配慮が行き届いたハイパー・パーソナライゼーション

企業はいかにすれば、プライバシーを侵害せずにマーケティングをパーソナライズできるのか

Rebecca Gibson
16 December 2018

小売業者からパーソナライズメールや製品レコメンデーション、あるいはおすすめ映像の提案を受け取ることは、消費者にとって珍しいことではなくなりました。しかし最近では、企業がITを駆使し、個人の好みやニーズに合わせてハイパー・パーソナライズしたインタラクションやマーケティング、あるいは製品やサービスの提供を押し付けがましいと感じている消費者もいます。

カーニバル・コーポレーション傘下のプリンセス・クルーズは、「すべてのお客様に、自分のニーズと好みに合わせて設計されたクルーズのようだと感じていただくこと」という意欲的な目標を掲げています。

この実現のために、同社はリーガル・プリンセス号に乗船するゲストを対象にオーシャン・メダリオンと呼ばれるテクノロジーを導入しています。このテクノロジーは、プログラムに参加するゲストに提供したウェアラブル・メダルを介して、そのゲストに合わせてクルーズ体験をカスタマイズします。メダルを身に付けたゲストが船内や特定の寄港地を移動すると、数千のセンサーがこのゲスト行動を感知し、この結果得られたリアルタイムデータを利用するという仕組みです。

「ハイパー・パーソナライズされたエクスペリエンスは唯一無二のものです。感情に訴えかけ、人生を変えることもあるでしょう。ですから、オーシャン・メダリオンはデータとxIoT(エクスペリエンスのためのモノのインターネット)プラットフォームを活用し、ゲスト一人ひとりのニーズ、希望、要望をアクティブに学び取ることで、常に進化し続ける『ゲストのゲノム情報』を構築していきます」とカーニバル・コーポレーションでエクスペリエンスとイノベーション部門の主任を務めるJohn Padgett氏は語っています。「ゲストの要望に沿った体験プログラムに参加していただけるよう、クルーズスタッフは率先してゲストをお誘いしなくてはなりません。これらのゲノム情報は、そのための重要なインサイトをスタッフに与えます」

ハイパー・パーソナライゼーションを模索する企業は増えています。このオーシャン・メダリオン・プログラムにより、カーニバル・コーポレーションもそのリストに加わりました。グローバルなマーケティングエージェンシーEpsilonの2017年レポート「The Power of Me: The Impact of Personalization on Marketing Performance」によると、約80%の消費者はパーソナライズされたエクスペリエンスをリアルタイムで提供する企業をよく利用する傾向があります。しかし、消費者のプライバシーを侵害することなく、企業はどこまでパーソナライゼーションを進化させることができるのでしょうか。

バズワードを超える

「企業は業務効率の改善を主体に増益を図ろうとするため、あらゆる顧客に応用できる汎用型のエクスペリエンスを提供しているところがほとんどです」と語るのは、カスタマーエクスペリエンスのフューチャリストにして、作家や基調講演者としても活動するBlake Morgan氏です。「ところが、顧客が欲しているのはパーソナライズされたインタラクションです。的外れな広告や無意味な製品レコメンデーションの視聴に時間を浪費することに彼らはうんざりしています。顧客の時間は貴重です。だからこそ、自分の時間に配慮し、関係のあるハイパー・パーソナライズされたエクスペリエンスだけを提供してくれる企業に顧客は戻ってくる傾向があるのです」

66% の消費者は、安全が確保され、何らかの見返りが得られるのであれば、個人情報を共有しても構わないと考えています。

アクセンチュア・ストラテジーの2017年レポート
「EXCEED EXPECTATIONS WITH EXTRAORDINARY EXPERIENCES」

96%のマーケティング担当者がハイパー・パーソナライゼーションは企業と顧客にメリットをもたらすことを理解している一方で、パーソナライズされたエクスペリエンスの提供がうまくいっていると自負している担当者は30%にすぎないと、調査コンサルティング会社のResearchscape Internationalと、パーソナライゼーション関連ソフトウェアのプロバイダーであるEveragesの2017年レポートに記されています。個々の顧客の「普遍の真理」を形作るには、複数のソースからデータを入手して分析するためのテクノロジーが必要ですが、どの企業もそれを持ち合わせていないことがネックになっていることに気付いています。しかもこの真理は、顧客の好みの進化に歩調を合わせて進化し続けます。

