新型コロナの感染拡大は世界中に大混乱をもたらしましたが、一方では、世界中の熱意あふれる専門家やメイカーから成る「バーチャルチーム」が問題解決にあたることで、何ができるのかも明確に示しました。
米マサチューセッツ州ケンブリッジのマサチューセッツ工科大学(MIT)ビット・アンド・アトムズセンターの所長、Neil Gershenfeld教授は、自身が設立を支援したボランティア・コミュニティ(オンラインのイノベーターやメイカーによって構成される)が、これまで直面する可能性のあった最大の課題の一つに立ち向かう姿を見てとても喜びました。
Gershenfeld教授は次のように語ります。「新型コロナの感染拡大はかつてない課題を投げかけていますが、一方ではいくつかの長期的なトレンドを大幅に加速させています。1つは、PPE(フェイスシールド等の個人用防護具)や人工呼吸器の分散生産を調整することによって、ラピッド・プロットタイピング(迅速な対応が可能だが拡張性に乏しい)と大量生産(拡張性に富むが立ち上げには時間を要する)の間の本質的なギャップを縮めることです。こうした傾向は、地域社会の活動家から基礎研究者に至るまで、これまでは全く協業することがなかったグループが連携することで、互いの価値を正しく評価することにつながっています」
「そしておそらくこれよりも重要なのは、デジタルファブリケーションツールの急速な開発と展開を通じて、生産手段へのアクセスを民主化するという経済の回復に不可欠な役割を果たしたことです」
グローバルな共同作業
こうしたコラボレーションを促進する上で極めて重要な役割を担ったのは、多くの場合オンラインで独立系のイノベーターやメイカーズを連携させる注目のトレンド、オープン・イノベーションです。たとえば「コミュニティ」は、世界中の設計者やエンジニア、製造担当者、医療専門家を束ねるために立ち上げられたプラットフォームです。感染症が世界的に流行する中で、彼らの集合知や能力を活用して迅速なソリューションの入手や審査、設計、エンジニアリング、製造を行います。
このコミュニティでは現在までに120以上のプロジェクトを支援しており、これには画期的な人工呼吸器の開発に関わるプロジェクトもいくつか含まれています。たとえばインドのスタートアップ企業のInali社は、Open COVID-19コミュニティを活用して「DIYスマート人工呼吸器」のプロトタイプの設計・エンジニアリング・シミュレーション・製造・検証を迅速に実行できました。すべてを完了するのに要した日数は8日未満でした。
他にもOpen COVID-19コミュニティを介して以下のようなプロジェクトを迅速に完了することができました。
- イタリアの製作者チームが開発したOpenBreath人工呼吸器。十分な機能を備えたこの人工呼吸器は電気さえあれば有効に動作し、世界中で手に入る板金部品や既製部品で作られているため、どこでも組み立てられます。
- メキシコの国家科学技術審議会(CONACYT)配下にある産業技術開発センター(CIDESI)とメヒコ州の自動車産業拠点が連携して設計した人工呼吸器。保健省(Ministry of Health)によって同国内での大量生産が認可された初めての人工呼吸器です。
- ブラジルでは自動車のワイパー用モーターを使用してVentividaという人工呼吸器が設計されました。
「Open COVID-19コミュニティは、製品開発の最前線にいる人たちが作業を前に進める上で極めて重要です」
Nicolai Rutkevich氏 ブラジル・リオデジャネイロ・カトリック大学、修士課程在学中
ブラジル・リオデジャネイロ・カトリック大学の修士課程在学中の学生で、このプロジェクトの指揮を執るNicolai Rutkevich氏は次のように語ります。「ごく基本的な部品を用いて、発展途上国にすぐに届けられるようなものを作りたかったのです。この人工呼吸器は調和振動を利用して空気を送る基本的な力学概念を用いているため、近場で手に入る部品があれば作れます。お金をかけずに大量生産できるため、救急車や地域の医療センターに配備すれば、緊急の医療処置を受けるために待機している患者に使用できます」
Rutkevich 氏は次のように説明します。「こうした活動は、感染が拡大して最悪の日々をどうにか切り抜けなければならない多くの地域社会を支援しました。Open COVID-19コミュニティは、製品開発の最前線にいる人たちにとっては作業を促進する上で極めて重要です」
最前線を守る
Open COVID-19コミュニティに参加する別のメイカーは、PPEに対する緊急の必要性への対応を見据えていました。
