インダストリー・ルネサンスと社会

哲学者とイノベーターが語る今後の展開


7 July 2020

社会が大きく変わりゆく中で、「インダストリー・ルネサンス」といえる時期が到来しています。学びの形が変わり、生産や商取引の枠組みが取り払われ、社会のあらゆる分野がこれまでとは全く違う局面を迎えつつあります。私たちの社会にとってインダストリー・ルネサンスとは何を意味するのか。そして、この社会はどこに向かうのか。COMPASSマガジン編集部では、2人の専門家の見解を仰ぎました。

哲学者の視点:産業と社会を融合させるインダストリー・ルネサンス

ピエール・ミュッソ 哲学者

この数世紀の間に、人々はどういうわけか、「industry(産業)」という言葉の真の意味を見失ってしまっています。現在は「manufacturing(製造)」と同義に捉えられていますが、本来「industry(産業)」とは世界観を意味しています。

「industry」の語源は、ラテン語の「in」と「struere」の組み合わせです。「in」は「inner breath(内呼吸)」というように物事の内側・深奥を表し、「struere」は「build(築く)」という意味の動詞です。つまり「industry」(in + struere)とは私たちの深奥を司る頭脳と構築に携わる手との連携を表します。産業とは世界を築き上げる術(すべ)であり、広く社会全体に変化をもたらすものなのです。

このため、あらゆる技術革新や産業革命は、哲学、芸術、政治、宗教などの社会変革に先駆けて、時にはそれらの変革と同時に起こるのです。今日の私たちは大がかりな変異・分岐・変革の局面を生きています。

この変革は、芸術や科学技術と産業とを連携させることで数々の課題に応うる将来像を探ろうとする人々によって進められます。だからこそインダストリー・ルネサンスというアイデアが重要なのです。インダストリー・ルネサンスの中で、産業は社会の下位区分ではなく社会と一体化して、数々の課題に応えていく責務を担うのです。

理想の未来を創り上げる

ソフトウェアは将来像をバーチャルの形を借りて作り上げていく原動力となります。あるべき未来をバーチャルの形で目にすることで、私たちはその適否を論じることができます何が実現できて、何が未解決なのか、わからないときに人はジレンマを感じるのです。次にやってくることは、私たちにとって良いことなのかそうではないのか?機械は人間の職を半分奪ってしまうのか、あるいは機械によって人間の仕事が楽になるのか?

私は両方の可能性があると考えます。確かに人員の整理はあるでしょう。しかし、新たに今よりも面白い、創造的な仕事が生まれるでしょう。ですから学校教育や職業教育の刷新、雇用転換のための再教育に多額の投資を行わなければなりません。

バーチャルの世界で選択肢を熟考する

インダストリー・ルネサンスの中でこうした教育の必要性が強く意識され、企業内学校の開校や、学校教育の中に企業との接点を設けるといった取り組みは急速に普及しています。プラットフォームがこうした教育の推進力になるだけでなく、プラットフォームによって人々が共にあるべき世界像を作れるようになるということが重要です。

何が可能なのかを試す試験場として、バーチャルの世界の意義はさらに高まり、過去200年間続けてきたことを取り止めたり、あるいはやり直したりといった試行錯誤を簡単に行えるだけでなく、そこでは選択肢に満ちた世界を共に創り上げていくこともできるのです。バーチャルの世界で数多くの選択肢を検討することは、現実の世界をより良くするでしょう。

