リアルとバーチャルのループ

明確なビジョンを持つ企業は運用データやバーチャル・モデルを「デジタルツイン」で活用する

William J. Holstein
23 November 2017

世界中のメーカーが、自社のデバイスにセンサーや通信機能を組み入れてリアルタイム・データを収集しています。最先端を行くメーカーは、こうして収集されたデータをアナリストたちの言う「デジタルツイン」に送り込み、実際に使われているデバイスとその作成に使われる3Dシミュレーションの間でリアルタイムのフィードバックループを実現しています。Compassでは、こうして手にした情報を活用して4つのメーカーがどのようにカスタマー・エクスペリエンスの質を高めているのかを見ていきます。

フィンランドに本社を置くバルチラ社が設計・製造している4ストローク・ディーゼルエンジンは世界70ヵ国で、外洋を航行する貨物船や巡航客船に動力を提供しています。耐用年数が通常25年から30年に及ぶこの製品は、世界最大級に分類されるエンジンです。バルチラ社のエンジンは2015年の『ギネス世界記録』でも世界一効率性の高いエンジンに認定されました。

バルチラ社はどのようにしてこれを実現したのでしょうか。巨大なエンジンで物理的なプロトタイプを個別に作成し、エラーを特定・排除する作業にはとてつもなく費用がかかることを、バルチラ社は1970年代から認識していました。そのため同社は、早くから高度な3D モデリングやシミュレーションを導入し、生産段階では「最初から完璧な製品を作れる」ようにエンジンを設計する草分けとなりました。

同社のデジタル設計プラットフォーム責任者、Juho Könnö氏は次のように語ります。「この仕事にはシミュレーションが非常に適しています。多くのことが実機にますます近づくため、シミュレーションを行えば製品をより良く理解し、実際に何に着目すべきかがわかります」

今日では、バルチラ社は新しいエンジン一台一台に備え付けられた数百に及ぶセンサーから実際のパフォーマンス・データを自社のモデルやシミュレーションに送り込み、実際に稼働している動作状況を複製する「デジタルツイン」シミュレーションを実現しています。

そうしたデータを使用して科学的に正確な3Dシミュレーションを後押しすることで、バルチラ社の専門家たちはそれぞれのエンジンがどのように使われているのかを視覚化し、「what if」シナリオを実行して性能向上のヒントを探せます。そうした分析に基づいて、バルチラ社は設定や運転パラメータの変更を推奨できるため、海運事業者はエンジンをより適切に運転できます。

またバルチラ社は、設計の改善点を特定し、それを将来のエンジン設計に反映させることができます。

GEパワー・ジェネレーションは、この「9Emax」のように、発電用ガスタービンを十分な精度で表現できる3Dデジタルモデルを作成しようとしています。こうした3Dモデルは、完全なデジタルツインを作成してさまざまな用途や運用条件に合わせて設計を最適化するための第一歩となります。(Image © GE Power Division)

Könnö氏は次のように語ります。「実際に動いているエンジンからデータを取り込むことは、シミュレーション手法の開発に極めて重要です。それをできる限り利用して、エンジンを調整しようとしています。また、逆の使い方もしています。シミュレーション・モデルを使用して、エンジンの何を、そしてどこを測定すべきかを判断しています。まさに持ちつ持たれつの関係なのです」

勢いを増すデジタルツイン

世界中で他にも革新的な企業が、それぞれの業界で同じような最高の成果を得ようと懸命に努力しています。こうした企業は、急速な伸びを示しているコンピュータの処理能力や、センサーを取り付けた機械類、さらにはモノのインターネット(IoT)によるリアルタイムのデータ収集・分析機能を統合し、インテリジェントな3Dシミュレーションを新たなレベルへと押し上げ、設計・施工プロセスや製造環境、顧客エンゲージメントの成果を劇的に改善しています。

