13年前、砂漠の嵐作戦に関するニュース映像を目にしながら、Raytheon Company社の会長兼CEOを務めるBill Swanson氏は懸念を募らせました。2人の米兵が肩搭載型の武器の操作に苦労している様子から、その武器がまるで機能不良を起こしているかのように見えたからです。
Swanson氏によれば、その武器がRaytheon社の製品であると気付いたとき、胸がどきりとしたといいます。武器は想定通りに機能していたのですが、Swanson氏はこの問題の原因を探りました。すると、軍隊で実施されている操作訓練の内容に不備がある可能性が判明。Swanson氏は顧客である政府機関とただちに連絡を取り、支援を申し出ました。そして、ニュース映像で目にしたような苦境に兵士たちが二度と陥ることのないように、一貫した訓練が確実に行われるようにしたのです。
「その製品には当社の社名が記されていました。そして、わたしが目にした状況は決して許されるものではなかったのです」と、Swanson氏。「どのような機器やサービスを提供する場合においてもそれは確実に機能しなければなりません。」
卓越したオペレーション
Swanson氏は同様の厳格なプロセス統制を製造のみならず、財務システム、契約管理、さらには人事までのあらゆる機能分野に適用しています。
41年間のキャリアの初期、Raytheon社の最年少プラントマネージャーを務めていたSwanson氏は、卓越したオペレーションを実現するためにはプロセスの共通化がきわめて重要であることに気付きました。
「ばらつきは高コストで、足手まといになります」と、Swanson氏。「わたしが望んだのは、製品が100%の良品か100%の不良品のどちらかになることでした。その中間では必ず、製品をリリースすべきか否か迷うような要素が出てきてしまいます」。このオールオアナッシングの哲学は、Swanson氏の特徴となりました。
一つになったRAYTHEON社
Raytheon社は10年前、旧ソビエト連邦の崩壊を契機に米国防衛産業の大規模な整理統合を生き残った企業として頭角を現しました。
合併・買収により、異質な経営スタイルやプロセスがないまぜになり、無数のビジネス文化を統合しようとすすめた結果、業績に繋がるまで数年を要しました。
2003年、Raytheon社のCEOに任命されたSwanson氏は、共通のプロセスによって束ねられた単一の文化を生み出すことに集中。共通のシステムの実装には2年を要しましたが、その結果、オペレーションの水準と業績は向上しました。
組織全体でプロセス規律を実現するのは決して容易なことではありません。「選択の余地を与えられると、すべての事業部長、プラントマネージャー、製品ラインリーダーは、自分流でものごとを行おうとするでしょう」と、Swanson氏。「プロセス規律は経営において最も過小評価されている部分です。これは、あらゆる企業に当てはまります。しかし、プロセス規律には実践に値する見返りがあるのです。」
Credit Suisse社の航空宇宙・防衛部門(Aerospace/Defense Group)のマネージングディレクター兼グローバルヘッドを務めるCraig Oxman氏は、ばらつきを特徴とする企業から、焦点が絞られたまとまりのある企業へとRaytheon社を変貌させたSwanson氏を称賛しています。「Swanson氏は膨大な専門知識を備え、顧客がどの方向へ進もうとしているのかを鋭く認識しています」と、Oxman氏。「こうした特性は、まぎれもない競争優位性です。」
顧客第一
Swanson氏が学んだもう一つの教訓は、顧客を満足させることこそが株主に価値をもたらすための最善の方法であるということです。「企業は投資家にばかり注意を向けすぎることがあります」と、Swanson氏。「顧客に見捨てられてしまえば、企業は終わりです。」
Swanson氏は、顧客満足が自らの事業戦略の最重要項目になるだろうと言い切っています。Raytheon社が他社よりも優れた顧客エクスペリエンスを提供すれば、株主利益は後から付いてくるというのです。Swanson氏の基準からすると、期日通りに納品するだけでは不十分です。「この点に関して、当社のパフォーマンスは顧客の期待を優に上回っています」と、Swanson氏。
ワシントンD.C.を拠点とする機関投資家向け政策調査会社Capital Alpha Partners社のディレクターを務めるByron Callan氏によれば、Swanson氏はRaytheon社の経営という仕事にエンジニアのマインドセットを持ち込んだといい、その特徴は株主の満足とオペレーションのパフォーマンスを同時に重視するというものです。「この両立は至難の業でBill Swanson氏のようにうまく実践しているCEOはほとんどいません」と、Callan氏。
高業績企業に共通する特徴が存在するのと同様に、低業績企業にも共通する弱みが存在するとSwanson氏は考えています。「低業績企業は『特効薬』を求める傾向にあると思います。しかし、基本は顧客が何を必要としているかです。これは長年をかけて実証されています」と、Swanson氏。「第1のルールは『顧客の声に耳を傾ける』こと。第2のルールは『顧客の成功を手助けする』ことです。」
その哲学に沿って、Swanson氏率いるマネジメントチームは問題のあるプログラムを事実上排除することで、あらゆる企業が羨やむような信頼性に対する評判を確立。顧客満足は急上昇し、投資家利回りもそれに続きました。ビジネス・金融・経済情報追跡会社Bloomberg社によれば、2002年12月31日から2013年9月30日までの期間におけるS&P500社の投資家利回りの上昇率が121.6%であったのに対し、同期間におけるRaytheon社の投資家利回りは195%上昇しています。
「企業は投資家にばかり注意を向けす ぎることがあります。」
BILL SWANSON 氏
RAYTHEON社 会長兼 CEO
「Raytheon社のマージンは、政府の規則や規制による制約が非常に大きい業界においては垂涎の的です」と話すのは、経営コンサルティング会社Deloitte社の副会長兼米国航空宇宙・防衛セクターリーダー(US Aerospace&Defense Leader)を務めるTom Captain氏です。「Swanson氏は今日の複雑な世界におけるCEOの鑑です。」
