金融業界のエグゼクティブたちは、業務の複雑化やコスト増につながる新しい規制について不満を言う傾向があります。しかし2008年の金融危機後に登場した新しい規制の多くは、まったく異なる反応を引き出しています。たとえば、いくつかの世界的な金融機関が手作業でのデータ整合化プロセスを捨て去り、業務を合理化する新しいコンピューターテクノロジーを導入しているのです。
結果として、コンプライアンス業務の改善や簡素化に加え、コストの削減、より優れた顧客向け製品やサービスの実現など、多数のメリットが生まれました。バンクオブアメリカ・メリルリンチでヨーロッパ、中東、アフリカを管轄するプレジデントを務めるJonathan Moulds氏は次のように述べています。「ほとんどの大手金融機関は世界各国に広く拠点を設けています。そのためこうした企業は、業務を行っているすべての主要国の規制に影響を受けます。これは、どの大手金融機関にとっても課題であり、結果的に複雑さ、コスト、ときには矛盾が生じるもとになります」
規制への準拠に失敗した場合も、経済的コストと評判に関わるコストの両方が生じることになります。マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、規制に関わる罰金や和解条件額は、、米国およびEUのユニバーサルバンク上位20社では2010年から2014年の間に45倍に増加しました。
「これらの規制の中、銀行やアセット・マネージャーは今や、可能な限りテクノロジーソリューションに重点的に取り組まなければなりません。変化し続ける全ての規制に確実に準拠するために必要なデータ量が、膨大になるからです」とMoulds氏は述べています。
予期されていなかったメリット
ほぼ全ての新しい規制は、「透明性」や「整合化」を促進するために立案されています。
KPMGは、同社が2016年に公開したレポート『Data Insights: Regulation’s Silver Lining』で次のように述べています。「銀行、資本市場、およびその他の金融機関には、規制当局に対して、月に数十万、場合によっては数百万のデータ点を収集して計算し、提出する仕事が課されています。規制当局はますます、出典の証拠、すなわちデータの信憑性を検証するためのデータの『トレーサビリティー』を要求するようになっています」
ただしこれらのデータを適切に分析すると、重要なビジネス上のメリットを生み出すことができます。KPMGは、顧客行動についてのさらなる理解、市場動向の早期の識別、事業・チーム・個人の各単位での業績の比較といった例を挙げています。
KPMGは次のように述べています。「すべての金融サービス企業は、分析のスピードアップとモデリング効率の向上から恩恵を受けるはずで、それらによってターゲットの絞り込みと価格付け、信用と流動性のモデル、資本計画が改善されます。取引、投資、リスク管理、融資についての毎日の決定が、より新しく、より完全で、より正確かつ強力な情報を利用できることによって、一変する可能性があります」
スウェドバンクのAngelique Angervall氏は、欧州委員会の、投資家の保護と市場の競争を促進するために金融市場の活動を規制する最新の枠組みであるMiFID IIについてのプログラムマネージャーを務めています。
「製品の対象市場などの規制によって、銀行はすべての事業領域と地域にわたって自社の製品開発プロセスを整合化する必要がありますが、これは銀行にとってプラスになるはずです。おそらくコスト効率にも優れ、コンプライアンスの観点からもより適切なものです。同じプロセスが続くことがわかるため、いくらかの時間の節約にもなります。これは株主資本利益率(ROE)の観点から、銀行にとって有益なはずです」(Angervall氏)。
“Everyday decisions on trading, investment, risk management and loans can be transformed by the availability of powerful information.”
KPMG
DATA INSIGHTS: REGULATION'S SILVER LINING
より優れたカスタマー・エクスペリエンス
透明性の改善に関する規制が厳しく適用されることは、実のところ、より顧客を重視したアプローチを導入する誘因となっています。
ドイツ銀行でMiFID II関連の製品管理責任者を務めるDaniel Veit氏は、「顧客をより深く理解することが、顧客をより重視した製品や、実際のクライアント・ニーズに見合った品を増やすことにつながれるのでは、と期待しています」と述べています。
スウェドバンクのAngervall氏も同意見です。
「サービスの品質を高めるための要件によって、長年提供したいと考えてきたのに優先順位が低かったサービスを、より迅速に開発できるようになるため、そうした要件は触媒となります。将来は、クライアントが自分でコストの透明性に関する計算表を持つことになるでしょう。私たちは、自社製品に何らかの付加価値があるようにする必要があります」(Angervall氏)。
競争が始まった
しかし、テクノロジー関連案件を手がける法律事務所のKemp Little(英・ロンドン)は、テクノロジーの採用される速度は大いに異なると述べています。
最新のレポートで同事務所は次のように述べています。「一部の既存企業および新興企業は既に、テクノロジーの進歩やこれからの規制変更を利用する事業計画の検討を既に進めています。その一方、その他の企業は、自社をどのように位置付けるのが最善か、そして、最も効果的な方法でリソースを割り当てるにはどうすれば最善であるかという課題に取り組んでいます」
結局テクノロジーは、どの企業が自社の評判と市場シェアを高めて台頭するかを決着させる一因になります。「コンプライアンス・システムは個々の金融機関を守るだけでなく、全体としての金融システムを守るうえでも不可欠な要素です」とMoulds氏は述べています。
そしてコンプライアンスは今では、金融機関の効率向上につながる自動化を促進するうえで不可欠な要素であるように思われます。◆