そのため、ITコンサルティング会社のガートナー社は「デジタルツイン」を2017年の「戦略的テクノロジ・トレンド トップ10」に選出しました。

ほとんどの企業はバルチラ社のような高度なレベルには達していませんが、他業界をリードする企業もまた、継続的なフィードバックと実験のバーチャル-リアル・ループを作り出すメリットを追い求めています。

「多くのことが実機にますます近づくため、シミュレーションを行えば製品をより良く理解し、実際に何に着目すべきかがわかります」

JUHO KÖNNÖ氏
バルチラ社デジタル設計プラットフォーム責任者

たとえば自動車レースの分野では、フランスのエバースピード・グループの設計・製造部門、オンローク・オートモーティブ社が現在3年間のプロジェクトの2年目を迎えており、自動車を作る方法、整備士やドライバーのトレーニング方法、世界最古のスポーツカー耐久レースであるル・マンにおけるレース管理方法を徹底的に見直しています。毎年開催されるこのレースでは、参加車は24時間連続して走り続け、閉鎖された一般道とレース・サーキットを組み合わせたコースの12のコーナーやシケインを完璧に走る必要があります。

バルチラ社は、完成したエンジンを実際に動かしてみてデータを収集し、そのデータを利用してシミュレーション手法を詳細に手直しします。こうして手直ししたシミュレーション手法を用いて、今度は完成したエンジンを調整したり、今後のエンジン設計でのセンサー配置場所を検討したりします。(Images © Wärtsilä)

わずかな強みが勝敗の分かれ目となる可能性があり、オンローク・オートモーティブ社はデジタルツインを使いこなせればチームは強くなると考えています。

オンローク・オートモーティブ社のル・マン現場監督、Sébastien Metz氏は次のように語ります。「この新しいシステムは、レース車両の設計・製造に使用できます。ピットストップの整備士のトレーニングにもこのシステムを使えます。パーツはどこに組み込まれていて、他のパーツとどのように組み上げられているのか、手を入れるスペースはどれか、手の届くところにあるのかどうかなどを知ることができます。整備士やドライバーのトレーニングもできます。できることが驚くほどあるのです」

オンローク・オートモーティブ社は特に、デジタルツインを使用して実際のレースを管理することに大きな期待を寄せています。同社は現在、個々のレース車両に10~15のデータポイントを設定しており、IoTを介して3Dシミュレーションにデータを取り込んでリアルタイムで監視できます。しかしMetz氏は、500点のデータポイントからデータをデジタルモデルに取り込める日が来ることを楽しみにしています。チームは正確な情報を使用してレースをより適切に管理し、コストを削減し、優勝の可能性を高められます。

Metz氏は次のように語ります。「いつかは、ピットストップのタイミングもシミュレーションで予測できるようになるでしょう。クルーがコースの状況に応じて適切なタイヤを選べるようにサポートすることも可能です。雨天でも晴れていても、さまざまな天候条件をシミュレーションできます。コース上のレース車両の実際の状態もシミュレーションできます」

オンローク・オートモーティブ社もバルチラ社と同じように、実際のレース車両とバーチャルなレース車両の間で双方向の情報の流れを実現しようとしています。Metz氏があてにしている情報があれば、燃料を5%から8%節約できます。Metz氏は、ピットストップの回数を1回減らすだけでも優勝に大きく近づくと語ります。オンローク・オートモーティブ社はまた、コース上で得たノウハウは一般消費者向け車両の高級な装備に応用できると期待しています。

原油精製設備のツインの構築・運用

規模という点では、デジタルツインの考え方を世界最大規模で展開している事例の1つが、インドネシアのスラウェシ島に設けられているパル経済特区(SEZ)です。エネルギー会社の国際企業連合(コンソーシアム)が98億ユーロ(115億ドル)規模の総合的な原油精製設備、戦略的石油備蓄から輸送・精製・製品販売までをカバーする石油化学コンビナートの建設を計画しています。

