読解とアルゴリズム

勢いを増すコンピュータサイエンスの必修化

Cathy Salibian
19 February 2014

デジタル化の進む世界においてコンピュータサイエンスはグローバルな競争力の獲得や、賃金の高い職業に就くための鍵となっています。しかし専門家の間では、同分野のキャリア形成の準備に必要な初等および中・高等教育体系が十分に確立されているケースは世界的に見ても極めて少数である、という点で一致しています。この現状を変えようと今、教育者や立法者、そして活動団体による取り組みが広がっています。

米国ノースダコタ大学コンピュータサイエンス学部のEmanuel S.Grant准教授は、同大学の様々な教育プログラムに関心を持つ高校生を対象とするオープンキャンパスに学期ごとに参加しています。

コンピュータサイエンス学部の案内デスクに座るGrant准教授は、同学部の案内デスクを完全に避けて通り過ぎていく一部の学生たちの姿を眺めています。コンピュータサイエンスは、いわゆる「オタク」の烙印を払拭できずにいるのです。時に、男女の学生が連れ立って来場しますが、そのような場合でも案内デスクを訪れることがあるのは男子学生であり、女子学生はあからさまに違う方向へとそれてしまうのです。

「コンピュータサイエンスは、必須のスキルです。21世紀における基本的知識であり、また職業としても発展している分野です。」

CAMERON WILSON 氏
COMPUTING IN THE CORE ファウンダー

問題はコンピュータサイエンスのクラスに登録した学生たちが離脱し始める2学期にまで続きます。Grant准教授はこの分野に対する関心を確信している学生でさえ、オフィスやゲームのアプリケーションにしか触れたことがないことが多いと述べ、次のように説明します。「学生たちは、コンピュータサイエンスには高度な数学的アルゴリズムやデータ構造、そしてアプリケーションを使うだけでなく、計算論的な思考によってアプリケーションを作成する等の要素が含まれることを理解していません。多くの学生は、自らが未知の領域にいることに気付くと、そこでギブアップしてしまうのです。」

「学生が、思い描いていたコンピュータサイエンスが現実とは異なることに気付き、クラスの受講生が減少するのは残念です。ここノースダコタ州では幼稚園から大学入学前の12年生の教育で、本科目に真に関わる内容を指導する学校が少なすぎるのです。学生は準備が不十分なまま大学にやってくるのです。」

認識のギャップ

法律制定やカリキュラム開発、また教育基準の抜本的な見直しによってこの現状を変えようと教育者や立法者、産業界のリーダー、そして問題意識を持つ市民による取り組みが拡大しており、Grant准教授もそのような活動に従事しています。

デジタル技術全盛期においてコンピュータサイエンスを学ぶことは、学生の問題解決能力を鍛えると共に賃金の高い職に就く機会を与え、教育および経済の両面でメリットをもたらすと専門家は指摘します。米労働統計局によると、2011年の米国における年収の中央値は45,230米ドルだったのに対し、コンピュータおよび理数系の職業の平均年収は78,730米ドルでした。失業者数削減に向け奮闘する米国では、年間15万件のコンピュータ関連職が新たに生み出されています。

しかし、米ワシントンDCを拠点とする活動団体Computing in the Core(CinC)によると、米国でコンピュータサイエンスのコースを設置する学校数は、2005年から2011年にかけ78%から69%へと減少しています。中・高等学校でコンピュータサイエンスのコースを数学または科学のコア科目の単位に組み入れているのは14の州及びコロンビア特別区だけです。

CinCのファウンダーであるCameron Wilson氏は次のように述べています。「コンピュータサイエンスは、必須のスキルです。21世紀における基本的知識であり、また職業としても発展している分野です。それにもかかわらず多くの学区は今もなお、コンピュータ・サイエンスを専門コースからはずし、選択科目として扱っているのです。」

グローバルな展望

コンピュータサイエンスの義務教育は、国によって事情が大きく異なります。約14億人という世界で最も多い人口を抱える中国は、コンピュータサイエンスをカリキュラムの一部に組み入れているものの、科目をどこまで本格的に教えるかについては都市部と農村部の学校で大きな格差が依然として存在しています。さらに上下関係や暗記学習および、名人の模倣を重視する中国でのコンピュータサイエンス教育は、未来の競争力に不可欠な創造力そのものを抑圧している、と考える教育者もいます。

中国で2年半にわたり教壇にたったのち、米国コーネル大学NYC TechキャンパスのJames A.Landay教授は次のように述べています。「中国は、自国が何でも製造できる、ということを世界に示してきました。それこそが中国経済のこの20年の原動力だったのです。しかし、巨大な人口を有する中国で国民のライフスタイルの総中流化を進めるには、単に製品を造るだけでは難しいでしょう。革新的なコンセプトやデザインの創造、そして製品の売り込みを、製品づくりと共に展開する必要があります。こういった取り組みこそが富の源泉となるのですが、中国はこれらの分野で遅れをとっています。」

Landay教授は中国で、Microsoft Research Asiaの客員研究員を務め、北京の精華大学でコンピュータサイエンスを教えました。Landay教授によるとコンピュータ・サイエンスおよびテクノロジーは、中国の大学の専攻のなかでも最も学生に人気があるものの、カリキュラムはオペレーティングシステムやネットワーク、データベースといった従来の内容のままだといいます。コンピュータ支援型のコラボレーションやユーザーインターフェースなど、革新的なソフトウェア製品をデザインするうえで必要とされる重要なスキルを習得するための最先端コースが不足しているのです。Landay教授、これはインドでも同様であり、「中国とインドは、まるで25年前の米国のようだ」と述べています。