「企業はこれまで、エクスペリエンスのパーソナライゼーションに顧客の行動履歴から得たインサイトを利用していました。しかし現在は、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、機械学習、深層学習、分析ツールといったものに依存するようになっています」と語るのは、マイクロソフトでデータと分析に関する小売業界部門リーダーを務めるShiSh Shridhar氏です。「機械学習やAIは、企業が各所から収集したデータのかけらの中からパターンやつながりを見つけ出し、その結果、個々の顧客が自社のサービスの利用や製品の購入において何が決め手になったのかを把握するのに役立ちます。さらに企業はこれらのインサイトを利用することで、インタラクションのハイパー・パーソナライゼーションをリアルタイムで実現できるようになります」

例えば、エンターテイメントコンテンツの配信サービスを提供するNetflixは深層学習を利用し、サービス契約者の視聴パターンや好みに基づいて、その契約者におすすめの映画やTVシリーズを提案しています。これにより、Netflixは安価な作品の価値を押し上げ、その結果、コンテンツへの支出を推定10億ドル削減しました。

また、音楽、ポッドキャスト、映像などの配信サービスを展開しているSpotifyは、AIと深層学習を利用して、ユーザーの好みと傾聴パターンを織り込んでハイパー・パーソナライズさせたオリジナルのプレイリストを毎日あるいは毎週制作し、これを個々のユーザーに提供することで、2016年に3,000万人だった有料会員を2018年には7,100万人に増やしました。Spotifyは、ナイキとも連携し、ユーザーのランニングペースに合わせたビートの楽曲のプレイリストの制作も手掛けています。

データ共有の不安と闘う

FacebookやGoogleなどの大企業が、顧客の同意なく知らない間に顧客データを第三者に売り渡していた問題が発覚したことを受け、個人データを共有することへの抵抗感が強まっている消費者もいます。例えば、テクノロジーとメディアの調査企業Tech.pinionsによると、2018年だけでアメリカのFacebookユーザーの約10%がFacebookのアカウントを削除しました。

しかし、66%の消費者は、安全が確保され、何らかの見返りが得られるのであれば、個人情報を共有しても構わないと考えていることを、アクセンチュア・ストラテジーは2017年の調査レポート「Exceed Expectations with Extraordinary Experiences」で報告しています。

「企業は、どのような情報を集めているか、それをどのように利用して顧客のために価値を高めようとしているのかを一切包み隠さず明らかにする必要があります。例えば、ピアツーピアのライドシェアリングサービスを提供するグローバル企業のUberに対して、顧客は位置情報や支払いデータが引き続き共有されることに何の不満もありません。その理由は、利用者がものの数分で車を探せるからであり、これらの情報がなければ配車プロセス全体に時間も手間もかかるようになることを理解しているからでしょう」(Shridhar氏)

顧客自身が手綱を握る

フューチャリストのMorgan氏は、データを共有する際には、顧客にハイパー・パーソナライゼーションを利用するか否かの選択肢が与えられるべきだと述べています。「顧客とつながりを持ち、価値を提供しようとするのであれば、個々人がブランドから何を受け取り、何を受け取りたくないのかを企業は正確に割り出さなければなりません」(Morgan氏)

Netflixは深層学習を利用し、契約者の視聴行動と好みに基づいて、おすすめの映画やTVシリーズを提案します。(Image © Netflix)

「例えば、ブランドの広告が自分のFacebookのフィードに割り込んでくるのは不快だと感じるユーザーは少なくありません。ですから、このような広告の表示停止を容易にできるようにすれば、顧客が快適だと感じる様々なレベルにリアルタイムで適合するエクスペリエンス主導型のビジネスを創出できるでしょう」その一例として、カーニバル・コーポレーションは、ハイパー・パーソナライズされたエクスペリエンスの提供と引き換えに得たゲストの個人データについて、そのデータ共有に関する選択と制御権をゲストの手に委ねることでメリットを得ています。

「当社のオーシャン・メダリオンによるクルーズ体験は、ご自身の情報を共有するゲストを軸として展開するものですが、ゲストの皆様は大変意欲的に参加していらっしゃいます。提供したデータから得られるインサイトが自分自身の利益のために再利用されることを認めているからでしょう。重要なのは、ハイパー・パーソナライゼーションのあらゆる要素をゲストの利益のためだけに設計することです。また、すべてのゲストが参加のレベルを自分で選択できるようにし、誰一人としてデバイス接続を強制されるようなことがあってはならないのです」(Padgett氏)

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