生徒が自分なりの学習目標を追求することを 可能にするオンラインのプラットフォームを 採用した教育機関は世界中で増えつつありま す。オルトスクールはその一例にすぎません。 人気のあるプラットフォームとしては、米国発 の学習管理システムであるSchoology、カナ ダに本社を置くD2L社による能力ベースの Brightspace、米国を拠点とする算数学習サイ トのDreamBoxなどが挙げられます。フェイス ブックも、米カリフォルニア州のサミット・パブ リック・スクールズと米ワシントン州向けに、 生徒の将来の目標に焦点を絞った学習体験 を実現するプラットフォームを開発しました。
「個別化学習は、生徒が各自の興味・関心に 集中できるようにすることによって教育の概 念を定義し直そうとする、次世代の適応型学 習戦略の中核をなす理念です」と話すのは、 Sarah Luchs氏。Luchs氏は、米コロラド州を 拠点とする非営利団体EDUCAUSEのイニシ アチブ、NGLC( Next Generation Learning Challenges、「次世代学習課題」 )でK-12 (幼稚園から高校3年までの教育)プログラ ムを担当しています。「米国ではすでに100 校ほどがNGLCの補助金を利用してデジタ ルツールを導入し、生徒が各自の目標の達 成に向けて自主的な学習ができるようにし ています」
デジタル時代の教育
とはいえ、個別化学習は北米の専売特許で はありません。2012年、起業家のMaurice de Hond氏はオランダで非営利団体、O4NT(Onderwijs voor een Nieuwe Tijd 、「次 世代のための教育」)を設立し、スティーブ・ ジョブズ・スクールのネットワークを立ち上 げました。そのきっかけは、自分の息子が 1980年代に受けたのと同じ指導法による教 育を、息子より年下の幼い娘も受けることに なると知ったからです。
「小さな子どもたちの多くは、幼い頃からス マートデバイスを巧みに使いこなすことが できます。その子どもたちがなぜ、未来のデ ジタルな世界で成功するための教育ではな く、1980年代で生きるための教育を受けな ければならないのでしょうか」と、de Hond 氏。「当校の教師は、『万が一』に備えてすべ ての子どもに同じ情報を詰め込むようなこ とはしません。その代わり、生徒が学習上の 問題に直面した際にそれを解決する方法を 見出し、応用することのできる能力を育むた めの手助けをしています」
スティーブ・ジョブズ・スクールは2013年8月 に初めて開校し、現在ではオランダ全土で 合計20カ所に校舎を構えています。同校に 通う子どもたちは、iPadを使った適応型のオ ンラインプログラムで学習内容全体の45% を習得。残りの55%は30分のワークショッ プで学びます。オランダ政府の定める学習 水準を生徒が確実に満たすようにするため に、教師は6週間ごとに三者面談を実施し、 各生徒の個別学習計画を継続的に改善して います。
“「個別化学習は、生徒が各自の興味・関心に集中できるようにすることによって 教育の概念を定義し直そうとする、 次世代の適応型学習戦略の中核をなす理念です」”
Sarah Luchs氏
K-12プログラム担当者 “Next Generation Learning Challenge(s 次世代学習課題)”イニシアチブ
「ほとんどの学校では、親は自分の子どもの プログラムについて年に2回しか教師と話し 合いません。それに対して当校のシステムで は、親が子どもの教育において中心的な役 割を担うようになっています」と、de Hond 氏。このアプローチは人気を博しつつありま す。04NTは2016年、アラブ首長国連邦のド バイ、南アフリカ共和国のヨハネスブルク近 郊、ブラジルのサンパウロにスティーブ・ジョ ブズスクールの開校を予定しています。「親 御さんの多くは、わが子の人生を変えてくれ てありがとうと感謝してくれます。当校では、 注意欠陥障害と誤診された子どもたちを『治 した』実績さえあります。これは、子どもたち が普通の学校よりも刺激的な環境に置かれ るからです」
個別化学習を採用して一年になるアムステ ルダムのスティーブ・ジョブズ・スクールDe Ontplooiing校では、生徒の算数と読解の 能力が向上しました。しかし、個別化学習の メリットは学力の枠をはるかに超えたところ まで及ぶ、とJaap Pasmans校長は述べてい ます。
「当校の子どもたちは、自分の興味・関心に 集中することによって満足感と意欲を高め ています」と、Pasmans氏。「この教育モデル はあらゆる人にお勧めです。なぜなら、個別 指導に割くことのできる時間が増えるため、生徒がどのようなことに熱意を持っている のかを探り、それに応じて中核的な科目を 学ぶために必要なツールを生徒のために 用意できるからです」
キャリアの始動
セカンダリースクール(日本の中学・高校 に相当)のネットワークであるスティーブ・ ジョブズ・スクール(Big Picture Education Australia)は、自律的な生徒ほど高等教育 と雇用への備えができていることに気付き ました。2006年に設立されたBPEAは、Elliot Washor氏とDennis Littky氏が1996年に米国 で創設した世界的な学校ネットワークである Big Picture Learning( ビッグ・ピクチャーの ための教育)に加入しています。BPEAでは、 生徒自身がアドバイザーと親の協力を得なが ら、オーストラリア政府の定めるカリキュラム と仕事の現場に各自の興味・関心を結び付け るような学習計画を立てます。そのために生 徒は、地元で個別のメンターから指導を受け るインターンシップに4年間、週2回参加し、自 主的な「学習プロジェクト」に関するプレゼン テーションを年4回行わなければなりません。