しかしインドでは、この問題への積極的な取り組みが進められています。2011年にComputing at School(CaS)がMicrosoft社や世界的な研究者と共同作成した報告書「Computing at School:International Comparisons」によると、インドでは8年生までのコンピュータサイエンスの教育内容の決定を各校に任せています。9年生(14歳)になると学生はコンピュータ・アプリケーション(演算ツールの使用)とコンピュータサイエンス(プログラミングおよびアルゴリズム)の授業を受けることができます。2013年6月、ムンバイのインド工科大学コンピュータサイエンスおよびエンジニアリング学部は、インドの学校で今後教える近代化及び標準化された新しいコンピュータサイエンスのカリキュラムを発表しました。

CaSの報告書は、世界のその他の地域におけるコンピュータサイエンス教育をめぐる主な取り組みを紹介しています。たとえばドイツでは、コンピュータサイエンスは必修課目ではなく、他の科学系の課目からの振替はできませんが、取得した単位は卒業要件に全面的にカウントされます。スコットランドのCurriculum for Excellenceは、事実を伝える教育から技能を育成する教育への転換を目指し、カリキュラムにコンピュータサイエンスを取り入れています。ニュージーランドでは、デジタルテクノロジーのカリキュラム改革を実施し、「プログラミングおよびコンピュータサイエンス」と明確な課目名を付けたコースを導入しています。

そして英国では2012年、マイケル・ゴブ教育大臣がコンピュータサイエンス及びプログラミングを「退屈でつまらない」情報通信技術のカリキュラムから柔軟な教科への転換を図る政策に着手しました。BBC Newsはゴブ教育大臣が次のように語ったと伝えています。「子どもたちが退屈そうな教師からWordやExcelの使い方を退屈そうに学ぶかわりに、我々は11歳の子どもたちにシンプルな2Dコンピュータアニメーションを作成させた方がよいと思いませんか。」

69%

米国でコンピュータサイエンスの コースを設置する学校数は、2005年から2011年にかけ 78% から69% へと減少しています。.

コンピュータサイエンスを 「重点課目」に定める

イスラエルは、コンピュータサイエンス教育の世界的な先進国として広く知られています。さらにイスラエルは世界で最も一人当たりのベンチャー投資資金が高額な国であり、またテクノロジー関連の新興企業の密度が最も高い国であることは、驚きに値しないでしょう。イスラエル教育省は、1998年に中・高等学校でコンピュータサイエンスのカリキュラムを導入して生徒が基礎クラス又は応用クラスを選択できるようにしました。教科を指導する教師は特別な教育を受け、認定資格を取得しています。

各国のコンピュータサイエンス教育の推進者はイスラエルのコンピュータサイエンス教育を世界的なモデルと認識しています。しかしイスラエルの成功事例を他国がまねることは困難であると予想されます。イスラエルの人口は800万人を下回り、教育制度は中央集権化しています。一方、米国の人口は3億1,600万人であり、教育制度は連邦、州、地域の各当局が複雑に混在して統治されています。

「米国の教育制度を変える特効薬はない」とCinCのWilson氏が述べるように、米国以外の世界の各地域においても程度の差こそあれ、状況は同じです。Wilson氏があらゆるレベルの当局に最も伝えたい助言とは、「幼稚園から大学進学前の12年生までのコンピュータサイエンスを教育イニシアチブの重点項目に定めて組み入れること」だと述べています。

戦略的アプローチ

学生がコンピュータサイエンスを避け、同課目を選択しても落第してしまう現状に長年直面してきたノースダコタ大学のGrant准教授は今、世界中の教師と連携してコンピュータサイエンス教育に対するグローバルで協調的なアプローチを模索しています。Grant准教授は2013年にタイで開かれたInternational Conference on Computer Science Educationでソフトウェア工学のための世界的なコラボレーションの枠組みを開発するワークショップを実施しました。

Grant准教授は、ビジネスはグローバルであるにも関わらず、カリキュラム基準はそうではないため、企業は大卒採用においてどのようなスキルを期待すべきかの判断が困難であるとし、次のように述べています。「大学で教える内容を検討する際には、小学校から中・高等学校にかけて学生が何を学んできたのかを考慮する必要があります。また学生は、コンピュータサイエンスがコンピュータおたくだけのものではないことを理解しなければなりません。コンピュータサイエンスを学ぶことは素晴らしいことです。」

グローバルなコンピュータサイエンス教育の議論でたびたび注目されるのが国家競争力です。そこではあたかも、ある国の勝利が、他の国の敗北であるかのごとく語られます。しかしLanday教授とGrant准教授は異なる考え方を示しています。Landay教授は次のように述べています。「すべての人が、モノづくりにおいて最善を尽くすことが万人のためになります。長期的に人は自分が最も得意な分野で専門性を磨きます。特定分野における成功が、他のあらゆる分野へと波及するのです。」◆

http://www.youtube.com/watch?v=nKIu9yen5nc&feature=share&list=PLzdnOPI1iJNe1WmdkMG-Ca8cLQpdEAL7Q

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