Arthur Léopold-Léger氏は、フランスの大西洋岸にある港町のラ・ロシェルに世界的な航空機企業を作り上げることを夢見ています。彼の夢が現実になりつつあるという事実は、クラウドコンピューティングの出現が、ビジネスの世界における既成の秩序をいかに変えてきたかを明白に示しています。
Léopold-Léger氏のElixir Aircraft社では、少数精鋭の技術者チームが、日本製のカーボンファイバー(炭素繊維)複合材を組み込む最先端のテクノロジーを駆使した2座席の小型飛行機を設計しています。最終的に2017年に販売が開始されるときには、市場に存在するいかなる飛行機よりも流麗かつ安全で、費用のかからない飛行機になるとLéopold-Léger氏は言っています。Elixir社の最初のターゲットはヨーロッパで、その後、南米、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドへとターゲットを広げていきます。Léopold-Léger氏は販路拡大の最終段階で、アジアと北米での販売開始を見込んでいます。
小規模なElixir社がこのように積極的に世界を相手にすることができるのは、クラウドコンピューティングによって、ハードウェアやソフトウェアに莫大な先行投資をすることなく、同社が必要とするソフトウェアと演算能力を必要なときに利用できるためです。もちろん航空機の設計においては、堅牢なプラットフォームで相当な設計およびシミュレーションの演算能力が必要とされます。Léopold-Léger氏は次のように述べています。「私たちは、ハードウェアや管理に投資する必要がありません。年俸でおそらく五万ユーロかかる従業員を一人も雇う必要がありません。当社のような小さな企業にとって、これは非常に大きな割合を占めます」
「私たちは、ハードウェアや管理に投資する必要がありません。当社のように小さな企業にとって、これは予算の非常に大きな割合を占めます」
ARTHUR LÉOPOLD-LÉGER
CEO, ELIXIR AIRCRAFT
Elixir社の設計者も柔軟に、一定期間ソフトウェアプログラムを使用してから、必要に応じて他のソフトウェアに移行することができます。「するべきことがあるときにはいつでもツールを利用できると分かっています。そして、もしツールがなければ、電話一本で済みます。ほんの数ヵ月ツールを使って、止めることもできるのです」(Léopold-Léger氏)
利用分払いの演算能力
Elixir社は、企業が世界的に事業を展開しようとするときに、大規模な多国籍企業と比べて中小企業(SMB)が不利な立場にあるという、長年続いてきた状況を打破しつつあります。規模が小さな企業では、本国では軽快かつ迅速に動けても、世界規模で販売と運営を安定的に行えるようにするために必要な、情報インフラを構築する余裕があるケースは多くありません。
実体が伴わないことも多かった長年の過大評価の時期を甘んじていたものの、クラウドコンピューティングによってSMBの競争上の状況は世界的に変わってきています。SMB企業はもはや、現代的な企業、特にグローバル企業が必要とする在庫管理、サプライチェーン、カスタマーリレーション、人事などの機能を利用可能にするために、高価なITインフラを構築する必要はありません。かつては一部の大企業だけが利用できた方法で、国境を越えた業務の遂行を可能にするコラボレーションツールが利用できます。SMBは実際には、Amazon Web Services等の大手プロバイダーや、フランスのサンクルーを本拠とするOutscale社のように小規模な専門性の高いクラウド・コンピューティング・プロバイダーから、必要なときに「アラカルト」で必要なサービスを賃貸することができます。
追加のメリットとして、ほとんどのクラウドベースのシステムでは、年中無休24時間体制で、複数の場所を対象にして通貨換算や言語翻訳の支援を受けることができます。
即時の拡張性
企業のITインフラを迅速に拡張し、必要とされる機能を正確に選択できることで、小規模な企業のCEOは、わずか五年前には考慮の範囲外であったような世界的規模のリスクを引き受けることができます。「規模調整」の柔軟性、すなわちリソースを迅速に低コストで追加または削減する能力は、注文の急増を常に予測できるとは限らないため、小さな企業にとって特に重要です。企業は、発注し、機器を受け取り、適切な人員を雇用してすべてを稼働させるのに何ヶ月もかける代わりに、クラウドコンピューティングによってほとんど即時に必要な規模を準備することができます。
「採用は下の方から 進んでいると判断しています。 一部の大企業に先んじて、小規模な企業が クラウドソリューションを 採用しているのです」
CHRISTOPHER HOLMES
IDC INSIGHTS ASIA PACIFIC社マネージングディレクター
