完璧なコーディネーション

複雑な5Gネットワークを扱いやすくする、モデルベース・システムズ・エンジニアリング(MBSE)

Tony Velocci
22 July 2020

第5世代移動通信システムの設計・統合は極めて複雑な課題ですが、モデルベース・システムズ・エンジニアリング(MBSE)を活用すると扱いやすくなります。MBSEを導入することで第5世代システムの設計をどのように促進し、最適化することができるのでしょうか。COMPASSマガジンでは、モデルベース・システムズ・エンジニアリングの専門家であるDaniel Krob氏(仏CESAMI社プレジデント)に話を伺いました。  

COMPASSマガジン: 5Gはこれまでの世代の無線技術とはどのように違うのですか。帯域幅やレンジ、さまざまな使い方、あるいはこれまでとは全く別のものなのでしょか。

ダニエル・クロブ氏: まず理解しなければならないのは、「5G」は単に移動体通信の次の段階を意味しているのではなく40年間に及ぶ技術的進歩の積み重ねの結果であり、どの世代もその前の世代をベースにして構築されてきたということです。どの世代も前世代より100倍以上も効率性に優れており、これは5Gでも同じです。通信業界で働いている人のほとんどが、5Gはずば抜けたテクノロジーであり、以前は不可能だった多くの新しい使い方、さまざまな使い方を可能にすると考えています。これは自動運転車からモバイル・クラウド・コンピューティングにまで及びます。

生産性の飛躍的な向上には驚くべきものがありますが、今後の展開の中で5Gが実現するかもしれない可能性の限界についてはどのように感じていますか。

クロブ氏: 多くのエンジニアが、技術的なリミットはアンテナの小型化くらいだろうと考えています。現時点では、成長の余地があるということだけが確かです。まずは5Gの展開を始めてみて、それによって5Gが潜在的に持つパフォーマンスの実際の伸びしろが見えてくるでしょう。

5Gにおけるシステムズ・エンジニアリングの課題とは本質的にどのようなものなのか、わかりやすく教えてください。設計や統合、導入を難しくしているのは何でしょうか。

クロブ氏: この複雑なテクノロジーでは、利用方法によって展開の仕方が大きく左右されることになります。5Gはまだ登場したばかりで、そのメリットを生かす実際のエンドユーザー向けアプリケーションの多くは、向こう10年間で、つまり5Gが全面的に展開されてから開発されることになりるでしょう。

モデルベース・システムズ・エンジニアリング(MBSE)の専門家から見た、従来のエンジニアリングとMBSEの違いを教えてください。そうした違いは、5Gをできるだけ良いものにするための課題の解決をどのように後押しするのですか。

クロブ氏: システムの複雑さが管理できる範囲のものであれば、従来のエンジニアリングでも申し分ありません。従来のエンジニアリングでは、開発は上流から下流までを逐次プロセス、すなわちニーズの把握、システムの設計、コンポーネントの設計、統合、テスト、認証、保守という流れを介して管理する手法がベースになります。このような手法では、一部の権限のある人しか鍵となる専門知識を見ることができず、モデル化や部門間協力はほどほどのレベルで(やり過ぎない程度に)行われます。

ところが、このような手法は極めて複雑なプロジェクトでは機能しません。こん手法では、すべての複雑さを理解することが難しくなるからです。エンジニアリング・チーム全体にわたるシームレスな連携が重要になり、個々のシステムをモデル化することが必須になりますが、この時点ですでにモデルベース・システムズ・エンジニアリング(MBSE)の世界に足を踏み入れています。

MBSEは共有するシステムのモデルを提案します。このモデルを使用してさまざまな技術分野を担当する人たちが協力し合い、機械や電気、電子、ソフトウェアなどの異なる専門分野がどこで交差するのかを見極めることができます。これができなければ、設計に不一致やズレが生じてしまい、物理的なプロトタイプを作成する段階に入るまでそれに気づくことはありません。

