Life sciences : すべては患者の明日のために

医療機器の安全性を確保しつつイノベーションを加速

Lisa Roner
26 October 2012

すべては患者の明日のために世界各国で高齢化が進む今、消費者は健康の増進と技術の進歩に高い期待を寄せ、各国政府は、国民の要求に応えなければならないという強いプレッシャーにさらされています。米国食品医薬品局の戦略である「Innovation Pathway」(イノベーション・パスウェイ)は、患者の安全性を損なうことなく新技術を迅速に利用可能にすることを目指しています。

米国食品医薬品局(FDA)の医療機器・放射線保健センター(CDRH)は、法規制への準拠とイノベーションは対立するプロセスではなく、相補的なものでなくてはならないという考えを支持しています。この目標を達成するため、CDRHは2011年、イノベーションを奨励し、医療機器の規制上および科学上の審査を簡素化し、重要性が高く、安全で効果的、かつ画期的な新しい医療機器を迅速に患者に提供することを目的としたイニシアチブに着手しました。

このイニシアチブでは、イノベーティブで新しい医療機器の導入をスピードアップし、開発コストと規制上の審査コストを削減するためにCDRHが実施し得る活動を提案しています。CDRHのプログラム・ディレクターであるMegan Moynahan氏は、その中でも特に重要な取り組みが、医療機器の優先審査プログラムである「イノベーション・パスウェイ」だと述べています。

Moynahan氏は、FDAの規制関連プロセスが医療機器分野のイノベーションを妨げていると主張する人々に、FDAは批判されてきたと真っ先に指摘しています。同氏によれば、FDAのプロセスは、時間が掛かりすぎ、コスト高で、臨床試験を実施し新製品を市場に提供するイノベーションの担い手を米国外に追いやっていると非難されてきた、ということです。

「私たちは、規制プロセスを合理化する作業に着手しました」とMoynahan氏は語ります。イノベーション・パスウェイは、医療機器の開発、評価、審査に掛かる時間とコストを全面的に縮小し、FDAのスタッフとイノベーションを追求する企業の間の協力体制を改善することを目的としています。Moynahan氏は次のように述べています。「ずっと早い段階から、より緊密に企業と連携することで、安全で有効な技術をより素早く患者に届けるためのプロセス全体で時間とコストを削減できると考えます。開発初期から企業と協力できれば、後に判明するかもしれない規制上のハードルを、一部減らすよう努めることができます。ハードルにぶつかる前に、それを回避する、というイメージです。」

テストのイノベーション

2011年2月にイノベーション・パスウェイが開始されたとき、テスト・ケースに応募したのはジョンズ・ホプキンズ大学応用物理学研究所の人工神経腕プロジェクトだけでした。

Moynahan氏は次のように述べています。「従来とは違うやり方で取り組み、より協力的に業務を展開したいと考えていました。一定の成功は収めましたが、非常に複雑で難しいテスト・ケースでした。」

2011年夏、ホワイトハウス直属の科学技術政策局は、政府の各部署に対して、「客員起業家制度」と呼ばれる新しいプログラムを試験的に運用し、外部の専門家を政府内に招いて課題に取り組むことを奨励しました。FDAはこのアイデアを素早く採用し、イノベーション・パスウェイ構想に新たな息吹を与えるのに活用しました。「客員起業家制度により、私たちの考えを形にできる人材を採用できるようになりました。私たちは客員起業家たちに対し、イノベーション・パスウェイ・プログラムを初期段階から次のレベルの『イノベーション・パスウェイ2.0』にするという目標を設定しました」とMoynahan氏は述べています。

客員起業家の1人に、「医学界のエジソン」と呼ばれることも多いThomas Fogarty博士がいました。Fogarty氏は、Fogarty Institute for Innovationを設立して、新しい医療技術の開発を促し、これまでに無い治療法を市場に提供するための手段を、イノベーションを追求する起業家に提供していました。彼は国際的に認められた心臓血管外科医で、業界標準とされる「Fogartyバルーン付きカテーテル」などの外科手術関連の特許を135件保持する、発明家兼起業家でもあります。

Fogarty氏は当時を次のように振り返りました。「私は常にFDAの誠実な批判者であり続けていましたが、彼らはその私に向けて手を差し出し、FDAのコンサルタントになって欲しいと依頼してきました。私にとって、非常に大きな出来事でした。変化への意思が表れていて、とても前向きな姿勢でした。素晴らしい体験でしたね。」

