General Electric社のCEOであったJack Welch氏はかつて、「組織外で起きる変化の速さが組織内での変化の速さを上回っているようであれば、組織の終焉は近い」と述べました。
Fortune500の上位20社の推移をみると、外部の変化が内部の変化を上回っている一流企業が多くみられます。組織効率に関する専門家のEdward Lawler氏とChristopher Worley氏の調査では、1973年度のFortune500上位20社のうち、35%の企業が1983年度のリストから落ちて無くなった事が明らかになりました。彼らは2013年の終わりまでに、2003年度の上位20社から70%の企業がリスト落ちすると予測しています。
これは、『The Connected Company』の著者であるDave Gray氏が「赤の女王のレース」と呼んでいる、入れ替わりが加速度的に進む典型的な例となっています。この呼び名は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』で、アリスと赤の女王がまったく移動することなく全力疾走するチェス盤のシーンに由来しており、今世紀の多くの経営者にとってはお馴染みのシナリオです。
赤の女王との競走
自分の会社がこのような競争に対峙できる能力があると信じている経営者は少数です。2011年にMITスローン・スクール・オブ・マネジメントの「Management Review」と『Analytics:The Widening Divide』邦題『アナリティクス:広がる格差』)でよる邦題『アナリティクス:広がる格差』)では、ビジネスリーダーの3人に1人が十分な情報がないまま重要な決定を下さなければならないと答えています。IBM社の調査「CMO2011」によれば、ビジネスリーダーの53%が、自分の責務を果たすために必要な情報にアクセスできない状況にあると答えています。
そのため、世界的なコンサルティング会社であるAccenture社の調査「High-Performance Workforce」で調査対象となった674人のエグゼクティブのうち、実に58%が新しい市場に応える体制を迅速に整える力が自社には備わっていないと思うと回答したことは驚きではありません。また、自社の企業文化の適応性が十分でないと考えている割合は50%、経済的な見通しが不透明な時期に、従業員が変化にうまく対応する準備ができていないと考えている割合は44%にのぼりました。
こうした懸念は、ほとんどの企業が、変化ではなく安定のために築かれているという事実を反映したものです。Gray氏はこれを、動きの速い今日の経済状況における「債務」だと呼んでいます。「生産者主導の経済は、顧客中心型の新しい世界に道を譲りつつあります。この新しい世界では、企業は顧客の声に耳を傾け、要望やニーズをくみ上げ、顧客との関係を築くことによって繁栄します。」とGray氏は述べています。
こうした傾向に拍車をかける主な要因となっているのが、「つながった」顧客の出現です。彼らはより多くの情報を持っており、それゆえいっそうの力を持っています。ハーバード・ビジネス・スクールで、リーダーシップと戦略を専門とするRanjay Gulati 経営管理学 (Tiampo 講座)教授は、市場の透明性が増すにつれて、顧客の選択肢が拡大すると説明しています。「企業は差別化を維持しようと懸命ですが、模倣が容易で、製品のライフサイクルが短く、これほど目覚ましい速度で変化が起きる時代には、それが困難になっています。顧客が望んでいることを知り、顧客にとって有意義なエクスペリエンスとソリューションを作り出す為には、これまでよりもずっと深く顧客を理解する必要があります。『同質の海』と呼ばれることもある市場の中で、際立つ存在となる必要があります」(Gulati教授)。経営者は、企業が「際立つ存在となる」ためには、顧客と同じくらい「つながった」企業になる必要があると認識しています。ただし、大半の経営者は、この課題に対応できないとも認めています。
MITスローンの「Management Review」が2013年10月に発表した調査では、世界各地の幅広い業界で活躍する1,559人のエグゼクティブが調査対象となりました。この調査によれば、78%のエグゼクティブが、今後2年間のうちにデジタル領域で変革を遂げることが組織にとって不可欠であると考えている一方、組織においてテクノロジーを変更するペースが遅すぎるとの回答がほぼ63%にも達しています。
MIT Center for Digital BusinessとCapgemini Consulting社によって開発された、デジタル成熟度指標を使った同調査では、デジタル領域の変革において先進的とされる企業は15%にすぎず、65%の企業は変更への取り組みが極めて少なく指標の尺度では最低レベルに位置しているという結論が示されています。
調査報告の作成者は、こうした過去からの惰性が現在の状況と組み合わさると致命的だと考えており、次のように書いています。「つながった世界は、企業にデジタル面の緊急課題を突き付けます。企業はテクノロジーを通した変革の実現に成功しなければなりません。それができなければ、変革を遂げた競合他社によって淘汰される可能性も出てきます。」
データと複雑性
市場と顧客に対して深いつながりを築く企業は、変化に先んじ、競争で優位に立つことができます。つながった顧客やデバイスによって生み出される、急速に増大するデータは、価値ある洞察を引き出す手助けとなるはずです。ただし、データをより分けて市場や顧客のトレンドを捉えるのは非常に困難な作業です。
