ノースカロライナ州のウェイクフォレスト大学では、近ごろ、科学者たちがペトリ皿の中でヒトの耳を成長させています。最初に、細胞物質と3Dプリンターを使用して耳の軟骨組織が作成されました。次に、ヒトの皮膚に似せて設計された人工素材を使用して耳を成長させ、それを生きた状態に維持するために必要な血管を備えました。
医療科学の大きな前進となるこのブレークスルーは、事故で負傷したりひどいやけどを負ったりした人の助けになると見込まれていますが、ウェイクフォレスト大学の耳は、工学技術によって作られる物質の科学も大きく前進させました。多くの面で、科学者たちは自然の振る舞いと同じ流儀で耳を製造しました。つまり、最初に固い材料から「骨格」を成長させ、次に人工皮膚素材に、さまざまな化学的誘因に反応して自身を集めさせるという指示を与えたのです。
材料科学分野に従事するものにとって、ヒトのDNAのように遺伝暗号化された一連の指示によって、有機物質と合成物質、3Dプリンティングと自然の成長の組み合わせがすべてお膳立てされることは、長年抱いてきた目標の実現です。しかし、工学技術によって作られる物質の潜在的用途は、医療分野のずっと先へと広がっています。
幅広いハイテク製造産業で、既存の材料では絶対に太刀打ちできないレベルの目標性能を実現するため、目的に合わせて設計し、工学的に製造できる材料に対する需要が生まれています。そして現在、材料科学とコンピューター科学がタッグを組み、研究者たちが迅速かつ持続可能な方法でその要求に応える助けとなっています。
持続可能性が絶対条件
人間が何かを作成する際にはおびただしい量のエネルギーが必要で、大量の廃物が発生します。新しい超高層ビルの建設時に発生するがれきや、製品の製造で消費されるエネルギーのことを思い浮かべてください。対照的に、自然は新しい組織を最小限のエネルギーと廃物で作成し、それを環境に合わせて最適化して完全に再循環可能にします。自然からヒントを引き出せれば、地球を脅かしている、人間が作り出した持続可能性に関する問題の大部分をより適切に解決する足場を確保し、人口が急増している世界に豊かさをもたらすことができます。
もちろん、自然が木材や甲殻類の殻などの驚くべき物質を発達させるのには、痛ましいほどにゆっくりとした試行錯誤を伴う進化の過程を経て40億年かかっています。もちろん、人間が生み出す廃物を減らすのに寄与する新素材を作り出すのに40億年待つ方法を取るわけにはいきません。
代わりに科学者たちは、仮想環境で進化を再現するソフトウェアを作成してきました。シミュレーションが起きているのはコンピューター内のため、このプロセスは「イン・シリコ(in silico)」と呼ばれています。考えられる数千の組み合わせを実験室でテストし、うまくいかないものは破棄する試行錯誤のアプローチは時間がかかります。その代わりソフトウェアの高度な機械学習機能によって、特定の目的で最も有望な組み合わせを数分のうちに識別します。
「自然からヒントを引き出せれば、地球を脅かしている、人間が作り出した持続可能性に関する問題の大部分をより適切に解決する足場を確保し、人口が急増している世界に豊かさをもたらすことができます」
設計図を与えてくれたのは自然です。そしてスーパー・コンピューティングとデータ・サイエンスが出会ったことで、プロセスを高速化し、プロセスを、事前に定義した一連の特性に向けたものにする手段が得られました。ジョージア工科大学材料研究所の材料科学者たちと、ダッソー・システムズの専門家たちが一緒にチームを組み、この新しい科学を実現しようとしています。
構成要素は限られていてもバリエーションは無限
自然の驚異の一つは、炭素、水素、窒素、硫酸塩というわずか4つの主要元素(と微量の一般的金属数種類)から、何百万もの異なる構成の分子や、関連する材料系を築き上げていることです。自然はこれらの元素を組み合わせて20種類のアミノ酸を作っています。この小さなツールセットから、100,000種以上の異なるタンパク質が作られ、それらが数十億の固有の特性を持つ、とてつもなく変化に富んだ数百万種類の生物へと組み立てられています。
自然界で生物がどのように組み立てられているかを学ぶことで、科学者たちは、これらの同じ基本的構成要素から、類似した特性を持つ新しい物質を工学的に製造する方法を学びつつあります。たとえば、科学者たちは長年、海生動物のナマコに興味をそそられてきました。この生物は、海洋環境の温度や酸性度の変化に応じて、革のような皮膚を柔らかい状態から固い状態に変化させます。現在、米国の政府系研究室が、航空機設計においてこの能力をまねることに取り組んでいます。飛行機の翼が離陸時と着陸時には固くて曲がらず、乱気流に遭遇したときにはより柔らかくなれるようにすることが目標です。翼の柔軟性が向上すると、航空機は荒れた大気中をぎくしゃくしないで滑らかに飛べるようになり、乗客の快適性が向上します。
