なぜクラウドがデジタルを進化させる上で鍵となり、クラウドの能力をどのように活用してビジネスを変革しているのでしょうか。Compassでは大小の船会社に話を聞きました。
社員2人で造船業に携わる南太平洋の小さな企業から、海洋・エネルギー市場に焦点を合わせて先進のテクノロジーとパワー・ソリューションを提供する社員数18,000名の大手グローバル企業に至るまで、規模の大小を問わずますます多くの船会社が変革の可能性を求めてクラウド・コンピューティングに着目しています。
Gnostech社の社長であり、防衛・海運市場向けサイバーセキュリティ、ソフトウェア開発、C4ISRシステム・エンジニアリング(Command=指揮、Control=統制、Communications=通信、Computers=コンピュータの4つのCとIntelligence=情報、Surveillance=監視、Reconnaissance=偵察)の専門家でもあるJames Espino氏によると、クラウドベースのソリューションにより、海運業界の企業は市場の最先端を行くテクノロジー・ソリューションを導入し、一方では運営費を適切に予測し、複雑なITインフラの維持・管理に必要な設備投資に関する懸念を払拭できます。
同氏は次のように語ります。「ITインフラの維持にリソースを費やすのではなく、テクノロジーをどのように使えば自社の能力を高め、顧客のニーズにより迅速に対応できるのかにリソースを集約させることができます。たとえば、物理的なITインフラに投資する代わりに、企業はデータ分析ツールや機械学習ツールの導入に焦点を合わせることができます。CBM(状態監視保全)プログラムを強化あるいは導入し、あってはならないタイミングで基幹システムが停止しないようにします」
地球規模のメリット
流体力学と形状最適化を専門とする造船技師のMartin Fischer氏は、小さな島国、ニューカレドニアで社員2人の企業を経営しています。オーストラリアから東に1,210 km離れたこの島国から、Fischer氏は個人向けの高性能ヨットからアメリカズカップ出場艇に至るまで、ハイレベルなヨットレース・プロジェクトで緊密に連携して作業を行っています。これはクラウドによって可能になったビジネスモデルです。
Fischer氏は次のように説明します。「クラウド・コンピューティングを使い始めたのは4年ほど前です。アメリカズカップのグルパマ・チーム・フランスのプロジェクトでは、私はフランスやイタリア、アルゼンチン、ニューカレドニア、ベルギー、スペインなどのさまざまな場所を拠点とする人たちと協力して作業していました。現在は3つの別々のプロジェクトに携わっており、いずれもさまざまな国の人たちとの共同作業です」
こうした遠く離れた場所からクラウドを介して行う共同作業には、3D形状の作成、構造解析、数値流体力学(CFD)、速度予測プログラム、動的シミュレーションなどがあります。こうした作業には膨大な量のデータがからむため、仮に手作業でやり取りしようとすると数日間あるいは数週間という時間を要することになり、リアルタイムのプロジェクト開発ではさまざまなパートナーが作業に入れなくなってしまいます。
「デザインやシミュレーションのソフトウェアをクラウドで使うようにしてからは、3D形状の作成と構造解析作業の間でデータのやり取りがますます容易になり、その効率性も高まりました。これは、パスワードとウェブ・ブラウザさえあれば3Dモデルを利用できるようになったからです」(Fischer氏)
一方で、上記の社員2人の企業とは対極にあるのが、海洋・エネルギー市場に焦点を合わせて総合的なライフサイクル・ソリューションを提供する大手スマート・テクノロジー企業、バルチラ社です。世界70ヵ国に200の拠点を展開し、年間の売上高は48億ユーロ(56億8,000万ドル)に及びます。
バルチラ社の最高デジタル責任者(CDO)、Marco Ryan氏は次のように語ります。「私どもにとってデジタルとは、ビジネスのDNAの一部です。最近のクラウド・ベンダーやクラウド・プラットフォームが提供する機能や規模はさまざまなソリューションを可能にしており、従来からのIT分野だけでなく製品に焦点を合わせた分野でも、他の手段では実現できなかったテクノロジーをカバーできます。そのため、私どもはクラウドを積極的に活用しており、現在ではほとんどの業務を何らかのかたちでクラウドで行っています」
