患者中心の医療モデル

デジタル技術と仮想技術により高度化する次世代医療

Lindsay James
7 July 2020

高齢化、コスト増加、長い待ち時間に高まる利用者の不満、治療における一貫性の欠如、医療を受ける機会の不足といった課題が山積し、窮地に立たされる医療業界を救う手段として、デジタル技術とバーチャル技術が注目を集めています。


以前は子供が体調を崩したら親は混雑した診療所に駆け込み、長時間待つことを余儀なくされましたが、今はチャットで気軽に医師に相談することもできます。コロナ禍では多くの人がこのサービスを利用しました。がん患者は、化学療法センターを訪れる代わりに自宅にいながらカスタマイズされたバイオ医薬品を受け取ることができます。また、最近のウェアラブルデバイスは、歩数を数えるだけではありません。心臓発作の兆候やインスリン分泌の低下を知らせ、危機回避を手助けしてくれます。

現在の医療業界は破綻しているというのが専門家や患者の大方の意見ですが、こうしたイノベーションは、業界関係者がいかにして現状打破を図ろうとしているのかを示唆しています。しかし、人口増加と高齢化が進み、医師が不足し、医療コストが持続不可能な水準にまで膨れ上がるなか、解決にはまだほど遠い状況です。

スウェーデンのリンシェーピン大学病院個別化医療センターで教授を務めるMikael Benson氏は次のように話します。「今日の医療業界は危機的状況を迎えています。予算の縮小、長い待ち時間、高まる利用者の不満、不平等な医療機会。さらに、医薬品で改善が見られない患者が多数います。アメリカ食品医薬品局(FDA)の調査によると、一般的な疾患で治療に効果が見られない患者は75%に上ります。新薬の開発には25億米ドル以上の費用がかかることを考えると、大きな問題であることは容易に想像できます」

破綻したモデル

目下の医療危機には多数の要因が絡んでおり、その数は増える一方です。フロスト&サリバンのインド事務所でトランスフォーメーショナル・ヘルスケア部門のシニア業界アナリストを務めるKamaljit Behera氏は、世界各国で急速に進む高齢化が最大の要因の一つであると言います。「世界保健機関(WHO)の推定によると、2050年には世界の20億人近くが60歳を超えると予想されています。これは2000年の時点と比べて3倍以上の数字です」  

この年齢層の大部分は慢性疾患を少なくとも1つ患っていると予想されます。イギリスのケンブリッジ大学でCambridge Academy of Therapeutic Sciencesのディレクターを務めるChris Lowe氏は次のように述べます。「慢性疾患の数が8つに上る人も少なくありません。60歳から100歳までの患者の医療コストは5倍近くに増大します。現状の医療制度は持続不可能です」

慢性疾患の増加は高齢者に限った話ではありません。「アメリカ疾病予防管理センターによると、慢性疾患は年間の医療支出の86%を占めます」とBehera氏は言います。「各国の政府と保健当局はこの状況を非常に憂慮しています」

世界的に専門医が不足していることもこの状況に追い打ちをかけています。米マサチューセッツ州ウォルサムを拠点とする手術用ロボットメーカーCorindusの社長、Mark Toland氏は次のように述べます。「地理的・経済的な問題が障壁となってその不足に拍車がかかり、最終的に健康アウトカム(医療の質を評価する項目の一つ、健康状態・QOL・満足度・ 幸福度など)が損なわれます」

一方、医療業界では大部分のデータは共有されることなく、分断されている状況です。デロイトの調査レポート「2018年 グローバルにおけるヘルスケア業界の展望」にはこう記されています。「診療情報は、異なる様式で、別々のシステムで管理されていることが多い。それゆえ、医師が予約や手順を調整すること、検査結果を共有すること、治療計画に患者を含めることが困難な場合がある…医療提供者は懸命に働いているが、必ずしも『スマート』に働いているとは言えない」  

