米国を拠点とするガートナー社のバイス プレジデントであるDavid Willis氏が「ビジネスにおけるクライアント コンピューティングの経済・文化に生じたここ数十年で最も急進的な変化」と呼んだ「個人所有機器の持ち込み(BYOD)」は、いまや世界中の企業で採用されつつあります。
Willis氏は次のように述べています。「現在、世界的企業の70%以上が個人所有の機器から企業システムへのアクセスを一定程度許可するBYODポリシーを定めています。2017年には、個人所有の機器から企業システムにアクセスする社員が、会社支給の機器からアクセスする社員の数を上回るでしょう」
BYODが人気を得るようになった理由は簡単に分かります。デル社で、エンタープライズ・モビリティ・マネージメントの製品マーケティング責任者を務めるMarcus Lane氏は次のように話します。「普段から使い慣れているツールの使用を認めることは社員がプライベートと同等の生産性を職場でも発揮する可能性があるので確実にメリットがあります。それだけでなく、BYODを導入することで、柔軟で新しいことに挑戦する企業というスタンスを訴求できます。最近では多くの求職者がどのようなテクノロジーを用いているかという観点で企業を評価するようになっているため、これは重要なことです」
しかし米国の非営利IT業界団体CompTIA が実施したオンライン調査によると、米国の民間企業の53%がBYODを禁止しており、2013年の34%から大幅に増えています。調査対象のIT担当者375人のうち、機器に関して会社側がまったく責任を負わないという考え方 を採用していると答えた人はわずか7%でした。
事例
インドのムンバイに本社を置く鉄鋼、エネルギー、インフラ、サービス分野の世界的コングロマリットであるEssar社は、4回目の BYODイニシアチブを実行中です。29ヵ国以上で六万人以上が働く同社で最高技術責任者を務めるJayantha Prabhu氏は、次のように述べます。「弊社の社員は平均26-30歳です。彼らは自分が選んだ機器を使用できるという点に非常に大きな価値を見いだしています」
「それだけでなく、自分の機器のことはすでに理解しているため、社内のITヘルプデスクへの問い合わせを必要とすることも少ないのです。一台の機器で仕事用と私用のコンピューティングが可能になるため、社員は最大限の柔軟性を実現することができます。会社としても、出張、転勤時に社員の敏捷性が増すと共にオフィスの関連費用が削減でき、恩恵を受けています」
Lingus社もBYODの実施に成功しています。Aer Lingus社に製品を供給する米国のシトリックス社で、欧州・中東・アフリカ地域の製品マーケティング マネージャーを務めるPatrick Irwin氏は次のように述べています。「効果的なBYODポリシーによってAer Lingus社のビジネスは一変しました。従来、同社の4000人の社員は情報にアクセスするために空港ターミナルかオフィスに行かなければなりませんでした。しかし今では BYODポリシーのおかげで、いつでもどこでも、どのような機器からでも安全かつ柔軟に情報にアクセスできます。このことによりAer Lingus社の社員は、手荷物受け取り所から操縦席まで、あらゆる現場で優れた顧客サービスを提供できるようになりました。その結果、定時離陸の便が増えて効率性が向上しました」
出来すぎた話でしょうか?
