テクノロジーは、人々が自身の健康に対する管理を改善し、患者と医師がインサイトや画期的な治療の選択肢をより早期に得ることを可能にしつつあります。COMPASSでは、人間の生理機能の3Dモデリングから、概念や治療などの研究を合理化するイノベーション・プラットフォームに至るまで、個別化医療のトレンドを後押しする5つの主要なテクノロジーに注目します。
医療は代々、画一的な治療を特徴としてきました。補装具にしても医薬品にしても、処置法は可能な限り多くの人に効果が上がることを意図して考案されました。標準から外れた患者は運が悪かったというわけです。
しかし、テクノロジーの急速な進歩により、そうしたパラダイムに変化が起こり、「個別化医療」の時代が訪れようとしています。個別化医療とは、患者自身の生活史やライフスタイル、環境に基づいて病気を予知し、処置をカスタマイズし、最善の治療法を選ぶことで、転帰の改善と副作用の最小化を図ることをいいます。
「3Dプリンティングやシミュレーション、『デジタルツイン(デジタル上の双子)』、人工知能といったテクノロジーは、プレシジョン・メディシン(精密医療)革命の最先端に位置しています」と話すのは、ライフサイエンス・医療分野のトレンドとインサイトを専門とするアナリスト企業Axendia社の社長を務めるDaniel R. Matlis氏です。「ライフサイエンス・医療関連企業は統合プラットフォームを活用して、そうしたテクノロジーを利用することにより、個別化され、かつてないほど精度と質が高く、患者の転帰改善につながる次世代製品の開発を加速させています」
個別化医療の発展をもたらす5大トレンドは、次の通りです。
3Dモデリング
脳内の血管が破裂した状態である破裂脳動脈瘤は、生命に関わる病気です。外科医は血管造影によって破裂を確認することはできても、実際に手術を始めてみない限り、何が起こるのかを十分に予測することはできません。しかし、コンピューターによって人間の臓器の「デジタルツイン」を生成するイノベーションのおかげで、そのような危険な状況が変わりつつあります。
フランスと米国に拠点を置く医療テクノロジー企業のBiomodex社は、CTスキャンやMRIスキャン、エコースキャンなどの医療用画像を、ソフトウェアを利用して正確なデジタルモデルに変換しています。このソフトウェアは、患者の血管の曲がりくねり方を正確にモデル化した上で、そのデジタルモデルに患者の生体力学特性を追加することにより、外科医が的確な手術計画を立てることを可能にします。
Biomodex社は、スキャン画像を実物そっくりのデジタルモデルに変換するだけでなく、3Dプリンティングによって動脈瘤の精密なレプリカも製作しています。患者自身の脳血管の複雑さをキャプチャーしたオーダーメイドの仮想モデルを生み出すことで、Biomodex社は外科医が正確な予測を立てる――さらには事前に手術の練習をする――ための役に立っているのです。
「当社のビジョンは、患者を手術している最中ではなく手術をする前に、安全かつ反復可能な環境で、より多くの意思決定を下せるようにすることです」と話すのは、Biomodex社のCEOを務めるThomas Marchand氏です。「これは大きな変化をもたらします」
Biomodex社のサービスは重要なブレイクスルーです。「デジタルツインと現実世界のエビデンスを組み合わせれば、量子力学を応用した臓器シミュレーションや、現実世界ではテストできないような公衆衛生のモデル化など、さまざまな医療のシナリオを評価することもできます」と、Marchand氏は言います。
Axendia社の市場アナリストを務めるSandra K. Rodriguez氏によれば、もたらされる結果はまさに革命的と言うほかありません。
「価値観に基づく医療を支えるためにデジタルツインと仮想人体モデルを利用すると聞けば、SF(サイエンス・フィクション)の世界の話のように感じるかもしれません」と、Rodriguez氏。「しかし、Biomodex社のような企業は、科学とテクノロジーの革新的な進歩を活用して、それを科学的な事実(サイエンス・ファクト)に変えようとしているのです」
3Dプリンティング
3Dプリンティングもまた、ブレイクスルー・テクノロジーの1つです。手頃な価格の軽量な補装具を、患者1人ひとりのニーズに合わせて生産することを可能にします。
Easton LaChappelle氏が創業し、CEOを務めるUnlimited Tomorrow社は、「義手として使用できる超リアルなロボットハンドの3Dプリンティング」を専門とする企業です。同社は、義手を必要とする人々の家族にポータブル3Dスキャナーを提供し、残っている手のデジタルモデルをキャプチャーします。そして、そのデータを使って、マニキュアを塗ることのできる爪やそばかすまで正確に再現した、鏡像状の義手を作るのです。
この義手は、コンピューターによるセンサーと制御装置を組み合わせることで、何かを握るといった動作をすることができます。従来、そのような補装具は10万米ドル(8万4,762ユーロ)以上のコストがかかるため、多くの人の手には届かず、どんどん成長する子供向けに作ることは非現実的です。しかし、オーダーメイドで設計された3Dモデルの生成を自動化し、個別化された義手を3Dプリントすることを可能にするソフトウェアのおかげで、Unlimited Tomorrow社の補装具は約5,000米ドル(4,238ユーロ)から購入できるようになる予定です。
