ポストbrics

次なるエマージング・マーケットを求めて 専門家たちが世界を徹底調査

William J. Holstein
19 February 2014

10年続いたBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の目覚ましい経済成長に陰りが見え始め、多国籍企業は、次に投資機会が訪れる地域を予測しようと躍起になっています。さまざまな金融アナリストが、次なる成長圏の特定を試みてはいますが、リストアップした途端に政権が崩壊したり、新たな不安定要素が浮上したりしています。

第二次世界大戦後、産業先進国は貧しい発展途上国を「第三世界」と呼びました。1981年、進取の精神に富むオランダ人エコノミストのAntoine van Agtmael氏が、大きな発展が見込まれる途上国を指す名称として「エマージングマーケット(新興国市場)」という表現を造り出し、それが投資拡大のきっかけとなりました。2001年には、Goldman Sachs社が、ブラジル、ロシア、インド、中国を指すBRICsという表現を造り出しました。

BRICs諸国は目覚ましい成長を遂げ、経済成長率は世界的に裕福な国々を上回り、大規模な直接投資の流れを引き寄せました。結果的には楽観的すぎたものの、BRICsの経済力が、すぐにも北米、欧州、日本のすべてを合わせた経済力をしのぐだろうと予測する専門家もいたほどです。

最近では、BRICs4ヶ国すべてにおいて経済、財政、政治面での苦境が表面化し、再び新聞やニュースのヘッドラインを賑わせています。ブラジルでは硬直化した政治に対する底辺層の抗議運動が起きて経済発展が停滞し、ロシアは資源収入を拠り所とする独裁主義的な体制に回帰しています。インドは財政危機を食い止めるために必要な改革を実施することができず、2桁成長を誇っていた中国は7.5%という十分な成長率を維持しつつも、海外輸出に以前ほどの勢いが見られなくなっています。

安い労働力に予想外のリスクがあることが露呈したと考えています

MICHAEL MORAN 氏
Control Risks 社政治リスク担当バイスプレジデント

MISTとCIVETS

将来的に有望な経済圏として最も話題になっている2つのグループ、MIST(メキシコ、インドネシア、韓国、トルコ)とCIVETS(コロンビア、インドネシア、ベトナム、エジプト、トルコ、南アフリカ)は、どちらにも「エマージング(新興)」とは言いがたい国が含まれています。韓国は、Samsung Electronics社、LG Electronics社、Hyundai Motor社の成功を見ても明らかなように、既に産業技術先進国であり、ベトナムは、中央集権的な共産主義体制から脱却できそうにありません。エジプトは政治的にも社会的にも不安定な状態にあり、南アフリカは、政治の行き詰まりと労働問題の激化に直面しています。

どの国をポストBRICsとしてリストアップするか明確に意見が一致していないものの、BRICsを経済大国に仕立て上げた安価な労働力が、かつてほど魅力的でない点が、新たな選択基準として浮上しています。

ロンドンを拠点とするコンサルタント企業Control Risks社の政治リスク担当バイスプレジデントMichael Moran氏は、次のように述べています。「安い労働力に予想外のリスクがあることが露呈したと考えています。Apple社の中国進出からアパレル産業のバングラデシュ進出まで、紙面上は華やかに映りますが、現実には、法規制が整っておらず大きなマイナス面があります。汚職、お粗末な安全基準、人権侵害、健康被害、環境破壊など表面化しにくいリスクがあり、製造拠点から離れるほど、企業の評判を危険にさらすリスクが高まります。」

現在我々は、米国と欧州北部が 競争力を取り戻しつつあるという 事実を目の当たりにし、市場もそれを察知し始めています。

Antoine van Agtmael 氏
Garten Rothkopf 社 シニア アドバイザー

ハーバード大学南アジア研究所所長のTarun Khanna氏も、統治体制が整備されていない国への投資を避ける企業が増えていると考えます。2010年に出版された『Winning in Emerging Markets:A Roadmap For Strategy and Execution』の共著者でもある同氏は、次のように述べています。「労働力であれミルクであれ、我々が消費するものは、それに携わる一連の人々を経て手元に届きます。その一人一人が、製品に悪影響を及ぼすことができるのです。ごまかし、嘘、虚偽の情報開示、犯罪行為などに対処する仕組みがなければ、我々は無防備なのです。」

専門性の領域

欧米の多国籍企業は、専門知識を有し、世界に通用する有望なアイデアを生み出す国を見つけだし投資することに一層の努力をするとKhanna氏は論じます。これが2つ目のポストBRICs選択基準です。

インドでは、心臓外科手術を最小限のコストで実施するためのイノベーションが進められ、韓国では既にブロードバンド通信のためのインフラが整備されています。ブラジルはバイオ燃料の開発で世界最先端のレベルにあり、コ.

「金融サービスや携帯電話事業の 関係者なら、誰でもケニアで 起きているようなことを 経験したいと思うはずです。」

TARUN KHANNA氏
ハーバード大学南アジア研究所所長

ロンビアは3ヶ所の技術育成施設で、デジタル分野での起業を後押しする試みを進めています。ケニアは、モバイル決済システムの先進国ですが、意外なことにポストBRICs候補国には挙げられていません。ソマリアでのテロに対する課題や他の諸問題ゆえにケニアが候補としてあげられることはないのかもしれませんが、同国でのモバイル決済システムの成功は、経済的に困難な地域の国でも世界的に注目を集めるアイデアを生み出すことができるかを示しています。

