High-tech

シリコンフリー半導体

Rebecca Gibson and Michele Witthaus
23 November 2017

スマートフォンやタブレット、ラップトップ、テレビ、ドローン、スマートウォッチ、冷蔵庫まで。こうしたもののすべてが、熱や光、電界を加えることで電流が流れる小さな半導体を利用して「インテリジェンス」を手に入れています。電子機器のサイズがますます小さくなり、シリコン製半導体の限界が試される一方、導電性ナノマテリアルの市場が拡大しています。

モノのインターネット(IoT)によりデバイスのサイズが小さくなる中、半導体メーカーでは自社製品のサイズもより小さくし、よりパワフルでエネルギー効率や信頼性に優れた製品を開発する方法を模索しています。つまり、シリコンに取って代わる材料を探しており、最有力候補となっているのがナノマテリアルです。

広義には1メートルの10億分の1の単位で表される物質を意味するナノマテリアルは、シリコンよりも高速・軽量でエネルギー効率にも優れています。

英国のマンチェスター大学でナノマテリアル分野の講師を務めるAravind Vijayaraghavan博士は次のように語ります。「今日のシリコン半導体はすでにナノテクノロジー領域に入っており、シリコンデバイスの最小加工寸法は10ナノメートルまで進んでいます。半導体デバイス技術におけるさまざまな用途に関して、ナノチューブやナノワイヤ、ナノ粒子といった多くのナノマテリアルの研究が行われています」

プロフェッショナル・サービス・ネットワークであるPwCでグローバル・テクノロジー・インダストリー部門を率いるRaman Chitkara氏は「次世代の半導体開発では、シリコンの代替材料を見極めることが重要です」と語ります。

「デジタル化やモノのインターネットによって生まれる破壊的イノベーションとしては、スマート・マニュファクチャリングや自動運転車、ドローン、拡張現実、バーチャル・リアリティ、ロボット、他にも新しいかたちの人工知能などが登場していますが、半導体はそうした重要な技術革新に必要不可欠な要素となるでしょう」(Chitkara氏)

ナノスケールでの半導電性

 
カーボンナノチューブ(CNT)は炭素原子でできている中空の円筒状管です。直径1ナノメートルで鉄よりも強く、半導体の代替材料として有望です。CNTは人の髪の毛の1万分の1の細さでありながら、極小サイズの割には表面積が広いという特殊な構造をしているため、電流が高速で流れ、シリコントランジスタよりも電位差を正確に検出します。

マサチューセッツ州ウェルズリーに拠点を置く市場調査会社、BCC Researchの調査アナリスト、Andrew McWilliams氏は「現在はCNTの需要が高まっています」と語ります。「半導体の観点から見た場合、カーボンナノチューブの特性で最も興味深いのは極めて高い導電率です。ナノチューブは熱伝導率も極めて高く、半導体に使用すると過度な熱集積を回避できます」

たとえば、2016年にはウィスコンシン大学マディソン校のチームが同等クラスのシリコントランジスタの1.9倍の導電率を持つCNTトランジスタを開発したことを発表しました。このチームは、CNTトランジスタは最終的にはシリコントランジスタの5倍の導電率、すなわち5分の1のエネルギー使用率を実現すると予測しました。

 「あらゆるものがつながる世界に向かって前進するには[...]半導体産業の継続的なイノベーションが必要です」

RAMAN CHITKARA氏
PwCグローバル・テクノロジー・インダストリー部門責任者

同大学の材料科学と工学部教授であるMichael Arnold博士は、『Science Advances』誌に寄せた論文で次のように述べています。「CNTトランジスタの性能に関するこの画期的な発見は、論理回路や高速通信、その他の半導体エレクトロニクス技術におけるCNTの活用に向けた重要な進歩です」

もう一つの有望な材料がマルチフェロイクスです。これは、可逆的な電気分極を示す、磁性と強誘電性を併せ持つ物質です。この物質には電気分極に伴う「スピン波」という特殊な性質が備わっているため、半導体素子の機能を高める可能性があります。

マサチューセッツ州ケンブリッジのマサチューセッツ工科大学(MIT)で材料科学工学部副責任者を務めるCaroline Ross教授は次のように語ります。「今後は磁性体や強誘電体、マルチフェロイック材料、二次元材料などの多くの機能性材料が組み込まれるでしょう。なぜなら、こうした材料はこれまでにはなかった十分な性能を半導体素子にもたらすことができ、新しい材料を取り込む製造課題への取り組みを有意義なものにしてくれるからです」。Ross教授は磁性体とナノテクノロジーの専門家です。

実現可能な有力候補を探し出せ

 
どのナノマテリアルが半導体に使える可能性が高いのかを見極めるには、長い研究期間と膨大なリソース、資金が必要です。しかし、バーチャル・シミュレーションや設計用ソフトウェアでは費用効果の高い手段を提供できるため、研究者は素早くモデル化し、さまざまな材料の挙動をナノスケールで予測し、実現可能な選択肢を特定し、半導体へと開発するための新しい設計ルールを創出できます。

たとえば、イリノイ州ルモントにある米国エネルギー省のアルゴンヌ国立研究所では、研究者たちがコンピュータ・モデルを使用して二次元シリコンの成長特性や電気伝導特性のシミュレーションを実行し、有力候補からはすぐに除外しました。このモデルはその後さらに進歩し、研究者たちは他の二次元材料の半導電特性を迅速に調べられるようになっています。