クラウドを活用する同社はまた、世界中至る所で、たとえ港から遠く離れたところを航行している船舶にでもサービスを提供できます。
バルチラ社のデジタル・エンジニアリング部門バイス・プレジデント、Toby White氏は次のように語ります。「バルチラ社のソリューションは世界中の海を航行している船舶や、世界中の発電所に販売されます。クラウド上で開発がすすめられるため、お客様の資産を全体的な視点でとらえられ、さまざまなパートナーと連携して業界全体をカバーする価値提案を実際に作成できるのです」
もう1つのメリットは、製造で新しいプロセスを実現できることです。
Fischer氏は次のように語ります。「製造に目を移すと、まだやらなければならないことがたくさんあります。たとえば、複合材料は今でも熟練の造船技師や複合材料の専門家が手作業で製作しています。しかし、こうした複雑な構造物の品質や再現性を高めるために、作業はロボットが行うことになるでしょう。こうした新しい生産方法には、完全にコンピュータ化された手法が不可欠です。完全なクラウドベースの手法にすれば、情報を手作業でやり取りする必要もなくなり、エラーを生み出す根本的な原因を排除できます」
破壊的イノベーションの時代
他にも多くの企業が、破壊的イノベーションで他社に先行されてしまうのを待つのではなく、クラウド・コンピューティングを活用して独自の破壊的サービスを作り出しています。
「新規参入だけでなく、新しい販路、新製品といった観点においても、あらゆる業界がデジタル化の脅威にさらされる可能性があります」と語るのは、Rolls-Royce社の船舶部門でShip Intelligence製品のエンジニアリング担当バイス・プレジデントを務めるJuha Rokka氏です。そのため、Ship Intelligence部門の5,000名の社員は、遠隔操作や自動操舵に対応した船舶向けのクラウドベースのソリューション、たとえば人工知能や機械学習などのテクノロジーの開発に注力しています。
リスクの把握か生き残りか
多くの企業にとってサイバーセキュリティは最優先課題の1つではありますが、企業経営者はそれをクラウドに対応しない言い訳にするべきではありません。
Espino氏は「優れたクラウド・サービス・プロバイダーであれば、企業がサイバーリスクにさらされるリスクを抑えてくれます」と語ります。海運業界の企業経営者は、サイバーセキュリティにはリスクがつきものであることを認識する必要があり、クラウド・ソリューションの導入判断やクラウド・サービス・プロバイダーの選定についてもまた同様の認識をもつべきです。
そして次のように続けます。「信頼できるクラウド・サービス・プロバイダーを選ぶことで軽減できるリスクの1つが、ハードウェアやソフトウェアの老朽化や保守不良によって企業がさらされるサイバーリスクです。クラウド・サービス・プロバイダーを利用しても企業のIT要員やサイバーセキュリティ要員が不要になるわけではありませんが、そうしたチームが自社の基幹業務をサポートしてカスタマー・エクスペリエンスを強化できる環境を整えることは可能です」
「あらゆる業界がデジタル化の脅威にさらされる可能性があります」
JUHA ROKKA氏
Rolls-Royce社船舶部門Ship Intelligence製品エンジニアリング担当バイス・プレジデント
バルチラ社のMarco Ryan氏は率直にいいます。「エコシステムの考え方を採用しなければ、自社の製品やソリューションがエコシステムの断絶された一部分でしか利用されない恐れがあります。新しい製品やサービスはエコシステム全体を通じたデータの共有やコンポーネントの相互作用を通して作り出されるため、最悪の場合は自社が参入できる市場だけでなく利益さえも、完全に異なる尺度で事業を展開している人たちに翻弄されてしまうことになります。このレベルになってしまうと、非常に大きな財務的課題を突きつけられ、そこで終焉を迎えてしまうことになりかねません」