ケニアでは、銀行サービスがほとんど利用できませんでした。携帯電話会社はそこにビジネスチャンスを見出したのです。「クレジットカードを持つには、海外資産をもち、エリートの一員になるか、銀行に友人を持つ必要がありました」とMoran氏は述べています。今では、ケニアのM-Pesaシステムのおかげで、携帯電話さえ持っていれば、だれでも支払いや送金が可能です。「Apple社が音楽業界で果たした役割を、携帯電話会社が銀行業の一部を担える可能性に気付き、銀行と顧客の間に介入して決済のパイプ役になりました」と同氏は語っています。

ケニアのM-Pesaシステムは、国民IDやパスポート番号を使用し、携帯電話上で入出金や送金などのサービスを人々に提供しています。(画像提供:©erichon via Shutterstock)

ケニアのM-Pesa(Mobile(携帯電話)のMとスワヒリ語で「お金」を意味するPesa)システムは、いまや世界で最も進んだモバイル決済システムだと評価されています。「金融サービスや携帯電話事業の関係者なら、誰でもケニアで起きているようなことを経験したいと思うはずです」とKhanna氏は述べています。

東アジアのダークホース的な2つの国についても、触れておきましょう。マレーシアは、比較的安定した政治、高い国民の語学力(マレー語、英語、中国語)、世界的に成功した企業の出現などのおかげで、好景気を呈しています。フィリピンには、英語能力と迅速に雇用できる熟練労働力があります。フィリピン人は、アメリカ人が使う慣用句や文化的な手がかりをより自由に使いこなせるため、インドにバックオフィスやコールセンターの機能を置いていた多くの企業がフィリピンに拠点を移しています。

南米の台頭

ブラジルを除いた南米諸国の多くは、繁栄競争から取り残されていました。しかし、長年のライバルだった2つの国が一群から抜け出そうとしています。コロンビアのファン・マヌエル・サントス大統領は、麻薬カルテルと反政府暴動の取り締まりで成果を上げ、記録的な海外投資を引き寄せました。国の育成施設からは多数の企業が誕生し、中国がコロンビアの原料開発を進めています。年間成長率は約5%という安定した水準で推移し、中産階級が生まれつつあります。

メキシコの新たな指導者となったエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領は、抜本的な改革を進め、石油公社PEMEXによる独占市場の開放、市場を半独占している電話会社が持つ影響力の抑制、教育体制の改革、麻薬関連暴力事件の取り締まり強化を図っています。米国メーカーからの巨額投資が続き、メキシコは目標を達成したとMoran氏は述べています。

次の投資先がどこかにかかわらず、欧米のメーカーは、これまで以上に多くの条件を考慮に入れて場所を決定しています。これが3つ目の選択基準です。1つのエマージング・マーケットや、米国市場に商品を供給したりするために複数の工場を設けるのではなく、よりコスト効率の高い、統合された地域のハブ拠点を設けようとするようになるだろうと、米国ニューヨーク州ウィートフィールドにあるViatran社のジェネラルマネージャーJohn Biagioni氏は予測しています。同社はDynisco社の傘下にあり、自動車、航空宇宙、石油、ガス等の各産業で使用される圧力レベル・トランスミッタや液体レベル・トランスミッタのようなニッチ製品を20ヵ国で販売しています。

Biagioni氏は、自社工場の総所有コスト(TCO)を考えるべきとメーカーの意見を強く主張し、注目を集めています。以前は、従業員の離職率や研修コストの高さ、賃金の引き上げを考慮することなく、部品単位の労賃に基づいて判断がなされていたため、輸送費や全体の調整にかかるコスト増加を招いていました。Biagioni氏はメーカーに対して、永遠にグローバルメーカーであり続けることを求め、そのための戦略を立てていないか、自問するよう促しています。ある地域に向け設計された製品は、その地域で製造やアフターサービスを行うべきだと考える賢明な人が増えるだろうと同氏は考えています。

欧米の逆襲

ポストBRICsの候補国には、米国、カナダ、オーストラリア、ドイツ、イギリスなどの驚くような先進国が含まれる可能性もあります。ワシントンD.C.(米国)を拠点とし、多国籍企業を主な顧客とするコンサルティング企業、Garten Rothkopf社のシニアアドバイザーであるAgtmael氏は次のように述べています。「これまで中国やその他のBRICs諸国の競争力が過大評価され、米国の競争力が過小評価されてきましたが、現在我々は、米国と欧州北部が競争力を取り戻しつつあるという事実を目の当たりにし、市場もそれを察知し始めています。」

コンサルティング会社A.T.Kearneyが発表した最新の海外直接投資信用指標(2013年)は、Agtmael氏の見解を裏付けています。この指標によれば、世界大手企業の幹部が選ぶ将来の投資先ランキングで、米国は2012年の第4位から、2013年は中国を抑えて、2001年以来始めて第1位の投資先となりました。前年20位のカナダとランク外だったメキシコの両方がトップテンに入り、フランス、日本、スペイン、スイス、ポーランドが躍進して順位を大きく上げ、2010年と2012年にはランク外だったアルゼンチンとチリがそれぞれ22位と23位になりました。インドネシア(2012年9位、2013年24位)とマレーシア(2012年10位、2013年25位)は、順位を大幅に落としたものの、依然として25位以内にとどまっています。

背景として、中国で他の地域への輸送費だけでなく、製造コストと人件費が高騰したこと、またバングラデシュのアパレル産業で注目を浴びた火災事故により、米国のWal-Mart社からスウェーデンのH&M社まで世界各地の小売企業が痛手を受けたことなどが要因として挙げられます。技術的な観点から言えば、イノベーションと製造を結ぶ「フィードバックループ」を短くすることが、より短い期間でのイノベーションの実現に役立つと認識する欧米企業が増えています。

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