市場調査コンサルタント企業のGongos Research 社によれば、世界に存在するデータの92% は過去2年間に作成されており世界的アナリスト企業のIDCの推定によると、世界のデータリソースは年間60%の割合で増加しています。データの激増は、企業にとって特に困難な課題となります。データセキュリティ企業のImperva社によれば、全企業データの80%が体系化されておらず、その量は2016年までに10倍になります。
「テクノロジーはすばらしい 可能性を実現へと導く力であり、 テクノロジーが存在することで 実際に人の行動を徐々に 変えることができます。」
Frank Leistner 氏
『Connecting Organizational Silos』の著者
Cisco 社は、データの急増は2つのトレンドに起因してインターネットに接続している人の増加と、つながっている「モノ」の増加を上げます。Cisco 社は、2000年には約2億個のデバイスがインターネットに接続されていたのに対して、今からわずか6年後の2020年までに、全世界で500億の人、プロセス、「モノ」がつながった状態になると予測しています。Cisco 社は、「今後形作られる『Internet of Everything』でインターネットの次の爆発的成長の原動力となり、クラウド(コンピューティング)が変革の柱としての役割を果たすだろう」とも報告しています。企業にあるデータがずっと少なかった時代には、課題の調査に年単位の時間を費やし、決定を下すために月単位の時間を費やすことも珍しくありませんでした。データが大幅に増え、競合相手が増加し、短期間に状況が変わる今では、行動するための時間がほんの数日しかない場合もあります。
Accenture社は同社のレポート「Technology Vision2013」で、次のように述べています。「世界が変化し続けるときに、どのようにビジネスの新しい概念を作り出すか、どのように製品を再設計し、生産するか、どのように新しい商取引を考え出して管理するか、社内に加えて顧客やサプライヤーとの間で、どのようにして前例のないレベルでコラボレーションを始めるかといった課題を解決するうえで、ソフトウェアは絶対に必要な要素です。この新しい世界では、デジタル領域での取り組みが、いかにしてイノベーションを実現し、事業を拡大するかの鍵となります。」
つながった時代の到来
すべての消費者が「つながった消費者」になる時期も近いため、企業も「つながる」必要があります。Gray氏は次のように述べています。「組織は赤の女王のレースに勝つために、多くの活動領域で同時に、課題や要望に対する検出、対応、適応を行う必要があります。これは、今日のほとんどの組織で、想定されていない業務形態です。世界が絶えず変化する時代には、どれだけの速さで学習できるかだけが、持続可能で長期的な強みをもたらす要因となります。」
Ross氏は、複雑性を排除し、協力を促進するテクノロジーを採用することで、お客様に奉仕するという、本来の仕事の存在意義にすべての従業員を近づけるよう、企業に助言しています。Ross氏は説得力のある例として、有名な日本のコンビニエンスストアチェーンを挙げています。
「セブン-イレブン・ジャパンは、何が可能かを体現しています。同社は16,000の非常に小規模な店舗を展開しており、各店舗の在庫をリアルタイムに追跡する、優れたPOS システムを採用しています。このシステムによって、地域店舗の従業員はサプライヤーに何を発注するか、情報に基づいた決断を迅速に下すことができます。サプライヤーは、毎日3回まで生鮮食品を配達します。従業員の多くはパートタイムですが、顧客が何を購入しているかを把握する仕事を会社はそうしたパート従業員に任せています。セブン-イレブンが30年を越える期間、日本で最も収益の高い小売企業であったのには相応の理由があります。同社は、従業員にデータを与えることで、顧客が望むものを提供できる体制を整えていたのです。」
従業員の機能強化
データの共有を推進するリーダーにとって、テクノロジーはそれを容易に実現する手段となります。かつてソフトウェア大手のSAS社でナレッジマネジメントの最高責任者(CKO)を務め、現在はコンサルタントと執筆に従事しているFrank Leistner氏は、ツールとテクノロジーから成る基盤を提供することで、企業はナレッジの流れをスピードアップさせることができると助言しています。
「テクノロジーはすばらしい可能性を実現へと導く力であり、テクノロジーが存在することで実際に人の行動を徐々に変えることができます」とLeistner 氏は述べています。ただし、システム内に存在する情報と、人の頭の中にのみ存在するナレッジの間には相違があるため、Leistner 氏はユーザーに、テクノロジーは元来、「ナレッジを持ち合せた持ち主へもとめる情報のありかを示す検索用目録」だと考えるべきだと忠告しています。
彼は、SAS の協業用ソフトウェアツールのオンラインデータベース、「ToolPool」を例に挙げています。あるSASユーザーがSASの最新ソフトウェアリリースで動作するよう、既存のツールの更新をToolPoolで緊急リクエストしました。Leistner氏はこのユーザーに、既存ツールの作成者に連絡を取ることを提案します。その人の連絡先の詳細は、ToolPoolに示されており。連絡を取ったユーザーは、ツールがすでに更新されていたのに、時間がないため作成者が投稿できないでいたことを知りました。ToolPoolを使って作成者を特定し、連絡を取ることで、顧客のニーズを早急に満たすことができたのです。