Captain氏によれば、Swanson氏の強みの一つは経営手法の流行を追わないことであるといいます。「Swanson氏は脇目を振らず、ビジネスと経営の基本原則に従い、成功しています。その姿勢をRaytheon社全体に浸透させたのです」と、Captain氏。
モデルベース エンタープライズ
航空宇宙産業全体で、Raytheon社は一般にエンジニアリング企業とみなされています。しかし、Swanson氏が望んでいるのは、Raytheon社がエンジニアリングだけでなくイノベーションの面でも評価されることです。これを実現するには、Raytheon社が一丸となって協働することにより、全社的な改善に取り組む必要があります。たとえば、Raytheon社ではかつて決算作業に13日を要していましたが、現在その期間はわずか2日に短縮されています。「これは革新的思考の賜物です」と、Swanson氏。
イノベーションにはさまざまな形があります。Swanson氏はCEOに就任する以前、Raytheon社の顧客基盤(90%が政府機関)の優先事項が、結果の予測可能性と製品価格の手頃さに集中していることに気付きました。
「第1のルールは 『顧客の声に耳を傾ける』こと。第2のルールは『顧客の成功を手助けする』 ことです。」
BILL SWANSON 氏
RAYTHEON社 会長兼 CEO
防衛予算は増減の波を繰り返しています。Raytheon社のような企業にとって、この古くからのパターンの中で契約業者として成功するには、自社の将来を形作る力を予測しなければなりません。
Swanson氏は、エンジニアの中のエンジニアならではの方法でこれに対処しました。結果に関する予測の精度を高めるために、モデリングとシミュレーションを採用したのです。こうして生まれたのが、Raytheon社のモデルベースエンタープライズです。
このイノベーションによって、Raytheon社の顧客は製品が実際に製作される前にそのコンセプトを目で見て正確に理解することができます。モデリングとシミュレーションを行うには、組織全体で幅広く情報を共有する必要がありますが、その分、自社と顧客のビジネス上のリスクは軽減されます。その意味で、モデリングとシミュレーションは最も純粋な「顧客エクスペリエンス」最適化の形なのかもしれません。なぜなら、Raytheon社のモデルベースエンタープライズを利用すると、顧客である政府機関は絶えず変化する要求事項を視覚化することができるからです。「あらゆる種類の複雑な問題に取り組むことができ、予測される未来の形を顧客に理解してもらうために役立つ、素晴らしいツールです」と、Swanson氏。
モデルベース教育
モデリングとシミュレーションの汎用性を強く確信したSwanson氏は、自身が情熱を傾けるもう一つの分野にそれを応用してはどうかと考えました。その分野とは、科学・技術・エンジニアリング・数学(STEM)教育です。教育関連のステークホルダーがより多くの情報に基づいて意思決定を下すことができるよう、手助けをしようというわけです。
Swanson氏がモデリングを教育に応用することを思い付いたのは、産業界と高等教育界の上級幹部から構成される米国で最も歴史の古い組織であり、米国の教育と労働力に関する課題への解決策を提起することを目的とした産業高等教育フォーラム(Business Higher Education Forum)との会合に出席したことがきっかけでした。その集まりは、米国の学生・生徒の数学と科学のテストの成績が驚くほど急激に低下している件について話し合い、解決策を検討するために開催されました。Swanson氏は、会場の専門家たちの提案はいずれも素晴らしいものであると感じていましたが、効果を最大限に高めるためにRaytheon社が集中すべき解決策を三つ特定するよう専門家たちに求めると、彼らの意見は一致しません。これはSwanson氏にとって、歯がゆいと同時にインスピレーションを与えてくれました。
Swanson氏はこの会合の後、Raytheon社のリソースを結集し、後の米国STEM教育モデル(U.S.STEM Education Model)の原型となったSTEM関連政策の意思決定と実務者の指導を支援するオープンソースのツールを生み出します。このモデルはそれ以来、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学をはじめとする一流大学によって実証されてきました。この取り組みは、小学校から大学までの生徒・学生とつながり、教育者と政策決定者を支援し、人種・ジェンダーの平等を促進することにより、有意義で長期的なインパクトを生み出すことを目指したRaytheon社の旗艦的なSTEM教育プログラムの一環として行われたものです。
Swanson氏にとって、これらの取り組みは個人的な責務でもあります。Swanson氏は、家族の中で初めて大学へ進学し、そのことを謙虚に受け止め、責任を果たさなければならないと考えています。「今のわたしがあるのは、第1に家族のおかげ、第2に学校教育のおかげです」と、Swanson氏。「ですから、ぜひとも恩返しがしたいのです。」
年商 240 億米ドルを誇る Raytheon 社は、世界中の防衛・安全保障・民間市場を専門とする企業です。80 ヵ国で事業を展開し、従業員数は 6 万人にのぼります。 同社は 1922 年、米国マサチューセッツ州ケンブリッジで American Appliance Companyとして創業。後にマサチューセッツ工科大学(MIT) 工学部長を務めた Vannevar Bush 氏、エンジニアの Laurence Marshall 氏、科学者の Charles G. Smith 氏によって設立されました。3 氏は S ガス整流器を発明することで、ラジオを手頃な価格の家電へと一変させました。 Raytheon 社は以後数十年で、革新的な企業としての評判を高めました。今日では、世界のテクノロジー分野を牽引する立場にあります。RAYTHEON 社