韓国企業のSG Robotics社は同様のテクノロジーを、下半身不随になった人々が再び歩くことを可能にする、オーダーメイド設計の複雑な外骨格スーツに応用しています。
「物理的なモックアップの製作には多大な時間を要します」と話すのは、SG Robotics社で設計を手掛けるNa Byung Hun氏です。「当社では、独自のソフトウェアを使って部品を視覚的にプロトタイピングしてから、物理的にそれらを組み立てています」
人工知能
人工知能(AI)も個別化医療のトレンドの1つです。コンサルティング会社のフロスト&サリバン社は2014年、世界全体の保健医療分野におけるAI市場の規模を6億3,300万米ドル(5億4,120万ユーロ)と見積もりましたが、その規模は年平均40%のペースで成長し、2021年には66億米ドル(56億4,000万ユーロ)まで達するものと予測しています。
カナダ企業のMeta社はAIを使って、毎週何千という新たに発表される科学論文を読み解いた上で、それらを分析して得られるインサイトを研究者に提供しています。
他方、英国の製薬会社グラクソ・スミスクライン社(GSK)は、特化型のAIである機械学習を利用して、医薬品開発の迅速化を目指しています。GSK社は、英国バイオバンク(UK Biobank)にDNAを提供したボランティア50万人の遺伝情報を元に、AIを使って各遺伝子が病気に及ぼす影響のモデル化と予測を行っているのです。特定の条件を持つ人々の遺伝子の設定パターンを突き止めれば、どの遺伝子のスイッチをオンまたはオフにすべきかを示すロードマップが得られ、GSK社は新薬をより短期間で設計できるようになる見込みです。
ウェブサイト「AIビジネス(AI Business)」によれば、GSK社のデジタル戦略、データ戦略および分析戦略を管理するKarenann Terrell氏は、機械学習によって新薬の開発期間を現在の約5年から1年前後まで短縮できると予測しています。
「Axendia社の調査結果が示すように、ライフサイエンス企業は無意味なデータの海に溺れています」と、Matlis氏。「この業界は、法律・規制上の要件を満たすためにデータを収集・保管・蓄積することに夢中です。残念ながら、ほとんどの企業はそのデータを活用できていません」。しかし、GSK社が証明しつつあるように、「AIツールは、そうしたデータから価値を引き出して、上市までの期間を短縮しながら品質と患者の転帰を改善するために役立つのです」
併用療法
医薬品は時として、他の物質と併用すると効果が高まることや、特殊なデバイスやパッケージで投与すると服用しやすくなることがあり、このアプローチは併用療法と呼ばれています。たとえば、臨床試験結果が示すように、アスピリンと降圧剤とスタチンを1つの錠剤にまとめるという治療法は、心臓病の危険因子を低下させると同時に、患者が服薬スケジュールを守る可能性を高めます。併用療法にはさまざまな形態があり、2種類以上の医薬品や生物製剤、医療用デバイスを組み合わせて治療が行われます。
マサチューセッツ州ケンブリッジを本拠とする医療用デバイス企業Portal Instruments社は、大分子薬を投与するための斬新なソリューションを開発しました。それは、高精度の高圧テクノロジーを利用して、髪の毛よりも細い薬の流れを、皮膚を通して直接投与する、針を使わない注射器です。日本の武田薬品工業は、潰瘍性大腸炎の成人患者の治療に用いられるモノクローナル抗体「Entyvio」の投与にPortal社の注射器を使用することを目指し、同社と提携しました。
イノベーション・プラットフォーム
プラットフォームは、カーシェアリング・サービスの予約や音楽のダウンロードを行う方法として有名ですが、さまざまな個別化医療イノベーションの開発を加速させてもいます。たとえば、クラウドベースのプラットフォームは、統合されていない複数のレガシー・システムを横断して機能することで、情報のタコツボ化を解消し、問題解決を促進します。
クラウドベースのイノベーション・プラットフォームは、権限を与えられたユーザーであれば、インターネットに接続されたどのようなデバイスからも単純なウェブ・ブラウザを使ってアクセスすることができるため、組織全体でのコラボレーションや、複数の外部パートナーとのコラボレーションを可能にします。
たとえば、Biomodex社にとって、破裂脳動脈瘤の手術計画を立てる上で、患者の損傷した脳動脈をモデル化するだけでは不十分でした。破裂の修復を誘導するためには、血液が流れている状態で動脈が実際どのように機能しているのかを伝える方法も開発する必要があったのです。
Biomodex社は、「インビボテック(Invivotech)」と称するアルゴリズムを開発しました。このアルゴリズムは、患者の情報と診断データ、医師の意見を統合し、そのすべてを同社のコラボレーティブ・プラットフォーム上で自動的に収集・整理・分析・モデル化するというものです。これにより、生体内(インビボ)における有機組織の力学を再現する3Dプリント・モデルを、数週間や数カ月ではなく、わずか数時間で製作できるようになりました。
「これは医療の建設的破壊です」と、Matlis氏。「画期的なテクノロジーの数々により、プレシジョン・メディシン革命が実現し、その結果、私たちすべての健康転帰が向上しようとしています」
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