マテリアル・コンプライアンス

迫りくる期限、積み上がる準備

Lisa Roner
25 April 2013

マテリアル・コンプライアンスをめぐる関連規制が世界的に広まっています。課題に直面するメーカー各社は、収入の確保、罰金処罰の回避、製品品質の維持を目指し、積極的な取り組みが求められています。そのような中、規制への取り組みを「コンプライアンスに関する手間のかかる業務」ではなく「市場競争力」に変える企業も出てきています。

Agilent Technologies社(米国)は、自社の電子測定製品から重金属の鉛を除去しなければEUの新しい環境規制に準拠できないことを知ってから、5年以上の歳月をかけ規制への準拠を実現しました。RoHS規制を遵守するにあたり、同社は2,100種類の製品の再設計に24か月、再設計した製品の性能テストと耐久テストに18か月を費やしました。

「この課題に極めて早い段階から対応策を実施していなければ、当社の製品は欧州での販売が禁止されていたかもしれません。我々の年間収入の3分の1(約10億米ドル)が、この取り組みの成否にかかっていたのです。そのうえ、こうした規制の範囲は広がっています」とAgilent社の環境コンプライアンス、製品規制および安全性担当ディレクターであるFrank Elsesser氏は語ります。

世界各地のあらゆる企業がElsesser氏の語 る問題に直面しているものの、同社のように積極的に取り組む企業はわずかです。Elsesser氏は次のように述べています。「当社の製品には何十年もの耐久性があります。ですから早く規制に準拠すれば、市場競争で有利な立場に立てると考えました。実際、その通りになったのです」

複雑な迷路

EUに続く形で、多くの政府や自治体が、製品と製造工程に含まれる有害物質を制限する法規制の制定を進めています。ほぼすべての業界がこうした動きの影響を受けるはずです。大半の企業は規制目的を尊重していますが、その一方で、製品の生産、流通、使用、廃棄に影響を及ぼす規制内容の変更や、時に相反する規制に直面し、複雑な迷路に入り込んでしまう企業もあります。

その複雑さを考えると、環境コンプライアンスは一時的なプロジェクトとして実行するべきではない、と欧州のPRコンサルティング会社EPPA(元European Public Policy Advisers社)のパートナーであるMeglena Mihova氏は主張します。有名なRoHS(危険物質に関する制限)指令以外に、EUのREACH法(化学物質の登録、評価、認可、制限)やWEEE指令(廃電気・電子製品)など、規制の数が急増しているからこそ、メーカー側の自発的な「攻めの対応」が重要だというのがMihova氏の見解です。

他社に先駆ける

Mihova氏は、企業は新しい規制が出るのをじっと待っていてはいけない、と主張します。むしろ、指令が発行され、その対象範囲が広がるにしたがって、関わりを増やすべきだと述べています。

「RoHSやREACHなどの環境規制の策定に関わる政治家は、サプライチェーンがいかに複雑かを往々にして理解していません」(Mihova氏)。

「規制に準拠するためには、それぞれの地域に企業が出向き、多くの場合、非常に複雑な製品の設計を完全にやり直す必要があります。しかるべき代替材料を見つけ、その材料が、20~30年間使われるかもしれない製品に、規制上義務づけられた品質と安定性をもたらすかどうかを再テストするには、数年かかることもあります」とMihova氏は説明します。

60か月

RoHS規制を遵守するために Agilent社が費やした時間は60か月。うち、製品(2,100種類)の再設計に24か月、再設計した製品のテストに さらに18か月が必要でした

その中で米国のAgilent社は「攻めの姿勢の手本」だとMihova氏は言います。測定・制御装置の大手メーカーである同社は、初めて RoHSが制定された際、その当面の適用対象ではありませんでした。しかし、同社は自社のサプライチェーンをすぐに見直し、コンプライアンスを念頭に置いて製品の再設計に着手しました。さらに同社の製造専任担当者は、法規制の策定プロセスにも積極的に関わりました。

「Agilent社は審議会に参加して、業界が抱える課題や規制の準拠に時間がかかる理由を説明し、それらへの理解を得るのに協力しました。さらにRoHS指令の改定にも力を貸したのです。こうした誠実な『攻め』の姿勢は確かな結果をもたらしました」とMihova氏は言います。

10億ドルを失うリスク

Agilent社がRoHS指令に準拠するためには、回路基板に使用していた鉛はんだに代わる新しい材料を見つけ、さらに自社のサプライヤーと協力して、彼らが使用する材料も同様に変更する必要がありました。「はんだから鉛を除去するのは、抜本的な技術の変更を意味します。当社のお客様にとっては、そうした変更が十分に検証され、秩序だった方法で実施されていることが重要です。法規制の対応期限を迎える前に、我々は先んじてこの課題に取り組むことにしました」とElsesser氏は語ります。

重金属である鉛は、Agilent社が監視しなければならない数ある規制対象物質の一つに過ぎません。他の物質についても、同社の設計者と技術者は個別に、どのサプライヤーの部品・材料を設計に組み入れるか、選択した複数の部品・材料の組み合わせが最終的に各国の規制に適合するかどうかを判断する必要がありました。さらに規制対象地域に向けた出荷についても、規制に準拠する製品だけを出荷するよう管理する必要がありました。

「我々は一定期間内にRoHS指令に適合する製品を生産しなければ、市場へのアクセスを失う可能性があることを知っていました。そこには我々の収入の相当部分がかかっています。現在EUは当社の収入の約30%を占めていますが、世界各地で環境規制が厳しくなるにつれて、その割合は90%、さらには100%にまで増える可能性があります」とElsesser氏は語ります。