しかし変化はいつも簡単に実現するとは限りません。Fogarty氏は次のように述べています。「粘り強く、変化が必要とされている理由を理解することが重要な課題です。私が思うに、FDAの多くのスタッフは長年、プロセスをスピードアップすることの緊急性を真に認識していませんでした。しかし手遅れによる死は、医師や患者が経験しうる最悪の出来事です。」

Fogarty氏は、イノベーション・パスウェイが、FDAの姿勢が変わりつつあることを如実に示すサインだと信じています。「FDA内のあらゆるレベルで理解が広がり始めています。彼らは積極的にコミュニケーションを図り、耳を傾けています。客員起業家制度は、医療現場で何が起きているかについてFDAスタッフの目を開かせるうえで、大きな助けになっています」(Fogarty氏)。

イノベーションの再考案

「イノベーション・パスウェイ2.0」は、2012年4月にスタートしました。Moynahan氏は次のように説明しています。「企業とFDAが協力し、製品の成功に向けて共有するビジョンについて、枠にはまることなく検討し作成する時期であるコラボレーション期間が設けられました。技術的観点からはどのような状態を成功とするか、プロジェクトのペースはどう管理するかといった事柄から、費用払い戻し制度を設けるための姉妹組織とのやり取りまでもが取り上げられます。目標は、企業が行動を通じ前進するためのロードマップを作ることです。」


Moynahan氏は、チームがアイデアを「構想」としてまとめると、それをテストする必要があったと言います。「新しいプログラムをがっちり立案して連邦官報通知を多数発行する、という典型的なFDA流は採りたくありませんでした。もっと創造的なことを始めたかったので、2012年1月に、複数の目的で『末期腎疾患イノベーション・チャレンジ』を実施しました。医療機器に大きく依存していている患者の数が多いにもかかわらず、過去数十年にわたり治療技術がほとんど改善されていない疾患があることに注目を集めたかったのです。そこで、この分野におけるイノベーションに取り組む企業に、イノベーション・パスウェイを利用してもらうチャンスを提供しました」とMoynahan氏は説明します。

32件の応募から選ばれた3つのグループが、新たに設けられたコラボレーション期間を終えました。ただMoynahan氏は、現在も作業は進行中であるとし、次のように述べています。「三社の企業がプロセスを進め、フィードバックを提供しながら、その場で道が作られています。これは政府機関ではまったく前例のないやり方です。我々は通常とは異なる様々な方法に基づいた実行モデルを作ろうとしています。各企業からのフィードバックを取り入れ、次回のプロセスを改善します。チェックマークを付けて手順を追うのとは違います。そのときどきで必要なものを見つけ出し、次回はその取り決めを果たすようにします。各企業が、後に続く企業のためにプロセスを強化するのです。」

新しい地平に向かって

Moynahan氏は、FDAのプロセスの合理化にむけた試みは非常に歓迎されているものの、もう一方でFDAと協力する際のエクスペリエンスを変えることを目標としていることを指摘し、次のようにコメントしています。「関係者はよりいっそうの関与と協力を求めています。イノベーション・パスウェイは、FDAと仕事をした経験が一度もないイノベーションの担い手や中小企業には特に魅力的なプログラムです。企業とFDAスタッフの双方にとって、より良いエクスペリエンスを創り出すことが目標です。」

Moynahan氏は、FDAのチームは活気に満ちており、またイノベーション・パスウェイはFDA内部の複数の管理者層から強力な支援を得ていると言います。「FDAの第一線や中間管理者層は説得が難しいこともあるグループですが、このプログラムには理解を示してくれるばかりではなく、熱心な擁護者になってくれています。彼らは、今後の展開に向け当事者意識を実感できることに大きな喜びを感じています。私たちは、現在の参加者からの建設的批判を取り入れ、さらなる改善に向けて努力しています」(Moynahan氏)。

イノベーション・パスウェイの最終的な成果はまだ明らかではありません。しかしFogarty氏は、開発企業とFDAがしばしば対立関係にあった過去から脱却したことは、紛れもない前進だと信じており、次のように述べています。「私たちには共通の目標があります。より優れたケアを、安全で有効な形で患者に届けたいのです。共に協力していかなければなりません。イノベーション・パスウェイは私たちを正しい方向に導いています。」

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