BYOD現象が拡大しているとはいえ、その実践は一筋縄では行きません。多くの企業にとってコスト抑制効果は魅力的ですが、アトランタを拠点とする通信コンサルティング企業Network Sourcing Advisors社のパートナーのDavid Schofield氏によると、BYODによって長期的にコストが増すこともあると指摘します。「私たちは最近、社員600人のテクノロジー企業に力を貸しました。この企業はBYODプログラムの初年度に30万ドルもの予算オーバーに陥ってしまったのです。この超過額を計算してみると、(電話)回線1本当たり月額約41ドルに相当し、これはかなりの打撃となりました」
Schofield氏によると、問題の一因は、この企業が社員の機器購入を支援する施策にありました。
「同社は業務用途に耐えうる機器の購入に必要と思われる額の2倍以上を支給していたのです。法人契約を結べば機器を無料で入手できたかもしれません。また、コスト効率の良くないモバイル機器管理システムも購入していました。同社のヘルプデスクは、以前は同一オペレーティング システムの 二 つの機器に対応していたのが、多様なオペレーティング システムや機器に対応することになり、しかもこれらの機器には、自社システムに接続するための独自の調整が施されているのです」
このようなイニシアチブではセキュリティ面でも悩みの種です。デル社によると、BYOD ポリシーを採用している顧客企業の50%でセキュリティの侵害が発生しました。
Lane氏は次のように述べています「BYOD イニシアチブを実施する際、最も大きな課題はセキュリティであることに間違いありません。セキュリティの侵害は、デリケートな情報を多数保持する企業にとてつもない影響を与えます。これを防ぐためには企業データの保護が大切です」
Irwin氏も同じ意見です。「データの暗号化措置は非常に重要です。例えば機器の紛失や盗難が発生した時に、企業情報を消去できるようにしておく必要があります」
BYODイニシアチブを実施する企業にとって最も重要なのはセキュリティですが、社員が使用する機器に会社側から接続し、保存されている個人情報にアクセスすることは決してないという保証を与えることも重要です。ガートナー社の報告書「Gartner Predicts 2014:モバイル アンド ワイヤレス」によると、2016年までにBYODプロジェクトの5分の1はプライバシーの懸念によって失敗に終わる可能性があると予測してます。Schofield氏は次のように述べています。「BYODで期待されるメリットの一つに、社員が持ち運ぶ機器が1台で済むということにあります。しかし弊社の調べによると、会社が自分の情報にアクセスする可能性はもちろん、会社によって個人情報が紛失・削除されてしまうことが不安だという理由で機器を2台持ち歩いている人がいまだに多いことが分かりました」
適切な実施のために
BYODの成功にはセキュリティと柔軟性の適切なバランスを見いだすことが求められます。ガートナー社のWillis氏は次のように指摘します。「企業データのセキュリティと社員のプライバシーに関する懸念はもっともですが、これらはどちらも適切なポリシーとツールによって解消することができます。鍵となるのは、ポリシーとして社員と雇用主の双方の権利を明記することと、雇用主側もポリシーが定める基準を守ることです。ポリシーに従いたくないと考える社員には、会社側が業務に不可欠な機器を提供するという形で希望に応える選択肢も用意されていなければなりません」
Lane氏によると、BYODは壁の構築がしばしば推奨される手法の一つです。同氏は次のように述べます。「弊社はモバイル アプリを利用してソフトウェアを導入するアプローチを取っており、企業データへのアクセスに関して効果的にウォールド・ガーデンを作り出すことができます。社員は会社が統制・管理する作業環境を使用する際にパスワードを入力します。それ以外はすべて私用領域で、会社側がアクセスすることはできません。このような明確な切り分けが必要不可欠です」
BYODの将来は?
シトリックス社のIrwin氏は、BYODの進む道はただ一つであると考えます。「周りを見回して、どれほどの社員が個人所有の機器を仕事で使っているか確認してみましょう。ほぼすべての企業で、あらゆる分野でBYODが実施されています。BYODを回避できると企業が考えるのは自由ですが、実際にそうした場合、自社を危機に追い込むだけというのが現状です。目を背けることはできません。BYODは現在の事業環境に不可欠なのです。それを受け入れ、強みとして活用する企業が本当の成果を得るでしょう」
「それ(BYOD)を受け入れ、強みとして活用する企業が 本当の成果を得るでしょう」
PATRICK IRWIN
欧州・中東・アフリカ地域の 製品マーケティング マネージャー、 シトリックス社
実際にWillis氏は、先進的な企業は差別化とこれまでにない効率性の実現のためにBYODを利用するとの見方を示し、次のように述べています。「すべての社員が使用できる新たなモバイル アプリケーションを導入するチャンスが生まれています。例えばセキュアなファイル同期・共有機能といったコラボレーション ツールを用いることで、グループの生産性が上がるでしょう。パソコン時代と比べると、今日では仕事でのモバイル機器の利用がはるかに増えています。まだまだ序章に過ぎないのです」
一方、Schofield氏はそこまでの自信を持っておらず、企業は損失を避けるために慎重に歩を進める必要があると考えています。同氏は次のように話します。「このまま法人向けワイヤレス通信サービスの消費化が進めば、徹底的な競争が生じます。通信事業者は長期契約の月額料金を割引する代わりに、最初に正規の価格で機器を売ることで利益を確保し、もし機器が壊れたら修繕メンテナンス費用などにより事業者の利益は2倍になります」◆