医療業界の変化を促進している要因をCCEが評価する 出典:Deloitte 2019 Health Care CEO Perspectives Study

こうしたさまざまな要因が重なり、患者は不満を募らせています。これらの患者はデジタルにますます強くなっている消費者でもあり、業界の欠点に耐えられなくなっているのです。

患者中心の医療に重点を置く米国のアージェント ケア テクノロジー企業Experityでチーフ レベニュー オフィサーを務めるMatt Blosl氏は次のように話します。「患者はアマゾンで食料雑貨を注文したり、ウーバーでライドシェアを利用したりする人たちです。彼らはオンデマンドのサービスを期待していて、それは医療においても同様です。従来の医療モデルは診療も会計も待ち時間が長く、今日の患者の期待に応えるものではありません」

バーチャルな解決策

バーチャル技術とデジタル技術はすでにこうした状況の改善に貢献しており、さらに意欲的なプロジェクトも進行中です。Deloitteは、「2019年 グローバル・ヘルスケアの展望」の中で医療制度が患者中心の新しい医療モデルとスマート ヘルス アプローチへの移行を推進しており、デジタル技術とバーチャル技術に重点を置いてイノベーションの推進、アクセスの向上、費用面の改善、質の向上、コスト削減に取り組んでいると述べています。

レポートには次のように記されています。「情報を得て力を持った消費者が、恐らく、新しいヘルスケアの価値システムの中心に立つでしょう。消費者は自らのヘルスケア・エコシステムに高い期待を寄せる変革者となり、自分自身の健康を積極的に管理するようになります。こうした消費者は、サービスを『プッシュ(押し付けられる)』されるのではなく、ソリューションを『プル(引き出す)』することになり、現在のヘルスケア提供モデルをB2C(ビジネス・ツー・コンシューマー)からC2B(コンシューマー・ツー・ビジネス)へ転換するでしょう」

75%

FDA(アメリカ食品医薬品局)の調査によると、一般的な疾患で治療に効果が見られない患者は75%に上ります

フロスト&サリバンのBehera氏は、「自己定量化」(テクノロジーを利用したセルフトラッキングにより知識を得ること)と呼ばれる概念の普及が、この移行にとって重要になると考えています。「商品、サービス、商取引モデルのデジタル化が現行の医療制度の民主化をもたらしており、新しいヘルスケア コンシューマリズムの時代の到来を告げています」と同氏は言います。

5Gに対応したクラウドが普及すれば、これらの技術の利用も広がり、外来対面診療からリモートでのケアとモニタリングへの移行が加速するでしょう。デロイトの2019年のレポートには次のように書かれています。「ホーム ヘルス ネットワーク サービスとして、ウェアラブル端末、センサーとデバイス、またはテレヘルスを利用してバイタル サイン、睡眠の質、その他の健康指標を追跡するサービスを提供することも可能です。ウェアラブル端末は健康状態を継続的に監視するだけでなく、治療薬のディスペンサーとしても利用されるようになるでしょう」  

手術もリモートで行われるようになるかもしれません。Toland氏は次のように述べています。「『ハブ アンド スポーク』方式のモデルにより行います。ハブと呼ばれる中心拠点にいる医師が場所を問わず患者を治療することができます。このモデルでは、より多くの患者を治療できるだけでなく、地理的な制約により世界最高レベルの医師による治療を受けられない現状を打破することもできます。患者は居住地を問わず、各医療分野で最高の専門医による治療を受けることができます」

これが新たな現実となりつつあり、従来の医療業界を様変わりさせようとしています。この変革は、医療従事者が仮想的に治療法を検討、モデル化、テストし、人体を研究、モデル化し、各患者の体に合ったより安全で効果的なデバイス設計や処置を考案することを可能にするモデリング技術とシミュレーション技術の進化とともに加速していくでしょう。

COMPASSマガジンの特集、「個別化医療革命」では、これらの技術を利用し、在宅医療、テレヘルス、診断支援、臨床医のバーチャル・トレーニングなどのイノベーションによって業界全体の変革を推進している先駆者たちを紹介しています。

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