20年前、アメリカに本社を構えていた多くの大手金属切削メーカーのうち、未だにアメリカに本社を置いているのはケナメタルだけです。他社が消えていく中、ケナメタルは世界中に広がる工場、研究施設を活用し、近代的でグローバルなメーカーへと転身を遂げました。
ケナメタルの本社はペンシルベニアにあり、60カ国に展開し、年間売上30億ドルのうち半分以上が国外からきています。同社のCEOである75歳のCarlos Cardoso氏はいいます。「アメリカでじっとしていただけではここまで大きくなれません。世界の他の地域を早いペースで成長させた結果です」
ケナメタルの成功の秘訣はゼネラルモーターズといった大手顧客の市場進出に合わせ、自社を拡大してきた点です。北アメリカ、ヨーロッパ、中国、インドと、お客様の展開にあわせ進出していくことで、現地サプライヤ一に顧客を奪われることを防ぐ一方、地場サプライヤーが将来ライバル企業としてグローバルに台頭する可能性を阻んできました。
ケナメタルは海外移転していますか、それが目的ではありません。高い技術、高い利益率の製品を輸出する純輸出企業であり続けています。
コストよりもスキル
他のトップ・グローバル企業と同様、ケナメタルもテクノロジーの食物連鎖の高みへと、絶え間ない努力を続けており、海面下30,000フィートで作動するドリルビット、ボーイング787ドリームライナーの複雑な炭素繊維パネルを切削する工具を制作しています。
「太平洋のどちら側に製造拠点を置くべきかの方程式が変化しています」
Willy Shih氏
ハーバード・ビシネス・スクール教授
製造業には2種類あるとCarlos氏は言います。「安価な労働力、大量生産、利益率の低いビジネスにおいて要求されるスキルは低く、こうした業務の多くは海外に委託、移転されてきました。他方、革新的で高度な技術、スキルを有する利益率の高い業務は先進国にとどまる傾向にあります」
今日、高まる地域需要に応えるため、中国工場の存在は依然として重視されていますが、アメリカやヨーロッパの顧客向けの高性能製品をタイムゾーンが12時間も離れた工場で製造する価値や有用性を疑問視する声はこれまでになく高まっています。
「太平洋のどちら側に製造拠点を置くべきかの方程式が変化しています。」とハーバード・ビシネス・スクール経営実務の教授であり、「Producing Prosperity: Why America Needs a Manufacturing Renaissance」の共著者でもあるWilly Shih氏はいいます。(45ページのコラムを参照) ( "Global Shift").
見直される方程式
深い、構造的な変化が起きています。中国通貨は2ケタ増を計上し、中国製品の輸出コストを引き上げています。人件費は年間で25%から30%の増加、ボストンコンサルティンググループは中国の製造コストが2015年までにアメリカと同水準に達すると予測しています。
また、長いサプライチェーンも対応の遅れの原因となります。悪質な委託先を選んでしまったことで、重要な知的財産が不注意から流出してしまう、注意していても流出してしまうこともあります。
安価な労働力を重視しすぎ、拡散したオペレーション間の調整やサプライチェーン連携にかかるコストが見落とされてしまうことがあります。顧客、開発、製造間でのコミュニケーションがイノベーションの継続には必要不可欠であり、そのため、開発の近くに製造拠点を置くのはプラスであると考える経営者たちが出始めています。
例えば、ケナメタルの製品の約40%はエンドユーザー向け特注製品です。9つの研究開発センターでは600名の博士号をもったエンジニアが、炭化タングステン、工業用ダイヤモンドといった新しい素材の考案に取り組んでいます。ハイエンドをねらうことで、経営者は大きな利益を計上し、株主価値を高めることができるのです。 ("Super Substances")
メイドインUSA
新たな均衡を求めて、大手米国企業の何社かは製造のバックショア(製造拠点を米国にもどすこと)を発表しています。例えば、NCRではアメリカに集中する設計、ソフトウェアの開発拠点と、離れた場所にある製造拠点との調整が困難だったこともあり、高度なATM機(現金自動払い戻し機)の製造拠点を中国から米国のジョージアにもどしています。
「製造は自主性を強め、従来のルールは通用しなくなります」
Sir James Dyson
ダイソン社創業者兼チーフ・エグゼクティブ
ただ、懐疑主義者でも認めざるをえないのは、オフショア・メリットに対する考え方が変わったということです。 「過去は論理的な根拠の全くない、オフショア指示が経営トップからでてくることがありました」とロチェスター工科大学の客員教授で、「Outsourcing America: What’s Behind Our National Crisis and How We Can Reclaim American Jobs」の共著者でもあるRon Hiraは言います。
地域の「ハブ」を構築
イギリスとヨーロッパでも事情は類似しています。経営者は労働集約的な製造を東ヨーロッパやアジアに移管する一方、本国ではハイレベルな製造の最適化を求める傾向にあります。
自らの名前を冠した、15億米ドル企業、ダイソン社の創業者サー・ジェイムズ・ダイソン氏は言います。「技術改良、生産率の向上、サプライチェーンへのシフトにより、グローバルな競争は激しくなり、製造は安価になりましたが、良い製品を作るのは難しくなりました」ダイソンの従業員の3分の1はエンジニアか科学者で、革新的な掃除機や扇風機、ハンドドライヤーを市場に出し続けています。
過去5年、ダイソンの研究開発投資は4倍に増えています。結果、高度な技術を必要とする製造が西欧で回復するという楽観的な見通しをたてているダイソン氏は以下のように述べています。「製造は自主性を強め、従来のルールは通用しなくなります。新しい財務、生産方式を通じてプロセスがシンプルになり、仲介業はなくなるでしょう」(47ページのコラムを参照)( "The Voice of Experience").