このパルGMAリファイナリー・コンソーシアム(PGRC)は2017年9月下旬に、未開発地域に新たに精油所を建設する4年間のプロジェクトを発表しました。これは近隣の都市国家、シンガポールが自国をまるごと対象にして作成している実データ・シミュレーションにある程度ヒントを得たものです。このシミュレーションは「バーチャル・シンガポール」と呼ばれ、都市計画担当者は交通量やごみ処理、大気の状態から新しい建物の配置に至るまでを視覚化して把握し、最適化できます。PGRCのデジタルモデルは、コンビナートの物理設計の最適化を後押しするでしょう。そして施工の優先順位付けを管理し、協力会社を連携させ、ミスをなくし、廃棄物や作業のやり直しを減らして施工を効率化するでしょう。PGRCの最高経営責任者(CEO)であり、投資や財務の責任者でもあるMohammad Rusydi氏によると、完全なバーチャル・レプリカを使用して建設される初めての総合精油所になるということです。Rusydi氏は「PGRCのデジタルツインは3Dモデルの先を行くもので、さらに2つの次元、すなわちスケジューリング/プロジェクト管理と予算管理にリンクされています」と説明します。

「私どもではこれを5Dと呼んでいます。プロジェクトは予定どおりに竣工し、予算超過に直面することもないでしょう」。運用が開始されれば「デジタルの精油所を並行稼働することができます」とRusydi氏は語ります。「デジタルツインであらゆることをテストし、シミュレーションできます。問題には、発生する前に対処できます」

「デジタルの精油所を並行稼働することができます。デジタルツインであらゆることをテストし、シミュレーションを実行できます。問題には、発生する前に対処できます」

MOHAMMAD RUSYDI氏
パルGMAリファイナリー・コンソーシアム(PGRC)最高経営責任者(CEO)

たとえば、このデジタルモデルは老朽化した設備に注意するように管理者に警告するため、そうした設備は故障する前に交換できます。また、火災などの緊急事態発生時の対応方法をオペレーターにトレーニングする際にも使えます。「シミュレーターでトレーニングする航空機のパイロットと同じです。コックピットで火災が発生した時の対処方法を彼らは知っています」(Rusydi氏)

Rusydi氏によると、PGRCは、デジタルツインから得られる情報を利用すると設計図ベースの施工よりも25%少ない費用でコンビナートを建設でき、運用効率は業界標準よりも15%から20%改善できると考えています。

バーチャル・シンガポールは、市民や観光客にさまざまなサービスを提供します。現在開発中のサービスは、個人向けの通勤オプションを特定するサービスです。たとえば、MarisoleさんはいつもJurong East駅から午前7時45分発のラッシュアワーの電車(MRT:大量高速輸送システム)に乗り、Raffles Place駅の近くにある職場に通勤しています。彼女は将来、バーチャル・シンガポールをチェックし、混雑を避けて通勤できるようになります。たとえば混雑前の午前7時の電車や、同じ時刻に発車するバスなどの選択肢を通勤機能が提示します。どちらを選んでも、混雑前料金が適用され無料になります。電車の駅のほうが歩く距離が短く、暴風雨が近づいていることをシステムが教えてくれていましたので、Marisoleさんは電車を利用することにしました。(Left image © monkeybusinessimages / iStock; right image © Virtual Singapore)

既存プロセスへの後付け

PGRCの精油所のような新規プロジェクトが最初からデジタルツインとして誕生する一方で、デジタル時代以前に導入されたプロジェクト開発・製造プロセスでは、長いあいだ使われてきたプロセスにデジタルの考え方を後付けするという難しい課題を抱えています。ゼネラル・エレクトリック社(GE)のタービン部門が、まさにそのような課題に取り組んでいます。サウスカロライナ州グリーンビルのGEパワー・ジェネレーションでバーチャル製品開発責任者を務めるJeff Erno氏によると、産業・発電用途に使われる同部門の製品には60,000点に及ぶパーツが組み込まれています。

