生命のモデリング

シミュレーションが科学者の研究と予測に貢献

William J. Holstein
18 October 2014

シミュレーション技術は、科学者がヒトの細胞、器官、そして最終的には一人一人固有の身体にの差異を理解し、きめ細 かな個別化医療への扉を開くことに貢献しています。

同じ病気を持つ一万人に対して医薬品 のテストを実施し、その中のたった 一人に深刻な副作用が生じた場合、 その薬は監督官庁の審査で不合格となる可 能性があります。こうした失敗のコストは、社 会にとっても製薬会社にとっても甚大なもの となります。

医療機器・医薬品業界の企業、テクノロ ジー プロバイダー、研究機関が参加するコ ンソーシアムであるBioIntelligence Initiative に、フランスのGenopole(1998年に仏政府が バイオ産業振興のために創設した産学連合 体の通称)代表として参加しているFrançois Képès氏は次のように述べています。「これ は、9,999人の患者さんが、その薬の恩恵を 受けられなくなることを意味します。」

こうした課題に対処するため、同コンソーシ アムではライフサイエンスのモデリングとシ ミュレーションに特化したソフトウェア プラッ トフォームを開発してきました。バーチャ ル モデリングとシミュレーションは、人体内 で分子がどのように反応するかの予測から、 器官の複雑な機能の理解に至るまで、科学 者が身体について把握し、新しい治療法を計 画して、一人一人に合わせた最適な治療を選 択する上で役立てられています。

個別化医療

研究者は、ヒト ゲノムの配列解析にかかる コストは急激な低下を続け、いずれほぼすべ ての患者について、その患者特有の遺伝子構 造を低コストでマッピングできるようになる と予測しています。

コンソーシアムの取り組みは、医療機器・医 薬品業界の企業が、目標母集団を正確に定 義し、適切な医薬品を適切な人々に確実に届け、特有の条件を持つ少数のグループのため の治療法の開発に寄与できるようになる可能 性を秘めています。

科学者たちは、器官の詳細な3Dモデルの開 発も進めており、実際のヒトや動物ではなく、 そうしたモデルを使い、特定の治療による影 響を把握しようとしています。共に米国の ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学 が共同スポンサーとなったリビング・ハート・ プロジェクトはその一例です。

「理想を言えば、 10年から20年の間に業界が 変革することを期待しています」

BERNHARDT TROUT氏
予測用コンピュータ モデリングの科学研究における 可能性について語る ノバルティス-MIT連続製造法センター所長

MITのケミカルエンジニアリングの教授であ り、ノバルティス-MIT連続製造法センター(Novartis-MIT Center for Continuous Manufacturing)の所長であるBernhardt Trout博士、さらに深部の、細胞内の個々のプ ロセスのモデル化に取り組んでいます。Trout 博士は大規模なスーパーコンピュータを利用 して、抗体が「ホット スポット」と呼ばれるタ ンパク質表面の重要な領域に到達したときの 挙動を予測するアルゴリズムを開発しまし た。

このアルゴリズムは、Trout博士が数分間のう ちにノートPCでデモを行えるほどシンプルな ものです。

対象の絞り込み

研究者はTrout博士のアルゴリズムに基づく ソフトウェアを使用して、見込みのある化合物 の膨大なリストから、医薬品研究の有力候補 を絞り込んでいます。Trout博士の研究は、医 薬品の商用化の三つの段階である発見、開 発、製造のすべてに影響を及ぼします。

Trout博士は、米国の医薬品業界だけでも、 創薬や医薬品の製造に年間2,000億米ドルを 投じていると予測しています。彼は自身の研 究によって、その30%、金額にして600億米ド ルを削減することで、さらなる創薬研究に投 資できると考えています。「理想を言えば、10 年から20年の間に業界が変革することを期待 しています」とTrout博士は語ります。

タンパク質ベースの医薬品を開発する場合、科学者は凝集する傾向のあるタンパク質を避けなければなりません。凝集 によって医薬品の有効性が低減することや、製造や投与が困難になる場合があるほか、患者に害のある免疫反応を引き 起こす可能性があるのです。予測ソフトウェアは、タンパク質が凝集する「ホット スポット」(赤色の領域)の識別をサポー トし、科学者に対して、タンパク質を変化させるか、異なるタンパク質に置き換えるよう警告します。(画像©BIOVIA)

当て推量は不要に

タンパク質や酵素を含む細胞の構成要素に 関する科学者たちの研究によって、物質がヒ トの組織にどのような影響を与えるかを、ソフ トウェア ツールで完全に予測するための環 境が整いつつあります。

「ソフトウェア メーカーが予測用のソフト ウェアを開発できれば、医薬品の研究開発 は大きく変化するでしょう」と指摘するのは、 米国カリフォルニア州に本社を置くシンク タンク、ミルケン研究所(Milken Institute)の FasterCuresでシニアフェローを務めるBernard Munos氏です。「頭をかきむしって考える代わ りに、よし、あの酵素の働きを抑制してみよ う、何が起きるか教えてくれ、という具合に、 ソフトウェアを通じて具体的な問いを投げか けることが可能になるでしょう。するとソフト ウェアがシミュレーションを実行して、研究者 の介入によって望ましい結果が生じるのか、 あるいは細胞の代謝を悪化させ、細胞を殺す ことになるのかを示してくれるのです」

そのような日が到来した暁には、「我々は、生 物学を予測の科学へと変革したことになるで しょう」とMunos氏は語ります。

スキャンすると、ヒトの心臓の シミュレーションをご覧いただけま す。: https://www.youtube.com/watch?v=ulwMlJlycS0

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