アメリカ、ヨーロッパのメーカーと同様、経済先進国である日本や韓国のメーカーも、製造優位性を確保しようとしています。たとえば、アメリカのApple社の製品の部品の多くは日本や韓国で製造され、中国で組付けられていますが、韓国のSamsung ElectronicsはApple、日本のSonyの強力なライバル企業として台頭してきています。
こうした企業が新たに目指しているのがアメリカ、ヨーロッパ、中国といった人口密集地域に研究、設計、製造を完全に統合した「ハブ」を建設し、各地域の顧客ニーズに応えることです。オハイオ州、クリーブランドにあるBooz &Coでシニア・エグゼクティブ・アドバイザーを務め、製造のエキスパートであるTom Mayer氏は言います。「今後も、太平洋を越え、製品を出荷しつづけることは可能です。あまり意味はありませんが。またアメリカに工場を置き、これまで海の向こうから供給してきた製品をそこで製造することもできるわけです」
グローバルな形勢転換
Mayor氏が正しいとすると、こうした変化は中国に大きな影響をもたらすことになります。中国政府は、一部は環境を考慮し、低価格、安い人件費、不衛生な製造からの脱却を模索しています。安価で、柔軟な労働力を無尽蔵に供給することを経済発展の基盤として30年、中国の指導者たちは今や高度な技術を有する、世界最大手の企業が独占している、より優位な地位への移行を図っています。(48ページの記事を参照)(see related article "China's Challenge").
「鉄の精神と固い決意が必要です」
Enver Yucesan氏
INSEAD ビジネス・スクール教授
今後5年、10年で出てくる新しい技術はさらに大きな変化をもたらすでしょう。例えば、1層で複数の製品を作成できる3Dプリンティングがあります(50ページの記事を参照)。サウスカロライナ州、ロックヒルにあるスリーディー・システムズの社長兼CEOであるAbe Reichental氏はいいます。「(3Dプリンティングは)単なる製造層の追加ではありません。パワフルなセンシングであり、無限コンピューティングであり、人口知能、ロボットなのです。3Dプリンティングはそれらがすべてを集約し、強力な実現技術として提供します。それにより多品種少量生産、製造の点在、再配置を可能とします」
バランスのとれた決断
経営者は何をなすべきか。気が遠くなるほど複雑で、巨額の資金を要し、10年、15年待たないと結果が出ないような判断を下さなければなりません。「10億ドル投資するなら、鉄の精神と固い決意が必要です」フランス、フォンテーヌブローのINSEADでシニアエグゼクティブを対象に、グローバル・ネットワーク製造について5日間の講習を行っている、Operations Managementを教えるEnver Yucesan教授は言います。
さらにYucesan教授によると、経営者は単純な労働コストではなく、様々な従業員の生産性を考慮しなければなりません。経営者は税法、物流上の制約、港や空港へのアクセス、事業コスト、人材プール、スキルや経験のある従業員の有効活用といった様々な項目を検討する必要があります。
どこで新しいアイデアが生まれるかも重要な要素として考える必要があります。Yucesan教授は言います。「優秀なスキルを集められる場所か、ある種の開発をすすめる上で大学や研究機関はそろっているか、政府支援はあるか?すべてのパラメーターがそろったところで、判断を下すのです。いまいったのは最低限の条件であり、そうした条件がそろっていなければ、判断を下すには不完全な状況です」
リスクは試す価値あり
もちろん、経営者だけですべての条件を把握することはできません。専門分野、地域を越えて人をつなぐ組織を立ち上げる必要があります。経営者や経営陣がリスク管理、リスク緩和に神経をとがらせている組織では、実験、学習のための組織を立ち上げるのは難しく、社風まで関係してきます。
Yucesan教授はドイツのある経営者の話を例にあげます。彼は部下に積極性や革新性が欠けていると不満に思っていました。しかし、マネージャーが言うには、この経営者はリスクに対し不寛容で、間違っていると思うとリスクを負ったことを激しく非難します。
- William J. Holstein is a New York-based business journalist and author. His most recent book is “The Next American Economy: Blueprint for a Real Recovery.” For more of his work, visit www.williamjholstein.com.