ナノメディシン

普通の分子には狭すぎる場所にナノ工学で治療法を届ける

Charles Wallace
7 June 2017

医学研究において、最も刺激的な展開の一つがナノメディシンです。工学技術によって、特定の標的を想定した個人専用の治療法が作り出されています。これは、かつてはまったく不可能であった「極めて小さな」治療法です。

医学研究における最新の「大きな話題」は、物理的には信じられないほど小さなものです。それはナノメディシンの分野で、その薬やデバイスは、最も小さな砂粒と比べても小さい10億分の1メートルの単位で測られるほどの小ささです。

ナノメディシンとは、製薬はもちろん、診断のために体内の正確な位置まで誘導したり腫瘍を消失させるために加熱したりできる微小な粒子から、ひいては患者の血管内を巡回して心臓発作を引き起こすプラーク(病変)を除去する可能性を備えた微細なロボットに至るまで、広範囲の応用例をカバーする幅広い意味を持つ用語です。

「われわれは個別化医療の時代に入ろうとしています」と述べたのは、米国ボストンにあるブリガム・アンド・ウィメンズ病院で、ナノメディシンおよびバイオ素材研究所のディレクターを務めるOmid Farokhzad氏です。「特効があって標的を定めた薬品をずっと多く目にすることになるでしょう。これらの薬品は、ハイテクで、体内を動き回って病気を見つけ、不要であれば作用せずに必要なときに治療を行います」

「特効があって標的を定めた薬品をずっと多く目にすることになるでしょう。これらの薬品は、ハイテクで、体内を動き回って病気を見つけ、必要なときに治療を行います」

Omid Farokhzad氏
ブリガム・アンド・ウィメンズ病院ナノ医学およびバイオ素材研究所ディレクター

ナノメディシンの潜在的メリットが契機となって、医療関連のスタートアップ企業が新たに数十社規模で誕生してきています。これらの多くは大学の研究室からのスピンアウトで、ベンチャーキャピタルから資金を得ています。この分野は、組み換えDNAなどの生物学的材料から大成功を収める医薬品を生産し、今では高い価値のある業界を創出することになった、生物学的革命に比肩しうる可能性を秘めていると予測する関係者もいます。医療産業に情報およびテクノロジーに関するサービスを提供する企業であるIMS Health社は、その革命から生まれた業界の規模を2,000億米ドルと見積もっています。

目に見えないほどのものが持つ力

なぜ、小さいことが良いことなのでしょうか。ガンを例にとると、現在一般的な治療法では、腫瘍を攻撃する強い薬剤投与を伴う何らかの化学療法を伴います。こうした薬剤は一般に体全体に吸収され、脱毛や心臓への悪影響などのさまざまな好ましくない副作用も引き起こします。

Nano

ナノ
国際単位系では「ナノ」は10億分の1を意味します。紙1枚の厚さは約100,000ナノメートルです。ヒトDNAのらせん構造は直径2.5ナノメートルです。

ナノメディシンでは、腫瘍のみを標的にすることでそうした副作用を回避します。たとえば、腫瘍はナノメートル幅の微小な割れ目がある血管を作ります。分子が大きい従来の医薬品とは異なり、分子内に10億分の1メートルのサイズで製造される薬品は、これらの穴を滑らかに通り抜け、蓄積することができます。この作用は、「血管透過性および滞留性亢進(EPR)」効果と呼ばれます。

「透過性の亢進によって、薬剤は健康な組織よりも腫瘍内に多く蓄積されます。蓄積とは、薬剤が入り込んでそこに留まることを意味します」と述べたのは、リバプール大学の化学教授でイギリスナノメディシン学会の共同設立者であるSteve Rannard博士です。

Rannard博士は、三つのスタートアップ企業の設立を支援してきました。そのうちの1社はナノテクノロジーを利用して、AIDSを発症させるHIVを治療する従来の薬剤の分子サイズを小さくしています。HIVに感染した人は毎日薬を服用しなければならないため、薬の用量をぐっと小さくすれば、錠剤を服用しやすくなります。用量が小さくなることで、薬価を支払う政府や保険業者にとってのコストも引き下げられる可能性があります。Rannard博士は、患者の筋肉組織に注射することができる、さらに微小なバージョンの薬剤に取り組んでいます。この薬剤は筋肉組織内で数週間にわたって放出されるので、患者は服薬のスケジュールを守りやすくなります。

「錠剤服用の負担を軽減する方法を見つけられれば、ナノメディシンが将来大きな貢献をすることができる領域を手に入れたことになります」とRannard博士は述べています。

インドでは、生命の構成要素であるRNAの分子と共に、微小な高分子ナノメディシンを使用して結核を治療しています。ムンバイのインスティテュート・オブ・ケミカルテクノロジーで薬学およびテクノロジー学部の助教を務めるPrajakata Dandekar Jain博士は、インドでは2014年に、世界の発症事例数の5分の1を超える220万人がこの病気にかかったと述べています。

「私たちは、結核菌が生き残る原因となるタンパク質を破壊する分子について研究しています」とJain博士は述べています。ナノメディシンはとても小さいため、病気を発症させる病原菌であるヒト型結核菌の細胞壁を浸潤できるようになります。Jain博士の研究室では、EPRを利用したガン治療にも取り組んでいます。