プラットフォームの力
Leistner氏の例は、検索、コラボレーション、ソーシャルネットワーキング、ダッシュボードから成る強力なソリューションがどのように社内で広がり、人、データ、アイデアをつなげているかを示しています。
Accenture社でヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカ地域の新興テクノロジーイノベーション部門の最高業務責任者を務め、同社のレポート「Technology Vision2013」の主執筆者でもあるMarc Carrel-Billiard氏は、そのようなソリューションは、顧客とのかかわり、ロイヤルティに重要な新しいアプローチを意味すると語っています。「多くの企業の疑問に答えるデータを明確に作り出すようなアプリケーションを設計する必要があります。データは戦略的な資産です。最新のMIT Sloan Center for Managementの調査によれば、データ主導型の意思決定を取り入れている企業の生産性は、5%から6%高いレベルに達しています」(Carrel-Billiard氏)。
「企業がイノベーションを強化することができる 最善かつ最も安価な方法の一つは、従業員を企業のソーシャル ネットワークに 接続させ、その利用を奨励することです。」
John Stepper 氏
Deutsche Bank 社の効率化テクノロジー部門で世界全体を管轄する最高業務責任者
SASでエンタープライズソーシャルネットワーク(ESN)の実装を行い、『Connecting Organizational Silos』というタイトルの著書でその経験について執筆したLeistner氏は、ESNはデータに対する「制御をゆるめる」効果的な方法であると述べています。適切に運用され、広く利用されているESNは、グローバルなつながり、チーム精神を助長します。その結果、組織の多様性が存分に生かされた優れた回答を提供し、ビジネスプロセスにおける俊敏性を向上させることができます。また、コラボレーションの強化が促進され、その結果としてイノベーションに弾みが付くことになります。
Leistner氏はその著書で、次のように述べています。「ウォーターサーバーやコーヒーマシンは、前世紀の重要なソーシャルメディアツールだったとも言えるでしょう。ウォーターサーバーやコーヒーマシンの問題は、規模の調整がきかないという点です。規模が自在で密度を高められ、複数点で接続されるという点が、現在のソーシャルメディアツールによって提供されるメリットです。ソーシャルメディアツールはそうしたメリットによって、遠距離にわたる人的交流のニーズを支え、必要な情報が見つかる確率を高め、専門家と関係を結ぶ時間を短縮し、アイデアの共有を迅速に幅広く実現するための非常に優れた力となっています。これらのすべてが一緒になって、イノベーションの推進が可能になっています。」
組織外で起きる変化に打ち勝つ
これらのツールは日常的に広く使用されているため、仕事でも、すぐ直観的に使用できるようになるはずです。「経営目標を透明性とソーシャルメディアによる対話を求めるといった、最近顕著になったユーザーの傾向に合わせることで、ユーザーに受け入れられる方法でコラボレーションを展開することができます」とAccenture社のCarrel-Billiard氏は述べています。
Deutsche Bank 社の効率化テクノロジー部門で、世界全体の業務責任者を務める、John Stepper 氏は、当行における仕事のやり方を変えるため、コラボレーションプラットフォーム、実務のコミュニティ、ソーシャルメディアネットワークの展開をすすめています。Stepper 氏は次のように述べています。「企業がイノベーションを強化することができる最善かつ安価な方法の一つとして、従業員を企業のソーシャルネットワークに接続させ、その利用を奨励することです。そうした環境を構築して以来、顧客サービス、ごみの削減、エグゼクティブの意思疎通といった領域で改善が見られています。『ソーシャルメディア』は単なるお題目ではなく、『価値』をもたらします。」
Accenture社の最高技術責任者(CTO)であるPaul Daugherty氏は次のようにアドバイスしています。「組織とそのリーダーは、市場での差別化を図り、顧客との関係を深め、成長と収益性を実現するためにテクノロジーの使用方を完全にリセットする必要があります。モビリティやクラウドのような中核ができつつあるITトレンドの力とそれが及ぶ範囲の影響により、ビジネスリーダーは必然的に、ソフトウェア駆動型の『すべてがつながった』世界の意味を理解しなければならない状況となっています。」
ソーシャルネットワークやダッシュボードから、データ検索とリアルタイムコラボレーションのツールに至るまで、従業員を相互に近づけ、さらには顧客に近づけるテクノロジーは、企業が最も困難な課題を解決する助けとなっています。「こうしたテクノロジーをすべて実装することは、効率化を図るというだけでな、俊敏性をもたらします。俊敏性があればこそ、見逃していたであろうチャンスを生かせるようになるのです」とStepper氏は述べています。