでいる世界的な産業の一つです。『Harvard Business Review』によると、航空宇宙産業では労働者の最大60%が2020年までに定年退職を迎えるものと予想されています。この傾向を懸念したロッキード・マーティン社は、退職を迎える従業員の知識を組織内に残すためのベスト・プラクティスを特定すべく、一連の研究を実施しました。この取り組みは、定年退職問題の範疇を超えた成果をもたらしました。自社を絶えず活性化する方法も明らかになったのです。

60%

航空宇宙産業の労働者の最大60%が2020年までに定年退職を迎えるものと予想される。 Harvard Business Review誌

「知識を移転して確実に浸透させることによって、知識が成長し、社内でダイナミックな役割を担うようにしたいと考えました」と、ロッキード・マーティン社の知識継続プログラム・マネージャー、Patricia Scaramuzzo氏は述べています。

知識移転に関するロッキード・マーティン社の研究によって、さまざまな通説が覆されました。Scaramuzzo氏は、NDIA(National Defence Industry Association 米国の国防に関する産学団体)に対する最近のプレゼンテーションにおいて、いくつかの通説が迷信であることを指摘しています。たとえば、知識は捕捉するだけで十分であるという通説がその一例です。ロッキード・マーティン社の研究では、実際にはシニア従業員の知識を組織内に取り込むことは不可欠であるものの、彼らが退職する前に、組織全体でその知識を利用し、重要な細部を肉付けして消化しておく必要があるということが明らかになっています。もう一つの通説は、知識移転は1対1で行う方が容易であるというものです。実際にはグループ作業の方が、互いの疑問点から得られるものがあるため、効果が高くなります。三つ目は、経験の浅いメンバーがグループの足手まといになるという通説です。実際は、経験の浅いメンバーのおかげでチームに多様性が生まれ、重要かつ基本的な疑問点に確実に対処することができます。

「当社では、知識移転の成功は当社のみならず国の成功の鍵でもあると考えて、研究結果を共有してきました」と、Scaramuzzo氏は語っています。

ナレッジウェアで専門知識を捕捉

Parker Hannifin Corp.社の一部門であり、航空機コンポーネントの製造を手がけるParker Aerospace社は、専門家の主導によるカリキュラム開発、上級スタッフと直に接する機会の提供、正式なメンタリング・プログラムといった、さまざまな知識移転戦略を採用しています。同社ではそれと同時に、ナレッジウェア・ソフトを知識の収集、共有および再利用を行うためのツールとして利用しています。高度な知識でさえも、若手の従業員が再利用しやすいテンプレートに捕捉することが可能です。

「当社の専門家は、特定のノウハウを知る社内で唯一の人物である場合があります」と話すのは、Parker Aerospace社のエンタープライズ・システム担当マネージャー、Bob Deragisch氏です。しかし、そのような専門家も50歳や55歳になると、問題のノウハウを誰かに教える必要があることに気付き始めます。付加価値をもたらす何かを後に残すことが、彼らの仕事なのです。「彼らは、『自分が25年間これをやってきた。コンピュータに真似できるはずがない』と考えることもあります。しかし、実際は真似することが『可能である』ことが判明します。多くの場合は、反復的なプロセスをオートメーション化することで、人間がそれに費やしていた労力をより創造的な作業に注げるようにすることが可能なのです」

経営幹部向けの再就職支援企業であるChallenger, Gray & Christmas, Inc.社のCEOを務めるJohn A. Challenger氏は、従業員の退職を控えてその知識を組織内に取り込むする際、テクノロジーが重要な役割を果たし得ることを認めています。「ナレッジウェアは会社の歴史を保存するため、有用なメンタリング支援ツールとなる可能性があります」と、Challenger氏。「人々がさまざまな作業にどのように取り組んでいるのかを、文書化することができます。その情報を利用できるようにするために、整理して表示することもできます。人と人とのコミュニケーションの代わりにはなりませんが、その効果を高めるのに役立つのです」

働き方の変化もシニア活用の好機に

Challenger氏は、仕事の性質を変えることによって創造的な柔軟性がもたらされると指摘しています。9時から5時までの定時勤務制で終身雇用され、65歳になれば定年退職するという働き方は過去のものです。現在では、プロジェクト単位やパートタイム、モバイルで仕事をするという働き方も存在します。そして、それらの働き方はいずれも、高齢労働者をひきつけ維持するために役立ちます。

「年齢は関係ありません。人は、生産性の高さやどのような貢献ができるかによって評価されるべきです」

John A. Challenger氏
Challenger, Gray & Christmas, Inc.社 CEO

「企業はかつて若い従業員を雇い、彼らが一生そこで働き続けることを期待していました」と、Challenger氏。「そのような時代は終わりました。年齢は関係ありません。人は、生産性の高さやどのような貢献ができるかによって評価されるべきです。高齢労働者はさまざまな分野で長年の経験を積み、チームでの仕事の仕方を心得ているため、貴重な存在です。先見性のある経営幹部や人事担当者は、年齢の高さと経験が尊重される文化をどう生み出すべきかについて常に考えています」

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