Life sciences

人間の シミュレーション : 3D モデリングが開く新しい医学研究の道

Lisa Rivard
19 February 2014

膨大な生物学的データを整理して利用したり、人体の複雑な器官系や生理学的な相互作用について新しい洞察を生み出したりするため、医学研究者が高度なモデリングとシミュレーションを行うソフトウェアを使用する場合が増えてきています。骨格や筋肉のモデリングから、人の心臓や脳のシミュレーションに至るまで、人間の革新的な新しい表現方法が実現する日が近づいています。

現在、高度なモデリングとシミュレーションのテクノロジーによって、医学研究者は心臓や脳のように人間の最も複雑な器官の「コンピュータ計算」モデルを作成できるようになりつつあります。研究者は、数学アルゴリズム、患者データ、シミュレーションに基づく予測計算手法を使用すれば、非常に精緻なサブシステムである人間の臓器や器官系について、シミュレーションを行い、予測を立て、理解することができます。これは、よりよい治療法を開発する新しい機会を生み出すことになります。

複雑性の克服

米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の教授で、心臓胸郭部手術を研究するJulius Guccione博士は、こうした進歩に心から驚かされています。かつて博士は、人体の器官系の多くはモデル化するにはあまりに複雑すぎると思っていました。確かに、整形外科手術では、膝や股関節などの治療のためにシミュレーションやバイオメカニクス(生体力学)が広く用いられてきました。しかし骨は、メーカーが設計する機械構造に似通った構造部品なのです。人間の臓器は、骨とはまったく異なる研究課題だというのが博士の意見でした。

「モデリングとシミュレーションは、自動車や航空機の設計では非常に大きな成果をもたらしてきました。しかし医学研究者の多くが、心臓は、他に研究されている工学的構造物のどれよりも桁違いに複雑なものだと考えていました。ところがわたしの場合、他の産業界で使われている数学モデルの複雑さをじかに知る機会があって、本当に意見を変えることになりました。モデルがあれほど詳細で規模が大きく、計算時間が短いことにはとても感銘を受けました。」

「こうした並外れた物質特性を 持っている固体は めったにありません。」

JULIUS GUCCIONE 博士
米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の 教授で、心臓胸郭部手術を研究する博士

心筋繊維の変形量はきわめて大きく、心周期全体で少なくとも20%の伸張と収縮が起きるとGuccione博士は述べています。「これは、人骨のモデリングよりもずっと非線形的な現象を扱う課題であり、そもそも変形を検出するのが困難なのです。こうした並外れた物質特性を持っている固体はめったにありません。」

しかし今日では、Guccione博士やその同僚たちは数学的なモデリングとシミュレーションの手法を利用して、心臓疾患の症状が現れたときに人間の心臓を助け、安定させることを目的とした、生体高分子ゲルの注入療法の安全性と効率性をテストしています。これらの手法を取り入れて各患者の心臓のメカニズムを理解することで、研究者はゲル剤の量や投与箇所を患者に合わせて調整し、それぞれの患者にとって最も有益な効果を達成することが可能になります。

信頼性の獲得

その他に、人間に関するモデリングとシミュレーションのテクノロジーが適用されると見込まれる重要な最先端領域として、規制の許認可が挙げられます。医療機器業界のために行政科学(レギュラトリーサイエンス)を前進させることを目的とした官民パートナーシップであるMedical Device Innovation Consortium(MDIC)で、モデリングとシミュレーションに関するシニアプログラムマネージャーを務めるDawn Bardot氏によれば、医療機器メーカーは競い合う設計を選別し、現場故障を調べるために、モデリングとシミュレーションを広範に使用しています。しかしこれらのメーカーも、規制当局が安全性と効能に関する判断を下すために求めている信頼性を獲得するには至っていません。

モデリングとシミュレーションの技法を法規制に対応するレベルまで発展させるためには、新しいアプローチを採用し、各関係者が協力して取り組むことで、材料特性、人体構造、生理学的な条件、疾患の状態などの複雑な入力情報をより深く理解する必要がある、というのがMDICの見解です。それと同時に、Guccione博士のチームを始めとする研究者たちは、器官系レベルのモデルを開発することに力を注いでいます。

Bardot氏は次のように述べています。「実のところ、人体の変わりやすい性質を、解剖学、生理学、物質特性の観点から表現することができる優れた方法は、まだ実現されていません。しかし、今取り組んでいる器官系レベルのモデルやシミュレーションが利用可能になれば、人間に関する何かを再現しようとしている実験台でのテストから離れ、動物実験を廃止し、必要とされる臨床試験と患者さんの数を減らすことができます。」

早期の展望

Guccione博士とその同僚に代表される研究者たちは、人体の精緻な器官系を結び付け、それらを動かす生物学的な経路とシステムをより深く理解するという新しい試みの最先端に身を置いている、と述べたのは、米国マサチューセッツ州に本拠を置くIDC Health Insights社で、研究担当ディレクターを務めるAlan Louie博士です。「わたしたちは、人体のさまざまな生物学的経路、器官系、臓器の相互作用を理解することに関して、ほんの初期段階にいます。これらは、骨や骨格筋のように物理的な特性を持つ構造とは大きく異なっています。しかし、こうしたモデルのシミュレーションに成功し始めているのです。」
研究は今もなお、初期段階にあります。Louie博士は次のように述べています。「モデルをコンピュータ計算に基づくシステムに移し換えることは、大体において『直線的』な思考であり、こうした複雑なシステムには、直線的な思考に基づいていては説明できないものもあります。適切な断片をはめ合わせられるかどうかが、難しい部分です。」

Louie博士によれば、この領域に価値をもたらす可能性を秘めた新しいツールが多数登場してきています。よく知られる例として、米国のクイズ番組「Jeopardy」(ジェパディ!)で人間のチャンピオンを負かしたことで有名な、IBM社のスーパーコンピュータ、ワトソンです。「ワトソンは、(クイズならば質問から)蓄積した知識を意思決定のポイントとして受け取り、それを、利用可能なデータセットに重ね合わせます」とLouie博士は述べています。

ワトソンは、研究者が電子的な医療記録を含む健康関連データを各種の情報に重ね合わせる作業を支援します。対象となる情報には、ゲノム関連の発見、集団生物学のデータ、医薬品の相対的有効性に関するソーシャルメディアからの情報等、多様な医学関連データがあります。ワトソンは、共通性を識別するシステムを通して、それらの入力をフィルター処理します。

「人の器官系のシミュレーションが実現しつつあります。それには、多種多様で広範囲にわたる膨大な量のデータを結び付け、非線形の思考に対応し、限りのない複雑さをつかまえるシステムが必要です。しかし、こうした相互作用をすべて視覚化する機能を実現できれば、それになるでしょう。」◆

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