5Gの標準は今も進化しているため、企業が現在設計している機器も進化させる必要があるかもしれません。MBSEはこうしたプロセスをどのように後押しできるのですか。

クロブ氏: MBSEがそうしたプロセスを促進する方法は2つあります。1つは、MBSEを利用すると、ビジネスニーズと技術的なソリューションを効率的に連携させ、両者の間のデジタルによるトレーサビリティーを確保できます。これにより、エンジニアは進化する機能要件・技術要件とビジネスの意味合いとを簡単に関連付けられるようになり、時間の短縮とコスト削減を実現できます。もう1つは、MBSEを利用すると、最適なソリューションを評価する手法を用いて妥協点を見極めることができます。

異なるエンジニアリング領域の間の交点を明らかにするMBSEの能力は、システムレベルのイノベーションにどの程度の影響を及ぼすのですか。

クロブ氏: MBSEは、新しいレベルのサービスを提供しているにしても改善された機能性を提供しているにしても、単にシステムレベルのイノベーションだけでなく、テクノロジー(今回の場合は5G)の背後にあるビジネスの展望もモデル化して妥当性を確認できるようにしてくれます。

MBSEを有効活用している先駆者は市場でどのようなメリットが得られるのですか。

クロブ氏: MBSEはそれ自体が新しいエンジニアリング手法や新しい問題解決ツールを使いこなす必要のあるテクノロジーであり、全体をシンプルにするためにこうしたツールを多様な開発プロセスと統合する必要もあります。統合には長い時間を要する可能性がありますので、着手が早ければ早いほど、MBSEによって実現されるデジタル・トランスフォーメーションのメリットも迅速に得られます。

「MBSEは、新しいレベルのサービスを提供しているにしても改善された機能性を提供しているにしても、単にシステムレベルのイノベーションだけでなく、テクノロジー(今回の場合は5G)の背後にあるビジネスの展望もモデル化して妥当性を確認できるようにしてくれます」

ダニエル・クロブ氏  CESAMES社プレジデント

MBSEの効果がそれだけ大きいのであれば、なぜもっと広範に使われていないのですか。幅広く導入されるためには何が必要なのでしょうか。

クロブ氏: カルチャーの問題でしょう。MBSEは現在使われている中でも最も高度なエンジニアリング・ツールの1つですが、MBSEの利用に長けた人は限られており、多くの人は自分が長年使い続けてきた手法に使いやすさを感じてしまいます。MBSEにはさまざまなメリットがあり、それらは従来の手法からの転換を図るに値します。なぜなら、Vモデルのエンジニアリング手法では設計のズレに気づくことなく物理的なプロトタイプ作成段階にまで至ってしまいますが、(MBSEなら)こうした問題を回避できるからです。  

問題発見の遅れを回避することで、物理的なプロトタイプ作成を果てしなく続ける必要もなくなり、MBSEを使えば製品を予定通りに市場に投入しやすくなります。また、さまざまな標準が進化すると、それに合わせた設計の更新も必要になりますが、モデルを更新するだけなので簡単です。いずれも、MBSEの先駆者には大きなメリットとなります。

(Image © Daniel Krob)

プロフィール: ダニエル・クロブ氏は、フランスに本社を置くCESAMES社(Center of Excellence on Systems Architecture, Management, Economy and Strategy)のプレジデントです。また、仏エコール・ポリテクニークでコンピュータ・サイエンスを教えている教授でもあり、これまでに100本以上の論文を執筆し、4冊の著作があります。複雑なシステムのアーキテクチャやモデリング、設計手法を専門とする同氏は、システムズ・エンジニアリング国際協議会(INCOSE)の最高位の称号であるフェローを授与されています。クロブ氏は、世界的にも高いレベルで複雑なシステムズ・エンジニアリングの理論と実践に貢献したことを評価され、限られた人たちにしか与えられていないフェローの称号を授与されました。

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