シンガポールを拠点とするIDC Insights Asia Pacific社のマネージングディレクターで、世界的産業コンサルティング会社IDC社のメンバー企業であるIDC Manufacturing Insights社のインターナショナルヘッドを務めるChristopher Holmes氏は、次のように 述べています。「採用は下の方から進んでいると判断しています。一部の大企業に先んじて、小規模な企業がクラウドソリューションを採用しているのです。クラウドのサービスは手が届く価格であり、小さな企業は社内にITチームを持っていないことがよくあります。こうした企業はクラウドベンダーを頼りにすることができます」。一方大企業は、大規模で高価なレガシーシステムを数十年にわたって実装してきているので、それらの機能をクラウド・サービス・プロバイダーに移行するのが困難になっている場合があるとHolmes氏は述べています。
アジア地域の追撃
これまで中小企業がクラウドを利用して世界展開するための環境が最も整っていたのは米国と西ヨーロッパでしたが、アジア地域が追いつきつつあると思われると語るのは、カリフォルニア州を拠点とするEpicor Software社でグローバルクラウド戦略を担当するシニア・プロダクト・マーケティング・ディレクターのCraig Downing氏です。Epicor社は、セカンドティアのクラウド・サービス・プロバイダーと見なされ、こうしたプロバイダーは、チャネルパートナーを通してではなく、顧客と直接仕事を行う傾向があります。
アジア地域は遅れを取ってきたとDowning氏は指摘します。これは、アジアでは一部の政府が、国境を越えてデータが移動することを懸念して、西欧のテクノロジー企業が自国内にクラウドコンピューティングをサポートする技術的インフラを構築するのに抵抗していたためです。「しかし今では、そうした国でクラウドの利用が始まったと思われます」
中小規模のアジア企業では、主に二つの面でクラウドコンピューティングの利用が進んでいます。最初は、多くのアジア企業は、クラウドを介してビジネスを行うことを要求する西欧企業のサプライヤーであるという面です。Downing氏は次のように述べています。「アジア企業は、クラウドシステムを採用している大規模顧客のサプライチェーンに参加し、その一部となっています。レイセオン社、ボーイング社、ボッシュ社などのベンダーであれば、顧客のサプライチェーンに引き入れられて、顧客のクラウドベースのERPシステムを直接操作することになります」
二つ目は、西欧企業のアジア地域子会社が、親会社のグローバルなクラウドベースシステムにリンクする地域ベースのクラウド運用体制を作り上げる場合です。「タイやベトナムの事業所は必ずしも、(主要なクラウドプロバイダーが提供する大規模で高価なシステムを採用することを正当化するような)同じレベルの複雑さや規模の要件を持っているとは限りません。そのため、セカンドティアのソリューションに向かいつつあるようです」(Downing氏)
競争効率の向上
クラウドコンピューティングの使用により、小規模なアジア企業がどのように機能するかという性質そのものが変化した場合もあります。これは特に、利益幅がほんのわずかな場合に当てはまります。その一例が、オーストラリアとシンガポールに拠点を置くGhim Li社です。同社はGLG Corporation Limited社の傘下にある企業グループで、Macy’s社、Sears社、Walmart社、Target社を含む米国の大規模小売企業にテキスタイルとアパレルを供給しています。
IDC社のHolmes氏も、小さな中国企業が世界に足跡を刻むためにクラウドを使用して、場所にかかわらず最高のリソースを活用できるようにするのを目の当たりにしていると述べています。「中国の靴メーカーはデザイン部門をイタリアに配置できますが、製造は中国南部で行われるのです。クラウド機能を利用して、すべてをリアルタイムに議論することができます」(Holmes氏)
セキュリティの論争
もちろん、あらゆる技術的トレンドと同様に、クラウドコンピューティングはCEOたちの間に、最適な使用方法についての論争を引き起こしています。ハッカーからの機密データの保護を強化するためには機密のデータや情報を社内システムに保持すべきだと考えるCEOもいれば、秘密を保護するのに適任なのは、ソフトウェアを継続的にアップデートし、リソースに最高のデジタル防御策を実装する大規模なクラウドサプライヤーであると主張するCEOもいます。
五年や十年の期間にわたる場合は、独自のシステムを構築するよりもクラウドサービスに頼る方がコスト高だと証明されるだろうと指摘する人たちもいます。しかしSMBのCEOの大多数は、重大な短期的課題を克服しなければなりません。つまり、チャンスをすばやくつかめなければ、より俊敏なSMBのライバル企業や、豊富な資金を持つ競合の大企業に吹き飛ばされることになるのです。
クラウド・サービス・プロバイダーのOutscale社で北米担当バイスプレジデントを務めるStéphane Maarek氏は次のように述べています。「クラウドは魔法の解決策ではありませんが、かなり近いものです。チームを組み、有用な機能のインフラを設置することに膨大な量のエネルギー、リソース、資本を投じる必要がなければ、CEOは事業の中核に集中しやすくなります。元はインフラに費やされていた予算を、重要なビジネスに向けて再投資することができます」
肝心なのは、SMBのエグゼクティブが、かつてはとても考えられなかった世界的な戦略を達成するうえで、クラウドコンピューティングが役立っているという点です。◆