Agilent社は非常に困難な課題をチャンスに変えました。「過去だけでなく今後も持続可能であり続ける製品を、時代の先頭に立って開発したいと考えました。我々の製品が世界各地の環境規制に準拠するかどうかを明瞭に示せるようになったことで、新規契約につながるケースが増えています。当社の製品はお客様のソリューションに組み込まれるため、お客様は、単にRoHSに関するコンプライアンス情報を求めるだけでなく、場合によっては、RoHSへの準拠を強く要求されることもあります」(Elsesser氏)

規制は国によって様々で一貫性がほとんどなく、また新しい規制がほぼ毎日策定されています。手作業でこうした状況を把握するのは多くのリスクを伴います。そこでAgilent社は高度なマテリアル・コンプライアンス・モジュールを導入して、最新の規制を絶えず監視し、部品・材料の変更のたびに、各製品で使用される各有害物質の総量を再計算するようにしました。個々の規制で定められた最も厳格な基準を満たす製品を設計することで、Agilent社は同社が製造するすべての製品で世界中のあらゆる基準に合致、またはそれらの基準を超えるレベルを確保しています。

「我々は環境データ管理のための強固なシステム基盤を構築することで、それらを実現でき、また規制変更に長期的かつ迅速に対応できることに早い段階に気付きました」とElsesser氏は語ります。

「しかるべき代替材料を見つけ、規制上義務づけられた品質と安定性をもたらすかどうかを再テストするには、数年かかることもあります」

Meglena
PRコンサルティング会社EPPA(元European

Elsesser氏は、マテリアル・コンプライアンスにおいて、強力な環境データ管理システムが発揮する戦略的価値を過小評価すべきではないと主張します。「よくある一般的なITアプリケーションと捉えるのは間違いです。このシステムがあれば、環境コンプライアンスへの投資価値を理解できるようになります。戦略的に有利な立場を築くために活用できるシステムです」とElsesser氏は述べます。

困難の中にチャンスを 見つける

質量分析計などの科学装置メーカーである米国のAB Sciex社も、規制への対応業務にすぎないと位置付けられていたマテリアル・コンプライアンスを市場でのチャンスに変えた企業です。

AB Sciex社の製品の大半は、2016年までは規制対象になりません。しかし同社のRoHSプログラムマネージャーであるGeorge Valaitis氏は、有効なマテリアル・コンプライアンス・プログラムを実施することで、同社製品を世界のあらゆる市場に参入可能な製品にする狙いがあったと言います。
「対応が遅れた企業は、研究開発や設計のすべての人材を環境コンプライアンスに6か月間投入しなければならなくなりますが、これは大きな問題です。その間、新製品の開発は停止し、企業経営は苦しくなります」とValaitis氏は指摘します。

課題範囲は大きく、その規模は日々拡大しています。RoHS指令の対象物質は6種類ですが、現時点で138の物質を対象とするREACH法を含めた他の指令では、1年間に20~50種類のペースで対象物質が増えています。

「EUは段階的に順を追って規制を進めています。我々は環境コンプライアンス対策を本格的に推進し、自社製品での規制対象物質の使用を制限するべくプログラムを実施してきました。そうすることで法律が施行された場合でも、我々はすぐに対応できます」とValaitis氏は説明します。

「コンプライアンス・プログラムを実施したことで、既存の設計を整理し、真の意味での 開発プロセスの強化と 環境コンプライアンスを 同時に行う機会を得ました」

George
AB

「EUは段階的に順を追って規制を進めています。我々は環境コンプライアンス対策を本格的に推進し、自社製品での規制対象物質の使用を制限するべくプログラムを実施してきました。そうすることで法律が施行された場合でも、我々はすぐに対応できます」とValaitis氏は説明します。

AB Sciex社は、自社のプロセスを見直し、サプライヤーとのより優れた情報交換システムを構築することで、開発サイクルにおける効率性が向上しているとValaitis氏は考えています。「コンプライアンス・プログラムを実施したことで、既存の設計を整理し、真の意味での開発プロセスの強化と環境コンプライアンスを同時に行う機会を得ました」(Valaitis氏)。

さらに、既存の設計プロセスを改善・整理し、設計のプロセス全体を強化することで、回路基板を再設計する際に同社では10~20%のコスト改善を実現できることが多いと同氏は説明します。「規制への対応期限が近づくにつれて、当社の製品に何が含まれ、何が含まれていないかの問い合わせが増加することが予測されます。我々は、それらの回答をお客様にきちんと伝えることができます」とValaitis氏は述べます。

20%

AB Sciex社は、 マテリアル・コンプライアンスを 実現しながら設計を改良し、20%のコスト改善に成功しました。

参加することから成功が 生まれる

法規制という複雑な世界で目標を達成するには、法規制の制定に早い段階から何度も関わることが重要だとMihova氏はアドバイスします。「公共政策が実施される前から、政策を論じる場に積極的に参加して、新しい物質の使用制限の取り組みに関わるべきです。そのうえで、あなたの会社でその物質の使用が絶対的に必要となる状況を説明し、当局の担当者と連携して、自社経営へのマイナス面での影響を最小限に抑える形で、規制シナリオを作るのです」(Mihova氏)。

複雑な製品には特に、サプライチェーンの可視化とコントロールが不可欠だと同氏は説明します。「誰が何を生産し、どのサプライヤーが規制に適合する部品・材料を提供しているかを必ず把握しましょう。そうすれば、規制環境が厳しくなっても、迅速かつ最小限のリスクで対応できます。状況を予測し、積極的に攻める必要があります。ただ黙って見ていることはできません」とMihova氏は主張します。

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