製造業者がデジタルの未来に目を向ける中、未来を構成する重要な要素として、IIoT(インダストリアルIoT / 産業用モノのインターネット)が頭角を現しています。第4次産業革命とも呼ばれる製造の次なる時代に不可欠なのは迅速で信頼性があるインサイトですが、これはデジタルテクノロジーを活用して実際の生産ラインをリアルタイムで分析、制御することでもたらされます。
通信設備、機器、ソフトウェア開発大手のノキアで、製造、物流、サプライチェーンのエコシステム・パートナーシップに関する責任者を務めるGuilherme Pizzato氏は次のように述べます。「第 4 次産業革命の最初のステップは、あらゆる設備をネットワークに接続することです。接続することで、製造業者は利用可能なすべてのデータを収集、分析できるようになり、これに基づくインサイトを活用して、より適切で実践的な意思決定を行えるようになります。その結果、設備の監視、予知保全、先進的なロボット工学などが可能になるのです」
しかし、これまでのところIIoTによる変革は、2G、3G、4Gといった機能に制限がある前世代のワイヤレス通信ネットワークのせいで実現していません。前世代のワイヤレス通信ネットワークは、IIoTの最も価値の高いアプリケーションの多くで必要でな低いレイテンシ(データ転送における通信の遅延時間)とセキュリティを提供できず、また、旧世代のワイヤレステクノロジーでは、スマートファクトリーの実現に必要な多数のデバイスをサポートすることもできないからです。
そのため、製造のいくつかの側面でデジタル化されていても、ほとんどの製造業者は、製造現場の計画と運用に関するデータの収集に依然として有線ケーブルを使用しています。このことは、要件の変化に応じてネットワークを再構成する妨げとなっており、製造業者は運用を最適化するためにIIoTのポテンシャルをフルに引き出せずにいます。しかし、この状況は5Gによって間もなく一変する可能性があります。
革命の始まり
5Gは、きわめて高速で低いレイテンシ、信頼性の高いコネクティビティ、多数のコネクテッドデバイスをサポートできるキャパシティ(容量)を備えており、あらゆる業界、消費者の幅広い用途での活用を実現するでしょう。
5Gは、その質の高いストリーミングと高速ダウンロードが消費者向けに大々的に宣伝されていますが、産業界にとっては、それよりもさらに大きなメリットがもたらされる可能性があります。
ドイツを拠点とする、5Gの産業活用の在り方を検討する国際的なフォーラム、5G-ACIA(5G Alliance for Connected Industries and Automation)で議長を務めるアンドレアス・ミュラー氏は、次のように述べます。「5Gは単なる進化ではなく、革命です。スマートフォンを接続することに開発の重点を置いていた前世代とは異なり、5G は、あらゆる種類のIIoTデバイスを接続して、さまざまな業界に新しい機能を提供することに重点を置いています。5Gは、より高いデータ転送速度だけでなく、極めて低いレイテンシと高い信頼性、優れた通信効率も実現し、前世代のワイヤレスシステムを大きく上回るメリットをもたらすでしょう」
「極めて高密度環境にあるデバイスをサポートする5G のキャパシティによって、企業は、同じ時と場所で全く異なる要素が必要な、さまざまなユースケースを展開できます」
Guilherme Pizzato氏: ノキア 製造、物流、サプライチェーンのエコシステム・パートナーシップに関する責任者
5Gがもたらす高速化と帯域幅拡大のメリットにより、先進的なセンサーのネットワークから送られる、より多くのデータを処理することが可能になります。製造業者は、センサーを豊富に設置した製造現場から大量の生産データを簡単、正確、安全に収集し、分析できるようになります。5Gを導入することで入手できるようになったこれらの情報を活用することで、製造業者は詳細な情報に基づいた意思決定を行い、運用効率を上げることができます。
ノキアのPizzato氏は次のように述べます。「極めて高密度環境にあるデバイスをサポートできる5Gのキャパシティ(容量)によって、企業は、多くのメリットを享受することができます。たとえば、5Gのキャパシティにより、同じ時と場所で全く異なる要素が必要な、さまざまなユースケースを展開できます。たとえば、大きな可能性を持つAR(拡張現実)やVR(仮想現実)を、本番環境の監視、トレーニング、リモートでのサポートに活用することが可能になります。また、5Gを導入すれば、設備や生産ラインからのリアルタイムの情報をワイヤレス接続で取得できるので、自由な移動の妨げとなるケーブルを排除することができます」
リアルタイムの接続性
5Gの速度とキャパシティは、スマートファクトリー内の作業に外部の要素(物流業者やサプライヤーからもたらされる情報、使用中の製品やメンテナンスに関するデータなど)をリアルタイムで統合、反映することを可能にします。製造業者はサプライチェーンをシミュレートし、ビジネスのライフサイクル全体にわたってエンドツーエンドのトレーサビリティーを確保することで、状況の変化に迅速に対応し、製造で起こり得る混乱を防ぎ、納期遅延の件数を減らすことができます。また、製造業者は5Gにより、サプライチェーンに関する豊富なインサイトを得ることができるようになるので、過剰な在庫や生産量の予想外の変動によるコストを削減し、無駄のある箇所を特定し、需要をより正確に予測することが可能になります。
