賢者の眼

消費者向け没入型テクノロジーが 将来的にビジネスに与える影響


21 November 2016

熱過去50年間、拡張現実(AR)や仮想 現実(VR)、複合現実(MR)など総 称的に没入型バーチャリティ(iV) と呼ばれる技術を使用するのは、主に学究 機関や企業の研究開発部門、軍事研究所に 限られていました。しかし今やこれらが消費 者にも手の出せる価格で利用できるように なってきました。シリコンバレーでiV、モビリ ティ、ゲーミング業界の合併・買収を専門に 活動するコンサルティング企業Digi-Capital 社の2016年の予測によると、このような変 化を背景としてiVの市場規模は2020年まで に1,200億ドルに達する見込みです。

iVはエンターテイメント分野でも力を発揮し つつありますが、多くの人はまだそれを観察 しているだけで、ビジネス上の価値を完全 には生かせていません。しかしその状況も 変わろうとしています。低価格のヘッドマウ ントディスプレイ(HMD)の登場により、iV研 究所に出入りできる一部の幸運な人々だけ でなく、すべてのメンバーが、自分自身をど こにでもバーチャルで移動させたり、想像で きる限りのさまざまな働き方やプロジェクトを実践したりすることができるようになるで しょう。

画像© Jason Jerald

プロフィール

Jason Jerald氏はNextGen Interactions社の共同創業者で主任コンサルタントです。 VRテクノロジーに注力する複数の企業の諮問委員会に参画し、デューク大学やウォー ターフォード工科大学の非常勤講師も務めています。同氏は過去20年で30を超える組織 の60以上のVRプロジェクトに携わってきました。また最も知られている著作、『The VR Book: Human-Centered Design for Virtual Reality』をはじめとして、多数の出版物を 執筆しています。


私たちは今、間違いなく破壊的なパラダイム シフトのスタート地点に立っています。それ は没入型テクノロジーやコンピューティング 全般に限らず、職場にまで及びます。没入型 テクノロジーが普及すれば、職場環境も劇 的に変化するでしょう。

それでは、現状はどうなのでしょう。これらの 先進的なテクノロジーが、現時点でビジネス に与えるインパクトは、どの程度でしょう。

没入型テクノロジーの今―― 優れたコミュニケーター

没入型テクノロジーの最大のメリットは、専 門家が自分の仕事に対する理解を深められ るという点よりも、仕事を部外者に伝えやす くなるという点にあります。

例えば、訓練を積んだ建築家は構造物を立 体的にイメージすることができるため、VR を使ってもその建築家自身に大したメリッ トはありません。しかし先進的なVRテクノロ ジーを使うことで、まだ存在しない空間や景 観(例えば新たに設計した超高層ビルの最 上階からの眺めなど)をクライアントに示し て、自分のビジョンを明確に伝えることがで きます。同じように航空機の設計者は、実機のプロトタイプ(試作機)を作って顧客に中 に入ってもらうのではなく、バーチャル空間 の中に機体やその内部までを再現するデジ タルモデルを構築し、顧客に体験してもらう ことで、早い段階で座席間隔に関するフィー ドバックを得ることができます。

実際に試すことの力

消費者向けに登場したVRやARのHMDには 限界があります。例えば、大半のHMDは、ま だハンドトラッキング(手や指の動きを感 知・反映する技術)に対応していません。つまり両手がない状態で目覚めたような感じ で、視覚と聴覚に頼って世界を認識しなけ ればなりません。

手の動きを通してクオリティの高い情報を取 り込む技術が普及すれば――すでにHTC社 が「Vive」で導入し、競合企業もそのすぐ後 に続いていますが――没入型テクノロジー のビジネス上の価値は飛躍的に高まるはず です。生き生きとした世界を受動的に見るだ けでなく、ユーザーの方から手を伸ばして、 現実世界と同じように複雑かつ直感的な方 法でデータを処理できるようになるでしょ う。幸いユーザーはその価値を理解し始め ており、よりインタラクティブなエクスペリエ ンスの実現をハードウェアの生産者や開発 者に求めています。

「私たちは今、間違いなく破壊的なパラダイムシフトの スタート地点に立っています。 それは没入型テクノロジーやコンピューティングに限らず、職場にも及びます」

JASON JERALD氏
『The VR Book: Human-Centered Design for Virtual Reality』の著者

アプリケーション設計―― 万能モデルは存在しない

没入型テクノロジーがヘッドセットのその先 へと進化するにつれて、アプリケーション設 計の重要性がいっそう高まっています。

没入型バーチャリティにハード面の縛りは ほとんどありませんが、あまりにも選択肢が 多いため、優れたエクスペリエンスの設計 が難しくなっています。テクノロジーが進歩 するにつれて、こうした状況はさらに進むで しょう。そのため、クライアントはよく「当社 が最高の没入型エクスペリエンスを設計す るにはどうしたらよいか」と尋ねますが、「状 況によります」としか答えられません。基本 的なエクスペリエンスを超える領域で没入 型の設計をする場合、その結果は個別の状 況や目的に大きく左右されます。

明確な答えがない場合が多いにせよ、iVコ ミュニティは以前から、検討、実験、反復の 出発点になるような研究結果や数多くの優 れた設計のアプリケーションを発表してきま した。例えばおもちゃのマシンを組み立てる Northway Games社の「ファンタスティック・ コントラプション」、3Dで描画するグーグル 社の「チルトブラシ」、両手を使って模型を作 るSixense社の「メイクVR」などです。

これらの例が自社の事業目的に直接当ては まることはないかもしれませんが、貴重なヒ ントを与えてくれます。没入感とは理屈抜き のエクスペリエンスであり、言葉だけでは― ―あるいは写真や動画を使ったとしても― ―表現したり計画したりすることができない ものです。実際にその世界に飛び込んでみ て初めて、そのテクノロジーを具体的なビジ ネスやアプリケーションに適用させる方法 が見えてくるのです。ですからビデオゲーム で遊び、見本市でiVの展示品を試し、これら のテクノロジーをすでに体験している人に パートナーになってもらい、自社の顧客にメ リットをもたらす活用方法についてブレイ ンストーミングをするしかないのです。

Image © Jason Jerald

未来を操作する

現実の世界と同様に、仮想世界もアクティブ に体験することでよりいっそう力を発揮しま す。そうでなければスポーツ観戦と同じで す。次世代の高度な入力技術と優れたアプ リケーション設計を組み合わせることで、私たちは自らの創作物を観察するだけでなく、 それらに触れて操作することができるように なるでしょう。それが未来の姿です。◆

http://www.nextgeninteractions.com

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