プロフィール:ピエール・ミュッソ氏は、フランス国立高等電気通信大学と仏レンヌ第二大学で情報科学ならびに通信工学の教授を務める一方で、仏ナント高等学術研究所(IEA)の科学顧問と準研究員を兼任しています。特にネットワークを巡る哲学に造詣が深く、エンジニアはネットワークを規定する技術の詳細に忙殺され、ネットワークのあるべき論にまで手が回らないため、その空隙を埋める役目は哲学者が担うべきである、と主張しています。仏『Humanité』誌に掲載された記事中で、氏は「このようにして、技術的ネットワークは、社会の変革、さらには現代の革命を考え、実現するための最終手段であり、目的となる」としています。また2017年にパリのFrayard社から出版された同氏の著書『La Religion industrielle』(『産業宗教』、邦訳なし)では、「ネットワークという輝かしいイデオロギーは、社会変革をふまえた経済的なユートピアの実現や、技術に関する政策決定の背後にある心理そのものを変革するための手段となる」と、産業と社会をめぐる固定観念に一石を投じています。

ファブラボ・イノベーターの見解:デジタル変革、ルネサンス、消費者の力

ニール・ガーシェンフェルド氏 MIT研究員

どれを数えるかは人それぞれですが、私たちが新しい革命の時代に生きていることには違いありません。産業革命、AI革命、ゲノミクス革命、暗号革命、IoT革命、量子革命、アディティブ・マニュファクチャリング革命、あるいは、これらすべてかもしれません。いずれにしてもこれらの技術革命が急激に広がっているその背景には、シンプルでありながら多層的な意味を内包する一大ムーブメント、つまり第3次デジタル革命がファブリケーション(加工、組み立て、製造)を抜本的に変えていることがあります。

第1次デジタル革命は通信でした。当時、アナログ電話は長距離になると通話品質が劣化していましたが、1948年にクロード・シャノンが通信路符号化定理を発表し、信頼性の低い機器でも通話品質を確保できることを示し、のちの「しきい値定理」となる考え方を取り入れて雑音干渉のレベルを定め、、結果的にネットワークが地球規模に拡大するきっかけとなりました。

第2次デジタル革命はコンピュータでした。アナログコンピュータからの応答は時価の経過と共に劣化していましたが、ジョン・フォン・ノイマンがシャノンの研究をコンピュータに応用し、1952年に信頼性の低い機器でも質の高いオペレーションができることを証明しました。これも、しきい値定理によるもので、スーパーコンピュータの開発のきっかけとなりました。今では当時のスーパーコンピュータの能力はポケットサイズにまで小型化されています。

第3次デジタル革命は、主にファブリケーションの領域ですが、マサチューセッツ工科大学がコンピュータ制御の工作機械を発明したのと同じ時期に始まっていたのかもしれません。今日の最新式3Dプリンターは、切削ではなく積層によって材料を加工するという点で、従来のNC(数値制御)マシンとは異なります。しかし、3DプリンターとNCマシンに共通しているのは、材料ではなく制御するコンピュータ側にデジタル情報が存在することです。加工プロセスそのものは、基本的にはアナログなのです。アナログの加工をデジタルで制御するという関係性から、エラーの連続、外部からの品質管理の必要性、作業量の限界、異なる材料を同時に取り扱うことの難しさ、切りくずのリサイクルなど、さまざまな問題が生じます。

人体のデジタル・ファブリケーション

約40億年前の地球上の出来事が、現代のデジタル・ファブリケーションに関係すると考える人はまずいないでしょう。その頃はまだ、原始細胞は今日へと続く進化の途上でした。遺伝情報はあなたの情報ではなく、あなたそのものです。DNAから、RNA、アミノ酸、タンパク質、分子機構まで遺伝子の情報を解読することで、シャノンやフォン・ノイマンが私たちに教えてくれたすべてのことを予測できます。分子生物学の忠実性や複雑性は、エラーを特定して復原する能力、局所的な制約から導かれた全体の形状、構成要素を分解して再利用する能力に起因します。

私の研究室で進めているデジタル・ファブリケーション研究のロードマップでは、上記のような知見を有機物から無機物までに広く適用し、設計だけでなく材料も含めてデジタルで扱うことを目指しています。この研究は、コンピュータ制御機械から、機械による機械生産、ディスクリート生産、セルフアセンブリへと、段階的に進歩していっています。研究の完了までには、前述のデジタル革命のように数十年かかると思いますが、成果を確かめるのは、そんなに時間はかからないでしょう。