ボーダフォン・ビジネス社のIoT担当ディレクターであるErik Brenneis氏は、工場の現場以外でも5GのIIoTを応用できるとしています。そしてその例として、自動運転のフォークリフトや貨物自動車を挙げています。
Brenneis氏は次のように述べます。「製造のオペレーションを一貫して可視化するには、リアルタイムの接続が必要です。5GによるIIoTはこの条件を満たし、工場のコントロールセンターや車両などの情報を即時に外部のロジスティクスチェーンとリンクすることができるので、部品の到着時刻、自動運転車両の工場内の現在位置、設備のステータスなど工場のさまざまな要素のリアルタイムの監視や、効率的な管理、制御を可能にします。前世代のネットワークテクノロジーと比べて画期的な変化です」
バーチャルツインで競争力を高める
5GによるIIoTでインテリジェントなプラントのエコシステムを確立した後、ハイテクメーカーにとっての次の課題は、エコシステムからのインサイトを運用の改善に役立てることです。能率面においてスマートファクトリーは既存の製造方法と比べてはるかに高いポテンシャルを持ちますが、製造業者は、大量のデータからすばやくインサイトを引き出すことで競争力を維持、拡大する必要があります。それには、サプライチェーンと物理的な設備の両方のモデルリングとシミュレーションが有効です。モデリングとシミュレーションはビジネスモデルと製造プロセスを変革し、効率、生産量、品質を向上させることに貢献します。そしてモデリングとシミュレーションにはバーチャルツインが最適です。
生産ラインのバーチャルツインを構築することで、製造業者はデータの意味を状況に即して理解し、迅速な対応をとることができます。バーチャルツインは、物理的なオブジェクトやプロセスにおける要素と働きを動的なマルチフィジックスのデジタルモデルにしたもので、理解しやすい3Dのビジュアルにデータを変換します。そして、生産ライン、製造機器、人員、生産計画からのデータがプラットフォーム上に集約されるので、製造業者はさまざまなシナリオや条件をプラットフォーム上で評価、共有、検証できます。また技術者は、プラットフォーム上のバーチャルな環境で仮説を実行し、改善点の特定や、テスト、実際の改善を行うことができます。
「5Gは、より高いデータレートだけでなく、極めて低いレイテンシと高い信頼性、優れた効率をもって、前世代のワイヤレスシステムを上回る利点をもたらします」
アンドレアス・ミュラー氏:5G-ACIA議長
バーチャルツインにはAIと機械学習が組み込まれているため、5GのIIoTのエコシステムによってもたらされるリアルタイムのデータから学習し、事前に設定されたパラメーターに基づいて適切な対応をとることを可能にします。これにより、製造現場の活動をダイナミックに調整したり、材料と製品の流れを改善するための提案を関係者に行ったりできます。また、パフォーマンス、品質、保守の問題にフラグを立てることもできるため、問題に迅速に対処して、生産の停止を防ぐことが可能となります。さらに、関係者全員が、わかりやすく視覚化された3Dのデータにアクセスできるため、コラボレーションの新しい道が開かれます。
ミュラー氏は次のように述べます。「5GによるIIoTは、製造の方法を変革するイネーブラーであり、これにより既存の極めて静的な生産ラインからの脱却が可能になります。生産ラインを迅速に再構成できる、非常にフレキシブルな生産形態をとることができます。5GのIIoTが実現すると再構成がとても簡単になるため、極端な例としては、問題を解決するために 1 日に数回、生産ラインを再構成することもできます」
信頼の確立
5G IIoTを工場に導入する際の大技術的に大きな障壁はほとんどありませんが、製造業の大半はまだ5Gのテクノロジーを採用しておらず、現場で実際に試行、実行された回数は多くありません。したがって、製造業の設備にとっての5GやIIoTの確実性を証明し、他の多くの業界でも信用を得るには、製造業者はもちろん、機械や設備、プラットフォーム、ワイヤレス接続のインフラなどのプロバイダやサプライヤーが取り組むべき課題がまだたくさんあります。
5G-ACIAのミュラー氏は次のように述べます。「これは長い道のりです。目標とする状態のビジョンはありますが、そこに到達するためにやるべきことがたくさんあります。不足しているのは、実際に5Gのパフォーマンスを広範に検証することです。製造において5Gに頼るには、5Gのテクノロジーに対するある程度の信頼が必要です。そしてその信頼を確立するには、実際の使用環境での広範囲にわたるテストベッドと試行が必要です」
また、ミュラー氏は、よりフレキシブルな製造モデルを先駆けて導入する企業が最大のアドバンテージを得ると確信しています。
さらに次のようにも述べています。「個人的には、5G市場は2022年に急成長を始めると考えています。企業はその前に5G戦略を策定しておくべきです。5G市場の成長を待ってからでは手遅れになる可能性があります。5Gの最新情報を早期に把握し、5Gを活用するために効果的な戦略を採用することが重要です。トレンドの追随者ではなく、先駆者になるべきです」