アルゴンヌ国立研究所の材料科学者であり、研究発表時の主執筆者の一人でもあるBadri Narayanan博士は次のように語ります。「基本的には、我々はバーチャルの「実験」を行い、さまざまな変数を最適化しました。すべてを、実験室よりもはるかに安いコストで行ったのです。ですから今では他の研究者たちは、実験室で試行錯誤を繰り返す必要はほとんどありません。代わりに、望ましい構造や特性を最も適切に生み出す(と我々のモデルが予測する)最適化された一連の条件を使用して、実験を行うことができます」

新しい材料の創製

 
積層造形は3Dプリンティングとも呼ばれ、ナノマテリアルの複雑な構造の開発設計に有望な技術です。しかし、半導体に使用できるレベルまで拡大しようとするとナノマテリアルの優れた性能特性や構造特性を保持するのは難しく、進展は思わしくありませんでした。

ところが、2016年7月にバージニア州ブラックスバーグのバージニア工科大学のチームがこの状況を打破し、十分な導電性を備えたフレキシブルで軽量な金属ナノ構造を作り出しました。デジタル・ライト・プロセッシング方式によって、同チームは使用可能なサイズにまでデザインを拡大することができました。

業界関係者は、このプロセスは将来的にはグラフェン(地球上で最も薄く最も強い材料)のような1原子層からなる二次元材料に応用でき、量産が容易になると指摘しています。グラフェンは曲げやすく、透明で、安価に生産でき、熱や電気の伝導性に優れていますが、半導体への変換には、研究者たちはこの材料でバンドギャップ(電子の価電子帯と伝導帯の間の幅)を導入する方法を見つけなければなりません。

マンチェスター大学のVijayaraghavan博士は「グラフェンは従来のような半導体ではないため、そのままシリコンの代替としては使えません。しかし、グラフェンを他の二次元材料と結合させる新しいトンネルトランジスタがあれば、シリコンデバイスの代わりに使える可能性があります」と語ります。「グラフェンのような他の二次元材料も、バンドギャップがあれば電子機器の製造に使用できます。欧州連合(EU)はグラフェン研究のための産学コンソーシアム、Graphene Flagshipを10億ユーロで立ち上げましたが、このプロジェクトはこの分野では最大規模の取り組みです。従来のコンピュータチップの先を見据えれば、グラフェンは量子計算に使用できます。しかし、この研究はまだ初期段階です」

グラフェンは比較的新しい材料ですが、研究者たちはその特性をいち早く活用しました。たとえばノルウェー科学技術大学では、グラフェン上で半導体ナノワイヤを成長させて厚さ1ミクロンのハイブリッド材料を作成しました。この材料は、太陽電池やLEDコンポーネント、センサー、バッテリーなどで半導体として使用できます。

MITのRoss教授によると、グラフェンのような新しいナノマテリアルを使用した半導体設計の進歩を阻む大きな障壁の一つが、そうした材料を現行の製造プロセスに取り込む難しさです。「明らかに優れた特性を有する材料であっても、業界で主流となっているシリコン基板と親和性のある方法で生産する必要があります」(Ross教授)

インクのイメージが変わる

グラフェンは今では、導電性インクの生産に使われています。このインクは3Dプリンターによる製造に使え、メーカーはIoTデバイスで使用する目的で半導体と電気回路を統合できます。たとえば2017年8月には、導電性のある酸化グラフェンインクを用いて洗える布地に直接スクリーン印刷できる、曲げやすくてバッテリーのように使える半導体素子をマンチェスター大学が発表しました。

英国の国立グラフェン研究所(National Graphene Institute)で知識交換特別研究員(Knowledge Exchange Fellow)を務め、この研究の共同執筆者でもあるNazmul Karim氏は、この技術が発表された時に次のように述べています。「グラフェンインクを使用し、シンプルで拡張性のある印刷技術を用いて曲げやすい布地に印刷したスーパーキャパシタ(超大容量コンデンサ)の開発は、多機能の次世代型ウェアラブル電子布地(e-テキスタイル)の実現に向けた大きな成果です。これにより、エネルギーを蓄えながら、着ている人の活動状況と身体情報を同時にモニターできる、環境に優しく費用効果の高いスマートなe-テキスタイルが作れる可能性が高まります」

IoTへの応用でもう一つ有望な分野が、グラフェンインクを使用したRFID(無線自動識別)アンテナです。BCC ResearchのMcWilliams氏は次のように語ります。「RFIDタグをまるごと印刷するのに適したグラフェンインクを商品化できれば、コストや導電性、その他の特性で最高の成果を手中に収め、導電性インクのマーケットシェアをさらに拡大できる可能性があります」

シリコンフリーはいつ実現されるのか

早くから成功の兆しが見え、急速に進展しているナノテクノロジーですが、主要なデバイスにナノマテリアル半導体が採用されるまでにはおそらくあと10年はかかるでしょう。

中国科学院微電子研究所(Institute of Microelectronics of Chinese Academy of Sciences)の集積回路高度処理センター(Integrated Circuit Advanced Process Center)の教授であるLuo Jun博士は、「半導体材料分野のイノベーションにとって最大の障壁となっているのは、集積回路産業にとって新しい半導体材料と、それに対応した新たな設備や技術を導入するためのコストです」と語ります。

PwCのChitkara氏は「そうした課題を解決せねばなりません」と語ります。「あらゆるものがつながる世界では、人々やデバイスは高い信頼性をもって、速やかにコストを抑えながら、ますます高速に情報をやり取りできます。半導体産業の継続的なイノベーションなしには、私たちはそうした世界に向かって前進することはできません」

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