新型コロナの感染拡大を受けてキャンパスでの対面授業がすべて実施できなくなった米マサチューセッツ州のウースター工科大学では、機械工学科で教鞭をとるDavid Planchard教授が学生たちに新型コロナの問題解決を体験させることにしました。
このプロジェクトは、リモートで接続されたチーム環境において学生の工学的な設計スキルを応用するのに完璧な教材であることがわかりました。
Planchard教授は次のように語ります。「Open COVID-19コミュニティのことは知っていました。そしてそれを利用すれば、学生たちが多くのことを学べ、一方では感染拡大の問題解決に一役買うこともできると考えました。8つのチームを作り、チームごとに3名から4名の学生を振り分け、それぞれのチームに3Dプリンターで製作できる独自のフェイスシールド用バンドを設計する課題を割り当てました。また、学生たちには設計パラメータや組み立て、安全性と強度、快適さ、サイズ、材料、3Dプリンターでの出力に要する時間などを考慮するように伝えました。
学生を支援するために、Planchard教授はくしゃみの科学的に正確な3Dシミュレーションも共有しました。これはさまざまな粘液粒子の軌跡や、シールドを装着している人のどの部分に粒子が降りかかるのかをわかりやすく示します。
Planchard教授は次のように説明します。「これは学生たちにとってはまさに目からウロコで、彼らのデザインに大きな影響を及ぼしました」
学生のチームはそれぞれがOpen COVID-19コミュニティに参加して自分たちの設計案を投稿し、業界のエンジニアや医療専門家など、世界中のコミュニティからフィードバックを得ることができました。
「学生たちはこの極めて貴重なフィードバックを参考にし設計の質を高めました。提出された設計は、私が個人で持っている3Dプリンターを使用して自宅でプリントアウトしました。最も優れた設計案が決まると、それを実際に大量生産し、感染爆発が始まった時点でフェイスシールドを一切使用していなかった地元の病院に届けらることができました」(Planchard教授)
集合知
Planchard教授は「Open COVID-19コミュニティがなければ、役に立つ製品の多くがそれを必要とする人々に行きわたることはなかったでしょう」と語ります。
「Open COVID-19コミュニティは、我々のチームが世界中で行われている卓越した最新の取り組みを活用し、フェイスシールドに対する需要の高まりに対応するのを後押ししてくれました。従来の製造方法やサプライチェーンではなかなか迅速な対応ができなかった時に、分散型のデジタル・ファブリケーションがどのように道を切り開いているのかを見るのは素晴らしいことでした。ファブラボや、個人が所有する車庫・地下室などで、メイカーや設計者、エンジニアといった個人が3Dツールを用いて画期的なアイデアを次から次へと生み出し、利用できる積層造形ツールを用いてデザインに磨きをかけました。Open COVID-19コミュニティを介してもたらされたこうしたノウハウがチームを後押しし、着手するのに十分な情報をもらうことができました」
「Open COVID-19コミュニティは、非常に厳しいウィズコロナの状況において需給ギャップを解消するのに役立っています。これはとてもわくわくするような、さらなるコラボレーションが実現される未来への単なる序章に過ぎないと私は確信しています」
David Planchard氏 米ウースター工科大学、機械工学科教授
ブラジルで画期的な人工呼吸器を設計したRutkevich氏は、Open COVID-19コミュニティを介してチームを支援してくれた人たちの知識の深さを力説します。
「これまで一度も会ったことのない人たちが皆で互いに助け合い、アイデアや専門知識を提供しています。私はこれまでボッシュやエンブラエル、セルソ・スコヴ・ダ・フォンセカ連邦技術教育センター(Cefet-RJ)、ブラジル・サンパウロ大学などの多くのエンジニアたちと連携しています。また、何が必要かに関する実体験に基づいた情報を提供できる医師や、病院の設備に関する詳細を説明できるサービスエンジニアとも連携できます。通常の状況であれば、こうした人たちと連絡を取り合うことはできません。しかしOpen COVID-19コミュニティのおかげで、今ではそれが可能です」
感染が拡大する中でこうした取り組みを実現できたことにより、オープン・イノベーションはこうした共同作業によるイノベーションという新たな手段が定着する可能性を提唱し、世界でも類を見ないほど重要な設計の課題に対する新たな手法を後押しします。
「Open COVID-19コミュニティは、非常に厳しいウィズコロナの状況において需給ギャップを解消するのに役立っています。これはとてもわくわくするような、さらなるコラボレーションが実現される未来への単なる序章に過ぎない、と確信しています」