成功のサイン
いくつかの報告書によれば、現代的なテクノ ロジー・プラットフォームを基盤とするブレ ンド型の個別化教育システムには、定量的 にも定性的にもメリットがあるようです。
ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団(BMGF) とランド研究所(RAND)が2014年11月に 発表した報告書『 Early Progress: Interim Report Personalized Learning』(初期の進 展:個別化学習に関する中間報告書)”によ れば、個別化学習を実施するために2年間 BMGFから資金援助を受けた米国の23の公 立チャタースクール(従来の学校とは異なる タイプの特別認可学校)の生徒は、個別化学 習ツールを導入していない同様の学校の同 等の生徒よりも、コンピューターを使用した 読解と数学の試験でおおむね良い成績を上 げたと指摘しています。同様に、カリフォルニ ア州のクレイトン・クリステンセン研究所(教 育分野の破壊的イノベーションを促進する ことを目的とした非営利シンクタンク)によ る研究では、2012年に80%だった米ユタ州 ワシントン郡学区の卒業率を2014年に88% まで向上させるために、個別化学習が役 立ったことが判明しています。他方、米国に 本社を置く情報サービス会社のハノーバー・ リサーチは、ウィスコンシン州ウェストアリ ス・ウェストミルウォーキー学区の個別化学 習を採用した学校で「1年間で約2年分の成 長が見られた」ことを明らかにしています。
膨らむ期待
米テキサス州を拠点とする非営利団体 ディーンズ・フォー・インパクトの創設者であ るBenjamin Riley氏は、個別化学習のメリッ トに納得していません。Riley氏は、教科書を タブレットに置き換えるだけで「魔法のよう なこと」が起こるという誤った期待を抱いて いる学校が多いと警告しています。ディーン ズ・フォー・インパクトが重点を置いている のは、教師の養成方法を変革することです。 同団体のリーダーたちは、テクノロジーを取 り入れるよりも教師の養成の仕方を変えた ほうが、生徒の学習成果を向上させる効果 は高いと考えています。
「テニス選手には、自分のテクニックに見ら れる誤りを特定し、正してくれるコーチが必 要です。それと同じように、生徒は自分が苦 手としている教科に手を差し伸べてくれた り、飽きているときに奮起させてくれる教 師を必要としています」と、Riley氏は説明し ています。「ニューヨークの学校でもニュー ジーランドの学校でも、生徒がマルチメディ アを使った手の込んだプレゼンテーション を行っているのを目にしました。しかし、扱っ ていた話題について基本的な質問をしてみ ると、彼らは答えることができなかったので す。彼らは確かに有益なスキルを身に付け はしましたが、単にプレゼンテーションの仕 方を学んだにすぎません。教育の焦点は、 熟練した教師がしかるべき方法で知識を授 け、その知識をすぐに引き出せるようにする ことに絞るべきです。派手なテクノロジーを 利用して学習を『クール』なものにすること は、必ずしも最善の方法とは限りません」
“「小さな子どもたちの多くは、 幼い頃からスマートデバイスを巧みに使いこなすことができます。 その子どもたちがなぜ、未来のデジタルな世界で成功するための教育ではなく、 1980年代で生きるための教育を受けなければならないのでしょうか」”
Maurice de Hond氏
オランダのO4NT(Onderwijs voor een Nieuwe Tijd 、「次世代のための教育」)と スティーブ・ジョブズ・スクール・ネットワークの創設者
しかし、NGLCのLuchs氏はこう主張します。 個別化学習テクノロジーは、実施と監視の 仕方を誤らなければ、子供たちがもともと 持っている自然な好奇心と動機を利用して、 知識を習得・維持するための力を子どもた ち自身に与えるのだ、と
「概して、いつ、何を、どのように学ぶのかを 生徒自身に選ばせる教師のほうが、生徒の 意欲をはるかに効果的に引き出していま す」と、Luchs氏。「効果的な個別化教育シス テムとは、生徒一人ひとりのニーズ、興味・関 心、進度に応じて、各自のペースで利用でき るカスタマイズされた学習機会を提供する ものであるべきです」
国際教育技術協会(ISTE)の最高学習サービ ス責任者を務めるJim Flanagan氏は、生徒 にはどちらも必要だと考えています。つまり、 個別化学習システムは、熟練した教師との 対人的なやり取りの支えがあってこそ効果 を発揮できるというわけです。
「生徒の意欲を保とうとするならば、対人的 なやり取りとのバランスが取れた適応性の 高い方法でテクノロジーを利用しなければ なりません」と、Flanagan氏。「たとえば、あ る生徒は数学のスキル向上にカーンアカデ ミー(学習用のYouTube動画を無料で閲覧 できるウェブサイト)を利用するかもしれま せんが、難しい話題にぶつかったときは、教 師による1対1のサポートを必要とする可能 性があるのです」