自然素材に備わるもう一つの一般的性質は自己回復作用です。骨が折れると炎症が起きた状態になります。その反応で、体は骨折部位に血液と幹細胞を送り、仮骨(折れた骨の両端に成長してもとの骨を癒着させる骨質物)と呼ばれる形成物を構築し、自己回復(治癒)プロセスを開始します。科学者たちはそれと同様に、物質の損傷した部分に「回復薬」を送り込む血管系を持つ合成物質を作りました。混ざると化学反応を起こす樹脂や硬化剤などの液体が自動的に割れ目をふさぎ、修復を実行します。
知識のギャップを埋める
現在では、古い課題に対する新しい解決策が信じがたい方法で生み出されつつあります。たとえば、より強力で長寿命のバッテリー・テクノロジーを開発することは、電気自動車を含む多くの分野にとって非常に重要です。しかし現在のバッテリー・テクノロジーは腐食性の化学物質に頼っていて、耐用年数の終わりには危険な廃棄物になります。
電流を発生させる金属の新しい組み合わせを探す代わりに、マサチューセッツ工科大学(MIT)のAngela Belcher氏と同僚は、高性能バッテリーを「成長させる」無害なウィルスを工学的に作成しました。チームは細菌に侵入する特殊な種類のウィルスであるバクテリオファージを利用しました。ファージのDNAに埋め込まれた細菌への指示は、25.4億分の1cm幅のカーボンチューブを集め、それを使ってバッテリー電極を成長させるというものです。Belcher氏と同僚は初めて、室温の生物学的骨組みの上で「成長」することができるバッテリーの作成に成功したのです。
これらの実験は目覚ましい進歩をもたらしていますが、多くの作業が残っています。ナノレベルで基本の合成物がどのように集まるかは分っていますが、長さのスケールでは中間の範囲にあたる、細胞が存在する中間レベルでより多くのことを発見する必要があります。マルチスケール・モデリングと実験を組み合わせた戦略を使用し、材料データ・サイエンスと情報科学の新しい領域を進歩させることで、ジョージア工科大学の材料研究所は、中間レベルでの合成、処理、およびアクセスできる物質構造の間にある関係に加え、これらの中間レベルの構造が物質の特性と反応の仕方に及ぼす影響をモデル化する取り組みをリードしています。
物質の中間レベル構造からは、強度、延性、破壊抵抗とじん性、エネルギー放射率、摩擦、明るさ、色など、多数の特性と反応が現れます。一方ジョージア工科大学の生物学的情報利用設計センター(Center for Biologically Inspired Design)は、材料設計のヒントの源泉として、進化的適応について探っています。
クモの糸は中間スケールの研究の潜在的メリットを示す良い例です。この物質は信じられないほど丈夫で切れにくいのに非常に柔軟です。技術者は合成のクモの糸を作成しましたが、小さな構造物には十分な量だけでした。中間レベルの理解が進めば、橋梁や足場組みなどの大きい構造物で使用するためにクモの糸を「スケーリング」する方法を示すアルゴリズムを作成できます。
限界のない未来を追い求めて
私たちの世界はエネルギー、原材料、廃棄物処理方法に関する制約に直面しており、従来の素材や方法の代わりになる、より効率的なものを必要としています。
「自然界で生物がどのように組み立てられているかを学ぶことで、科学者たちは、これらの同じ基本的構成要素から、類似した特性を持つ新しい物質を工学的に製造する方法を学びつつあります」
科学者たちはそれを受けて、次のような問いを発しています。最小限のエネルギーのみを使用して、損傷を受けたら自身を組み立てて自己回復する物質を見つけられないか。有害な多量の環境毒素を加える代わりに、地球がより居住に適した場所になることに寄与する生体材料(バイオマテリアル)を作成できないか。自然のプロセスをまねて真に持続可能な種類の材料を開発できないか。新素材や改良された材料を作成する方法の指針とするため、進化的適応から何を学ぶことができるか、といった問いです。
強力なコンピューティング・テクノロジーが機械学習と結び付き、科学者たちが新しい物質や材料を発見したり作り出したりする頻度を高めることに貢献しています。それは非常に長い時間ではなく、月単位、年単位で起きています。この遠大な使命の受益者は、人間と自然の両方であるのは明らかです。
David L. McDowellはジョージア工科大学のリージェント・プロフェッサー(理事兼教授)で、Carter N. Paden Jr.記念ディスティングイッシュト・プロフェッサー(優秀教授)と、材料研究所のエグゼクティブ・ディレクターも務めています。Reza Sadeghiは、ダッソー・システムズでプロセスおよびライフ・サイエンス業界に向けたソリューションを開発しているBIOVIAブランドのチーフ・ストラテジー・オフィサーです。
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