微小コンピュータでいっぱいの世界はSFの題材のように思えるかも知れません。しかし、今や「スマートダスト」テクノロジーは現実となっていて、農業から医療まで、幅広い分野で応用例が登場してきています。世界の大手製薬メーカーや工業メーカーが専門部隊を増強し、ガートナーをはじめとするリサーチ会社が「世界で最も重要なテクノロジーの一つになる」と指摘しているこの分野に巨額の資金を投じています。
スマートダストは、モノのインターネット(IoT)やインダストリアルIoT(IIoT)の一端として分類するのが最も適切といえます。スマートダストは、だいたい砂粒位のサイズである微小センサーからなるネットワークで構成されます。これらのセンサーが、遠隔地にあるコンピュータのインターフェースと無線や超音波を介してやりとりし、温度や振動、あるいは人体内で使用される場合はホルモンレベルなどのデータを中継します。そうした情報に対して、中央コンピュータから直接的な応答が順次引き出され、火山噴火の早期警戒システムから糖尿病患者に低血糖を警告できるインターフェースに至るまで、多様な応用が可能になります。
なぜそこまで大騒ぎするのか
イギリスに本拠を置くアドバイザリー企業Cambridge Consultants社でスマートシステム部門の責任者を務めるRob Milner氏によれば、このテクノロジーの潜在力は特筆すべきものです。「雪崩の早期警戒システムとして機能する微小な温度センサーを山にまいたり、土壌の温度や含水率に関するリアルタイムの情報を提供するスマートダストを畑に散布したりすることができます」
これほど多くの人たちがスマートダストに興味をそそられてきた理由の一つは、ガートナー社が2013年以降、同社が発表する「先進テクノロジーのハイプ・サイクル」の中にスマートダストを入れてきたためです。同社は、このテクノロジーがメインストリームでの採用に至るまでにまだ10年以上かかると考えており、4Dプリンティング、ブレイン-コンピューター・インターフェース、自律走行車と同じライン上にスマートダストを位置付けています。
ガートナー社のアナリストGanesh Ramamoorthy氏は、同社の2016年度版「先進テクノロジーのハイプ・サイクル」レポートにおいて、「(スマートタグの)潜在的な用途とメリットが広い範囲にわたることを考慮に入れると、このテクノロジーは、ビジネスのあらゆる領域と人の生活全般に変革をもたらす影響力を持つと考えています」と書いています。
無に等しいサイズ、消費電力、コスト
スマートダストの概念は、1992年に実施されたランド研究所(米)のワークショップと、1990年代半ばにDARPA(米国防総省国防高等研究事業局)のISATで行われた一連の研究において、軍事用途の可能性を探るために練り上げられました。1997年、カリフォルニア大学バークレー校のKristofer Pister博士、Joe Kahn氏および、Bernhard Boser氏がDARPAに研究企画書を提出しました。Pister博士はスマートダストの利用法を研究し、後にこの分野の商用化に取り組む企業、ダスト・ネットワークスの共同創設者となりました。ダスト・ネットワークスはその後、カリフォルニア州に拠点を置くリニア・テクノロジーによって買収され、さらにリニア・テクノロジーは、マサチューセッツ州に拠点を置く世界的半導体企業のアナログ・デバイセズに身売りしました。
Pister博士は次のように述べています。「私はロボットの小型化に取り組んでいたのですが、無線センサーのサイズ、消費電力、コストは、指数曲線に従って無に等しくなるまで小さくなることが明確になりました。当時は、スマートフリーウェイ、スマート爆弾、スマートハウスなど、ロサンゼルスにあるすべてのものが『スマート』であるように思えました。そのためほとんど冗談で、僕はスマートダストを作ろうとしているんだ、と回りの人たちに言い始めたのです。ところがこのネーミングが受けて、一般に使われるようになったのです」
Pister博士が最も関心を寄せているのは、農業用途と医療用途におけるスマートダストの可能性です。「農業用途では、必要な水、肥料、農薬類を減らすのと同時に収穫量を増やせる可能性があります。医療分野では、スマートダストは神経疾患を持つ人たちの生活の質を改善し、脳がどのように機能するかを理解する助けになる可能性を秘めています」
人体の場合
カリフォルニア大学バークレー校で電気工学とコンピュータ科学の教授を務めるMichel Maharbiz博士は、スマートダストはどのように医療分野にメリットをもたらすことができるかという課題の一つを研究しています。
“「医療分野では、スマートダストは神経疾患を持つ人たちの生活の質を改善し、脳がどのように機能するかを理解する助けになる可能性を秘めています」”
Kristofer Pister博士
カリフォルニア大学バークレー校教授
Maharbiz博士は次のように述べています。「ヒト神経系との双方向のインターフェースを開発することへの広い関心が高まりつつあります。私が言う神経系には、脳、中枢神経系、末梢神経に加えて、炎症と闘うことからヒトのあらゆる器官に接続されることまで、それらが果たす多くの機能も含まれています」。
Maharbiz博士と彼のチームは、臓器、消化管、筋肉の隣にセンサーを埋め込むことに成功しました。こうしたセンサーには、その外側に位置する体の超音波振動を電気に変換する圧電性結晶が組み込まれていて、それが、臓器、筋肉、または神経に接しているトランジスタに電力を供給します。体そのものが発する電気インパルスによって、結晶がどのように振動するかが変化します。変化するパターン(後方散乱)に関する情報を、結晶を介して収集した後、その情報はアルゴリズムによって変換され、ホルモンレベルなどの身体の重要な測定項目が解釈されます。
一方、テスラやスペースXの創立者であるイーロン・マスク氏は、サンフランシスコを拠点とするNeuralink社という企業を立ち上げました。『The Economist』誌は、Neuralink社の商標登録出願を基に、同社の設立目的が「神経学的疾患の治療または診断のための侵襲性(生体への器具挿入や切開を伴う)デバイス」の作成であろうと報じています。
時間の問題
より幅広いスマートダストの応用について言えば、既にダスト・ネットワークスPister博士がいくらかの成功を収めてきました。
ダスト・ネットワークスのプレジデント兼CEOであるJoy Weiss氏は、工業環境でスマートダストを管理できる方法を示す、動作する実例を開発するために、10年以上この分野で働いてきました。たとえば、ダスト・ネットワークスのセンサーネットワークは今では、カリフォルニア州にあるシュブロン社の石油精製所に導入されており、アイルランドのコークにあるGSK社のプラントでも、無線メッシュネットワークを使用して水貯蔵タンクを監視しています。
Weiss氏は、世界的なテクノロジーリサーチ会社であるARC Advisory Groupとのインタビューで、「有線の信頼性と完全無線式の経済性を兼ね備えることができれば、言い換えればセンサーをどこにでも配置できるならば、その用途は無限です」と述べています。同氏は、無線通信の採用によってスマートダストの経済性も改善されると指摘します。ダスト・ネットワークスでは、有線のシステムでは数週間かかるのとは対照的に、自社の無線アプリケーションは数時間足らずで導入できると述べています。
とはいえPister博士はすぐに、「現在市場に出ている商用製品のほとんどは、15年前にあったのと同じミスを犯しています」と強調します。しかし彼は、ガートナーの報告書にあるように、スマートダスト業界は学習曲線を乗り越えて、次世代の生活において重要な役割を果たすことになると信じています。そうなるのは、単に時間の問題なのです。◆