急成長中の分野

ナノメディシンの複雑さに対処するため、研究プロジェクトには、化学、物理、生物学、工学を含む幅広い分野の科学者が集められます。そして、そのことが研究の急速な進展に貢献しています。

ナノメディシンが誕生して20年目となった2000年までに、この分野全体で書かれた論文は合計でようやく1,200本でした。以降、論文の数は年々増えていきました。現在では、科学者たちは1年で、14,000件の新しい研究と年間125,000本の論文を生み出しています。

ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のFarokhzad氏は、ナノメディシンによって、注射しなければならない薬剤を経口で取れる形に変えることができれば、ナノメディシンが革命的であることが証明されるかもしれない、と述べています。最新の生物学的薬剤の多くはタンパク質が含まれていますが、課題となっているのは、このタンパク質は消化器系を通り抜けることができず、患者には薬剤を静脈注射で投与せざるを得ないという点です。太い針で刺されることを嫌がる人は非常に多いため、注射が原因で治療方針の承諾を得ることが難しくなっています。

これを変えることを期待して、Farokhzad氏のチームは、乳児がどのようにして母乳からヒト抗体を吸収するかを綿密に調査しました。この仕組みを探る試みは当初は失敗に終わりましたが、その後チームはインシュリンの分子数千個を、なんとか一つのナノ粒子に入れることができた、とFarokhzad氏は述べています。通常、インシュリンの投与にはほぼ必ず注射を使用しますが、このナノ粒子を使えれば、インシュリンは消化管から容易に吸収されるのです。「私たちはかなり驚くべき結果を出しました」とFarokhzad氏は語ります。経口インシュリンによる治療への道を拓く可能性が出てきたのです。

肥満と闘うために、Farokhzad氏の研究室では、ガン腫瘍を標的とするその他のナノ薬剤と同様に、脂肪組織を標的にするナノ粒子を作成しました。このナノ粒子は脂肪を破壊するのではなく、脂肪が貯蔵される場所である白色脂肪組織を、エネルギーを燃やす、ある種の「良い脂肪」である褐色脂肪組織に変えることを助ける新しい血管の形成を促進します。この治療を受けたマウスの体重は10%減少し、慢性肥満の患者に希望を与えることになりました。

EPRによる方法を使用する代わりに、肥満治療では標的となる分子で特別に遺伝暗号化された高分子が使用されました。これらの分子は脂肪組織を取り囲む血管内でタンパク質と結合しますが、体の他の場所にあるタンパク質とは結合しません。「車でGPSシステムを使ってナビゲーションするのとよく似ています」とFarokhzad氏は述べました。

薬剤以外のナノメディシン

ナノ粒子が貢献できるのは医薬に留まりません。新たに発見された治療法の一つは、超常磁性酸化鉄ナノ粒子(SPION)と呼ばれる鉄の微粒子を患者に注射するものです。磁石を使用することで、SPIONを体内の、既知の腫瘍などの特定の場所に向けることができます。粒子が到着したら、磁力を上げてSPIONを加熱し、腫瘍を消滅させます。この方法のメリットは、熱が腫瘍内部に局所的に適用され、体の他の部分を傷めないという点である、とRannard博士は述べました。

ほぼ同じ形式の治療が、金のナノ粒子で試みられています。これは、金の加熱効果が似通っているためです。ただし磁石は使用せず、皮膚を通り抜ける紫外線レーザーで金のナノ粒子を加熱します。加熱されたナノ粒子は、副作用を起こさずに腫瘍を破壊します。

ナノ粒子は非侵襲的画像診断にも採用することができます。たとえば、SPIONを採用すれば、腫瘍とそれを取り囲む組織の中で血管がどのように発達してきたかを表示することが可能です。その結果、医師が最適な治療法を決めるのに役立つ、一種のマップが得られます。

別の応用では、IoTのテクノロジーをナノ粒子と合体させて、「スマートダスト」と呼ばれる方法が考え出されました。たとえば、米国カリフォルニア州を拠点とするテクノロジー企業のProteus Digital Health社は、既にProteus Discoverという名前のパッケージを売りに出しています。これは、砂1粒のサイズの飲み込めるセンサーで構成されていて、胃に到達すると、収集したデータを小さな皮膚用パッチに転送します。別の応用例では、薬の小さなカプセルにセンサーを添付し、患者が自分の薬を処方されたとおりに飲んでいることを医療関係者に通知することが可能です。

ナノサイズの執刀医も視野に?

これら以外に多種多様な応用例が試みられていますが、もっと信じがたい治療法が検討されています。たとえば、光や磁力で指示することができるナノサイズのロボットを開発してきた科学者がいます。期待されているのは、血管のプラークを除去するなど、特定の作業を実行できるようになることです。しかし、これらの構想が実現されるまでには、まだ長い年月が必要です。

Farokhzad氏は次のように述べています。「これらの構想は、現在では現実離れしているように思えますが、今から数十年後にはありふれた治療法になっているでしょう。私たちは既に、ナノメディシンが患者にもたらすことができる価値のあるメリットを目の当たりにしているのですから」

For more information on this emerging field, check out the Nanomedicine: Nanotechnology, Biology, and Medicine journal:
http://3ds.one/nanomed

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