現在のデジタル・ファブリケーションは、歴史を振り返るとミニコン(1960年代に研究室などで使われていた小型コンピュータ。メインフレームと比較してこのように呼ばれる)の時代と同じ状況にあります。かつてミニコンはかさばって場所を取る上に重さもあり、10万ドルもかかりましたが、現在のファブラボがちょうどその段階です。今日のファブラボが提供する各機能は、次第に1つのプロセスに統合されていきますが、そうなれば、現時点でグローバル・サプライ・チェーンを通じて供給されているような製品を製造するために、ファブラボを利用できるようになります。

ファブラボで社会を変える

ファブラボの数はここ10年で2倍になり、今では1,000箇所を超えています。その中でも、私のラボでは注目すべき場所にファブラボを展開するようにしました。ルワンダのラボでは、同国が輸入への依存度を軽減するために経済を支援しています。ブータンのラボは、国民総幸福量に基づく同国の経済基盤を体現しています。チリのプエルト・ウィリアムズでは、地球上で最も南にある町のサプライチェーンを変えつつあります。ネパールに近々オープンするラボでは、人道援助を中心に取り組む予定です。これらのラボは、支援活動や教育、企業支援、インフラ、娯楽など、さまざまな目的で利用されていますが、どの目的であってもラボを支えるビジネスモデルになっています。つまり、ラボで作られる製品ではなく、製品づくりの営為そのものに重きをおいているのです。

芸術と科学の新たなつながり

なぜこうした行いが続けられるのか、それを理解する一番の方法は、中世ルネサンス期に犯した過ちを正していると考えることです。ルネサンス期には人間を解放する手法としてリベラルアーツ(教養教育)が始まりました。リベラルアーツは三学(文法学・修辞学・論理学)四科(算術・幾何・天文学・音楽)で構成されており、他のありとあらゆるものは利益のためだけに追求される「非リベラルアーツ」に格下げされました。しかし、ルネサンス期以降に表現の手段が大きく変わり、今では3D設計やマイクロコントローラーのプログラミングが、絵を描いたり、ソネット(定型詩)を作ったりするのとまったく同じ感覚で行われています。

消費者にクリエーターになる力を与えれば、関税、所得格差、徹底した経済競争など、現代における最も慎重を期する多くの問題に解決策を見いだすことができます。その可能性に気付いたことで、ファブラボ・ネットワークが、この空白を埋める一連の新しい組織、運用主体としてのFab Foundation、対面型ではなく教える側も教わる側もリモート参加で進めるFab Academy、都市における製造自給自足モデルを目指すFab Citiesイニシアチブを立ち上げるに至りました。これらの組織が、第3次デジタル革命の到来によってもたらされる究極の問題、誰もが、場所を問わず、ほぼすべてのモノをつくれるようになった時、人々の生活、教育、仕事、娯楽はどう変わるのか、ということに取り組んでいます。

プロフィール:米マサチューセッツ工科大学Center for Bits and Atomsの所長であるニール・ガーシェンフェルド氏は、先駆的な量子コンピューティングからデジタル・ファブリケーションやIoTまで、デジタルの世界と現実の世界の境界を打ち壊す取り組みに注力しています。同氏は、Scientific American誌の科学技術分野のリーダー50人、Prospect/Foreign Policy誌の優れた有識者100人、シカゴの学産業博物館が選出する「現代のレオナルド40人」に名を連ねています。1,000を超えるファブラボで構成されたグローバル・ネットワークを築き、Fab Foundationの議長を務め、Fab Academyを率いているだけでなく、メイカームーブメントの知的指導者として、世間から高く評価されています


インダストリー・ルネサンスと社会の詳細については、こちらをご覧ください

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