タービンは世界中でさまざまな気候や標高の場所に設置されるため、それぞれ特有の設定を行い、微調整して最も優れた効率性を達成することが目下の課題となっています。

Erno氏は次のように語ります。「雨の多い山の頂上で稼働する機械には、乾燥谷とは全く異なるコンポーネントが使われます。発電設備とはそういうものなのです」

タービン部門で行うさまざまな業務、特に設計やパーツ・エンジニアリング、システム・エンジニアリング、製造などの業務では、包括的な展望を十分に見通せる状態ではなく、昔からどちらかというとそれぞれのチームの限られた課題に着目してきました。むしろ、それぞれの業務は専門化されてばらばらに分断されたコンピュータのサイロで行われ、決められた順番での作業を強いられてしまい、相互に関連する問題でリアルタイムに連携することができなくなります。

Erno氏は次のように語ります。「自分たちの製品がどのように見えるのかを誰もバーチャル3Dでは見ません。レガシーなツールは、昔からそうしたデータは適切に扱えません。CADシステムやシミュレーション・システムは、製品がどのように見えるのかを適切に見る方法は提供していません」。Erno氏によると、GEパワー・ジェネレーションが最初に着手したのは「デジタル・スレッド」の開発です。これは、一元化された一貫性のあるリアルタイム・データのことで、個々の業務や部門からアクセスでき、バリューチェーンのどこで変更が発生しても自動的に更新されます。そのようなデジタル・スレッドをコア・タービンのデジタルツインに確実に変換すれば、異なる用途や運用条件に合わせて個々の業務担当者が設計を最適化できるとErno氏は説明します。

「私どもがこのテクノロジーを使おうとしているのはそのためです。つまり、こうしたさまざまな状況に対応するためです。わざわざ全く異なるやり方で手間ひまかけて管理したくはないですよね」(Erno氏)。同氏によると、1つのマスターモデルがあれば、設置場所に合わせたタービン開発が加速され、コストを大幅に削減できるということです。

さまざまな国々のさまざまな業界の企業が、程度の差はあれ自社の業務でデジタルツインのメリットを実現する道半ばにいる中で、バルチラ社やオンローク・オートモーティブ社、PGRC、GEパワー・ジェネレーションはデジタルツインを、間違いなく自社の将来を大きく変えるテクノロジーと捉えています。つまり、あまり明確なビジョンを持たず、それほど熱心に取り組もうとしない競合他社に対して計り知れない優位性を実現できるテクノロジーなのです。

3DEXPERIENCEツイン

バルチラ社やオンローク・オートモーティブ社、PGRC、GEパワー・ジェネレーションはいずれも、3DEXPERIENCEプラットフォーム上でさまざまな機能を備えた3DEXPERIENCEツインを構築・運用しています。

「デジタルツイン」と同じように、3DEXPERIENCEツインも現実の世界で使われている、または現実の世界に誕生することになるオブジェクトやシステム、設備、環境を表現します。ただし、デジタルツインとは異なり、3DEXPERIENCEツインは使われている間はどの段階でも、オブジェクトを動的な3Dモデルとして複製します。設計や製造に影響を及ぼす規制要件や材料からカスタマー・エクスペリエンスに至るまで、3DEXPERIENCEツインではあらゆる段階をシミュレーション、操作、実験することができます。

3DEXPERIENCEツインには他のどのツインも備えていないメリット、すなわち統合プラットフォーム上で単一のデータモデルから生成されるという強みがあるため、他社の追随を許さない精度と忠実度が確保されます。こうしたパワフルな、シミュレーションされた環境を使用して稼働中のデバイスからのリアルタイム・データを分析すると、そこから得られるのはデジタルワールドで実験を行える並外れた能力であり、それがひいては現実の世界における非の打ち所のないエクスペリエンスの創出につながります。数百あるいは数千、数百万にも及ぶ3DEXPERIENCEツインが、バーチャル・シンガポールのように完全に正確かつ動的な環境で双方向の情報交換ができるのです。

For more information on Virtual Singapore
3ds.one/Virtual_Singapore
3ds.one/VirtualSingaporeCompasss

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